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壬生寺かいわい

京都市中京区壬生で上棟式がありました。
この建物は一階が鉄骨造で2・3階が木造の混構造の建物です。
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上棟式の後、近くにある壬生寺かいわいを歩きました。私は壬生寺を訪れるのは初めてです。
壬生寺は律宗総本山唐招提寺の末寺だそうで平安時代に創建されました。昭和37年に本堂が焼失し、現在の本堂は昭和45年に再建されたものです。
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創建1000年を記念して建てられた千体仏塔。
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壬生といえば新撰組の屯所があったところですが、当時壬生寺境内は新撰組隊士の調練場として使われ、武芸や大砲(おおづつ)の訓練が行われていたそうです。
境内の池の中に壬生塚がありそこに隊士の墓碑や近藤勇の像が立っています。
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そこにひょっこり新撰組の羽織を着た若者が現れちょっとびっくり、
聞くと近くに貸衣装やあるそうです。
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壬生寺に隣接して建つ「八木家住宅」。
江戸時代八木家は壬生村きっての旧家で、壬生郷士の長老を務めていたそうです。
幕末には新撰組の近藤や土方らの宿舎になっていた家です。このお宅は見学することができ、当時組織の長であった芹沢鴨が暗殺された座敷や刀傷が残った鴨居などを見ることができました。
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平安時代、朱雀大路であった千本通り沿いの新撰組グッズを売る店。
ここで新撰組隊士の衣装が借れます。
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壬生寺を南に下がったところに「表屋造り」のとても立派な京町屋「松田家住宅」がありました。
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松田家の路地裏で見つけた、改修された京町屋の長屋。
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壬生寺境内の池の竜のしっぽにアオサギが!
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by y-tukide | 2014-11-25 09:11 | かいわい

昭和博物館

石川県七尾市にある「和倉昭和博物館とおもちゃ館」で懐かしい昭和の品々を見てきました。
館長が30年程かけて収集した10000点ほどの、よくぞ集めたと感心する品々です。

昭和46年のダイハツ ミゼット。
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三種の神器。
昭和の30年前半に、皇位の象徴とされる「三種の神器(かがみ・つるぎ・まがたま)」になぞられた「テレビジョン・電気冷蔵庫・電気洗濯機」当時は相当高価なものでした。
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子供のころを思い出す「茶の間」の風景。
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10年玉をポケットにいれ通った駄菓子屋さん。
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「嵐を呼ぶ男」石原裕次郎。
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ブリキ製のロボット。左側の赤色のロボットは世界で9体ほどといわれる希少品だそうです。
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雪村いずみやオードリヘップバンなどなど。
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昭和38年のダイハツ オート三輪。
子供のころ町内には1台しか車がなかったのですが、その車がオート三輪で通称「バタコ」と呼んでいました。町内対抗の運動会に皆が荷台に乗って行ったことを思い出します。
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鉄人28号。
白黒テレビに見入っていました。
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私が大事にしているアサヒペンタックスSP。
学生時代、アルバイトのお金を貯めてようやく買った初めての一眼レフカメラです。この時代でTTLスポット測光ができる優れもの、50mmF1.4の明るい単焦点レンズを装着し写真の魅力を教えてくれたカメラです。ボディは堅牢で故障もなく今でもつかえ青春時代の思い出が詰まっています。
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by y-tukide | 2014-11-17 08:57

ヴォーリズ・メモリアルin近江八幡

建築家であるとともに幅広い分野で大変多くの実績を残したウイリアム・メレル・ヴォーリズの没後50年を記念したイベントが、10月4日から11月3日の間、ヴォーリズゆかりの地である近江八幡で行われているのを知り行ってきました。
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ヴォーリズは明治38年、24歳の若さでキリスト教の伝道を目的としてアメリカから単身来日し、ニューヨークのYMCA本部の紹介で滋賀県立商業学校(現滋賀県立八幡商業高校)の英語教師に着任しました。しかし当時、仏教信徒が多い土地柄で反発する住民も多く、2年で失職することになります。失業し生計を立てるために選んだのが、学生時代に学んだ建築設計の道です。
そして最初に設計し建てた建物が、八幡基督教青年会館(現アンドリュース記念館)です。
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当時の日本の建築の考え方には無かったかもしれない、住まい手を充分配慮したヴォーリズの合理的な設計が評判になり、その後住宅をはじめ教会・郵便局・学校・病院など15000棟の建築を手掛けることになります。関西の主な建物では神戸女学院・関西学院・京都と心斎橋大丸・豊郷小学校などがあげられます。

JR近江八幡駅を降り、最初に向かったのは池田町にある大正期に手がけられた住宅群。
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この期間、内部も特別公開されたウォーターハウス。
一時期ヴォーリズ夫妻がここに住んでおられたそうです。築100年の建物で内外装とも改修されて、国登録有形文化財に指定されています。
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ウォーターハウスに隣接する吉田邸。
この建物は、商業学校在職時代の教え子である吉田悦蔵氏の住宅です。彼はヴォーリズの片腕として活動を支えました。この住宅群の中でヴォーリズの奥さんである一柳満喜子夫人と共に、近くの子供達をあずかる今でいう学童保育を始めたそうです。
子供たちの教育対する熱心な活動がその後の「近江兄弟社学園」と発展します。
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近江兄弟社学園内にあるハイド記念館と教育会館。
ヴォーリズの活動に共感したアメリカのメンソレ―タム社の創設者であるハイド氏が多額の寄付で建てられたもので、2003年まで幼稚園として使われていました。
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ヴォーリズ記念館。
晩年をヴォーリズ夫妻が過ごした住宅です。内部はシンプルな間取りで、建物の奥には満喜子夫人のための数寄屋風の和室が設けられています。
ここで今回のイベントでボランティアされていたご婦人に、私が以前から気になっていた「近江兄弟社」の名前の由来をお聞きしたのですが、「兄弟」というのは神のもとではみなが兄弟姉妹であるというヴォーリズの「隣人愛」の精神のからつけられた名だそうです。
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近江八幡は、豊臣秀吉の甥である豊臣秀次が築いた城下町です。その後近江商人である八幡商人の商業都市として発展し、新町や永原町には今も商人屋敷が建ち並び、往時の繁栄が色濃く残る町並みは、伝統的建築群保存地区に指定されています。
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この歴史ある八幡の町並みの中に、ヴォーリズの洋風建築が違和感なく溶け込んでいます。
今回、ヴォーリズのことを勉強し建築家としての才能のすごさを再認識するとともに、この地をこよなく愛し「隣人愛」の精神のもと様々な活動をとおして、地域に多大な貢献をした偉大さと人間的魅力を改めて知ることができました。
八幡の人達が「ヴォーリズ先生」と呼び今も尊敬していることが十分に理解できました。
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by y-tukide | 2014-11-10 09:37 | かいわい

奥村まことさん達と 近江湖東三山・湖北観音の里巡礼

私が尊敬し大変お世話になった建築家で、一昨年亡くなられた奥村昭雄先生の奥さんである奥村まことさんと昨年暮れ亡くなられた永田昌民先生の奥さん、そして生前両先生方に親しくしていただいた仲間たち計7人で近江の「湖東三山(百済寺・金剛輪寺・西明寺)」と「湖北観音の里」へ行ってきました。
湖東三山は、まことさんが以前から一度行ってみたいと言っておられたところで、今回案内させていただくことができました。
まずは百済寺(ひゃくさいじ)へ。
百済寺は聖徳太子の願いにより朝鮮半島から渡来した百済(くだら)人のために創建された近江最古級の古刹です。
赤門から紅葉にはまだ早い参道を上っていきます。
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奥村まことさん84歳まだまだ元気です。
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天台密教のこの寺院、私が三山の中で一番好きな寺です。普段は参拝者も少ないのですが、紅葉の時期は観光バスがくりだし大変な人です。そんなこともありあえて紅葉前のこの時期を選びました。
ただ私も紅葉の時期には、一度も訪れたことがないので紅葉の百済寺を一度早朝にでも来てみたいものです。
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仁王門をくぐり石段を上がりきると檜皮葺きの本堂があらわれます。平安末期から鎌倉、室町に至るころは「湖東の小叡山」と言われるほどの壮大な寺院であった百済寺、織田信長の兵火によりほとんど建物が焼失したのですが、江戸時代に再建されました
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本堂内内に祀られた如意輪観音像、信長の兵火を免れた希少な観音像です。
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2時間ほど百済寺に滞在した後、金剛輪寺の「豆の木茶屋」で昼食。
今回の旅では、この茶屋で働いておられるKさんにまことさんが会ってみたいというのも目的の一つでした。というのも私は何年か前にここに訪れた時にKさんと知り合い、その後毎年Kさんの田でとれた新米を奥村先生に送っていたのがその理由です。
ただ残念ながらその日Kさんはお休みでした。
夏に訪れた時の「豆の木茶屋」。
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国宝の本堂近くのもみじは一部紅葉していて、青空のもと赤と緑が混ざり合いきれいでした。
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湖東三山、最後に訪れた西明寺の国宝三重塔の前で記念撮影。
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この日はこれまで、長浜のホテルへと向かいました。

翌日は、北国脇往還(ほっこくわきおうかん)を北上し「湖北観音の里」へ。
途中、私が以前ブログで紹介した江戸時代の儒学者で朝鮮との交流に貢献した「雨森芳洲」の生誕地「雨森(あめのもり)」集落に立ち寄りました。
村の水路には清流が流れ水車が回り、水路沿いに花が飾られた小さな村、皆さんその風景を賞賛されていました。
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JR北陸本線の高月駅を中心としたこのあたりの村々は昔から観音信仰が盛んで、村人の手により観音菩薩が大切に守られてきました。その一つの「渡岸寺(どうがんじ)」の十一面観音像は国宝で大変プロポーションが美しい仏像です。
永田先生の奥さんは大学時代、仏像のことを研究されていたそうで、渡岸寺の十一面観音像は是非見たい仏像の一つだったそうです。
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この後昼食をとり、観音菩薩めぐりをする予定でしたが、皆さん昨日からの古刹巡礼、仏像めぐりで消化不良気味で、急きょ目先を変え「湖北のかくれ里」菅浦(すがうら)に案内することにしました。
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この二日間、ちょっとハードで盛りだくさんの内容だったので、みなさんお疲れになったかもしれません。
湖面を照らす太陽が西に傾きかけ、いい時間となったので帰路につくことにしました。
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by y-tukide | 2014-11-04 13:54 | 奥村先生とまことさん