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因幡街道を行く 平福宿から大原宿へ

因幡(いなば)街道は、播磨国(はりまのくに)姫路(兵庫県姫路)と因幡国(いなばのくに)鳥取(鳥取県鳥取市)を結ぶ街道で、江戸時代には鳥取藩などが参勤交代で通った道です。
古くは鎌倉時代、源頼朝によって隠岐に流された後鳥羽上皇やその後も後醍醐天皇が無念の思いを抱き通った道でもあります。
この日は近鉄大久保駅を6:14に乗り、京都から新幹線で姫路へ、ここでJR山陽本線に乗り換え上郡へ、ここから智頭急行のワンマンカーに乗り平福駅に9:05に到着。
ここ「平福宿」から「釜坂峠」を越え因幡街道を「大原宿」に向かって歩きました。
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平福は、戦国のころ利神(りかん)山に「利神城」という山城が築かれ、その城下町として整備されたのが始まりです。
当時は東西300m、南北500mにも及ぶ広大な山城で、山頂に三層の天守があり別名「雲突(くもつき)城」と呼ばれていたそうです。
今は朽ち石垣も崩れ、つわものどもの夢の跡となっています。
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その後平福は、因幡街道の宿場町として発展しました。
宿場の街並みは道に面した家並みが普通ですが、平福は道側だけではなく、背後の作用川に沿って並ぶ石垣や土蔵、川座敷(川を眺める座敷)がある建物が川面に浮かぶ川端風景が特徴です。
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私は、10年前にも平福を訪れています。その後平成21年の豪雨をもたらした台風9号で作用川が氾濫し、多くの犠牲者と甚大な災害が引き起こされたことをニュースで見て大変心配をしていたのですが、元の美しい風景の街に復旧されていました。
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格子や連子窓が並ぶ街道の街並み。
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平福宿の南の入口付近には、江戸時代、平福藩の刑場がありました。この六地蔵は、刑場跡に供養のために建てられたものです。
またこの地は「宮本武蔵決闘の地」でもあります。武蔵が13歳の時、有馬喜兵衛という剣豪に初勝負をいどみ、一刀のもとに倒したと言われています。
そしてその武蔵の出生の地と言われている「宮本村」が、因幡街道の「釜坂峠」を越えたところにあります。
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平福宿を後に、街道は緩やかな坂道が続きます。
周辺にはのどかな風景が広がり、振り返れば遠くに利神城跡と平福宿が見えます。
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野には花々が咲き、山は新緑に萌え、風もさわやかで気持ちのいい街道歩きです。
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2時間ほど歩き、途中弁当を食べ「釜坂峠」へと山道を行きます。
さほどきつくない山道を上って行くと峠の手前に朽ちた家屋がありました。
当時このあたりに、峠茶屋があったのであろうと思いめぐらせ峠を越えました。
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釜坂峠を越え、宮本武蔵の出生の地「宮本村」へと下って行くと「一貫(いっかん)清水」という湧水の水場があります。その名は、旅人が立ちより「ほんに一貫文(一両の1/4)の値打ちがある」と言ったところからついた名だそうです。
武蔵もふる里を後に、峠に向かう時この水を飲んだことでしょう。
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峠道を下りた村の入口に「武蔵神社」があります。神社の祠には小説「宮本武蔵」の著者「吉川英治」の名が記された絵馬が奉納されていました。
また境内には武蔵と両親の墓もあります。
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宮本村で小休止し、次に「大原宿」へと向かいます。
吉野川沿いを歩き1時間ほどで「大原宿」に入ります。
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大原宿は、播磨・因幡・美作(みまさか)と三国を結ぶ交通の要所として、古から宿場として栄えました。そしてここには参勤交代で藩主らか宿泊する本陣・脇本陣をはじめ十数軒の旅籠があったそうで、今もその面影を色濃く残しています。
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鳥取藩三十二万石池田侯が参勤交代で宿泊した「大原本陣 有元家」。
有元家は、二百年前の本陣の遺構を今日まで残しておられます。
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街道の両側の側溝の上に花が飾られ、街行く人の目を楽しませてくれます。
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この日はこれまで。この季節の天気に恵まれた街道歩きは最高です。
宮本村では、青空に鯉のぼりが泳いでいました。
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by y-tukide | 2016-05-09 09:00 | 街道を行く