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カテゴリ:城( 4 )

備中松山城

日本三大山城と呼ばれる城があります。一つは「大和高取城」もう一つは「美濃岩村城」そして「備中松山城」です。
そのうちの大和高取城と美濃岩村城は、以前に訪れています。
大和高取城(城)は、奈良県高取町の標高584mの高取山の山頂にあり、大和郡山城の詰め城として築かれた城で、明治に廃城になって石垣のみが残りで木々が茂り、訪れる人も少なく「つわものどもの夢の跡」の雰囲気が漂っています。
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次に美濃岩村城は、岐阜県恵那市にあり標高721mと最も高い所に建ち、天嶮の地形を利用した要害堅固な山城です。昨年妻と二人明智鉄道(鉄道ブラ旅)に乗り行ってきました。
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そして今回三つ目の備中松山城を訪れました。
備中松山城は岡山県高梁市(たかはしし)にあり、標高430mに天守が現存する山城としては随一の高さを誇っています。
JR伯備線の備中高梁駅からバスに乗り「ふいご峠(8合目)」まで行きそこから20分程きつい石段を登ります。
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息をきらしてようやく石段を登りきると天空の城塞が現れます。
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天然の岩盤の上に石垣が積まれ、山城の特徴が現れています。
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小ぶりの天守ですが、漆喰の白が空の青と新緑の緑に映え、美しい姿を現しています。
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眼下に高梁の街が広がります。
その高梁の街に、石段を下り山道を歩き街へと向かいました。
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山城は、敵が来襲すると山上の城に立て籠もる主に防御を目的とした城です。平時には城主は不便な山城には住まず麓に住民と共に住みます。そのために山城の麓には、城下町が形成されます。
高梁の街も城下町として面影を色濃く残し、町もそれを誇りとして保存整備を行っています。
武家屋敷と土塀が残り保存整備されている石火矢町。このあたりには上級武士が住んでいたようです。
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武家屋敷の旧折井家。
当時の生活の様子がうかがえるように整えられ、資料も展示されています。
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土塀の道を進んでいくと「頼久寺(らいきゅうじ)」があります。
頼久寺の庭園は江戸時代、備中国奉行として赴任していた小堀遠州が作庭した蓬莱(ほうらい)式枯山水の庭で国指定の名勝です。
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街中でうだつが上がり連子格子の商家の家々の表には、竹筒に花が活けられ、通りを歩く人の目を楽しませてくれます。
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もう少し街歩きをしたかったのですが列車の時間がせまり残念しました。何せ日帰りなので仕方ありません。
備中高梁、城も街もそして人もなかなかいいです!
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by y-tukide | 2016-05-02 10:00 |

姫路城

一度行ってみたいと思っていた姫路城に、妻と3歳になる孫と3人で行ってきました。
8時前にJR宇治駅から電車に乗り、京都駅で姫路行の新快速に乗り換え2時間ほどで姫路駅に着きます。新幹線を使えば1時間半もあれば行けます。
平成23年4月から本格化した姫路城大天守保存修理工事、今年天守閣周辺を囲う素屋根が取り払われましたが、平成27年3月27日オープンに向け今も工事が行われています。
三の丸広場からから見る天守閣群。
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素屋根が取り払われた大天守・小天守は確かにすばらしく、漆喰の白さがまばゆくとてもきれいです。さすがに世界文化遺産に登録された国宝の建物、見ごたえがあります。
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外壁はもとより、屋根瓦の目地も漆喰で仕上げられた白亜の姿は、なるほど白鷺城と称されるのも納得です。
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外壁の漆喰は、外観の美しさと同時に防水・防火性をそなえた仕上げ材です。大天守の場合、壁厚は約30㎝から45㎝の厚みで、漆喰の厚さはなんと30mmもの厚みで塗られているそうです。
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「ろの門」をくぐり本丸近くまでは行けますが、本丸内は工事中ため入ることはできませんが、石垣の下から見上げる天守は壮観です。
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姫路城は一時期、黒田家が城主でしたが、現在放映されているNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」にちなんで特別展が行われていました。
黒田官兵衛の甲冑とマント。
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黒田官兵衛の家臣団。
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城の敷地内には、動物園と遊園地があり子供連れの家族も楽しむことができます。
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この象の名前は「ひめこ」だそうです。
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この日は3歳の孫も私達も十分楽しむことができました。
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by y-tukide | 2014-12-08 15:16 |

大和 壺坂みち―高取城跡―

日曜日、奈良の大宇陀でお客様との打合せがあったのですが、その後高取にある高取城跡に行ってきました。
私は、司馬遼太郎のファンですが「街道をゆく」シリーズの「大和 壺坂みち」で司馬遼は高取城跡を訪ねています。
高取は、吉野に行くとき通る町ですが、これまでに数え切れないほど吉野に行っているのに、高取城跡に行きたいと思いながら行く機会がありませんでした。
高取城は日本三大山城の一つで、標高584mの高取山の山頂に築かれ、山の麓の平地から高低差390mある難攻不落の山城で、今は石垣のみが残っています。
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麓から4キロほど車で登り、そこからは歩いて急峻な細い山道を上って行きます。
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20分ほど歩くと生い茂る樹木の中に石垣が次々と現れてきます。
司馬遼はその光景を
「自然林と化した森の中に苔むしつつ遺っているさまは、最初にここにきたとき、大げさにいえば最初にアンコール・ワットに入った人の気持ちがすこしわかるような一種のそらおそろしさを感じる」と書いています。
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高取城は、南北朝時代に土地の豪族が築いたのが始まりで、秀吉の時代には石塁を築き土塀を回し、山城に平城の築城技術を採用し、要害堅固で優美な近世的城郭として整備されました。江戸時代には譜代大名の植村氏の居城となり幕末まで続きます。
「奈良産業大学の高取城CG再現プロジェクト」の再現画像

城内には巨木が茂り、歴史の深さを物語ります。
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高取山の頂上に築かれた本丸跡からの南の眺めは素晴らしく、手前に吉野山、奥に大峰山、大台ケ原の山々を望むことができます。
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この日は日曜日とあって訪れる人も多いかと思っていたのですが、二組のカップルと出会っただけで、以前訪れた今大人気の「竹田城」とは大違いの静けさでした。
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by y-tukide | 2014-09-01 11:11 |

竹田城跡

四月の休日、朝思い立ち兵庫県の和田山にある竹田城跡に行ってきました。
竹田城は、秋から冬にかけての良く晴れた早朝に、円山川から発生する朝霧に包まれ、雲海に浮かぶその幻想的な風景が「天空の城」・「日本のマチュピチュ」として有名になりました。
なんの下調べもせず朝6時半ごろ家を出たのですが、着いたのが9時、この時間で麓の駐車場は、車と人でいっぱい。これほどの人気とは考えてもいませんでした。
中腹にある駐車場へは、自家用車はダメ、一時間に一本のバスかチャーター車かタクシー。
そこから20分ほど山道を登ると城跡につきます。
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ちょうどこの日は桜が満開で、観光客が多いのもその一つの理由です。
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竹田城の石垣は、安土城や姫路城と同じ「穴太衆積み」(あのうしゅうづみ)で築かれています。穴太衆は大津市坂本の穴太を拠点する石工(いしく)集団です。
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どんどん観光客が登ってきます。こりゃやばいと早々に城を跡にしたのですが、時が時ならまさに城攻めの軍団です。
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下る途中、笹の茂みの中に小鹿が、人を見なれているのかあまり怖がる様子もありません。
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下りは麓の駐車場まで人ごみを避け歩きました。
途中、濃い緑の中に映える山桜がとてもきれいでした。
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by y-tukide | 2014-04-22 09:08 |