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カテゴリ:鉄道ブラ旅( 12 )

鉄道ブラ旅 伊賀鉄道伊賀線 伊賀上野

伊賀鉄道伊賀線は、関西本線の「伊賀上野駅」と近鉄大阪線の「伊賀神戸駅」を結ぶ16.6kmの短い路線です。沿線の伊賀忍者の里にちなんで「忍者列車」が運転されています。
この日は、JR宇治駅からJR奈良線に乗り木津駅へ、そこからJR大和路線に乗り換え次の加茂駅へ、次にJR関西本線に乗り換え伊賀上野駅へ、そしてそこから伊賀鉄道伊賀線の忍者列車に乗り上野市駅へと向かいました。
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さすがに忍者列車、網棚の上に忍者が潜んでいます。
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上野市駅に到着。伊賀上野にはこれまでに何度も訪れていますが電車で訪れるのは初めてです。
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伊賀上野は、戦国武将の藤堂高虎が築いた伊賀上野城の城下町であり、伊賀流忍者の発祥の地あるとともに、俳聖松尾芭蕉の生誕地でもあります。
駅前には芭蕉の像が立っています。
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そこで十数年ぶりに芭蕉の生家に行くことにしました。
この道は、奈良と東海道の関宿を結ぶ「大和街道」です。
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その大和街道沿いに芭蕉翁の生家があります。
火事で焼け何回か建て替えられているそうです。
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これは敷地の奥に建つ釣月軒(ちょうげっせん)という草庵。
説明書きを読むと、この草案で芭蕉は自撰の処女集である「貝おほひ」を執筆し、上野天満宮に奉納して江戸に下ったそうです。
地元の人は、松尾芭蕉のことを親しみを込めて「芭蕉さん」と呼んでいました。
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大和街道を南に向かって歩いていくと伊賀から津へ通じる「伊賀街道」と合流します。
この辺りには、立派な町家が結構残っています。
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12年前の秋に伊賀上野を訪れた時、この辺りに番傘干場があり、それを写真に収め翌年の年賀状に使わせてもらいました。
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街道沿いで面白い店を見つけました。
「西田はきもの店」という下駄屋さんです。この店では好きな下駄と鼻緒を選んで自分の足に合うようにすげてくれます。
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私はここで、昔なつかしい、職人さんらがよく履いていた裏がタイヤのゴムの「せった」を見つけ購入しました。
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伊賀上野を歩いているといつも感じることですが、和菓子屋さんの多いこと。
高級和菓子の店から庶民的な和菓子の店までとにかくあちこちで見かけます。
たぶん昔から茶をたしなむ人が多く、茶の文化が盛んだったのでしょう。
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時刻は昼前、今回のぶらり旅の目的の一つである昭和31年創業の老舗の洋食屋「グリル ストーク」さんへ。この店には伊賀上野に来るたびに訪れています。
お決まりは伊賀牛のタンシチュー、絶品です。
創業者は、なんでも京都のホテルで修業し、地元に帰ってきて店を開いたそうです。
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食事を満喫した後、中之立町通りを散策しながら、久しぶりに「蓑虫庵(みのむしあん)」に向かいました。蓑虫庵は、芭蕉翁五庵のうち現存する唯一の草庵で三重県史跡・名勝です。
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この日も酷暑、歩いていても倍疲れます。
ちょっと早めに切り上げ、忍者列車に乗り帰路につきました。
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by y-tukide | 2016-08-22 09:00 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 JR赤穂線 邑久

朝日新聞の夕刊に連載されている「反骨の記録」15で、明治の思想家・社会主義者である幸徳秋水と大正ロマンを代表する画家、美人画で有名な竹久夢二のことが記されていました。
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竹久夢二は若いころ、幸徳秋水らの平民社に関わりがあったそうで、幸徳らが唱えた非戦論に共感し、日露戦争当時の世相を題材にした「反戦コマ絵」を平民新聞に投稿していました。後の美人画や詩の出発点は、その反戦コマ絵にあったそうです。
その夢二が、生まれ育ったのが赤穂線沿線の岡山県瀬戸内市邑久町というところです。
この日赤穂線の「邑久(おく)」駅で降り、路線バスに乗り替え夢二の生家へと向かいました。
夢二は、明治17年に邑久郡本庄村というところの小さな造り酒屋に生まれました。
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生家の近くには、夢二が大正13年に東京で自ら設計したアトリエが、夢二の二男の方の協力で復元されて建っていて「少年山荘」と名付けられています。
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少年山荘に展示されていた反戦コマ絵「いづれ重き!?」。
右手に泣く子を抱え、左手に数本の大根をさげた後ろ姿、戦争で夫を失った女性の肩に
のしかかった苦悩が表現されています。
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見学した後またバスに乗り、瀬戸内の港町「牛窓(うしまど)」に向かいました。
牛窓は、オリーブのしげる山、海に浮かぶ島々、温暖な気候などから日本のエーゲ海と言われているそうです。
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古くは潮待ち、風待ちの良港として栄え、江戸時代に朝鮮通信使が寄港したそうで、明治20年に建てられた旧牛窓警察署本館を利用した「海遊文化館」には、その資料などが展示されています。
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山手にある本蓮寺。
瀬戸内の小さな町にしては三重の塔もある立派なお寺で、当時の町が繁栄し力をもっていたことがうかがえます。境内では温暖な気候ならではの寺の風景がたのしめます。
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牛窓町の東部には、「牛窓千家」と言われた、港町として栄えた面影が多く残る町並みがあります。「しおまち唐琴通り」と呼ばれる町並みです。
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レンガ張りの建物は、大正5年に牛窓銀行本店として建てられた建物。昭和55年まで中国銀行牛窓支店として使われていたそうです。
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レトロな木造三階建ての店。
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ガラス戸に張られた昔の役者さんの絵。この街並みで映画のロケが行われ話題になったそうです。
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ここは造船の町でもあります。
江戸時代には、船大工になるなら牛窓で修業をと言われたほど技術が高く、多くの漁船や伝馬船、ときには千石舟も造られていたそうです。今はすっかりすたれているようです。
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昼は地元の方に教えて頂いた漁師さんが営んでいる「おばんや魚魚(とと)」という店で、ご主人が朝に捕ったコブダイ・マツダイ・スズキ・タコとタコ飯付きの刺身定食をいただきました。
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鉄道ブラ旅、さて次はどこに行こうか!
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by y-tukide | 2016-06-20 13:44 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 JR赤穂線 坂越

JR赤穂線は、兵庫県の相生駅と岡山の東岡山駅を結び、瀬戸内海沿いを走るJR西日本の地方鉄道路線です。今年の1月に朝日新聞の記事を見てJR赤穂線「日生(ひなせ)」に「カキオコ」を食べに行ったのが赤穂線に乗るきっかけでした。その後いろいろ調べていると赤穂線沿いには、面白そうな町があることがわかり、5月のある日赤穂線沿線の「坂越(さこし)」という瀬戸内の町に行ってきました。
近鉄大久保駅を6時半ごろに乗り、坂越駅に着いたのが9時すぎ。
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坂越の町の中心は、駅から坂越湾に向かい「千種川」を越えたあたりから始まります。千草川と坂越湾を結ぶ「大道(だいどう)」という道沿いに風情ある古い街並みが続きます。
その入口にある「木戸門跡」は、廻船業で栄えていたころ町を守るために朝開き、夕べに閉じる門番がいたそうです。
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江戸時代、塩田から千種川を高瀬舟で運ばれた塩が荷揚げされ、大八車に積み替えられ「大道」を通り、坂越港に運ばれたそうです。道沿いには白壁で格子がある立派な家並みが続き、往時の繁栄ぶりがうかがえます。
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奥藤酒造という造り酒屋さん。
四百年ほど前の慶長6年創業の兵庫県で2番目に古い造り酒屋だそうです。
「忠臣蔵」「乙女」といった銘柄の酒が造られています。
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一角に郷土資料館があり、酒造りの道具や商品を積み込んで上方まで運んだ舟の復元模型などが展示されています。
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この建物は旧坂越浦会所。
赤穂藩の行政や商業などの事務を執るための浦会所(うらかいしょ)としての役割と共に、赤穂藩の茶屋としての役割も持っていた建物で、藩主専用の部屋もあります。
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建物内には坪庭があり、打ち水がされた庭の前に座り、風鈴の音色を聞いていると時がたつのを忘れてしまいます。
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坂越浦、前には大避神社の聖域として人の手が入らなかった原生林の生島が浮かびます。
この日は子供達のヨットレースのための船が浜に用意されていました。
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波静かな瀬戸の海と坂越湾に浮かぶ生島。
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昼、地元の方に紹介していただいた海鮮炭火焼き「さやか」という店に行きました。
建物は仮設の小屋でテーブルもビールケースの台に厚板を置いた超大衆的な店でした。
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ここで隣の席におられた、京都から来られたという年配のご夫婦に焼き方などを伺いながらカキを炭火で焼き、そして名物アナゴ重をいただきました。
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穏やかな海と歴史あるまち坂越。
魚も安くてうまいしもう一度来てみたい思った坂越のまち歩きでした。
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by y-tukide | 2016-06-13 10:21 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 南海電鉄 高野山

妻が、朝日新聞の新聞広告で南海電鉄「高野山・世界遺産きっぷ」という割引きっぷを見つけ、行ってみよかということになりました。この切符は通常、なんば駅から高野山駅まで往復3,440円のところ2,860円と17%OFFのお得な切符です。
この日JR宇治駅から6:27発の奈良行きに乗り、奈良から難波行JR大和路線快速で新今宮に、ここで南海電鉄に乗り換え「南海特急こうや1号」で高野山へと向かいました。
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今宮駅から極楽駅まで1時間18分、そこでケーブルカーに乗り換えて約5分で高野山駅に到着します。
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駅前からバスに乗り女人堂バス停で降り、ここから女人道を歩くことにしました。
「女人堂」
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1200年前、弘法大師空海がひらいた真言密教の根本道場である高野山。女人の入山が禁じられていた時代は、女性は高野七口といわれた高野山の入口をめぐり、尾根伝いの女人道を歩いたそうです。
表土が流され木々の根があらわな女人道。
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数々の種類の木々が生い茂る山道を40分ほど登ると視界が開けます。
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ここからは下り、そして下りきると壮麗な「大門」が現れます。
「大門」は、高野山の西の入口の正門です。
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大門をくぐり東に向かって歩いて行くとほどなく中門・金堂・根本大塔などが建ち並ぶ壇上伽藍に着きます。ここは弘法大師が高野開創のおり堂塔整備に着手された場所で高野山の核となるところです。
高さ50mの「根本大塔」、この建物は昭和12年に鉄筋コンクリート造で再建されたものです。
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昼は精進料理をいただきました。
とくにゴマ豆腐がうまく、土産にもしました。
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食事のあと「奥之院」へと向かいました。
奥之院は高野山の信仰の中心地で、弘法大師空海が御入定(ごにゅうじょう)されている聖地です。入口の「一の橋」から「御廟(ごびょう)」まで約2kmの道のりには、杉の老木が茂る中に20万基を超える墓や供養塔が並びます。
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ここには大名・戦国の武将など歴史上の人物の多くの墓石がまつられています。これは弘法大師の足下に眠れば極楽往生できるという信仰によるものだそうです。
武田信玄と勝頼の墓所。
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大手企業の墓所も数多くあります。
足袋の福助(株)の墓所にはこんな石像が!
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by y-tukide | 2016-03-22 11:05 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 JR播但線 福崎

JR播但線は、兵庫県の姫路駅から兵庫県朝来市の和田山駅に至る地方鉄道です。沿線には戦国時代から近代にかけて有数の銀山であった「生野銀山」や「天空の城・日本のマチュピチュ」として大変人気の「竹田城」などがあります。
この日は、播但線の「福崎駅」で降り街を散策しました。
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福崎は日本民俗学を開拓し、確立した「遠野物語」で有名な「柳田國男」が生まれ、少年期を過ごしたところで、その生家も残されています。
町の中心部には「市川」という川が流れています。その川の淵に「駒ヶ岩」という岩があり、その淵で柳田國男が子供のころ、夏に着物を脱いでよく遊んだそうで、泳いでいると「ガタロ」(河童)が出て、子供の足を捕まえて引きずり込むという話をよく聞かされたそうです。
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柳田國男の生誕の地である「辻川」という地区には、「銀の馬車道」という道が走ります。
銀の馬車道は、明治の初め生野銀山と姫路の港の間の約49kmを結ぶ道として作られた馬車専用道路です。
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その道沿いに建つ造り酒屋。
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道を歩いていると古民家修理復元工事現場を発見。
兵庫県指定文化財の「大庄屋三木屋」の修理復元工事の現場でした。これは見てみたいと現場事務所を訪ね名刺を渡しお願いしたのですが、幸運にも見学を許していただきました。
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現在の工事は、平成23年から始まった「母屋」の工事で5年間かかり今年竣工するそうです。そして引き続き「離れ」の工事が3年計画で予定されています。
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1時間ほど見学させていただき、この工事を担当している大工棟梁の方とも話ができ勉強させていただきました。
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この後、移築され保存されている柳田國男の生家を見学しました。
柳田國男は著書「故郷七十年」の中で「私の家は日本一小さい家だ」といい「実は、この家の小ささという運命から私の民俗学への志も源を発したと言ってもよいのである」と書いています。
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生家の近くに建つ柳田國男の像。
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時刻は昼、昼飯に福崎町特産の「もちむぎ」をいただくことにしました。
「もちむぎ」は、一般的な麺に使用される小麦より粘性があり、普通の小麦より「もちもち」した食感が味わえます。
確かに一見するとそばのようですが、食べるとコシのあるうどんのようです。
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食事の後、辻川界隈を散策し「神崎郡歴史民俗資料館」などを見学。
柳田國男が幼いころ、狛犬に乗って遊んだという「鈴の森神社」。
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池の水面から泡が立ちだし何かが現れてきました。何かと思いきや「ガタロ」河童です。
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私は学問としての民俗学はよくわかりませんが、今や古民家をはじめ風俗や習慣・伝統など昔から培われ、伝承されてきた民族の遺産が近代化の流れの中で消えゆこうとしています。
建築を志す者として、世界に誇る日本の伝統的な木造建築文化を残し継承していくことの大切さを改めて感じました。
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by y-tukide | 2016-02-22 13:57 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 JR赤穂線 日生

朝日新聞の夕刊に連載されている「ぶらり舌まかせ」の1月20日付の記事「海のミルク あふれ出す」を読んで興味がわき、岡山県東端の備前市日生(ひなせ)町に行ってきました。
JR宇治駅を6:42に乗り京都駅へ、京都駅から新幹線で姫路に行き、在来線に乗り換え播州赤穂駅へと向かいます。播州赤穂駅からJR赤穂線に乗り換え「日生駅」に着いたのは9:21。
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日生は、瀬戸内海の潮の香りが漂う人口8,600人ほどの小さな漁師町です。この日のお目当ては夕刊記事で紹介されていたカキの入ったお好み焼き「カキオコ」です。
岡山県は広島・宮城に次ぐ全国3番目のカキの産地だとか。ここ日生では産地ならではの今が旬のカキを惜しげもなく入れたお好み焼きが味わえます。
駅に降り立ち昼にはまだ早いので町を散策しました。
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日生は、小豆島とフェリ―で結ぶ港でもあります。
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街の鮮魚店では、朝に上がったシャコ、ワタリガニなど瀬戸内の海の幸が並びます。
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「五味の市」というところでは、カキが販売されています。
日生カキの特徴は、1年間のサイクルで養殖することです。他産地では出荷するまでに2~3年かかりますが、旬の時期に旬の味を楽しめるように、限られた時期だけ生産し、小ぶりですがこだわりの美味しい日生カキが提供されます。
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好きな素材を選びバーベキューできる店もあります。
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たまたま見つけたカキ養殖いかだ造りの現場。
丸太と竹を番線でくくり、浮き輪をつけて完成です。
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日生には、20店近くのお好み焼き店が港町独特の入り組んだ路地などにあり、いたるところに「カキオコ」のノボリが立っています。
「カキオコ」の由来は、朝日新聞夕刊の記事によると当時、お好み焼きといえば牛肉だったが、ある日カキ漁師が商売ものにならないカキを持ってきて「いれてくれ」と頼むようになった。2001年の暮れに、一人の県職員がカキ入り味に感動し、名物にすることを提案し研究会が出来、2年後に「カキオコ」と命名されたそうです。
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その記事に紹介された店に行くと、昼前なのに満席で順番待ち。
待っている間、隣の人に声をかけるとこのご夫婦は和歌山市から車で来られたそうで、あの記事を見て岡山に旅行に行く途中に立ち寄ったそうです。記事効果絶大なり!
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私は「カキオコ」「カキの鉄板焼き」と生ビールを注文しました。
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店は、田舎町によくある大衆的な小さなお好み焼き屋さん。
熟練のおかみさんの手早い仕事ぶりに、見入ってしまいます。
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惜しげもなく盛られるカキ。
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ひっくり反しソースを塗って出来上がり、香ばしいソースの香りがたまりません。
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確かにうまかったのですが、寒い外で並んでいる人たちが気になって、ゆっくり味わいながら食べられなかったのがちょっと残念でした。
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by y-tukide | 2016-02-01 10:50 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 えちぜん鉄道

「えちぜん鉄道」は、福井県福井市から芦原温泉を通り三国港に行く「三国芦原線」と永平寺を通り勝山に行く「勝山永平寺線」の二つの路線を走る第3セクターが運営するローカル線です。

昨年の暮れ、その「えちぜん鉄道」に乗り「三国」に行ってきました。

朝6時半ごろに家を出、京都駅の0番ホームから特急サンダーバードに乗りJR福井駅へと向かいました。京都駅から福井駅には1時間20分ほどで着きます。

この日は晴れ、湖西線を走る車窓からは、うっすらと雪化粧した比良の山々がせまります。

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福井駅に着くと「恐竜博士」が出迎えてくれます。

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えちぜん鉄道の福井駅は、北陸新幹線高架橋を使用して仮線営業運転をしています。

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今日の目的地である「三国」へは、福井駅から1時間ほどかけ22の駅を各駅停車でのんびりと走ります。

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10時半ごろに三国駅に到着。

三国は、越前平野を流れる福井県下一の大河「九頭竜川」が日本海にそそぎこむ河口にあります。

古くから水運で栄えた湊町で、江戸時代中期から後期にかけては「北前船」が出入りする寄港地として、また河川の船運を通じて内陸を結ぶ物資の集積地として隆盛を極め、今もその面影が随所に残っています。

その一つ豪商であった「旧岸名家」は、代々材木商を営んでいたそうで、建物は江戸時代のものです。

「妻入り」の建物の前面に「平入り」の半分をつけた「かぐら建て」と呼ばれるこの地方独特の建築様式です。

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北前船による廻船業で財をなし、明治に銀行を創業し、大正期に建てられた「旧森田銀行」。福井県内に現存する鉄筋コンクリート造の最古の建物です。

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内部の豪華な漆喰模様をはじめ、細部のデザインや技術に相当のこだわりのある質の高い建物です。

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古い街並みの中にもこんな店もあります。地元特産のらっきょうを使っているとか!

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三国には遊郭があったのですが、遊郭入口には「行こうか、行くまいか」と思案した「思案橋」が残り、周辺にはその面影が感じられる建物もあります。

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街を散策して時刻は昼、湊町に来ていただく昼飯は当然新鮮な魚料理です。

駅の近くまで戻り「福寿司」という店で、ビールで喉を潤し寿司をつまみました。

これも鉄道ブラ旅ならではの楽しみです。ただ「寒ブリ」を期待したのですが暖冬で海水温が下がらずこのあたりではまだ寒ブリはあがらないとのことでした。

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食事の後、三国港に行ったのですが、遠くに青空の中に雪を抱いた山々が浮かんでいました。

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ここから海岸沿いの遊歩道を歩き「東尋坊」方面に向かい歩きました。

冬の日本海とは思えない穏やかすぎる春の海です。

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海岸沿いの遊歩道で出会った人は一組だったのですが、さすがに東尋坊には多くの観光客がいました。

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ここで日もだいぶ西に傾いてきたので、そろそろ帰路につくことにしました。

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by y-tukide | 2016-01-18 14:48 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 岐阜の明知鉄道

今年の5月に美濃中山道を歩いて、岐阜の恵那(えな)の「大井宿」で泊まった時、恵那から明智に通じる「明知鉄道」という鉄道があり、その沿線に日本三大山城の一つである「岩村城」と大正時代の建物や街並が残る「大正村」があると聞いて、改めて訪れてみたいと思っていたのですが、11月の連休に妻と二人で行ってきました。
明知鉄道は、昭和9年に国鉄明知線として開業し、昭和60年に第三セクター方式で発足、そして25kmの全線が開通して今年で30年となるローカル鉄道です。
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この日早朝に自宅を出、明知鉄道の始発駅である恵那駅から「岩村城」のある岩村駅へと向かいました。
車両は一両編成のディーゼル機関車のワンマンカーです。
ディーゼルエンジンの力強いひびきの中、運転手さんが冗談を交えながら名調子で沿線の案内をしてくれます。
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六つ目の岩村駅で下車し「岩村城」へと向かいます。
城跡にのびる本通りは、城下町の面影を色濃く残す商家の街並みで、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。
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この建物は「旧勝川家住宅」、江戸時代末期に材木や米を扱った商家です。
主屋は江戸時代後期の建物で通り庭を抜けると、ナマコ壁の蔵が3棟あり往時の繁栄が伺えます。
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なだらかな坂の城下町の街並みを抜けると岩村藩主邸跡につきます。
ここは城跡公園になっていて、城下に時を告げた「太鼓楼」や歴史資料館があります。
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ここから石畳の急な坂道が、標高717mの城の本丸へと続きます。
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岩村城は、奈良の「高取城」、備中岡山の「松山城」と並ぶ日本三大山城です。
私は以前に高取城には行ったのですが、松山城には亡き奥村先生と岡山の高梁に行った時、城の登り口までは行ったのですが時間の関係でその時は残念しました。
岩村城は、鎌倉時代に築かれ、戦国時代には甲斐の竹田信玄と尾張の織田信長の抗争の接点地となり双方の激しい攻防戦が行われています。
きつい石畳の坂道を息を切らして登って行くと「一ノ門」「大手門」跡が現れます。
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そしてようやく六段の石垣の本丸が浮かび上がります。
この地方は霧が多いそうで城の周りに霧が立ち込めると雲海に浮かぶ「天空の城」となることでしょう。
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本丸跡で一息ついて下山し城下町で食事をとった後、明知鉄道に乗り次の目的地である「大正村」のある終点駅「明智」へと向かったのですが、ここでハプニングが発生。
岩村駅の次の「花白温泉駅」で電車が止まってしまいました。
というのも駅から30m程先で、線路沿いの家の人がケヤキの木を伐り、それが線路側に倒れたのです。運転手さんが様子を見に行ったのですがどうにもなりません。
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運転手さんが会社に電話し指示を待つのですが、待てども代替えのバスなどの対応手段の連絡がありません。乗っていた団体客は、ガイドさんが連絡しどこかで待機していた観光バスが来て次の目的地へと行ってしまいました。残された我々6名程はどうしようもありません。
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駅前にある花白温泉で風呂に入って待っていようかなどと言っていると、その花白温泉の方が送迎用のマイクロバスで恵那駅まで送ると言ってくださいました。
「渡る世間に鬼はなし」いい人がいるものです。助かりました。
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そんなこともあり、この日は急きょ恵那のビジネスホテルで泊まることにしました。
翌日、何とか復旧し運転が再開され、仕切り直して再度「明智駅」へと向かいました。

ここ明智町は、明治から大正かけて生糸の製糸工業が栄え、工場で働く若い女性や商人たちで大変賑わい、西洋のハイカラな文化が外から入ってきました。
山あいの小さな町ですがそのころのモダンな雰囲気が今も多く残る町です。
そしてかの「明智光秀」の生誕した地でもあります。

黒い羽目板と漆喰塗りの明治・大正時代の蔵が建ち並ぶ「大正路地」。
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明治・大正時代、役場だった建物などが建つ一角。
建物内には当時の珍しい物が展示されています。
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「旧三宅住宅」中ではボランティアの方が、囲炉裏の番をしておられ地元の話を聞くことが出来ました。
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かつてこの町は三河地方から信州や木曽へ通じる「南北街道」と飯田方面から瀬戸や尾張へ通じる「中馬街道」の交わる宿場町としても賑わった町でその面影が色濃く残っています。
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ここ大正村は、同じ岐阜県にある建物博物館としての「明治村」とは異なり、古い建物に人が住み生活が営まれ、生きた大正ロマンが息づく静かな山あいの町でした。
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by y-tukide | 2015-12-14 13:12 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 京都丹後鉄道 宮津

京都府の北部、日本海に突き出た丹後半島の入口に宮津の町があります。
宮津へは京都駅からJRで直通でも行けますが、JR山陰本線を福知山駅で京都丹後鉄道(旧北近畿タンゴ鉄道)に乗り換え、2時間ほどで行くことが出来ます。
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宮津といえば「天橋立」が有名ですが、
宮津は、城下町であると共に、天然の良港に恵まれ海上交通の拠点で、丹後地方の中核として賑わった町です。今も歴史を感じさせる町並みが随所に残っています。
町の中心を流れる大手川の護岸には、宮津城の城壁が城下町の面影を伝えようと再現されています。
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宮津城の太鼓門が移築された、宮津小学校の正門。
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明治29年にフランスの神父よって建てられた「カトリック宮津教会」。
毎週ミサが捧げられる現役の聖堂としては、日本で最古のものだそうです。
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教会の東側の公園には、戦国武将、明智光秀の三女で細川忠興の正室でありキリシタンであった「細川ガラシャ」の銅像が建っています。
関ケ原の戦いまでは、細川家が丹後の国を領し宮津城の城主でした。
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300年以上にわたり伝統を守り続けている「袋屋醤油店」。
「あしぎぬ」という銘柄は多くの方に好まれ、ここでも販売されています。
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江戸時代の商家で国重要文化財に指定されている「旧三上家住宅」。
防火構造の「大壁塗籠め造り」の重厚な建物で、現在は宮津市が所有し整備され一般公開されています。
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広い敷地内には府指定名勝の庭園があり、その庭園が眺められる正院造りの座敷の床の間は、床框に「黒柿」、落掛(おとしがぎ)に「神代杉」、床脇の違い棚には「ケヤキの玉杢(たまもく)」といった銘木が惜しみなく使われています。
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花街として賑わった新橋通り付近は、京格子のある町家が残り当時の風情が漂います。
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「宮津市公設市場」、開けている店はあまりないですが、海の幸は新鮮です。
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昼に立ち寄った宮津駅前にある大衆食堂の「富田屋(とんだや)」。
新鮮な海の幸を安く食べさせてくれるとあってか客が並んでいます。
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昭和のにおいと、田舎町の大衆食堂のにおいがプンプンする店です。
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7月18日に京都縦貫自動車道が全線開通し、今年の夏、京都北部はさぞかし賑わったことでしょう。
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by y-tukide | 2015-08-24 09:00 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 北近畿タンゴ鉄道

北近畿タンゴ鉄道は、京都府北部の丹後地域と兵庫県北東部の但馬地域を走る第三セクター鉄道です。京都府の福知山市と宮津市を結ぶ「宮福線」と、京都府の舞鶴市から宮津市、与謝野町、京丹後市を経て、兵庫県の豊岡市を結ぶ「宮津線」の2路線を運行しています。
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この日、妻と3歳の孫と三人でタンゴ鉄道に乗り天橋立に行ってきました。
京都駅から「特急きのさき」で福知山へ、ここでタンゴ鉄道の「あおまつ1号」に乗り換え、ゆったり丹後鉄道の旅。
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「あおまつ」は平成25年にリニューアルされた車両、レトロな外観で車内は木がふんだんに使われ、窓に向かったカウンター席、4人がけの木のテーブル席、ゆったりできるソファー席が用意されています。
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車内では若い女性の専属クルーが乗車していて、コーヒーなどの飲み物や菓子などを販売しています。また沿線の観光スポットに近づくと列車のスピードをおとし、説明を車内放送してくれます。
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1時間ほど乗車して天橋立駅に到着。
天橋立ビューランドからの眺め。
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この時期、丹後地方では「丹後とり貝」をいただくことができます。
「丹後とり貝」は全国唯一の大型のとり貝で、京都府海洋センターが育てる技術を完成させ、事情化に成功したものです。大きくて肉厚があり、柔らかく上品な甘みがあり、これがとり貝かと思わせる絶品です。
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食事の後は浜へ。
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ここはもう夏です。
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by y-tukide | 2014-06-30 10:16 | 鉄道ブラ旅