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カテゴリ:かくれ里を行く( 5 )

かくれ里を行く 朽木能家

私は、ほぼ月1回若狭街道(鯖街道)を走り若狭の「瓜割の滝」に水を汲みに行っていますが、朽木の「市場」を過ぎ少し走ると左「能家(のうげ)」という道路標識が現れます。

以前から気になっていたのですが、この日、朝6時に家を出その「能家」に向かいました

R367号線を左に折れ、安曇川の支流沿いを走ります。

「北川」という川だそうですが、とてもきれいな川です。

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途中、谷筋が開けたところに小さな集落集があり、その周辺の田んぼの稲穂は黄金色に色づき、早秋の風景が随所に見られます。

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川幅も狭まり、うっそうと茂る杉木立を抜けると能家の集落が現れます。

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集落のはずれに「山神神社」という神社があり、そこに車を置き能家の集落を歩くことにしました。

この神社の名前をから見て、この辺りは林業を生業としていた様で、そのために山の神を崇めていたのでしょう。

拝殿の屋根は、今は波トタンで覆われていますがその下は茅葺で、当時はさぞかし美しかったと想像されます。

境内は苔むし、回りの緑と一体となりとてもきれいで神秘的です。

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拝殿内の壁には絵馬が飾られています。

全盛期には、この拝殿で村の娯楽として能が舞われていたのでしょうか。

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山神神社の隣に、お寺があるのですが境内には釣鐘が無い鐘楼がありました。

後で村の老人に聞くと、釣鐘は盗まれたそうです。何とも嘆かわしいことです。

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神社から集落に向かって歩くと、谷川沿いにお地蔵さんを祀る小さな祠があり、そこには、花が活けられていました。そのことも後で聞くと二人のおばあさんが交代で活けているそうです。神社の境内もきれいでしたし、この村の人たちは今も変わらず信仰心があついようです。

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黄金色の稲穂がまぶしい谷あいの田んぼ。

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最初に出会った草ひきをしておられたおばあさん。

挨拶をすると「どこから来たんや」と尋ねられ、京都の宇治からと答えると、このおばあさんは、京都の市内のご出身で、戦争のとき疎開して身内?がいた能家に来たのが縁だそうです。

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「能家分校前」と書かれた高島市営のバス停がありました。

そこに書かれた能家の説明書きによると、

―能家は、針畑(一つ山向こう)8ヵ村の一つ。旧針畑荘でありながら朽木荘に近く、朽木氏との関係が深かったそうです。「のうげ」とは、崖を意味する古語「ノゲ」が変化したという説があり、険しい地形だったことがうかがえます―と記されていました

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そこで害獣よけの網の中で花畑の世話をしているおばあさんからいろんな話を伺いました。

それによると、現在の村には何軒かの建物があるが空き家が多く、たまに墓参りなどで帰ってくる人もいるが住んでいる人は10人?だそうです。

おばあさんが小学生のころは、分校の生徒は6人ほどでいて40世帯ほどあったそうです。

ただ一組若いご夫婦が移住されてきたそうで、その方に自分の田んぼで米を作ってもらったり、いろいろ世話になっているとのことでした。

ここでおばあさんと30分ほどいろんな話をしました。

ちなみにこのおばあさんがお住まいになっている写真の家は、築350年だそうです。
蔵も相当古いと思われますが、きちんと手が入れられています。

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そのお宅の裏の庭は、山の斜面を利用したよく手入れされた庭でした。

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今年は、ダメだといっておられますが、花畑ではいろいろな花が咲き、村を明るくしてくれています。

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次にお会いした方は、しっかりした97歳のおじいさんで囲炉裏のあとがあるとのことで、家に上げていただき見せていただきました。この家も築300年程だそうです。

そして見ず知らずの私に、「これ飲み!」と栄養補強ドリンクをいただきました。

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その後も村を歩いて初老の方と話したのですが、実りかけた栗を猿にやられたと獣害の深刻さを聞かされました。

帰り際、おばあさんから聞いた移住してこられた若い方とたまたまお会いしたのですが、確かに頼もしそうな方でした。話の中でも村の現状を何とかしなければと苦慮されているようでした。

その一環としてか、10月16日に、―びわ湖の源流は栃の森「第5回 栃の木祭り」

「巨木と水源の郷を守る会」主催―で開催されるということで、案内のパンフレットをいただきました。

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朝の8時ごろから昼ごろまでの短い時間でしたが、能家を歩き4人の老人とお会いし、皆さんの元気さには驚かされました。とはいえ皆さんいいお年です。全国の山村が抱える深刻な問題はここも同じです。とにかく時間がもうありません。

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by y-tukide | 2016-09-12 15:48 | かくれ里を行く

かくれ里を行く 蛭谷・君ケ畑

蛭谷(ひるだに)・君ケ畑(きみがはた)は、滋賀県の鈴鹿山中の小椋谷(おぐらたに)にある山里で木地師の故郷、この地から良材を求め全国の山に散って行った木地師の根元の地です。
白洲雅子もここを訪れ著書「かくれ里」に綴っています。私は20年ほど前にもここを訪れています。

木地師とは、山中の木を切り、腕や盆など器類を作ることを生業とした職人です。
名神高速道路の八日市ICを降り、八風街道(421号線)を東へと走ります。
八風街道は中世湖東の近江商人が、伊勢の国に向かう鈴鹿山脈越えの古い街道です。

永源寺を過ぎ永源寺ダム湖を左に見ながら、愛知川沿いを走り愛知川の支流との合流点を左折し、さらに川上に向かい分け入ると政所(まんどころ)という集落に入ります。ここが木地師の故郷である小椋谷の入り口です。
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稲作中心の平地の村とは異なり、平地が少ない山間のこの地では、古くから谷の斜面で茶が栽培され「政所茶」として名が知られています。
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政所から切り立った崖がせまり、目がくらむような深い谷を横目にさらに山道を行くと蛭谷の集落に入ります。このあたりが全国の木地師の発祥の地です。
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現在何軒かの民家が山の斜面にに張り付くように建っていますが、住んでおられるのは2世帯3人だけです。その内の一軒のご夫婦は20年ほど前にここに移住され木地師として工房「筒井ろくろ」を営んでおられます。
ご主人は留守でしたが、奥さんがおられ展示してあった拭き漆で仕上げた湯呑を購入しました。
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木地師発祥の由来は、文徳天皇の第一皇子の惟嵩親王(これたけしんのう)が皇位継承争いに敗れ、難を避けてこの谷に隠棲し、山の人たちに轆轤(ろくろ)与えて椀や盆を作る方法を伝授されたと伝えられています。
そしてここには、千年以上の歴史を示す木地師関連の資料や道具が整理された「木地師資料館」があり、予約をして見学することができます。
これは「手挽き轆轤」。木地師は良材を求め山中を移動するのに移動に便利な手挽き轆轤を使用し、妻が綱を引っ張って轆轤を回し、夫が独特のカンナで仕上げたそうです。
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木地師には、全国を自由に往来でき、山への立ち入り、山の8合目以上の原木は切り取り自由の特権を与えられていました。
諸国の関所を自由に通れる通行手形。
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惟嵩親王が祀られている「筒井神社」。
こんな山奥の小さな集落に立派な唐破風の社殿、木地師の当時の力の強さが伺えます。
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さらに山奥へと入ると君ケ畑の集落があります。
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ここで小椋谷の地名が性の小椋昭二さんという方にお会いすることができました。
小椋さんは親父さんの代までこの地で製材所を営んでおられたのですが、現在は木地師発祥の地で200年あまり前に途絶えた木地師の技を新たに復活し「ろくろ工房 君杢」を開いておられます。
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各種カンナも自ら作られています。
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御自宅の座敷が商品の展示場になっていて、そこで自家栽培されている大変おいしい茶をいただき、お互い木を扱う者同士話が弾みました。
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そのあと集落内にある惟嵩親王を祖神とする「大皇器地祖神社(おおきみきちそ)」を案内してくださったのですが、境内には樹齢500年はあろうかと思われる杉の巨木が立ち、千年を超えるこの山深い地の歴史の深さを改めて感じました。
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帰りに立ち寄った惟嵩親王の御陵と伝えられている地に建つ惟嵩親王の象。
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by y-tukide | 2014-09-22 14:57 | かくれ里を行く

かくれ里を行く 在原

3月後半の日曜日、滋賀県北端の福井との県境に近いところにある在原の里に行ってきました。在原に行くのは2回目でかなり前に一度訪れています。
国道161号線のマキノ町にある道の駅の越えたあたりを左に折れ、白谷という集落を右に山道を10分ほど走ると在原の集落があります。
白谷に向かう途中に田植え前の、水がはられた田のみなもに映る雪山がとてもきれいでした。
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在原は30軒ほどの小さな集落で茅葺の民家が点在し、日本の原風景を思わせる静かな山里です。
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この地域は、県内でも有数の豪雪地帯で、家の周りには茅や波板の雪囲いが立てられています。
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前日にも雪が降ったそうで、屋根には雪が残っていました。
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在原は、平安時代の貴族の歌人、在原業平(ありわらの なりひら)が晩年隠遁したとの伝説があり、名はそれに由来しています。そして在原業平の墓と伝えられている石塔が杉林の中にひっそりと立っていました。
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集落内には業平の名をとった蕎麦屋があり、その店内には巨石がテーブルとして使われていました。
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以前訪れた時より、茅葺の民家が少なくなっているように感じたので、道で出あった老人にたずねてみると昨年の6月に火事があり7棟の民家が焼けたそうです。
確かに痛々しい焼け跡がありました。
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何とも悲しい話です。今や二十数軒の集落になってしまいました。
道端の地蔵さんも物寂しげでした。
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by y-tukide | 2014-03-31 09:43 | かくれ里を行く

かくれ里を行く 菅浦

―秘境と呼ぶほど人里離れた山奥ではなく、ほんのちょっと街道筋からそれた所に、今でも「かくれ里」の名にふさわしいような、ひっそりとした真空地帯があり、そういう所を歩くのが、私は好きなのである― 白洲正子「かくれ里」の本文より。

白洲正子にあやかり昨年の年の瀬、ぶらり近江の菅浦に行ってきました。ここを訪れるのは12年ぶりです。
菅浦は、琵琶湖の北端にせり出した葛籠尾崎(つずらおざき)の先端に位置します。背後に迫る山並みと湖岸との間のわずかな平地に集落が形成されています。
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眼前に浮かぶ、信仰の島「竹生島(ちくぶじま)」、白洲正子は前方後円墳のようと書いています。
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集落の入口に建つ「四足門」、かつては東西南北の入口にあったそうで、実際に集落の出入り口を固める門としての役割を持っていました。
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集落の高台にある須賀神社、明治時代に保良(ほら)・小林・赤坂の三つの社を一つにし、それぞれの神を合祀したものです。淳仁天皇を祀る保良神社は764年の創立と伝えられ、須賀神社の拝殿裏には、淳仁天皇の御陵である石垣が残され、今も集落の人々の深い崇敬を集めています。その崇敬の念のあらわれとして石段を登るのは土足厳禁で素足が基本、白洲正子が訪れた時を素足で登ったそうです、今は石段横にスリッパが用意されています。
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毎年4月に行われる須賀神社の祭りには、合祀された三社の神輿がかつぎ出されます。
12年前訪れた時はたまたま祭りの日で、三社の神輿がかつぎ出されていました。
今はかつぎ手少なくなり一基の神輿のみだそうです。ただ昨年の10月に執り行われた1200年祭りには3基の神輿がかつぎ出されたそうです。

12年前に訪れた時の祭りの様子。
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菅浦の集落の中は、各家々の前に波よけの石垣が積まれ、独特の風景を形成しています。
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今はあまり取れなくなった「いし貝」、シジミよりうまいそうです。正月料理にと採ってこられたのですが、近くの畑で採れる野菜と物々交換するとのこと。
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穏やかな湖面に「カイツブリ」が!
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by y-tukide | 2014-02-03 17:00 | かくれ里を行く

かくれ里を行く 椋川

―秘境と呼ぶほど人里離れた山奥ではなく、ほんのちょっと街道筋からそれた所に、今でも「かくれ里」の名にふさわしいような、ひっそりとした真空地帯があり、そういう所を歩くのが、私は好きなのである― 白洲正子「かくれ里」の本文より。

白洲正子にあやかり、私もいつもの水汲みに行く道、若狭街道(鯖街道)を道草し朽木を過ぎたあたりの山道を左におれ、椋川(むくがわ)という所を訪ねました。
朝の8時、朝もやの中、山あいにひろがる集落。
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椋川は、中世のころから近江守護佐々木氏の末流である朽木氏の支配下におかれた集落。
茅葺の民家も点在し、日本の原風景の趣を色濃く残しています。
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歩いていて聞こえるのは小川のせせらぎと朝をつげるニワトリの声。
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村の氏神さんの日吉神社、境内には樹齢二百年以上と推定される杉の大木。
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蔵のある民家の敷地に立つ、これも樹齢四百年の桜の古木。
この里の歴史の深さを感じます。
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広い山里に民家が点在していますが、もっとも多く民家が集まる笹ケ谷地区に一軒の立派な茅葺の民家がありました。
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道から見上げていると、ご主人が出てこられ家を見せていただくことになり、囲炉裏端でいろいろ興味深い話を聞かせていただきました。
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築130年程のこの家は、材木も立派なものが使われ、14年に一回茅も葺き替えられ非常にいい状態の建物です。
現在は住んでおられず高島市に寄付され、村と町をつなぐイベントや体験学習などに活用されているそうです。
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ついつい長居をしてしまいました。この建物が拠点となり里と町とのつながりがより深まることを願います。
そうそう近年、町からこの山里に若い二家族が移り住んだそうです。
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by y-tukide | 2013-11-18 14:20 | かくれ里を行く