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北国海道 近江中庄から塩津を行く

「北国海道を行く」今回の街道歩き、9月10日に大津の「札の辻」を出発し琵琶湖の湖西の道を寄り道しながら歩いて、6日目となりました。
この日は妻と二人で北国海道の最終の目的地である、琵琶湖最北端の「塩津」へと向かいました。
朝JR近江中庄駅で降り、湖畔の道を歩き「海津」の街並みに入ります。
私はこれまでに海津には何度か訪れています。
海津は、北国と畿内を結ぶ交通の要所で港町・宿場として栄えた町です。
海津と敦賀を結ぶ「北国街道七里半越」(現在の161号線)を馬で北国の物資を国境(くにざかい)の峠を越え海津に運び、丸子舟(まるこぶね)に積み込み、大津の港に送られました。
海津の街並み。
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江戸時代の港跡。
当時この川は琵琶湖の内湖とつながり、内湖が船溜りなっていたそうです。
内湖は現在一部石積みを残すだけで埋め立てられ小学校となっています。
明治期には蒸気汽船が発着していたそうです。
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杉の葉で作られた酒林(さけばやし)が吊るされた造り酒屋さん。
海津沖に浮かぶ信仰の島、「竹生島」の名の地酒が売りです。
店先にはいつ来ても古い酒樽にきれいな花が飾られています。
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海津の風景である湖岸に築かれた石垣は、江戸時代、大波から町を守るために、時の代官が陳情し造られたものです。
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ここ海津大崎は桜の名所で春には湖岸を5キロ程にわたり600本もの桜が咲きほこります。
この写真は、写真は2002年4月に訪れた時撮ったものです。
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右手に竹生島、「菅浦」集落がある葛籠尾崎(つづらおさき)を見ながら気持ちよく湖岸を歩きます。
途中、湖岸の浜で昼の弁当を食べていると突然天候が一変し雨が降り出しました。
このあたりは天候が変わりやすい地域で、「弁当忘れても傘忘れるな」といわれる北陸の気候です。
私達は、弁当は持ってきて傘を忘れたものですから、あわてて近くのペンションに逃げ込み、コヒーを飲み雨の上がるのを待つことにしました。
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しばらくすると雨が上がり「大浦」の集落へと向かいました。
大浦の集落に入ると「みつとし本舗」というピーナツ入りの煎餅を売っている店があります。今で3代目とか、建物は築140年だそうです。
土産に買って食べたのですがおいしい煎餅でした。
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大浦は古くは万葉の時代より、北陸と港を結ぶ人と物資の集散地として、活気を呈していた港です。その輸送手段とした「丸子船」が活躍していました。
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ここには現存する「丸子船」を展示した「北淡海・丸子船の館」があります。
丸子船は、二つに割った丸太を胴の両側に付けた琵琶湖独特の船です。
最盛期の江戸時代には1400隻が湖上を往来していたそうです。
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大浦の港のジオラマ。
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大浦の後に「塩津」に向かいます。
塩津の手前の「祝山」集落の中でひときわ目立つ茅葺屋根の民家は、元庄屋だった「辻家住宅」です。国の重要文化財に指定されています。
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塩津の街並みに入ります。塩津は琵琶湖の北端の港、海津・大浦の港の中で最も北に位置する港です。
古来より塩津も湖上交通の要所として、都と北陸・蝦夷地を往来する旅人や物資輸送の集積地として栄えた地です。
私は今年の6月初めの休日、塩津から沓掛→深坂古道→追分→疋田(ひきた)→敦賀へと「塩津海道」を歩きました。
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塩津の浜の手前で偶然、国道8号線塩津バイパス工事に伴う、塩津港跡の遺跡発掘調査が行われている現場に遭遇しました。
聞くと平安時代後期の本格的な港湾施設の遺構だそうで、高度な土木技術を使い、埋め立てて造成された港湾施設としては国内で初めてだそうです。
また遺跡からは12世紀の石のすずりや漆塗りのお椀、女性の整櫛用具なども出土したそうです。
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ようやく「北国海道を行く」今回の最終目的地である塩津の浜につきました。
歴史ロマン漂う琵琶湖最北端の塩津の浜、鏡のような湖面が印象的でした。
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by y-tukide | 2015-11-30 10:00 | 街道を行く

北国海道 安曇川から近江中庄を行く

前回は海道をはずれ、いろいろ寄り道をしたので、この日は海道に戻り北へと進むことにしました。
朝8時すぎにJR湖西線安曇川駅に降り、のどかな風景を眺めながら海道を歩き始めました。
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「南市」という集落に入ります。
南市は、地名が示すように戦国時代には、「市」が開かれ日本海の海産物や川魚を中心にいろんな商品が取引されていたそうで、「南市商人」が活躍した地です。
この日は町おこしのイベントが行われるとのことで、朝早くから町の人達が準備に追われていました。
洋館風の建物は、「旧安曇川郵便局」です。
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海道は、湖西地方で最も大きな川である安曇川を渡ります。
かつては安曇川の堤防補強のために植えられた竹を使って、扇子の骨の部分の「扇骨」が農閑期の副業としてこの地域の伝統産業の一つになっていました。
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安曇川を越えると、昔宿場であった「川原市」集落に入ります。
このあたりには、ベンガラ塗りの立派な民家や蔵が多くみられます。
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さらに進むと国道161号線と交わり、国道を越えると湖畔にでます。
このあたりの湖畔には水鳥が多く集まり、水鳥を観察できる新旭水鳥観察センターがあります。
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水鳥を見ながら湖畔を歩くと「木津(こぅつ)」集落に入ります。
木津は「古津」ともいい古くからの港町で、港跡には常夜灯が建っています。
当時は、若狭方面からの物資がここで船積みされ、湖上を大津、京都へと運ばれたのです。
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木津を過ぎると「今津」の街に入ります。「今津」は「木津=古津」に対し、新しくできた「津=港」という意味だと想像できます。
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海道筋にある創業300年といわれる「丁子屋(ちょうじや)」旅館、ここの鴨鍋はうまいと聞いて、一度食べてみたいと思っているのですが、なかなか機会に恵まれません。
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ちなみにこの日の昼食は、近江今津の駅前にある川魚料理の店「西友」で「ひつまぶし」をいただきました。
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今津の街には、明治に宣教師として日本に訪れ、建築家として明治・大正・昭和に多くの西洋建築を手がけたアメリカ人のヴォーリズの建物が3軒残っています。
これはそのうちの一つである教会です。
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海道は、住吉神社を過ぎたところから西に折れるのですが、そのまま直進すると「日本の白砂青松百選」に選定されている今津浜の松並木が「マキノ町」まで永遠5kmほど続きます。
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さざ波が立つ湖上には、古来より人々の信仰を集めてきた「竹生島」が浮かび、桜の名所の海津大崎や葛籠大崎(つづらおおさき)が望めます。
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この日はマキノ町まで歩き「JRマキノ駅」から帰ろうと考えていたのですが、みている間に時間が過ぎ、帰りの電車に間に合いそうにないので、一つ手前のJR近江中庄駅から乗ることにしました。
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by y-tukide | 2015-11-24 12:21 | 街道を行く

北国海道 勝野から新旭を行く

この日JR湖西線近江高島駅に降りたのが朝8時。
まずは駅前にある今は少なくなった琵琶湖の内湖である「乙女ヶ池」へ。
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この地は、古くから畿内と北陸地方を結ぶ交通の要所で、戦国時代織田信長は、戦略上の重要拠点として甥の織田信澄(のぶずみ)に命じて内湖を堀とした水城、大溝城を築かせました。
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―高島歴史民俗資料館より―

今は、乙女ヶ池の北に天守台跡の石垣の一部が残っているだけです。
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現在の高島勝野の町並みは、江戸時代に形成された城下町が残ったもので、築300年を超える民家もあります。
またこの町は発酵食の町でもあります。滋賀県で唯一の酢の醸造所や造り酒屋、麹屋、味噌屋、鮒寿司屋があり、昔は造り酒屋が7軒もあったそうです。
海道沿いにある「萩乃露」は、私が好きな酒で以前は晩酌にいただいていました。
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道を北に進み「出鴨」の交差点の左に折れ、「宿鴨」集落のはずれにある「高島歴史民俗資料館」に寄りました。
この資料館の北側には「稲荷山古墳」があるのですが、そこから出土した貴重な副葬品類が展示されています。
稲荷山古墳の被葬者は、古事記・日本書紀から第二十六代継体天皇を擁立した、近江「三尾氏」の族長墳墓であろうと推測されているそうです。
出土した家形石棺の中の副葬品は、朝鮮半島三国時代の「新羅(しらぎ)」の王陵級の古墳から出土するものと類似しており、朝鮮半島との交易を示しているのではと考えられています。
ちなみに古墳から北に「天皇橋」を越えた「三尾里」というところで継体天皇が出生されたそうで、このあたりには古代の遺跡が数多くあります。
高島歴史民俗資料館資料より。
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今はのどかな田園風景が広がる古代ロマンの地「三尾里」。
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田園風景を過ぎ、海道は北へと進むのですがここで寄り道し、近江聖人「中江藤樹」の郷へ行くことにしました。
海道を右に折れJR 湖西線安曇川(あどがわ)駅を越え湖岸に向かって進むと「日本陽明学の祖」であり「近江聖人」としてたたえられた「中江藤樹」生誕の地「小川」に着きます。
人々を等しく愛し、庶民のために開いた日本最初の私塾である「藤樹書院」があります。
現在の建物は明治十三年に焼失ものを二年後に再建されたものだそうです。
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敷地の前には水路があり、清らかな流の中を鯉が泳いでいました。
このあたりは安曇川の扇状地で湧水が豊富な集落です。
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近くには、中江藤樹記念館や中江藤樹墓所、そして中国の明代の儒学者「王陽明」の生地である中国浙江省余姚市(よようし)と中江藤樹の生地である滋賀県安曇川町の友好交流を記念して建てられた「中国式庭園陽明園」があります。
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ここ安曇川は、扇子の骨の部分の「扇骨」が伝統産業の一つになっています。
江戸時代中期に安曇川の堤防補強のために竹を植えることが農民によって行われ、農閑期の副業として勧められたものだそうです。
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道の駅「藤樹の里あどがわ」で食事をとり、もう一カ所寄り道することにしました。
隣町の新旭町にある「生水(しょうず)の郷 針江」の集落です。
集落の中を水路が巡りその水を生活用水に利用したシステム「かばた(川端)」が有名です。
昆虫・里山の写真家として著名な「今森光彦」さんが撮影し、2004年1月にNHKハイビジョンで放映された映像詩『里山・命めぐる水辺』の舞台となったところです。私もあの映像を見て感動し、過去にも訪れています。
ちなみに今森光彦さんが大津市迎木で活動拠点とされているアトリエは、22年前に奈良の建築家の設計監理でツキデ工務店が施工させていただきました。
現在も仕事を通じてお付合いさせていただいています。

針江集落の各家の敷地や家の中にある「かばた」。
約25mの深さに打ち込まれた鉄管から湧水があふれ出、飲み水としも活用されますが「かばた」では洗い物がされ、洗い物のかすは鯉が掃除してくれ水が浄化されます。
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水の温度は年間を通じて13℃程、夏にはスイカや飲み物が冷蔵庫代わりに冷やされます。
この写真は11年前の8月に訪れた時の写真です。
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その時期には清流にしか育たないバイガモが小さな花をつけていました。
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この日は寄り道つづきの海道歩きでした。
集落内にある豆腐屋さん、昔ながらの木綿豆腐が湧水に、
帰りに土産にしたかったのですが荷物になるので断念しました。
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by y-tukide | 2015-11-16 13:34 | 街道を行く

完成建物見学会「木の温もりを感じる 三宅八幡の家」

11月7日(土)・8日(日)の両日、今回もお施主様のご厚意により引渡し前の完成建物見学会を左京区岩倉で開催させていただきました。
2日目は1日中雨で足元が悪いにも関わらず、両日とも多数の皆様にお越しいただき、スタッフ一同大変感謝しています。
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この建物は東に比叡山を望む細長い40坪程の敷地に建ちます。延床面積が23坪と小さいながらも、家族3人が狭さを感じることなく住める家になりました。

外壁は漆喰塗りと吉野杉張りで仕上げました。
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松の柾板張りの玄関引き戸を開けると右側に下駄箱があり、左側には玄関収納があります。
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家族が集う場はできるだけ広くしたいというご要望に応え、一部畳敷きのリビング・ダイニングキッチンは20畳の広さとし、大きな吹抜けをとることにより開放的な空間にしました。
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リビングの南側には、木製建具から伸びる縁側があります。
ご主人はここで庭を眺めながら七輪を囲んでお酒を楽しまれるそうです。
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キッチンの対面にあるカウンター、ここで食事をされます。
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キッチンに立ってカウンターに座っている家族と目線の高さがあうようにキッチンの床の高さを30㎝ほど下げました。
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階段を上がったところにあるフリースペースは、将来子供さんの部屋になります。
フリースペースに面する広い吹き抜けには、窓の開閉のためのキャットウォークがあります。
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フリースペースの上の小屋裏は、ご主人の趣味のスペースで、オーストラリアの原住民であるアボリジニーの楽器ディジュリドゥが飾られています。
また小屋裏の天井には、冬は太陽熱を取り入れ家全体を暖めてくれ、夏は2階やロフトの熱気を排気してくれる、パッシブソーラー「そよ換気」が設置されています。
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2階寝室の北西角に開かれた窓からは、山裾に建つ「三明院」の多宝塔が望めます。
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この時期、近くにある「三宅八幡宮」には、七五三詣の子供連れのご家族が多くお参りに来られていました。
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秋も深まり、このあたりもいよいよ紅葉が見ごろです。
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by y-tukide | 2015-11-10 09:18 | 見学会・イベント

北国海道 堅田から勝野を行く

この日はJR湖西線堅田駅で降り高島の「勝野」へと向かいました。
国道161号線をしばらく歩き、左に分岐する道が旧街道で、このあたりが「小野」の集落です。
街道沿いに茅葺の民家が一軒ありました。
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このあたりは古代の豪族「小野氏」のふるさとです。日本最初の遣隋使である「小野妹子」の輩出した地で、近くには小野妹子の墓と伝えられる唐臼山古墳があります。
小野の集落の家並みを見ながら進むと左手に「右 北国海道」「左 小野の社・小野の塔」と記された小さな道標があり、この参道を行くと「小野篁神社(おののたかむら)」「小野神社」「小野小町の塔」があります。
正面の小野篁神社の本殿は室町時代のものとされ重要文化財で、左手奥にひっそりたたずむ小野神社は、菓子や餅の祖神として崇められています。
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小野の集落を過ぎると「和邇(ワニ)」の集落に入ります。
このあたりは日本に漢字や儒教を伝えたとされる人物を祖とする古代の豪族「和邇氏」の郷です。
「小野」にしろ「和邇」にしても今はひっそりした集落ですが、日本の歴史形成において活躍した人達を輩出した地であることを思うと感慨にひたります
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ここからは道は湖岸に向かい「中浜」という集落に入ります。
浜の近くに建てられた説明書きによると、このあたりは明治18年と29年に水害に見舞われ集落がすべて水没したそうです。現在湖岸に残る石垣は、当時の人々の水害に対する苦労のあかしです。
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和邇漁港。
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湖岸を後に道は国道161号線と合流し「木戸」の集落に入ります。
ここは北国海道の宿場でした。比良山地の山裾にある「樹下神社(じゅげ)」の眼下に集落が広がります。
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このあたりからは比良の山々が湖岸にせまります。
海道は国道161号線を行くことになるので、海道をはずれ湖岸の道を歩くことにしました。
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北比良の集落。
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昨年、ツキデ工務店が北比良の集落内で古民家の母屋と離れを再生・改修工事をさせていただいたのですが、そのお宅の前を通りました。
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このお宅からちょっと行くと湖岸にで、対岸の長命寺の山々と沖ノ島が望めます。
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湖岸沿いを先へ進むと「雄松崎」通称「近江舞子」に続きます。ここは景勝地と知られ琵琶湖八景のひとつ「雄松崎の白汀(はくてい)」として有名です。
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さらに進むと「北小松」の集落に入ります。
地元の方に話を聞くと、現在北小松の集落には二百数十軒の民家があり、その中に佃煮屋が5~6軒あるそうです。ここから沖ノ島までは十数キロの距離で、昔は沖ノ島の漁師が漁をした後、島に帰るより北小松に寄港したほうが早い場合は、ここで魚介類おろし佃煮に加工されたそうで、そのための宿もあったそうです。
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北小松漁港。
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北小松漁港を過ぎ国道161号線を北上し「鵜川(うかわ)」集落に入ると湖中に朱の鳥居が見えます。ここが「白髭(しらひげ)神社」です。
現在の社殿は、豊臣秀吉の遺命により秀頼が片桐旦元(かたぎりかつもと)を奉行として造営されたもので重要文化財に指定されています。
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さらに北に進むと「鵜川四十八体石仏群」が静かにたたずんでいます。
伝えによると戦国時代の武将、佐々木六角義賢(よしかた)が亡き母の菩提を弔うために建立されたもので、長年の風雪によって風化し、表情に風情が感じられます。
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この先が「勝野」へと続きますが、この日はこれまで。
JR湖西線近江高島駅から帰路につくことにしました。
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by y-tukide | 2015-11-02 09:30 | 街道を行く