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初瀬街道 阿保宿から二本木宿を行く

初瀬街道は、大和方面から伊勢を結ぶ街道で大和の初瀬から名張を経て青山峠を越え松坂に至り、伊勢神宮に詣でる伊勢街道の一つの道です。

その初瀬街道を6月の初めに榛原から名張の「やなせ宿」まで歩き、その後も近鉄大阪線の青山駅近くにある「阿保(あお)宿」まで歩いたのですが、7月初めのこの日は「阿保宿」から「二本木宿」へと街道を行くことにしました。

「阿保宿」は、江戸時代のはじめ藤堂藩から「上野」「名張」とともに商いを許され、商家や旅籠が軒を並べにぎわったそうですが、今は静かなたたずまいの町です。

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宿場近くの鎮守の森の中にある「大村神社」。

桧皮葺の宝殿は、国の重要文化財に指定されています。

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畔の草がきれいに刈られた田園風景。

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小さな集落の中を行きます。

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街道歩きをしていて怖いのは、歩道のないトンネルです。

幸いこのトンネルには歩道がありました。

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そして「伊勢地(いせぢ)」宿」に。

宿場の入り口の野仏。

相当古いものでしょうか、かなり風化しています。

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「伊勢地宿」は、初瀬街道最大の難所といわれる青山峠の西麓の宿場で、20軒ほどの旅籠が街道沿いに軒を並べ、初瀬街道で最もにぎわった宿場だったそうです。

「大和屋」という屋号の元旅籠。

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宿場の中央には、文政11年(1828年)に建てられた常夜灯が建っています。

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この建物には、「とくだや」という看板が玄関先に掛けられていました。

明治の末期まで旅籠を営んでいたそうです。

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宿場の家並み。

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なつかしいこのポストは現役で活躍しています。

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街道はここから青山峠へと続きます。

本来ならばこの道を進むべきなのですが、この時期各地で「クマ出没」のニュースが流れていたことと、7月初めの炎天下の峠越えはちょっときついと判断し、この区間はズルをして電車で峠を越えることにしました。

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そして近鉄大阪線の「伊賀上津駅」から乗り、二駅目の「東青山駅」で降り、青山峠の東の入り口にあたる宿場「垣内(がいと)宿」に向かいました。

垣内宿を流れる清流垣内川。

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私はズルをしましたが、難所の青山峠を越えてきた旅人はこの風景にさぞかし癒されたことでしょう。

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垣内宿の民家の玄関先に屋号入りの暖簾がかけられていました。

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美しい風景の山間の宿場「垣内宿」を後に、

初瀬街道をさらに「二本木宿」へと向かいました。

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# by y-tukide | 2016-09-20 11:19 | 街道を行く | Trackback

かくれ里を行く 朽木能家

私は、ほぼ月1回若狭街道(鯖街道)を走り若狭の「瓜割の滝」に水を汲みに行っていますが、朽木の「市場」を過ぎ少し走ると左「能家(のうげ)」という道路標識が現れます。

以前から気になっていたのですが、この日、朝6時に家を出その「能家」に向かいました

R367号線を左に折れ、安曇川の支流沿いを走ります。

「北川」という川だそうですが、とてもきれいな川です。

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途中、谷筋が開けたところに小さな集落集があり、その周辺の田んぼの稲穂は黄金色に色づき、早秋の風景が随所に見られます。

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川幅も狭まり、うっそうと茂る杉木立を抜けると能家の集落が現れます。

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集落のはずれに「山神神社」という神社があり、そこに車を置き能家の集落を歩くことにしました。

この神社の名前をから見て、この辺りは林業を生業としていた様で、そのために山の神を崇めていたのでしょう。

拝殿の屋根は、今は波トタンで覆われていますがその下は茅葺で、当時はさぞかし美しかったと想像されます。

境内は苔むし、回りの緑と一体となりとてもきれいで神秘的です。

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拝殿内の壁には絵馬が飾られています。

全盛期には、この拝殿で村の娯楽として能が舞われていたのでしょうか。

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山神神社の隣に、お寺があるのですが境内には釣鐘が無い鐘楼がありました。

後で村の老人に聞くと、釣鐘は盗まれたそうです。何とも嘆かわしいことです。

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神社から集落に向かって歩くと、谷川沿いにお地蔵さんを祀る小さな祠があり、そこには、花が活けられていました。そのことも後で聞くと二人のおばあさんが交代で活けているそうです。神社の境内もきれいでしたし、この村の人たちは今も変わらず信仰心があついようです。

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黄金色の稲穂がまぶしい谷あいの田んぼ。

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最初に出会った草ひきをしておられたおばあさん。

挨拶をすると「どこから来たんや」と尋ねられ、京都の宇治からと答えると、このおばあさんは、京都の市内のご出身で、戦争のとき疎開して身内?がいた能家に来たのが縁だそうです。

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「能家分校前」と書かれた高島市営のバス停がありました。

そこに書かれた能家の説明書きによると、

―能家は、針畑(一つ山向こう)8ヵ村の一つ。旧針畑荘でありながら朽木荘に近く、朽木氏との関係が深かったそうです。「のうげ」とは、崖を意味する古語「ノゲ」が変化したという説があり、険しい地形だったことがうかがえます―と記されていました

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そこで害獣よけの網の中で花畑の世話をしているおばあさんからいろんな話を伺いました。

それによると、現在の村には何軒かの建物があるが空き家が多く、たまに墓参りなどで帰ってくる人もいるが住んでいる人は10人?だそうです。

おばあさんが小学生のころは、分校の生徒は6人ほどでいて40世帯ほどあったそうです。

ただ一組若いご夫婦が移住されてきたそうで、その方に自分の田んぼで米を作ってもらったり、いろいろ世話になっているとのことでした。

ここでおばあさんと30分ほどいろんな話をしました。

ちなみにこのおばあさんがお住まいになっている写真の家は、築350年だそうです。
蔵も相当古いと思われますが、きちんと手が入れられています。

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そのお宅の裏の庭は、山の斜面を利用したよく手入れされた庭でした。

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今年は、ダメだといっておられますが、花畑ではいろいろな花が咲き、村を明るくしてくれています。

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次にお会いした方は、しっかりした97歳のおじいさんで囲炉裏のあとがあるとのことで、家に上げていただき見せていただきました。この家も築300年程だそうです。

そして見ず知らずの私に、「これ飲み!」と栄養補強ドリンクをいただきました。

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その後も村を歩いて初老の方と話したのですが、実りかけた栗を猿にやられたと獣害の深刻さを聞かされました。

帰り際、おばあさんから聞いた移住してこられた若い方とたまたまお会いしたのですが、確かに頼もしそうな方でした。話の中でも村の現状を何とかしなければと苦慮されているようでした。

その一環としてか、10月16日に、―びわ湖の源流は栃の森「第5回 栃の木祭り」

「巨木と水源の郷を守る会」主催―で開催されるということで、案内のパンフレットをいただきました。

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朝の8時ごろから昼ごろまでの短い時間でしたが、能家を歩き4人の老人とお会いし、皆さんの元気さには驚かされました。とはいえ皆さんいいお年です。全国の山村が抱える深刻な問題はここも同じです。とにかく時間がもうありません。

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# by y-tukide | 2016-09-12 15:48 | かくれ里を行く

築7年目の木の家見学会 「通り庭に薪ストーブのある家」

93日(土)・4日(日)の両日、住まい手さんのご厚意により、お住まいになって7年目になる木の家の見学会を滋賀県守山市で開催させていただきました。

今回も大変多くの皆様にご参加いただきスタッフ一同感謝しています。

歳月を経た木の家がどのように変化するか、皆様の関心の高さがうかがえます。



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実はこの建物は、7年前にも引き渡し前に完成見学会をさせていただきました。

その時は前日に雪が降り、朝から雪かきをしたことが思い出されます。

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前庭の木々も大きくなり、建物と一体となりいい感じに育ちました。

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この家は玄関を入ると通り庭(土間)が伸び、奥には薪ストーブが据えられています。

杉の柱・梁や造作材も落ち着いた飴色にやけ、玄関土間と通り庭を仕切る古建具の古色と溶け合っています。

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通り庭に面した12畳ほどのリビングやダイニングキッチンの薄いピンク色していた吉野桧の床も程よくやけ、非常に落ち着いた雰囲気をかもしだしています。

まさに無垢材ならではの値打ちです。

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中庭に面したダイニングキッチンは、中庭のウッドデッキに設けられたゴーヤの緑のカーテンと吹き抜けからもれる柔らかな日差しが気持ちよく、また置かれているモノが家となじみ、住まい手のセンスの良さと住まい方のうまさが感じられます。

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LDKに面した落ち着いた和室。

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こちらのご家族は、御夫婦と二人の男の子です。

上棟式の時、小さかった二人は今や中学1年生と小学4年生になりました。当時2階の子供部屋スペースは間仕切りのない広々とした空間でしたが、今年の4月に間仕切りし二人の独立した部屋ができました。

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見学会では、御主人と奥様が参加者のご質問に丁寧にお答えいただき、住まい方なども説明いただき参加者の皆さんも大変参考になったと思います。

スタッフ一同改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。

またこの家を大事にし上手に住んでいただき、設計し施工したものとして大変うれしく思います。この先この家がどのように進化していくか楽しみです。

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# by y-tukide | 2016-09-05 15:21 | 見学会・イベント

2016年盆休み 伊予の旅

今年の盆休み、妻と二人で四国の伊予(愛媛)を旅しました。
初日、大阪伊丹空港を飛び立ち松山空港に降り、リムジンバスで道後温泉へ。
ここで自転車を借り、松山の街を散策。私の好きな作家、司馬遼太郎の長編小説「坂の上の雲」をテーマにした「坂の上の雲ミュージアム」などを見学して、道後温泉で一泊。
翌朝、5時起きで早朝散歩。日本書紀や万葉集にも記されている歴史ある道後温泉。その中心となる「道後温泉本館」は、6時に開くのですがその前から長蛇の列。
お盆休みとはいえこれにはたまげました。
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この日は、今回の旅の目的地の一つである松山から40kmほど南にある町「内子」へと電車で向かいました。道後温泉駅から路面電車に乗りJR松山駅へ。
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JR松山駅から予讃線に乗り内子へ。
内子は、江戸時代中期から大正にかけて和ろうそくの原料である木蝋(きろう)の生産で栄えた町です。
当時の姿をとどめる白壁の町並みが残っています。
町民の町並み保存の意識が高く、40年程前から町並み保存の機運が高まり、1982年(昭和57年)に国の重要伝統的建築物群保存地区(伝建地区)に指定されています。
町を歩いていると芝居小屋がありました。「内子座」です。大正5年に建てられものを修復し現役で活躍しています。今年で100周年をむかえ国の重要文化財にも指定されています。
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内子の町並み
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商いと暮らしの博物館。
江戸時代後期から明治に建てられた商家を利用して、大正時代の商家の暮らしを人形や当時の道具類、方言での会話のテープを使ってリアルに再現しています。
これは朝食の時の様子。家人は畳の上で、奉公人は土間で椅子に腰かけ食事をしています。
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通り沿いには、手仕事の職人の店などがあります。
ここは和ろうそくの店。
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和ろうそくの原料はハゼの実。
燈心には畳のい草の芯を絹糸で縛って作られています。
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地元のシュロでつくるほうきの店、様々なほうきがあります。
ここのご主人は、愛媛伝統工芸士に認定されているとのこと、私も妻も仕事机で使うほうきを購入しました。
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そして昼は名物の「鯛めし」。
あついご飯の上に生産量日本一の愛媛宇和海の鯛と内子のEMハーブ卵がのったどんぶりにタレをかけて食べます。
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古い町並みを散策した後、地元の農産物の直売所の「内子フレッシュパーク・カラリ」行きました。自然豊かな敷地内には農作物の直売所のほかにパン工房・シャーベット工房・燻製工房やレストランなどがあります。また敷地横を流れる川では、水遊びができます。
よくある「道の駅」にはない、人と人をつなぐ交流の場として大変人気です。地産地消、地元の農業所得の向上と雇用の場の確保等、地元の人たちのつながりと人の温もりを大切に考え、大変元気です。
全国的にも優れていると、国土交通大臣に選定された道の駅です。
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あっという間に時間が過ぎ、この日も道後温泉で宿泊。
最終日は、レンターカーを借り内子の南の隣町である大洲(おおず)に行きました。
途中見かけた屋根付の木造の橋。
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大洲は、中世から城下町として栄えた歴史ある町で「伊予の小京都」と呼ばれています。
明治時代の建物が見どころで、清流・肘川では鵜飼が行われています。
ここで一級の数寄屋建築を見学しました。
明治の豪商河内寅次郎が、この地で十年の構想と四年の工期を費やし、京都の桂離宮、修学院離宮などを参考に、茶室建築家八木氏を中心に地元大洲、京都の名大工、建築細部は最高の用材で千家十職に依頼して完成させて建築「臥龍(がりゅう)山荘」です。
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肘川随一の景勝地、臥龍淵の崖の上に建つ数寄屋造りの庵「不老庵」。
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あっという間の2泊3日の伊予の旅でした。
古きものも残り、そして元気な町「内子」には機会があればもう一度訪れてみたいと思いました。
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# by y-tukide | 2016-08-29 09:00 | 夏休み

鉄道ブラ旅 伊賀鉄道伊賀線 伊賀上野

伊賀鉄道伊賀線は、関西本線の「伊賀上野駅」と近鉄大阪線の「伊賀神戸駅」を結ぶ16.6kmの短い路線です。沿線の伊賀忍者の里にちなんで「忍者列車」が運転されています。
この日は、JR宇治駅からJR奈良線に乗り木津駅へ、そこからJR大和路線に乗り換え次の加茂駅へ、次にJR関西本線に乗り換え伊賀上野駅へ、そしてそこから伊賀鉄道伊賀線の忍者列車に乗り上野市駅へと向かいました。
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さすがに忍者列車、網棚の上に忍者が潜んでいます。
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上野市駅に到着。伊賀上野にはこれまでに何度も訪れていますが電車で訪れるのは初めてです。
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伊賀上野は、戦国武将の藤堂高虎が築いた伊賀上野城の城下町であり、伊賀流忍者の発祥の地あるとともに、俳聖松尾芭蕉の生誕地でもあります。
駅前には芭蕉の像が立っています。
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そこで十数年ぶりに芭蕉の生家に行くことにしました。
この道は、奈良と東海道の関宿を結ぶ「大和街道」です。
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その大和街道沿いに芭蕉翁の生家があります。
火事で焼け何回か建て替えられているそうです。
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これは敷地の奥に建つ釣月軒(ちょうげっせん)という草庵。
説明書きを読むと、この草案で芭蕉は自撰の処女集である「貝おほひ」を執筆し、上野天満宮に奉納して江戸に下ったそうです。
地元の人は、松尾芭蕉のことを親しみを込めて「芭蕉さん」と呼んでいました。
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大和街道を南に向かって歩いていくと伊賀から津へ通じる「伊賀街道」と合流します。
この辺りには、立派な町家が結構残っています。
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12年前の秋に伊賀上野を訪れた時、この辺りに番傘干場があり、それを写真に収め翌年の年賀状に使わせてもらいました。
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街道沿いで面白い店を見つけました。
「西田はきもの店」という下駄屋さんです。この店では好きな下駄と鼻緒を選んで自分の足に合うようにすげてくれます。
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私はここで、昔なつかしい、職人さんらがよく履いていた裏がタイヤのゴムの「せった」を見つけ購入しました。
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伊賀上野を歩いているといつも感じることですが、和菓子屋さんの多いこと。
高級和菓子の店から庶民的な和菓子の店までとにかくあちこちで見かけます。
たぶん昔から茶をたしなむ人が多く、茶の文化が盛んだったのでしょう。
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時刻は昼前、今回のぶらり旅の目的の一つである昭和31年創業の老舗の洋食屋「グリル ストーク」さんへ。この店には伊賀上野に来るたびに訪れています。
お決まりは伊賀牛のタンシチュー、絶品です。
創業者は、なんでも京都のホテルで修業し、地元に帰ってきて店を開いたそうです。
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食事を満喫した後、中之立町通りを散策しながら、久しぶりに「蓑虫庵(みのむしあん)」に向かいました。蓑虫庵は、芭蕉翁五庵のうち現存する唯一の草庵で三重県史跡・名勝です。
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この日も酷暑、歩いていても倍疲れます。
ちょっと早めに切り上げ、忍者列車に乗り帰路につきました。
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# by y-tukide | 2016-08-22 09:00 | 鉄道ブラ旅