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奥村まことさん達とデ・レーケを学び、中山道美濃路を行く

私が尊敬し大変お世話になった建築家で、3年前に亡くなられた奥村昭雄先生の奥さんである奥村まことさんと、一昨年暮れ亡くなられた永田昌民先生の奥さん、そして生前両先生方に親しくしていただいた仲間たち計8人で一泊二日の小旅行をしました。
これは昨年秋にこのメンバーで行った、近江の「湖東三山」(百済寺・金剛輪寺・西明寺)と「湖北観音の里」の旅に続くものです。

デ・レーケは、オランダの土木技術者で、明治政府に招かれ明治6年に来日し30年間滞在し、数多くの治山治水・港湾事業の現場指導をし、日本の土木技術と土木事業に多大な貢献をした方です。
とりわけ明治20年から24年間かけて行われた木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の下流改修事業は、慢性的な水害の減少、流域での農耕地の増加、全国の河川改修の促進の契機となり、「木曽三川治水の恩人」と慕われています。
生前、奥村先生がそのデ・レーケに感心を持たれ、一度彼が残した土木事業を見に行きたいと言っておられたのが、今回の旅のきっかけです。

朝9時半ごろに岐阜羽島駅に集合、ワンボックスカーに乗り込み、船頭平(せんどうひら)河川公園内にある「木曽川文庫」に向かいました。
ここでデ・レーケの像の前で「木曽川下流河川事務所」の方から木曽三川分離事業についての説明をしていただきました。
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次に木曽三川分離により、船で木曽川と長良川が行き来できなくなったために設けられた重要文化財に指定されている「船頭平閘門(こうもん)」を見学しました。
閘門とは、水面の高さが違う川・海を進むときに水門で水を調整し、水面の高さを一定にたもつ水門です。
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一時間半ほど見学し説明を受けた後、次に向かったのは明治の貴重な建築が保存されている「明治村」です。
ここでのお目当ては、フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル中央玄関です。
この建物の取り壊しが報じられた当時、まことさん達は建物を守る運動に参加し、建物の実測をされたそうです。
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絶妙な天井高の空間構成は、さすがにすばらしいです。
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当時、ライトのこだわりで工事費が大幅にオーバーしたため、ライトは途中に解雇され帰国します。
その後ライトの弟子であった遠藤新が引き継ぎ完成させたもので、大正の関東大震災にも耐えました。
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初日は、木曽川岸沿いに建つ「犬山城」の近くのホテルで宿泊。
朝、いつもの早起き組は城下を早朝散歩しました。
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2日目、まずはホテルの前にある「有楽苑(うらくえん)」を見学。
有楽苑には、織田信長の実弟である茶人、織田有楽斎の国宝の茶室「如庵」があります。
如庵は、有楽が晩年、武士を棄て京都の建仁寺の隠棲した時建てた茶室で、有楽の生まれ故郷のこの地に移築されたものです。
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次に、これも国宝である「犬山城」を見学。
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この後は、木曽川の対岸を走る中山道美濃路の宿場「鵜沼宿」へと向かいました。
宿場を散策し、各務原市が地域の歴史遺産を保存、・継承していくために伝統構法で復元した「脇本陣」などを見学。
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ここから中山道美濃路を西へと走り、次の宿場の「加納宿」にある鰻屋「二文字屋」で昼食。
二文字屋は、江戸時代には旅籠(はたご)であった店です。
私は「ひつまぶし」を注文。
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昼食後、中山道を「河渡宿」→「美江寺宿」と車を走らせ「赤坂宿」へ。
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赤坂宿を散策し最後は、赤坂宿の背後にそびえる石灰岩の山「金生山」山頂にある「明星輪寺」を参拝し、
ここで今回の旅を終えました。
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今回も盛りだくさんの内容の旅でしたが、
奥村まことさん、84歳まだまだ元気です。
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by y-tukide | 2015-05-25 09:27 | 奥村先生と

中山道木曽路 馬籠宿から妻籠宿を行く

前回に続き、連休中の2泊3日の妻との初めての中山道街道歩き。
最初の2日間は中山道美濃路の「大湫(おおくて)宿」→「大井宿」→「中津川宿」→「落合宿」→「馬籠宿」を歩きました。
そして最終日は中山道木曽路を「馬籠宿」から「妻籠宿」そして南木曽(なぎそ)駅からJR中央本線で帰路に着く行程です。

この日もまた馬籠の民宿を早起きし早朝散歩、標高600mの馬籠の気温は8℃。
水がはられた田んぼの水面に「恵那山」が浮かんでいました。
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さすがに早朝の馬籠宿には、観光客はいません。
馬籠宿では、街道が山の尾根に沿った急斜面を通っているので、その両側に石を積み上げ、屋敷が造られています。
またここは文豪「島崎藤村」の生誕の地、「藤村記念館」や藤村の墓などがあります。
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馬籠宿の北の端に建つ「高札場」を後にして、標高801mの馬籠峠に向かいます。
この日も晴天に恵まれ、気持ちのいい街道歩きです。
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途中、要所に熊よけの釣鐘が設置されています。
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道端に「道祖神」が祀られていました。
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「峠の集落」、ここには登録有形文化財に指定されている江戸末期の建物もあり、趣のある集落です。
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街道を歩いていると、やたら若い外国人のハイカーと出合います。
地元の人に聞くと、この連休中は比較的日本人もいるが、そうでない日はほとんどが外人で100人中日本人は一人ぐらいとのこと、それもアングロサクソン系の外人が多いそうです。
馬籠宿などのいわゆる観光地と言われるところには、多くの日本人が訪れていますが、こういう所には日本の若い人達は来ないようです。
確かにこの3日間街道を歩き出あった人は、私達と年恰好が似た日本人と若い外国人。
歴史的遺産と豊かな自然を楽しめる街道歩きの醍醐味、今の日本の若い方たちは、知らないのでしょうか、興味がないのでしょうか。
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標高801mの馬籠峠頂上から下って行くと「一石栃」という所に「立場茶屋」があります。
往時はここに七軒程の民家があったそうですが、現在は一軒だけが残っています。
この建物は、築250年ほどの建物で、現在「公益財団法人 妻籠を愛する会」が管理されています。
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中では囲炉裏が焚かれ、ボランティアの方がお茶の接待をしてくださり、興味深い話を聞くことが出来ました。
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街道をちょっとそれ、谷筋に下りると「男滝・女滝」が現れます。
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街道に戻り山道を下ると、視界が開け「大妻籠」の集落に入ります。
このあたりも妻籠宿保存地区の一部で、街道端には「袖うだつ」が上がり、二階の梁が街道に向かい張り出した「出梁(だしばり)造り」の民家が軒を並びます。
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ようやく「妻籠宿」に着きました。
ここも観光客が多いですがが、昨日の馬籠宿ほどではありません。
実に趣のあるきれいな街並みです。妻籠では貴重な文化遺産と自然環境保護のための「妻籠宿を守る住民憲章」が昭和46年に制定されています。その三原則は「売らない」「貸さない」「こわさない」だそうです。
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妻籠宿で昼食をとり、あとは南木曽駅(なぎそえき)まで中山道を歩きます。
宿場を発ち「妻籠城」があった「城山」あたりまでは上りですが、あとは下りの楽な道です。
ようやく眼下に木曽川と南木曽の町が見えてきました。
今回の妻との2泊3日の中山道の旅は終わりです。
三日間で歩いた距離は約65キロ、よく歩きました。
妻も街道歩きにはまったようです、次は中山道木曽路を続いて行きます。
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by y-tukide | 2015-05-18 09:45 | 街道を行く

中山道美濃路 大湫宿から馬籠宿を行く

私は、岐阜県内の中山道美濃路十七宿のうちこれまでに十三宿を訪れています。
残り四宿を五月の連休に行こうと計画していると、妻が私も行くと言いだし今回初めて妻と2泊3日で中山道を歩きました。
JR宇治駅を6時半の列車に乗り、最初の大湫宿(おおくてしゅく)への最寄駅であるJR中央本線釜戸駅へ。
そこから予約しておいたタクシーに乗り大湫宿に着いたのは9時、ここから次の宿場である恵那の「大井宿」へと中山道を歩きました。
大湫宿は、明治の国鉄中央本線と国道の開通により中山道の宿場としての使命を終え、奥深い山の中で今はひっそりたたずんだ小さな集落です。
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この日は一日中雨、三日分の荷物をリュックに背負い傘をさしての街道歩き、妻にとってはちょっとつらい初体験です。
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宿場を散策し街道を進むと十三峠という難所の入口に着きます。ここからは永遠と山道がつづきます。
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一時間半ほど山道を歩き、休憩したいのですが山中には雨宿りできる場所などありません。
そうしているうち視界が開け、四軒程の小さな集落が現れ、案内板には「炭焼立場跡」と書かれていました。
立場(たてば)とは、宿場間にある馬のつなぎ場を備えた休憩所のことで、水飲み場があり旅人や馬の喉を潤すことができた場所です。
一軒の民家の裏にベンチとテーブルがあったので、休ませていただけるかと声をかけるとお爺さんが出てこられ、気兼ねなく休んでくださいと言っていただきました。
そしてなんと温かいコーヒーと饅頭まで出してくださいました。
四国巡礼のお遍路さんへの接待もてなしではないですが、街道を行く旅人への思いやりに感謝感激しました。
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一息つき、旅人への情けに感じ入りながら再び雨の街道を行きました。
1時間ほど歩くと小さな集落に出たのですが、ここは「深萱立場跡」。
幸い雨がしのげる休憩所とトイレがあり、ちょっと早めの昼食をとったのですが、妻が作ったいつもより塩をきかしたおにぎり弁当のうまかったこと!

お腹も満腹さぁー出発。
里を抜けるとまた山道が続き、最後の難所「みだれ坂」の石畳を上ります。
確かに雨の中の山道はきついですが、新緑の中すがすがしい空気にひたりながらの街道歩きは爽快です。
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ひたすら歩き山道ももう終わり、眼下に恵那の街が見え、最後の坂道を下り市街地に入ると「大井宿」の入口に着きます。
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宿場を散策し、たまたま見つけた五平餅屋さんに入り、椅子に座れてほっこり。
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この日は恵那の民宿で宿泊、民宿に泊まるのは若いとき以来です。

翌朝、早起きして恵那峡まで散歩したのですが、この日は晴天、なんともすがすがしい朝でした。
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二日目は、無理はしまいとJR中央線恵那駅から列車に乗り中津川駅で降り、二番目の宿「中津川宿」を散策。
中津川宿は、中山道木曽路の玄関口として栄えた宿場、特に本町あたりは街道の情緒をよく残しています。
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歌川広重の浮世絵、雨の中津川宿の情景。
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「中津川宿」から次の「落合宿」へ木曽路を行きます。
この日は昨日と打って返し五月晴れの街道歩き日和、高原のさわやかな風に吹かれ、さほど汗もかかず気持ちよく歩けました。
途中出あった方と話したのですが、東京から中山道をここまで通しで歩き14日目だという健脚、最終地「京都」へと向かわれました。

この道程では標高2,191mの恵那山が拝めます。
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三番目の宿場「落合宿」の入口に建つ1600年創建の「善昌寺」。
創建当時からの立派な松、道路改修工事で寺は東へ移設されたのですが、松はそのまま残され道路にかぶさって立っています。
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落合宿を出るとまた山道を行くのですが、高原を流れる雪解け水はとても冷たく澄んでいます。
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街道は難所の一つ「十曲り峠」に入ります。途中には国の史跡に指定された当時のままの「落合の石畳」があります。
上りの石畳の道は確かにきついですが、新緑と静寂の中、ここも気持ちよく歩けました。
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ようやく4番目の宿場「馬籠宿」に着いたのですが、ここはこれまでとは別世界、観光客であふれていました。
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ここで早目に民宿にわらじを脱ぎ、民宿から4キロを程の所にある日帰り温泉へと最後の頑張り。
遠い風呂行でしたが温泉にゆっくりつかり体をほぐすことが出来ました。
ようやく中山道美濃路十七宿、残りの四宿を踏破しました。二日間に歩いた距離は約45キロ、妻も初めての街道歩きをよく頑張りました。

最終日は、「馬籠宿」から「妻籠宿」へと中山道木曽路を行きます。
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by y-tukide | 2015-05-11 10:41 | 街道を行く