日記


by y-tukide

プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
街道を行く
かくれ里を行く
かいわい
散歩
早朝散歩

鉄道ブラ旅

水汲み
お知らせ
建物探訪
見学会・イベント
仕事色々
お寺の山門再生工事
伝統工法町屋改修技術を学ぶ
奥村先生とまことさん
雑誌掲載
我が社の年賀状
研修
お茶会
宇治川花火大会
天満天神繁昌亭
大相撲宇治場所
社員旅行
引っ越し
夏休み
お正月
我が家のツバメ
季節の花色々
未分類

以前の記事

2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月

フォロー中のブログ

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

(1)

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
近畿

画像一覧

カテゴリ:旅( 19 )

出雲・石州の旅

5月の連休、妻と二人で出雲・石州(石見)を旅しました。

早朝、JR宇治駅から京都駅へ、そこから新幹線で岡山まで行き、ここでまた乗り換え伯備線の「特急やくも」に乗り島根県の松江駅と向かう約5時間の列車の旅です。

e0164563_11425105.jpg

岡山から倉敷を経て次の停車駅である備中高梁へと走る車窓からは、まぶしい新緑と線路と平行して流れる高梁川の眺めを楽しめます。

e0164563_11425193.jpg

昼前に松江駅につき昼食を済ませ国宝の「松山城」へ。

築城以来400年の歴史を誇る松山城天守閣。入母屋破風の美しい三角屋根は、千鳥が羽を広げた姿のように見えることから「千鳥城」の異名をもちます。全国に現存する12天守の中で、平面規模では2番目、高さでは3番目、古さでは5番目だそうです。

e0164563_11425192.jpg

天守からの眺め。右手にはシジミで有名な宍道湖(しんじこ)が見えます。宍道湖は淡水中に海水が浸入する汽水湖です。

e0164563_11425142.jpg

城内では市民ボランティアの「松山城武者応援隊」の方々によるパフォーマンスが行われ観光客をもてなしてくれます。

e0164563_11424962.jpg

戦に疲れて木陰で気持ちよさそうにうたた寝をする槍を持った若武者。

e0164563_11574476.jpg

その日は辛うじてとれた玉造温泉の宿で一泊し、翌日は松江でレンタカーを借り島根県の西部、石州の「石見銀山」へと向かいました。

五月晴れの石州の青い海。

e0164563_11424952.jpg

2007年に世界遺産に指定された400年の歴史の「石見銀山」は、銀鉱山遺構が点在する自然豊かな「銀山地区」と江戸時代の武家屋敷と商家が軒を並べ伝統的建築物群保存地区に指定されている「大森地区」から成ります。

その大森地区の入り口に建つ「大森代官所跡」、現在「石見銀山資料館」として石見銀山に伝わる歴史資料、鉱山資料などが展示されています。

e0164563_11425091.jpg

銀山地区へと向かう谷あいの緩やかな坂道に町家が軒を並べる大森地区の街並み。

e0164563_11425001.jpg
e0164563_11430388.jpg
e0164563_11430530.jpg

屋根に葺かれた赤い瓦は「石州瓦」です。石州瓦は島根県の石州、石見地方で生産される粘土瓦で、淡路瓦、三州瓦と並ぶ三大瓦の一つです。関西に住む我々にとって馴染みが薄いですが山陰地方や日本海沿いの寒くて積雪の多い地方で多く葺かれ、水を通さず冬害に強い瓦です。

e0164563_11430552.jpg

街道沿いの家々の軒下に花が飾られ、道行く人の目を楽しましてくれます。

e0164563_11425046.jpg

商家や町家が軒を並べる街並みが途切れ、銀山地区に入ったところに黒い石州瓦葺の木造建ての小学校がありました。

e0164563_11430354.jpg

のどかな風景が続きます。銀採掘の全盛期にはこの辺りにも鉱山関係者の建物が多くあったと思われます。

e0164563_11430381.jpg

途中、古い民家を利用した小さな店で食事をし、銀山地区にある見学可能な坑道跡である「龍源寺間歩」に着きました。「間歩(まぶ)」とは銀を掘り出すために作られた坑道のことです。

鉱夫たちは、間歩を掘り進め、鉱脈にぶつかったところから左右に沿って人一人が通れるかどうか程の「ひおし抗」を掘り進みます。一日に30センチほどしか掘れないそうです。坑道の壁にはノミの跡が残ります。

e0164563_11430481.jpg

帰りの道で見かけた供養塔かと思われる苔むした小さな石塔。

当時、鉱夫達は10歳からの子供を含め30人ほどで組みをつくり、ノミなどの道具を使い手作業で危険できつい作業をしていました。若くして亡くなった人たちが祀られているのかもしれません。

e0164563_11430445.jpg

栄枯盛衰、今は繁栄と苦難の歴史が自然の中に包み込まれた山あいの遺構、

人々に住み継がれ、生きた遺構として永く後世に残ることを願います。

e0164563_11430482.jpg


by y-tukide | 2017-05-29 11:59 |

秋山先生と行く伊勢の旅

私が所属する「協同組合もくよう連」の企画で、先日、お世話になっている建築家の秋山東一さんと仲間たちと一泊二日で伊勢を旅しました。

秋山先生は、伊勢には行ったことが無く、以前から機会があれば行ってみたいといっておられたのですが、今回、先生から設計術を学んでいる「もくよう連」の若手の仲間たちが中心に是非にと企画したものです。

13時に近鉄の宇治山田駅に集合し、まずは伊勢神宮外宮に参拝。

e0164563_08592252.jpg

手水所(ちょうずどころ)で手や口を清めます。

e0164563_08583689.jpg

いくつもある社殿は神明造り、掘立柱に切妻の茅葺屋根、角のような千木(ちぎ)が屋根から伸びます。社殿は大切な米を保存する蔵をモチーフにしているといわれています。

e0164563_08583687.jpg

そして次に向かったのは、外宮と内宮を結ぶ参宮街道沿いにある「古市」に向かいました。

古市は、元遊里があった場所で伊勢神宮を詣でた後の「精進おとし」の場として遊郭などがありました。

そこにある麻吉旅館は、もとは「花月楼 麻吉」という茶屋で、明治時代は県下でも珍しい三層楼の建物で、芸者も常時30人ほど抱える県下第一級の大料理店であったそうです。

現在は旅館ですが、古市で当時の面影を残す唯一の楼閣建築として登録有形文化財に指定されています。

e0164563_08583738.jpg

中心となる建物が斜面に5棟建ち、下の道から最上層まで6層に及んでいます。

e0164563_08583607.jpg

当時の華やかな写真。

e0164563_08583711.jpg

次に向かったには、問屋町の景観が残る「河崎」へ。

河崎は、伊勢湾に流れ込む勢田川の水運を利用し、問屋街として発展し、かつては「伊勢の台所」と言われました。通りには伊勢地方特有の切妻妻入りの商家や土蔵が建ち並びます。

e0164563_08583801.jpg

この街並みを保全し、再生活用しようとNPO法人「伊勢河崎まちづくり衆」が活動されています。その拠点となるのが「伊勢河崎商人館」で、保全を願う方々の粘り強い活動の中、元酒問屋を市が購入し整備されたものです。

e0164563_08583739.jpg

建物内には、京都の裏千家今日庵の茶室を写した八畳広間の茶室があります。

e0164563_08583537.jpg

初日はこれまでとし、今宵の宿へと向かいました。

翌日、ホテルの窓から望む早朝の伊勢湾。

e0164563_09003634.jpg

二日目まずは、伊勢神宮内宮へ。

五十鈴川に架かる宇治橋の前で記念撮影。

e0164563_08592028.jpg

時刻は9時半、日中は参拝者で大賑わいですがさすがにこの時間帯はさほどではありませんでした。

e0164563_08592078.jpg

土産物屋などが建ち並ぶ「おはらい町通り」には、切妻造りの妻入りで外壁にこの地方独特の「張り出し南張り囲い」を呼ばれる板張りの水切りを設けた建物が、江戸時代から続く街並みを形成しています。

e0164563_08592080.jpg

昼食は、鳥羽のカキ養殖の町「浦村」というところにあるカキ小屋で、焼カキ・蒸しカキ食べ放題、カキみそ煮・カキフライ・カキ汁・カキ飯のフルコース3,000円をいただき、カキ料理を堪能しました。

e0164563_08592149.jpg
e0164563_09065781.jpg

昼食の後近くにある、建築家「内藤廣」氏の設計で建築学会賞を取られた「海の博物館」を見学しました。私はこの建物を見るのは2回目です。


e0164563_09072161.jpg

そして最後は二見ケ浦にちょっと寄った後、伊勢市にあるCLTを使った住宅を見学させていただきました。

CLTとは、ひき板を並べた層を板の方向が層ごとに直行するように重ねて接着した大判のパネルです。1995年頃からオーストリアを中心に発展してきた新しい木質構造用材料です。

駆け足でしたが「秋山先生と行く伊勢の旅」、皆満足して帰路につきました。

e0164563_09172349.jpg


by y-tukide | 2017-01-23 11:55 |

豊後国 大分の旅

9月のシルバーウィーク、妻と二人で豊後国、大分に行ってきました。

初日は、大分空港でレンタカーを借り臼杵(うすき)にある「臼杵石仏」へと向かいました。

というのも4445年前に私が高校の修学旅行で九州を訪れた時に立ち寄ったのですが、強く印象に残っていて、もう一度見てみたいと思ったのです。

臼杵石仏は、凝灰岩の岸壁に刻まれた60余体の磨崖仏群です。平安時代から鎌倉時代にかけて彫られたといわれていますが、誰がどのような目的で造営したのか、はっきりしたことがわかっておらず、今なお多くの謎に包まれています。

e0164563_08542952.jpg
e0164563_08544393.jpg

阿弥陀三尊像。

見事な彫刻技術で彫られています。平安後期の作だそうです。

e0164563_08545668.jpg

これらの磨崖仏は、昭和55年から14年かけて保存修復工事が行われ、平成7年に磨崖仏では全国初の国宝に指定されました。

私が高校生時代に訪れた時、人里離れた里山の岩肌に掘られた仏群は、一種異様で神秘的な印象を受けたものです。現在これらの磨崖仏は、立派な建屋の中に納められていました。

e0164563_08550718.jpg

古園石仏(ふるそのせきぶつ)。

以前は、落ちた仏頭が下の台座の上に安置されていたのですが、修復され元の姿が見られました。平安後期の作です。

e0164563_08552023.jpg

臼杵市深田という里山ののどかな風景。

e0164563_08553214.jpg
e0164563_08554220.jpg

この後、臼杵の町に向かいました。

臼杵は、かつては城下町として栄え、今も武家屋敷や味噌・醤油・酒の醸造の町らしく蔵が残る歴史ある町です。

臼杵城跡。

e0164563_08555414.jpg

重厚感あふれる門構えの武家屋敷跡や寺院が石畳の道沿いに軒を連ね、城下町の面影を残しています。

e0164563_08560806.jpg

漆喰が美しい蔵の町並み。

e0164563_08562292.jpg

八町大路の商店街。安土桃山時代から現在まで続く歴史ある商店街だそうです。

妻曰く「この商店街のこと朝日新聞の記事で見た!」とのこと。

聞くと、シャッターを閉めた店が増える中、町並み再生工事の試みで、かかっていたアーケイドや電柱を撤去し、路面を石畳みにしたところ往時の落ち着きのある町並みを取戻し、買い物客は減ったが観光客が増え、商店街も元気になったとのこと。

e0164563_08563340.jpg

初日は、臼杵の町を散策して終わり、今宵の宿がある湯布院に向かいました。

泊まる宿は山のホテル「夢想園(むそうえん)」です。

夢想園は、私の仕事仲間の親戚にあたる宿で、これまでに家族や身内で何度もお世話になり、何年か前には社員旅行でもお世話になりました。

私がこれまでに泊まった宿で、最も好きな宿の一つです。

由布岳の山裾まで見渡せる素晴らしいロケーションの大露天風呂にのんびりとつかり、料理も相変わらず絶品で妻ともども堪能しました。

e0164563_08565065.jpg
e0164563_08570103.jpg

早朝の湯布院の町と雲間に浮かぶ由布岳。

e0164563_08571767.jpg
e0164563_08572626.jpg

二日目は、お天気はすぐれませんでしたが、江戸時代天領として栄えた風情を色濃く残す日田(ひた)の豆田町と湯布院の町を散策しました。

e0164563_09042163.jpg

そして三日目は、朝から国東半島(くにさき)に向かいました。

私は、大分には何度か訪れていますが、国東半島を行くのは初めてです。

周防灘に丸く突き出た国東半島。古来からの山岳信仰に、宇佐神宮の八幡信仰と天台系修験道が習合し独自の仏教文化が開花した地です。

最初に行ったのは「両子寺(ふたごじ)」。標高721mの両子山の中腹にある天台宗の山岳信仰の道場です。

深い緑の中、山門の手前に石造の仁王が立ち神秘的空気が漂います。

e0164563_08582251.jpg

ただただ静寂の中、秋雨に濡れる参道。

e0164563_08583433.jpg

神仏習合。

e0164563_08584937.jpg

ここにも仁王が、寺と神社を守ります。

e0164563_08595278.jpg

この後「文殊仙寺」や「磨崖仏」を巡ろうと思っていたのですが、事前にルートを調べていなかったこともあり道に迷い時間をかなりロスし、台風16号の接近と飛行機の運航状況が気になり結局回れずじまいとなりました。

残念ながら今回は、国東半島の魅力の一端しか知ることができませんでしたが、面白そうな地です。

機会があれば次回は時間をじっくりとり国東半島を巡りたいと思います。

参道で見た沢カニ。

e0164563_09000332.jpg


by y-tukide | 2016-09-27 09:10 |

中村好文さんと巡る韓国の旅 ―後編―

私が所属する「協同組合もくよう連」の企画で、建築家の中村好文さんと20数名の仲間たちとの韓国3泊4日の旅。
3日目は朝一番ホテルから歩いて「宗廟」を見学しました。
宗廟は、500年続く朝鮮王朝の歴代の王と王妃の位牌(いはい)34位が祀られています。
e0164563_924557.jpg


その後バスに乗り込み、今回の目玉の一つである安東(あんどん)にある河回村(ハフェマウル)へと向かいました。
河回村(ハフェマウル)は、洛東江(ナットンカン)という川が村を取り囲み、S字状に流れてまた戻る地形から河回(ハフェ)と名付けられ、マウルは村です。
そしてこの村は両班(ヤンバン)の村です。
ヤンバンは王朝時代の支配層、儒学者、士族階級です。500年続いた李氏朝鮮王朝は儒学を通じて民を支配しました。
司馬遼太郎はヤンバンのこと曰く、「李朝のころ朝鮮人民を儒教で飼いならしてしまうための儒教神父のような役割をもっていたということができるのではないか」―「韓のくに紀行」より。
e0164563_9283486.jpg


現在も120戸余り、約290人が実際に居住し生活し、野外博物館の民俗村とは違った生きた村です。
e0164563_9284784.jpg


日本の原風景を思い出させる藁葺屋根の民家と土塀に囲まれた瓦葺の館の風景は、なんとも懐かしくほっこりとした気持ちにしてくれます。
e0164563_929299.jpg

e0164563_9291362.jpg

e0164563_9292220.jpg


そしてなんといってもいいのは「道」です。一直線に続くような道が無く、ゆるやかにカーブしたり折れ曲がったり、道のそれぞれに個性がありとてもいいです。
e0164563_9293372.jpg

e0164563_9294293.jpg

e0164563_9295184.jpg


村を散策しているとあっという間に時間がたち時刻は夕方の6時前、名残惜しさ感じながら宿舎に向かったのですがその前に夕食。
安東(アンドン)の名物料理の一つは、安東韓牛(アンドンハヌ)の焼肉です。ここで炭火焼きのカルビとユッケビビンバをいただきました。
e0164563_930388.jpg

e0164563_93014100.jpg


そしてこの日泊まった宿は、ダムの建設で水没する村から移築した伝統建築です。
この建物は、建築時期が1800年代と推定される文化財の建物で、昔のままのオンドル部屋に泊まりました。
e0164563_9302634.jpg


そして夜、この建物の大庁マル(広縁)で、朝鮮の古典民族楽器の演奏を聴く貴重な経験をさせていただきました。
e0164563_9303785.jpg

e0164563_9304734.jpg


早朝散歩しダム湖へ。
e0164563_9305680.jpg


最終日は、朝から河回村(ハフェマウル)の対岸の崖の上に登り上から村を眺めました。
e0164563_931661.jpg


この村にはもう一度時間に余裕をもって訪れて見たいと思いました。
e0164563_931193.jpg


そして帰路につくのに釜山(プサン)空港へと向かいました。
途中、大邱(テグ)の町に寄ったのですが、車窓から眺めていると様々な金物を売る店が軒を列ねる面白そうな町です。そしてここでチマチョゴリを着た日本語が上手なおばさんの店で韓国での最後の昼食をいただきました。韓国の家庭料理です。
e0164563_9313150.jpg

e0164563_9314065.jpg


初めての韓国の旅、楽しかったし有意義な旅となりました。
今回案内していただいたチェさんは、細やかな気配りをしていただきで大変お世話になりました。そして各地でうまい店に案内していただきました。
また韓国通の中村好文さんには、大変忙しい中お付合いただき大変感謝しています。
改めて御両人にはお礼申し上げます。
e0164563_9315072.jpg

by y-tukide | 2016-07-25 09:47 |

中村好文さんと巡る韓国の旅 ―前編―

私が所属する「協同組合もくよう連」の企画で、建築家の中村好文さんと20数名の仲間たちとで韓国3泊4日の旅に行ってきました。韓国は日本に一番近い国であり歴史的にも最もつながりが深い国ですが、私は訪れるのが初めてです。昔に司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの中の「韓国(から)のくに紀行」を読んで行ってみたいと思っていたのですが、ようやく実現しました。

関空を9時半に出発、ソウルの仁川(インチョン)空港に着いたのが11時20分ごろ、ソウル中心部のホテルに16時の集合時間まで時間があるので「東大門」あたりを散策しました。

16時に各地から仲間の集合し、今回の旅の現地での案内人であるチェ・ジウンさんの案内でまずは歩いて「国立民族博物館」に向かいました。

e0164563_09072913.jpg

先史時代から現在に至る韓民族の歴史と文化、韓国の村の四季の営みや村の生活。 

儒教理念に基づく、男子中心の家系継承された決まり事や行事などの様子が展示されています。

日本と同じく朝鮮民族も稲作文化、使う道具や村の形体は日本と共通することが多く親近感が感じられます。

e0164563_09082318.jpg

その後、チェさんの知り合いのレストランに向かい、韓国のコース料理をいただきました。

これは「梨の水キムチ」

e0164563_09084128.jpg

竹の筒に入れ蒸しあげられた松の実などが入ったもち米の赤飯。

珍しい料理をいただき大満足。

e0164563_09093879.jpg

翌朝はいつものように早起きし早朝散歩。

小雨の中「南大門」あたりを散策しました。早朝とはいえ「南大門市場」は活動し始めていました。

e0164563_09111865.jpg

e0164563_09113577.jpg

この日は中村さんおすすめの「韓国民族村」へと向かいました。ソウルからチャターされたバスで1時間ほど水原(スオン)というところにあります。

日本の明治村のような野外博物館で敷地面積30万坪、李朝後期の伝統的民家約26棟が

移築復元されています。

皆さんの日ごろの行いがいいのか幸い雨も上がっていました。

e0164563_09120762.jpg

李朝時代の民家は、基本的にはアンパン(居間)・ウィッパン(奥の間)・マル(板の間)・トバン(土間)からなる単純な構成で成り立っています。ここには朝鮮半島の南部・中部・北部の民家が移築されています。

e0164563_09174685.jpg

手前が土間の台所でここには釜を兼ねたオンドルがあり、奥の居間を暖めます。

敷地内での建物配置は、I型・カギ型・ロの字型などがあり、23世帯であろうかと思われる家もあります。

e0164563_09180637.jpg

オンドルの部屋。床は韓紙の油紙張り、壁は韓紙張り、天井は松の丸太垂木と垂木間は土を塗り上げています。単純で素朴な造りです。

e0164563_09181735.jpg

これは済州島の民家。済州島は、気温は温かく雨が多く風もよく吹く火山地帯です。この

民家の屋根は、荒っぽい「こけら葺き」。外壁は丸太のログ組で丸太の間に土が詰められて

います。そしてその外側に藁が架けられた2重構造になっています。その他に外壁を火山岩

を積み上げその上に土を塗り固めた家など地域特性が現れています。

e0164563_09183509.jpg

敷地内の広場で朝鮮半島に古くから伝わる伝統的芸能である農楽(ノリ)行われました。

e0164563_09184786.jpg

そこで皿回しのパフォーマンスを演じられたのですが、その演技者と目があったかと思いきや、すたすたとこちらに向かってきて手を引かれ、皿回しの演技を手伝わされる羽目になりました。旅のいい思い出となりました。

e0164563_09185868.jpg

民俗村で食事を済ませた次に向かったのは、若手の木工作家のヤン・ピョンヨンさんの工房。ヤンさんは、韓国伝統の膳やお盆、椀などを製作されています。

e0164563_09191011.jpg

ここで韓国の中村好文さんのファンがお越しになりサイン会が開かれました。中村さんは韓国で翻訳本を出されていたのです。

e0164563_09192580.jpg

その次に訪れたのは、8代続く韓方薬と針治療の老舗「春園堂」。ここには韓方薬や針治療に関わる道具の博物館があります。

e0164563_09194377.jpg

そして2日目の夕食は牛と豚の焼肉を堪能しました。


そして仕上げはマッコリバーへ。

マッコリは朝鮮半島の伝統的な酒、日本のどぶろくです。ヤカンに入ったマッコリをアルミの器で飲みます。

e0164563_09200537.jpg

ムクゲの花が咲いていました。ムクゲは韓国の「国花」です。

散っては咲き、また散っては咲く生命力の強さを、韓国人の歴史と性格に例えたそうです。

e0164563_09201995.jpg


by y-tukide | 2016-07-19 13:52 |

金毘羅さんと秘境祖谷の旅

“金毘羅船々 追風(おいて)に帆かけてシュラシュシュシュ・・・”
春休み中の孫達をつれ、休みをいただき家族6人で香川県の金毘羅さんと徳島県の祖谷(いや)に行ってきました。
あいにくの天気でしたが、私は三度目の金毘羅詣でです。
e0164563_8563443.jpg


金毘羅さんといえば石段、御本宮までは785段、奥社までとなると1368段の石段を上るのが醍醐味です。3歳の孫は雨の中ではちょっときついと、大門までの上りの365段は駕籠屋さんにお世話になりました。
e0164563_964989.jpg


小学生の孫達も駕籠かき体験。
e0164563_97337.jpg


桜も傘の花も満開。
e0164563_974575.jpg


御本宮、桧皮葺の社殿は明治11年の改築されたものですが、創立は遥か昔「大化の改新」以前にさかのぼるとされています。
e0164563_97588.jpg


金毘羅さんは海の守護神として親しまれ、海に関わる人たちの信仰を集めていますが、平成8年に南米エクアドルから東京138日間、16,000キロの太平洋単独無寄港航海の快挙を達成した冒険家の堀江謙一さんが乗った、アルミ缶再生ソーラーボート「モルツマーメード号」が奉納されていました。
e0164563_98727.jpg


翌日はR32号線走り、猪ノ鼻峠を越え徳島県の平家の落ち武者の里、秘境「祖谷」に向かいました。
途中、日本三大暴れ川の一つ「四国三郎」の異名をもつ吉野川をさかのぼり「大歩危(おおぼけ)」で川下り。
「端午の節句」をまえに鯉のぼりが吉野川を泳いでいました。
e0164563_98166.jpg


祖谷は私にとって懐かしい場所です。
実は40年ほど前に妻と二人で四国を自転車で旅をしたのですが、そのおり祖谷を訪れています。大歩危から自転車を輪行してボンネットバスに乗り、狭い険しい山道を走り、小さな民宿で一泊しました。
今は、道路も整備されホテルも数軒あり、観光客相手の秘境の風景にそぐわない人工的な施設も造られ、40年ほど前に訪れた風景から一変していました。
ただ「かずら橋」は当時と変わらずスリルのある橋でしたし、名物の「あまめ」の塩焼きも当時と変わりませんでした。
e0164563_9104526.jpg

e0164563_9105586.jpg


翌日は、「落石注意」の看板を横目に、吉野川の支流「祖谷渓谷」を対向車が来ないことを祈りながら下り、吉野川沿いの藍の里「藍住町」に向かったのですが、目がくらむような深さの祖谷渓谷はまさに秘境そのものでした。
e0164563_91152.jpg


そして藍住町にある「藍の館」へ。
e0164563_9113712.jpg


ここで孫達は藍染を初体験、父親の土産にと手ぬぐいや風呂敷を染めました。
e0164563_9115118.jpg


2泊3日の四国の旅、春休みの孫達のおかげで懐かしい場所にも行け、いい骨休みもできました。
e0164563_9122641.jpg

by y-tukide | 2015-04-07 12:03 |

金沢散歩

連休の中日、妻と二人日帰りで金沢に行ってきました。
金沢には、今年の5月にも妻と一泊二日で訪れています。そのとき金沢の街に魅了され、もう一度ということになったのですが、今回はうまく休みが取れず日帰りの旅です。
京都駅に7時38分発のサンダーバード1号に乗ると金沢には9時45分に着きます。帰り金沢駅を夕方5時ごろ乗るとすると7時間ほど街の散歩を楽しむことが出来ます。

朝食の駅弁を車窓から流れる景色を見ながら食べると旅気分が増します。
e0164563_932126.jpg


金沢に着き移動手段は、今回もレンタルサイクル「まちのり」を利用しました。「まちのり」とは金沢の街にある19カ所のサイクルポート(貸出・返却場所)を相互間で利用できる公共レンタルサイクルです。利用者みんなで自転車をシェアして使用し、30分以内で返却が基本で、一日200円で何回でも利用可能で大変便利でよく考えられたシステムです。
e0164563_933312.jpg


街を自転車でぶらぶらし前回訪れた時は通り過ぎただけの尾山神社へ参拝。
この神社は加賀藩の藩祖、前田利家と正室のお松の方を祀る神社で、和漢洋の3様式を取り入れた異国情緒が漂う珍しい造りの神門があります。明治の初めに建立され国の重要文化財に指定されています。
e0164563_935033.jpg

e0164563_93593.jpg


その後尾山神社から北に上がり、近江町市場の手前にある「大國鮨(だいくにずし)」で早めの昼食。
ご夫婦二人で営まれているカウンター10席のみの小さな店で、前回もここで昼食いただきました。12貫3000円の「おまかせ梅コース」ノドグロ・シロエビ・アマエビなど北陸ならでは新鮮なネタがいただけます。
e0164563_941357.jpg


近江町市場では、岩ガキをいただき、加賀レンコン・ノドグロの一夜干しを買いました。
e0164563_943093.jpg


またまた自転車でぶーらぶら北に上がり「あめの俵屋」さんへ。
天保元年(1830年)創業の金沢で最も古い歴史のある飴屋さん。砂糖を使わず良質の米と大麦のみで作られた名物の水飴「じろあめ」、甘味には独特の風味があります。
e0164563_927231.jpg

e0164563_953030.jpg


そして俵屋さんのほん近くにある明治8年創業の「加賀麩司宮田」さんへ。
原料は100%国産小麦ともち米を使用し、いまなお丹念な手作りで、創業以来麩ひとすじの店。隣接して麩料理の店があり、ここで生麩のぜんざいをいただきました。
e0164563_954291.jpg


見ている間に時間がたちそろそろ帰る時間。
最後の極め付きは「まちかど・ジャズライブ」。
毎年秋のシルバーウイークに街の中心部の11会場で、国内外で活躍するプロを含む社会人バンドや学生バンドが150を超えるライブ演奏する音楽イベントが開催されていました。
金沢駅前のもてなしドームでは、東京の明治大学のジャズクラブのライブが行われていました。
e0164563_96192.jpg

e0164563_969100.jpg


前回訪れた時も国内外のアーティストが集結する「音楽祭」が開催されていました。
歴史ある古いまちなかに、あたらしい文化をうまく取り入れ、新たな魅力をつくりだす金沢の街づくり、カッコよく素晴らしいと改めて感じました。
e0164563_961836.jpg

by y-tukide | 2014-09-16 09:06 |

讃岐 引田散歩

四国の香川県の東端に位置する「東かがわ市」にある古くて小さな町、「引田(ひけた)」に行ってきました。
引田は古くから鳴門海峡を渡るときの潮待ちや風待ちの湊として栄えた港町です。
江戸時代には、特産の砂糖や塩を中心に、瀬戸内海の近港はもちろん、大阪、江戸、石見国(島根県)、越後国(新潟県)、出羽国(山形県)など日本海沿岸にも運んでいたそうです。
江戸時代の終わりころには店が100軒ほどあり、廻船業や漁業だけでなく商業も発展していました。今もその面影が町並みに残っています。
e0164563_9335876.jpg

e0164563_9345651.jpg

日下家。
日下家は江戸時代を通じて代々引田村の大庄屋を務めた家です。格式のある長屋門や主屋、蔵が残っていて、国の登録有形文化財に指定されています。
e0164563_935915.jpg

旧引田郵便局。
昭和7年に日下家によって建てられた鉄筋コンクリートの洋風建築。
現在はカフェとして活用されています。
e0164563_9363956.jpg

岡田家。
「かめびし」という屋号の老舗醤油屋。日本全国でもここだけとなったムシロに麹を仕込む、ムシロ麹製法が行われ、創業以来のこだわりの醤油造りを守っています。
e0164563_93711100.jpg

佐野家。
江戸時代から「井筒屋」の屋号で醤油と酒造りを行ってきた商家です。旧引田町が買い取り、観光の拠点として再生されました。
建物はボランティアのガイドさんの案内で見学できます。また敷地内の蔵は特産品のショップや食事処として活用されています。
e0164563_9381864.jpg

昼はその食事処で「引田ぶり漬け丼」をいただきました。
引田は日本で初めてハマチ、ブリの養殖に成功したところでもあります。
e0164563_938322.jpg

日本一といえばもう一つ、東かがわ市は日本一の手袋の生産量を誇る町でもあります。
明治のころ隣町の白鳥出身の方が、大阪でその技術を取得しこの地にその技術を持ち帰り手袋産業を広めたそうです。
街中に手袋をアートにした「手袋ギャラリー」があります。
e0164563_9385795.jpg

そしてもう一つ讃岐名物といえば「和三盆」。
1804年創業当時と変わらぬ製法で手作りの店「三谷製糖」に行き、高級砂糖和三盆の菓子を土産に買いました。
e0164563_939883.jpg

引田は港町、漁村、商人町、宿場町と多彩な機能を持ち栄えた町でしたが、もう一つ城下町でもありました。引田の海に突き出た城山の山頂に引田城が築かれていました。今は秀吉の時代に築かれた石垣が残っています。
それを見ようと城山の細い山道を登り始めたのですが、雲行きが怪しくなりこれはヤバイと残念しました。
今日はこれまでと早めに高松自動車道に乗り、鳴門海峡を渡り四国を後にしました。
e0164563_9394527.jpg

by y-tukide | 2014-08-26 09:46 |

郡上八幡

この日は、久しぶりに休みをとり、家内と岐阜の郡上八幡にいって来ました。
思い立ったきっかけは、NHK、BSの番組、「こころ旅」で日野正平が郡上八幡を自転車で走るのを見たのがきっかけです。
郡上八幡は、私が二十代の時、家内と初めて二泊三日の旅をした時訪れた場所です。あの時は富山の欄間作りの町、井波で一泊し、翌日、バスで飛騨山脈を超え、合掌造りの里、五箇山を経由し、郡上八幡へ行きました。なぜあの時あのようなコースを選択し行ったのか思い出せません。
郡上八幡は、城下町であり、水と郡上おどりで有名な町です。
あの時も町は踊りで賑わっていました。
e0164563_1033524.jpg


町の中を流れる清流吉田川。
e0164563_1034134.jpg


郡上八幡は水の町、縦横に水路がながれ、町のあちこちで水がわいています。
e0164563_1034862.jpg


「水船」という、湧水を受ける木の桶。
上段は飲料水として使い、下段は洗い物をするように使い分けられています・
e0164563_1034173.jpg


郡上八幡の街並み。
この辺りは伝統的建造物群保存地区に指定されています。
e0164563_10342521.jpg


三十数年前訪れた時に泊まった宿を思い出しながら探したのですが、どうもわかりませんでした。各部屋が襖だけで仕切られたこんな感じの宿でした。
e0164563_10343116.jpg


郡上八幡といえば、なんといっても郡上おどり。
7月中旬から9月上旬まで30余夜にわたって繰り広げられます。お盆の4日間は夜が明けるまで踊ります。あの時もちょうど踊りの時期だったので、家内と踊ったものです。
郡上八幡博物館では、郡上おどりの実演が行われていました。
e0164563_10344036.jpg


もう一つ、郡上八幡の名物は食品サンプルづくり。
e0164563_10344915.jpg


店先に置かれたゴジラのフライ。
e0164563_10345687.jpg


若いころの思い出に浸ることが出来た一日でした。
e0164563_1035448.jpg

by y-tukide | 2013-06-25 10:35 |

小豆島散歩その2

小豆島で二日間すごし、二日目の夕方、高松にフェリーで渡り市内でもう一泊しました。
宿はビジネスホテルで、朝食は讃岐うどんを食べに行ったのですが、早朝から店は客でいっぱいでした。
その後、源平の合戦で有名な屋島にある「四国村」に行くことにしました。私は二度目ですが家内は初めてです。
四国村は、屋島の南山麓に四国各地の民家33棟を移築し、当時のままの姿で復元され、日本の原風景に出会える場所です。
前回訪れた時は、愛媛の松山での研修会の帰りで慌ただしかったのですが、今回は家内とゆっくり楽しむことが出来ました。

先ずは四国の秘境、祖谷(いや)のかずら橋。
昔二十代の時、家内と自転車で四国を半周したのですが、その時立ち寄った祖谷を懐かしく思い出しながらかずら橋を渡りました。
e0164563_1026241.jpg


旧 河野家住宅。
愛媛県の南、小田町の深い谷脇の奥まった急斜面にへばりつくように建っていたそうで、18世紀前半ごろと推定される、南伊予地方を代表する茅葺屋根の入母屋造りの民家です。
二間取りで、部屋の床はすべて竹を敷き、各部屋に囲炉裏が切られています。
e0164563_10262847.jpg

e0164563_10263790.jpg


砂糖のしめ小屋。
讃岐の砂糖は「讃岐三白」(砂糖・塩・綿)の一つ、当時、讃岐平野にはサトウキビ畑が広がり、搾汁のための「砂糖しめ小屋」が点在していたそうです。
内部には3個の石臼があり、牛が腕木を引いて回したそうで、建物が円形なのは牛の回転に合したものです。
直線を基本とする木造建築で、円形を実にうまく作り上げているのには勉強させられます。
e0164563_10264483.jpg

e0164563_10265240.jpg

e0164563_10265526.jpg


それぞれの建物は、緑豊かな敷地内にうまく配置され、施設全体がよく整備されています。
e0164563_1027397.jpg


穀類を精白するのに、臼に入れて杵でつく方法は、古くから行われていましたが、水力を利用した、鹿威し(ししおどし)の原理で臼をつく方法は、単純で少ない水量でも可能な精白方法だったので各地で使われていたそうです。
e0164563_1027787.jpg


旧 中石家住宅。
平家の落人の村として有名な祖谷の民家。
風雨から土壁を守るための割竹が印象的です。
e0164563_10271746.jpg


旧 丸亀藩御用蔵。
漆喰塗に、高い海鼠壁(なまこかべ)、正面の4か所の入り口に設けられた庇が、単調な蔵の作りに変化を与え、力強さの中に美しさをかもし出した建物です。
e0164563_10272056.jpg


私も家内も日本の原風景を堪能し、充実した時間を過ごすことが出来ました。
讃岐は、うどんもいいですが、四国村はとてもいい施設です。
皆様にもおすすめします。
e0164563_10273050.jpg

by y-tukide | 2013-05-13 10:47 |