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カテゴリ:奥村先生とまことさん( 9 )

2.11奥村まことさん一周忌

OMソーラー(空気集熱式パッシブソーラー)の考案者であり、東京藝術大学名誉教授、建築家、家具作家と多彩な才能の持ち主であった奥村昭雄先生が逝去されて5年になります。

そして奥村先生の奥さんであり、林雅子さんらと共に日本の女性建築家の草分け的存在であった奥村まことさんがお亡くなりになって早1年になりました。

その命日である2月11日に東京の中村橋のご自宅で旧木曽三岳奥村設計室の元所員の方々を中心に親しい仲間たちが集まり一周忌の会が行われ、私も参加させていただきました。

その日は、前日からの寒波で早朝、自宅のデッキにはうっすら雪が積もり、東海道新幹線は滋賀県に入ると一面の雪景色、米原付近では徐行運転。

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名古屋を過ぎるとこちらは快晴、頭に雪を抱いた富士山を車窓から眺めることができました。


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一周忌の会は、昼12時から夕方4時ごろの間に自由にお立ち寄りください、というご案内だったのですが、10時半から自宅敷地内にある旧木曽三岳奥村事務所で「奥村フォーラム」の会議をしました。

「奥村フォーラム」とは、お二人の偉業や物の見方考え方などを次世代の人達に伝え、残していこうと9名の有志が集まり立ち上げたものです。

これまでに行った企画として、奥村先生が考案された太陽熱を利用した空気集熱式ソーラーシステム「OMソーラー」の開発に至るまでの歴史と苦労話を奥村事務所の元所員であった建築家の丸谷博男さんやOMソーラー協会を立ち上げた小池一三さんに語っていただきました。

現在奥村フォーラムでは、旧奥村事務所に残された図面やスケッチ、ノートなどをデーター化するため、東京藝大の方に協力をいただき作業を進めています。

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そして12時、一周忌の会が始まりました。

会の始まりは餅つき。

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この臼と杵は、ここの庭に生えていたケヤキの木を伐つた時にそのケヤキを使って奥村先生が2005年、脳梗塞のリハビリ期にコツコツ削って製作されたものだそうです。

この日、餅は三臼つかれました。

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そのつきたての餅や手作りの料理を酒のあてに皆さん盛り上がります。

酒は、皆さんの持ち寄りです。

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庭ではこれも奥村先生手作りのレンガ積みの炉で鳥の丸焼きとローストビーフが焼かれました。

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この日は、奥村夫妻の蔵書の古本市も行われました。
この収益金は、図面等のデーター化のための費用の一部に充てられるそうです。

私は、幸運にも昭和57年に編纂された「日本の町並み」という貴重な本を購入することができました。

この本を手に好きな街道歩き、町歩きがまた楽しめます。

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会終了後は、関係者が旧奥村事務所に移動して打ち上げ。

お二人の思い出話など、酒もまわり大いに盛り上がりました。

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その関係者に、娘さんの奥村まきさんからお土産としてお二人の遺品をいただきました。

私は、硯を。

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楽しい会になりました。人が集まることが大好きだったお二人、きっと天国からそっと参加されていたことでしょう。

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by y-tukide | 2017-02-14 13:17 | 奥村先生とまことさん

奥村まことさんを偲ぶ

またひとり、私が尊敬し親しくしていただいていた方がお亡くなりになりました。
奥村まことさん享年85歳、昨年の夏に病院に入院されその後自宅で病魔と闘っておられたのですが、2月11日の昼すぎに帰らぬ人となりました。
2012年12月にまことさんの夫である奥村昭雄先生が逝去され、翌年の12月には永田昌民先生が、そして今回はまことさんが。
尊敬し親しくしていただいていた方々が次々と亡くなりさびしい限りです。
奥村まことさんは、東京藝術大学美術学部建築科を卒業後、吉村順三設計事務所に入所され19年間勤務され、林雅子さんらと共に女性建築家の草分け的存在です。

私は奥村夫妻とは大変親しくさせていただき、二人を知る親しい仲間達と一緒にいろんなところに旅をしたことが思い出されます。

2005年9月  京都の俵屋旅館と達磨釜を見る旅
奥村先生が吉村順三設計事務所に在職中、京都の老舗俵屋旅館の新館工事を担当されたのですが、ひょんなことからその時工事を請負した中村外二工務店の大工棟梁と俵屋で再会することになりました。その時、奥村先生は俵屋旅館の主の佐藤年さんに、手作りの行燈(あんどん)と張り替えようの型紙をプレゼントされました。
その晩は滋賀県の高 島の鯖街道沿いにある「比良山荘」で泊まり、翌日は若狭の小浜にある昔の瓦を焼くための窯で現存する貴重な「達磨窯」を見に行きました。
俵屋旅館にて。
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比良山荘にて。
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2008年5月 播磨の浄土寺と丹波篠山の旅
私が所属する協同組合もくよう連の仲間たちと播磨の「浄土寺」に行きました。浄土寺浄土堂は、大仏様という技法を全国で唯一伝える貴重なお堂です。その後実物大の建物の構造性能実証実験を行う「E-デェンス」を見学し、次に日本最古の民家の一つと推定される「箱木千年家」に立ち寄りました。
その日は有馬温泉に泊まり、翌日は丹波篠山に向かいました。

箱木千年家にて。
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2009年5月 京都の舞鶴と伊根の旅
奥村先生は、終戦前に京都の舞鶴にあった将校や士官を育成するための海軍機関学校におられたのですが、それを懐かしみ、もくよう連の仲間たちと舞鶴に行きました。今も海上自衛隊の敷地内には当時の建物が保存されていました。
翌日は伊根の舟屋の風景を楽しみました。

舞鶴の海上自衛隊敷地内にて
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2009年10月 滋賀の三井寺へ
まこさん曰く、吉村順三氏が1954年にニューヨーク近代美術館に展示した日本建築「松風荘」のモデルが、三井寺にある「光浄院」と「勧学院で」あるとのことで、一度現物を見てみたいということで三井寺に行くことになりました。
観学院の障壁画と襖絵、照明を消し自然光で見ると絵が浮き上がって見えたのには感動したものです。

三井寺の仁王門前にて
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2011年5月 岡山の閑谷学校と吹屋の旅
江戸時代、岡山藩の直営の庶民教育のための学問所であった国の重要文化財である「閑谷(しずたに)学校」を見学し、その日は高梁にある高梁川沿いの古い小さな旅館に泊まりました。
翌日はベンガラと銅の町、近代産業遺産として国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている「吹屋」に向かい、石州瓦の赤い瓦葺の街並を散策しました。

吹屋にて
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2012年5月 高知の旅
協同組合もくよう連の加盟工務店である高知県の「矢野工務店」さんに仲間達と訪問しました。
初日の昼飯に伊勢エビ尽くしのごちそうをいただきました。

高知の須崎にて
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2012年11月 山形の金山町でOMソーラー同窓会
金山町には、1992年に奥村先生らが設計されたOMソーラーを搭載した金山中学校があります。その金山で奥村夫妻を囲みOMソーラーの同窓会をしました。
懐かしい仲間達が集いました。
そしてその年の12月27日に奥村昭雄先生が逝去されました享年84歳でした。

山形の金山町の宿にて
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2013年10月 大阪でまことさんを囲む会
女性建築技術者の会大阪、MOKスクール大阪主催、協同組合もくよう連後援で、奥村まことさんを大阪に招き、学生時代からの奥村先生との60年間の歩みを振り返り、聞かせいただく会が開かれました。
まことさんらしいユーモアあふれた語りで、大変楽しく貴重な話を聞くことができました。
翌日は、大阪天満にある「天満天神繁盛亭」で落語を楽しみました。
そしてこの年の12月14日未明、永田昌民先生が逝去されました享年72歳でした。

天満天神繁盛亭にて
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2014年10月 滋賀の湖東三山と湖北観音の里の旅
奥村まことさんと前年に亡くなられた永田先生の奥さんと親しい仲間で近江の「湖東三山(百済寺・金剛輪寺・西明寺)」行きました。
湖東三山は、まことさんが以前から一度行ってみたいと言っていたところで、今回案内することが出来ました。
翌日は、湖北の「観音の里」の寺を巡礼しました。永田先生の奥さんは大学時代、仏像を研究されていたそうで、「渡岸寺(どうがんじ)」の十一面観音像は是非見たい仏像の一つだったそうで、喜んでいただきました。

金剛輪寺にて
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2015年5月 デ・レーケを学び、中山道美濃路の旅
奥村まことさん、永田昌民先生の奥さんと親しい仲間たちでデ・レーケを学び、中山道美濃路の旅をしました。
デ・レーケは、オランダの土木技術者で、明治政府に招かれ明治6年に来日し、数多くの治山治水・港湾事業の現場指導をし、日本の土木技術と土木事業に多大な貢献をした方です。
生前、奥村先生がそのデ・レーケに感心を持たれ、一度彼が残した土木事業を見に行きたいと言っておられたのが、この旅のきっかけでした。
その後に向かったのは、明治の貴重な建築が保存されている「明治村」です。
ここでのお目当ての、フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル中央玄関で記念撮影。
翌日は美濃中山道を案内させていただきました。
そしてこれが奥村まことさんとの最後の旅となりました。

明治村の帝国ホテル中央玄関前にて
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奥村夫妻とは、ここで紹介した以外にいろんなところに行きました。勉強にもなり大変楽しい旅でしたが、もうこれで旅はおしまいです。
まことさんのご冥福をお祈りします。

追伸
2月20日(土)に奥村まことさんのお別れ会があります。
詳しくは「環境創機」のHPをご覧ください。
http://www.kankyosouki.co.jp/news/20160215.html

まことさんのエッセイ集
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by y-tukide | 2016-02-15 11:38 | 奥村先生とまことさん

奥村まことさん達とデ・レーケを学び、中山道美濃路を行く

私が尊敬し大変お世話になった建築家で、3年前に亡くなられた奥村昭雄先生の奥さんである奥村まことさんと、一昨年暮れ亡くなられた永田昌民先生の奥さん、そして生前両先生方に親しくしていただいた仲間たち計8人で一泊二日の小旅行をしました。
これは昨年秋にこのメンバーで行った、近江の「湖東三山」(百済寺・金剛輪寺・西明寺)と「湖北観音の里」の旅に続くものです。

デ・レーケは、オランダの土木技術者で、明治政府に招かれ明治6年に来日し30年間滞在し、数多くの治山治水・港湾事業の現場指導をし、日本の土木技術と土木事業に多大な貢献をした方です。
とりわけ明治20年から24年間かけて行われた木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の下流改修事業は、慢性的な水害の減少、流域での農耕地の増加、全国の河川改修の促進の契機となり、「木曽三川治水の恩人」と慕われています。
生前、奥村先生がそのデ・レーケに感心を持たれ、一度彼が残した土木事業を見に行きたいと言っておられたのが、今回の旅のきっかけです。

朝9時半ごろに岐阜羽島駅に集合、ワンボックスカーに乗り込み、船頭平(せんどうひら)河川公園内にある「木曽川文庫」に向かいました。
ここでデ・レーケの像の前で「木曽川下流河川事務所」の方から木曽三川分離事業についての説明をしていただきました。
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次に木曽三川分離により、船で木曽川と長良川が行き来できなくなったために設けられた重要文化財に指定されている「船頭平閘門(こうもん)」を見学しました。
閘門とは、水面の高さが違う川・海を進むときに水門で水を調整し、水面の高さを一定にたもつ水門です。
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一時間半ほど見学し説明を受けた後、次に向かったのは明治の貴重な建築が保存されている「明治村」です。
ここでのお目当ては、フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル中央玄関です。
この建物の取り壊しが報じられた当時、まことさん達は建物を守る運動に参加し、建物の実測をされたそうです。
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絶妙な天井高の空間構成は、さすがにすばらしいです。
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当時、ライトのこだわりで工事費が大幅にオーバーしたため、ライトは途中に解雇され帰国します。
その後ライトの弟子であった遠藤新が引き継ぎ完成させたもので、大正の関東大震災にも耐えました。
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初日は、木曽川岸沿いに建つ「犬山城」の近くのホテルで宿泊。
朝、いつもの早起き組は城下を早朝散歩しました。
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2日目、まずはホテルの前にある「有楽苑(うらくえん)」を見学。
有楽苑には、織田信長の実弟である茶人、織田有楽斎の国宝の茶室「如庵」があります。
如庵は、有楽が晩年、武士を棄て京都の建仁寺の隠棲した時建てた茶室で、有楽の生まれ故郷のこの地に移築されたものです。
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次に、これも国宝である「犬山城」を見学。
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この後は、木曽川の対岸を走る中山道美濃路の宿場「鵜沼宿」へと向かいました。
宿場を散策し、各務原市が地域の歴史遺産を保存、・継承していくために伝統構法で復元した「脇本陣」などを見学。
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ここから中山道美濃路を西へと走り、次の宿場の「加納宿」にある鰻屋「二文字屋」で昼食。
二文字屋は、江戸時代には旅籠(はたご)であった店です。
私は「ひつまぶし」を注文。
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昼食後、中山道を「河渡宿」→「美江寺宿」と車を走らせ「赤坂宿」へ。
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赤坂宿を散策し最後は、赤坂宿の背後にそびえる石灰岩の山「金生山」山頂にある「明星輪寺」を参拝し、
ここで今回の旅を終えました。
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今回も盛りだくさんの内容の旅でしたが、
奥村まことさん、84歳まだまだ元気です。
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by y-tukide | 2015-05-25 09:27 | 奥村先生と

奥村まことさん達と 近江湖東三山・湖北観音の里巡礼

私が尊敬し大変お世話になった建築家で、一昨年亡くなられた奥村昭雄先生の奥さんである奥村まことさんと昨年暮れ亡くなられた永田昌民先生の奥さん、そして生前両先生方に親しくしていただいた仲間たち計7人で近江の「湖東三山(百済寺・金剛輪寺・西明寺)」と「湖北観音の里」へ行ってきました。
湖東三山は、まことさんが以前から一度行ってみたいと言っておられたところで、今回案内させていただくことができました。
まずは百済寺(ひゃくさいじ)へ。
百済寺は聖徳太子の願いにより朝鮮半島から渡来した百済(くだら)人のために創建された近江最古級の古刹です。
赤門から紅葉にはまだ早い参道を上っていきます。
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奥村まことさん84歳まだまだ元気です。
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天台密教のこの寺院、私が三山の中で一番好きな寺です。普段は参拝者も少ないのですが、紅葉の時期は観光バスがくりだし大変な人です。そんなこともありあえて紅葉前のこの時期を選びました。
ただ私も紅葉の時期には、一度も訪れたことがないので紅葉の百済寺を一度早朝にでも来てみたいものです。
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仁王門をくぐり石段を上がりきると檜皮葺きの本堂があらわれます。平安末期から鎌倉、室町に至るころは「湖東の小叡山」と言われるほどの壮大な寺院であった百済寺、織田信長の兵火によりほとんど建物が焼失したのですが、江戸時代に再建されました
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本堂内内に祀られた如意輪観音像、信長の兵火を免れた希少な観音像です。
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2時間ほど百済寺に滞在した後、金剛輪寺の「豆の木茶屋」で昼食。
今回の旅では、この茶屋で働いておられるKさんにまことさんが会ってみたいというのも目的の一つでした。というのも私は何年か前にここに訪れた時にKさんと知り合い、その後毎年Kさんの田でとれた新米を奥村先生に送っていたのがその理由です。
ただ残念ながらその日Kさんはお休みでした。
夏に訪れた時の「豆の木茶屋」。
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国宝の本堂近くのもみじは一部紅葉していて、青空のもと赤と緑が混ざり合いきれいでした。
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湖東三山、最後に訪れた西明寺の国宝三重塔の前で記念撮影。
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この日はこれまで、長浜のホテルへと向かいました。

翌日は、北国脇往還(ほっこくわきおうかん)を北上し「湖北観音の里」へ。
途中、私が以前ブログで紹介した江戸時代の儒学者で朝鮮との交流に貢献した「雨森芳洲」の生誕地「雨森(あめのもり)」集落に立ち寄りました。
村の水路には清流が流れ水車が回り、水路沿いに花が飾られた小さな村、皆さんその風景を賞賛されていました。
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JR北陸本線の高月駅を中心としたこのあたりの村々は昔から観音信仰が盛んで、村人の手により観音菩薩が大切に守られてきました。その一つの「渡岸寺(どうがんじ)」の十一面観音像は国宝で大変プロポーションが美しい仏像です。
永田先生の奥さんは大学時代、仏像のことを研究されていたそうで、渡岸寺の十一面観音像は是非見たい仏像の一つだったそうです。
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この後昼食をとり、観音菩薩めぐりをする予定でしたが、皆さん昨日からの古刹巡礼、仏像めぐりで消化不良気味で、急きょ目先を変え「湖北のかくれ里」菅浦(すがうら)に案内することにしました。
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この二日間、ちょっとハードで盛りだくさんの内容だったので、みなさんお疲れになったかもしれません。
湖面を照らす太陽が西に傾きかけ、いい時間となったので帰路につくことにしました。
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by y-tukide | 2014-11-04 13:54 | 奥村先生と

まことさんをかこむ会

昨年の12月27日に、建築家で家具作家でもあり「空気集熱式ソーラーシステム」の考案者である奥村昭雄さんがお亡くなりになりました。
そして今年の4月2日には、東京の自由学園明日館にて「奥村昭雄さんを思い出す会」が行われ、一日中雨で足元がわるい中、6百数十人もの方々が奥村昭雄さんを偲びお集まりになりました。
そこで関西でもやろうよということになり、今回、女性建築技術者の会大阪・MOKスクール大阪主催、協同組合もくよう連後援で、10月5日に奥村まことさんを大阪にお招きし、学生時代からの奥村先生との60年間の歩みを振り返っていただき、聞かせいただく会が開かれました。
私も聞き出し役として参加し「OMソーラー」にかかわることなどの話を聞かせていただきました。
まことさんらしいユーモアあふれた語りで、大変楽しく貴重なお話を聞くことができました。
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懇親会の後その日は、大阪市内のホテルに泊まり、翌日は、まことさん達と「天満天神繁盛亭」に上方落語を聞きに行きました。
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まずは繁盛亭近くの大阪天満宮に参拝。
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私は繁盛亭に来るのは2回目です。前回は家内と娘で来たのですが、腹を抱えるほど笑わしてくれました。
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ここで記念撮影。
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まことさん只今82歳、元気です。
この歳とは思えない記憶力と明晰な語りにはいつも感服します。
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今回の寄席も笑わしてくれました、皆も満足したことでしょう。
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そしてここで解散。
昼飯は天神橋筋商店街で寿司をいただきました。
さすが大阪、やすくてうまい!
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by y-tukide | 2013-10-09 11:05 | 奥村先生と

奥村昭雄さんを思い出す会

昨年の12月27日の未明に、私が大変尊敬し、お世話になった奥村昭雄先生がお亡くなりになりました。享年84歳でした。
先生は、唯物史観の持ち主でしたので形式的なことにはとらわれず葬儀もなし、ご遺体は献体され、ただ事務所のイスの上に遺影が飾られているだけです。
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奥村先生は建築家であり、家具作家でもあり多彩な才能の持ち主で、好奇心が旺盛でおもしろいことにはどんどん挑戦され、幾度となく感嘆させられたものです。
特に先生の大きな功績として、パッシブデザインの先駆者として、太陽熱を利用した空気集熱式ソーラーシステムである「OMソーラー」を考案されたことがあげられます。
OMを取り組む中で私達工務店は、その技術を身につけ、先生をはじめいろんな方々から多くのことを学び、そして仲間達と大いに語らい、熱い思いをもち仕事をすることが出来ました。
今こうして弊社が、地域で独自の存在としてここにあるのは、奥村先生との出会いのおかげであるといっても過言でないと私は思っています。

昨年の11月に山形県の金山町でのOMのOB会が先生との最後の別れとなりました。
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奥村先生を偲ぶ人達は、沢山おられます。
そこで「奥村昭雄さんを思い出す会」がもたれることになりました。
日時は4月2日午後3時から6時。
場所は東京の「明日館」です。
奥村まことさんは、できるだけ楽しく、思い出に残る会にしたいと言っています。

先週、その準備会に私も参加したのですが、東京は前日の雪が残る寒い一日でした。
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by y-tukide | 2013-01-21 09:10 | 奥村先生と

奥村先生と土佐へ

先日、奥村昭雄先生夫妻ともくよう連の仲間達とで土佐の高知へいって来ました。
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奥村先生がお達者なうちに、もう一度先生がいって見たい所に行ってみようという企画で何年か前から毎年行っています。
今回は、地元の矢野工務店の矢野さんと勇工務店の塩見さんが、いろいろ世話をしてくださいました。お二方には大変感謝しています。ありがとうございました。

最初に案内していただいた戦時中の飛行機の防空壕の掩体(えんたい)
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昼飯は、矢野さんの地元である須崎という所で豪快な伊勢海老料理をいただきました。皆大満足。
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ここで記念撮影、奥村先生82歳、まことさん80歳お二人ともお元気です。
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この後、矢野工務店さんと勇工務店さんが建てられた建物を見学させていただき、高知市内の旅館へ向かいました。旅館の近くには、高知城や坂本龍馬の生家があります。私は司馬遼太郎の小説「龍馬がゆく」好きで昔何回も読みました。龍馬の生家跡には今は病院が建っています。
早朝、龍馬や乙女姉さんに思いをはせながら近辺を散歩しました。
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高知城。ここで散歩されていた古老が昔の高知の町の事をいろいろ話してくれました。私が、今でも長宗我部(ちょうそかべ)系と山内系の血の確執的なものがあるのかと聞くと、ただただ笑っておられました。
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翌日は、いの町の「紙の博物館」や勇工務店のパッシブソーラーシステムを搭載し土佐の杉を使った施設建築の現場を見学し、その後「牧野植物園」に行きました。
牧野植物園は高知が生んだ「日本の植物分類学の父」牧野富太郎氏の業績を顕彰するため造られた県立の植物園で、内藤ひろし氏の設計で内容も充実しており機会があればもう一度ゆっくりと訪れて見たい所です。
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楽しい二日間でした。来年もまた奥村先生方と旅ができる事を願います。
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by y-tukide | 2012-05-15 11:53 | 奥村先生と

奥村夫妻と三井寺へ

奥村まことさんから、「三井寺の光浄院勧学院に行きたい!」と前から言われていたのですが、このあいだ、紅葉はまだまだ早い三井寺に奥村夫妻と行ってきました。
なぜ三井寺に行きたいのかと聞くと、まこさん曰く、吉村順三氏が1954年にニューヨーク近代美術館に展示した日本建築「松風荘」のモデルが、光浄院と勧学院であるとのことで、一度現物を見てみたいとの事でした。
そのために東京から朝早く新幹線で来られたわけですが、奥村先生は今年81歳、まことさんは79歳。このお歳で向学心がなお旺盛なのには感服します。
両院は三井寺の一院ですが、桃山時代における、書院の代表的建築で、光浄院は武家の迎賓館として、勧学院は貴族、僧侶の迎賓館として使用された格式の高い院です。
感激したのは観学院の障壁画、照明を消し自然光で見ると絵が浮き上がって見えたのには驚きました。
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格式の高さを示す光浄院の「唐破風」
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感激した勧学院の障壁画。館内撮影禁止でしたので、いただいた絵葉書を紹介しますが、写真では浮き上がっては見えません。
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広い境内を歩いたのでここらで一服。
冷やしあめをいただきました。
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この日は偶然に、31年ぶりにご本尊御開帳で境内の観音堂で秘仏の如意輪観音坐像が公開されていました。丸みのある顔をちょっと傾けた優美なプロポーションです。
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最後に仁王門の前で記念撮影。まことさんが仁王のマネをしてポーズ。
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後日、まことさんから「松風荘」に関する資料のコピーが送られてきました。
いやはや、勉強になります。ありがたいことです。

まことさんが送ってくれた資料より

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by y-tukide | 2009-10-14 13:25 | 奥村先生と

丹波街道 若狭のだるま窯

周山街道の美山を抜け、丹波街道を若狭の小浜に向かって走ると、名田庄という所に
出ます。
名田庄には若狭紙を漉いている所があり、その紙を販売する店は小浜にあります。
我社でも若狭紙を袋張りにして壁や天井の仕上げに何度か使っています。

名田庄をすぎ小浜湾に流れ込む南川沿いを下っていくと、
街道沿いに日本で数箇所しか残っていない、瓦を焼く平窯で若狭では唯一の「だるま窯」に出会えます。
この地域は若狭瓦の産地でしたが今は衰退してしまっています。しかし四方さんと言う方が今でも現役で、瓦や若狭名産品として置物などの工芸品を
このだるま窯で焼いておられます。

4年前に奥村昭雄先生達と一緒に見学させて頂いたのですが、
その時はだるま窯にブルーシートがかけられていました。
確かあの時、四方さんのお年は80歳?と聞いたように思います。

2005年9月に奥村先生と訪れたときの写真
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たまたま通ったこの日は、だるま窯にはブルーシートがかけられていませんでした。
それはまさに瓦を焼く作業をなされていたからです。
近寄ってみると窯の中に煙がまだ漂っていました。

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最近のいぶし瓦は均一に仕上がりすぎて単調でおもむきに欠けますが、
だるま窯で焼いた瓦は一枚ずつが個性豊かで、焼物としての風合いがあり
とてもきれいです。
四方さんの作業場のだるま窯で焼いた屋根瓦。
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3年前に当社でも群馬県・藤岡の五十嵐さんのだるま窯で焼いた瓦で
屋根を葺いたのですが、
その時おこなった構造見学会では、お客様から「昔の瓦や! きれい!」
と大変評判でした。
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by y-tukide | 2009-09-29 15:20 | 奥村先生と