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去りゆく年の思いでブログフォト ―その2―

2015年7月「中山道木曽路 宮ノ越宿から本山宿を行く」
5月の連休に妻と初めて歩いた二泊三日の中山道歩き、「大湫宿(おおくて)」を出発し「大井宿」→「中津川宿」→「落合宿」→「馬籠宿」→「妻籠宿」と行きました。
そのあとは続いて中山道木曽路を一人日帰りで「三留野宿」から「野尻宿」→「須原宿」→「上松宿」→「福島宿」→「宮ノ越宿」と歩きました。

そしてこの月は中山道木曽路の終着地である「本山宿」へと一泊二日で行ったのですが、
中山道木曽路の最後とあって今回は妻も再度参加しました。
ところが初日は、妻と行った初めての中山道歩きと同様にあいにく一日中雨。
どうも妻は雨女のようです。
雨の中、標高1197mの中山道屈指の難所である「鳥居峠」越えはきつかったです。
その日は鳥居峠を下ったところにある宿場「奈良井宿」に泊まりました。

早朝の奈良井宿は、観光客もいず、じっくり町並みを楽しむことが出来ました。
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「塩津街道を行く」
7月初めに中山道木曽路を歩き切り、次に中山道信濃路を行くか迷っていると、街道歩きのムシが騒ぎだし、この日は近場の「塩津街道」を妻と二人で歩きました。

塩津街道は、琵琶湖の最北端の湊である「塩津」と北陸の「敦賀」を結ぶ古道です。
そして今回の街道歩きは、琵琶湖北端の塩津湊から日本海の敦賀へ、24kmを縦断し寿司を食べに「塩津街道を行く」というちょっと「粋な旅」でした。
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2015年8月「大工さんとつくる夏の工作」
8月の第1日曜日、ツキデ工務店の恒例企画「大工さんとつくる夏の工作」を今年も実施しました。毎年好評で常連客も多く今年は40組140名の皆様にご参加いただきました。
ものづくり面白さと難しさを大人も子供も一緒になって楽しく体験していただきました。
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「孫達との夏休みの遠足」
今年の夏休み、3人の孫をつれ妻と5人で岐阜県にある「明治村」・「犬山城」・「リトルワールド」への一泊二日の遠足に行ってきました。
猛暑の二日間でしたが、楽しい遠足となりました。

群馬県の「前橋監獄雑居房」で記念撮影。
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2015年9月「北国海道を行く」三井寺かいわい
「近江国」滋賀県には、古来より畿内と北国や東国を結ぶ幾多の街道が走っています。
9月から、その一つである「北国海道」を合い間に歩くことにしました。
「北国海道」は、東海道との分岐点である大津の「札の辻」から、湖西を走り「越前敦賀」へと通じる道です。今回は「札の辻」から琵琶湖最北端の湊「塩津」へと行くことにしました。
塩津から敦賀へと通じる「塩津街道」は7月に歩いています。

西国三十三所観音霊場の第十四番札所観音堂からは大津の町が一望できます
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「山の辺の道」を行く
9月のシルバーウイーク、妻と奈良の桜井から天理の「石上神宮(いそのかみじんぐう)」へと続く「山の辺の道」を歩きました。妻は初めてですが私は何十年かぶりです。
里の風景は何十年か前とさほど変わっていませんでしたが、訪れている人の数は当時の比ではありませんでした。
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2015年10月「三室戸保育園運動会 2015年秋」
10月は、私の4歳になる孫がお世話になっている、宇治の三室戸保育園の恒例の運動会。非常にカラフルでユニークな運動会で私も毎年楽しみにしています。
今年も秋空の元、府立運動公園「太陽が丘」で開催されました。

4歳の孫の初めて徒競走は一番でした。爺バカです!
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「京都丹後 天野橋立」
秋晴れに恵まれた休日、4歳になる孫をつれ家族4人で京都丹後の「天橋立」に行ってきました。
天橋立にある「天橋立ビューランド」は、4歳の孫にとってちょうどいい規模と内容の遊園地です。
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天橋立の後に行った「魚っ知館」という関西電力宮津エネルギー研究所内にある小さな水族館に行ったのですが、水族館内にある「タッチングプール」という直に手に触れて魚などの海の生物を観察できるプールに、最初はズボンをまくり上げ浅瀬に入っていた孫が、魚を追いかけるのに夢中になりどんどん深み入り、最後には泳いだのには笑ってしまいました。
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2015年11月「北国海道 勝野から新旭を行く」
9月に大津の「札の辻」から北国海道を歩き始め、初日は三井寺かいわいを散策し「阪本」まで歩き、次は「阪本から堅田を行き」、三日目は「堅田から勝野」へと行きました。
そして11月のこの日は「勝野から新旭」を行きました。
途中にある「三尾里」というところは、これまでのヤマト王権とは関係のない、地方豪族の血筋である第二十六代継体天皇の出生の地です。
宿鴨集落の近くにある「高島歴史民俗資料館」にもよったのですが、この地域の歴史の深さと「近江」というところが、日本の様々な時代の歴史形成において、大きな役割を果たした舞台であったことを改めて感じました。

勝野の大溝城跡。今は乙女ヶ池の北に天守台跡の石垣の一部が残っているだけです。
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「北国海道 近江中庄から塩津を行く」
「北国海道」を寄り道しながら歩いた6日目、この日は妻と二人で北国海道の最終の目的地である、琵琶湖最北端の「塩津」へと向かいました。
この日もにわか雨に会い往生したのですが、妻はやっぱり「雨女」でした。

今回の北国街道を行く旅、琵琶湖がもたらす「近江国」の魅力と歴史ロマンを堪能できた「街道を行く」でした。
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2015年12月「鉄道ブラ旅 岐阜の明智鉄道」
そして今年最後の旅で撮ったブログフォトは、岐阜県の恵那にある「明智鉄道」です。
この旅で初めて訪れた「岩村城」や「大正村」も面白かったのですが、ローカル色いっぱいの「明智鉄道」とその道中で起きた、なかなか経験できない「事件」はいい思い出となりました。

あわてて運転手さんが走り様子見に行きますが、どうにもなりません!
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今年最後のブログとなりました。
今年一年つたない私のブログを御笑覧いただきありがとうございました。
2008年11月にツキデ工務店のHPをリニューアルした時から始めたほぼ週一回のブログ。
趣味のカメラを活かし、日々の出来事を綴ってきたのですが、来年で8年目となります。
筆不精な自分がよくぞ続いたものだと自分でも感心しています。
おかげで自我流の写真も昔よりかは少しはうまくなったように思います。
やはり数多く撮ることですね!

それではみなさん来年もよろしくお願いします。よい年を迎えてください。
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by y-tukide | 2015-12-28 13:54

去りゆく年の思いでブログフォト ―その1―

2015年1月「天王寺動物園」
今年の正月明けに、孫をつれて大阪の天王寺にある「天王寺動物園」に行きました。
私は、天王寺動物園に行くのは初めてです。
そして動物園に隣接する、「新世界」を何十年ぶりに歩いたのですが、相変わらず大阪の大衆的な香りがプンプンする面白い街でした。
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ビリケンさんの前で撮った孫の写真。
よく見るとどことなく似ています。
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2015年2月「ログハウス見学」
昨年の暮れに、お客様からログハウスの相談があったのですが、当社では本格的なログハウスを手掛けたことが無かったので、吉野の古い知人であるIさんを紹介することになり、彼が手掛けたワイルドなログハウスを見学に行きました。
Iさんとは17~8年ぶりの再会でした。Iさんは一人で製材所を営み、製材のかたわら自らログハウスは建てるは、カヌーをつくるは、ギターは弾けるはと、とりあえず器用な人で、チェーンソーの達人でもあります。
そのIさんの製材所が今年の初め、漏電で上屋も機械も全焼してしまいました。私も見舞いに行ったのですが、本人は落ち込むことなく元気で見ている間に復活しました。
なんともバイタリティーのある人です。
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「今年最初の水汲み」
2月の初め今年になって初めて、私の飲料水である「瓜割りの滝」に水汲みに行ってきました。
この水を飲みだして、かれこれ11年になります。
ことしも大変お世話になりました、来年もよろしくお願いします。
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2015年3月「美濃中山道 垂井宿」
私は、15年ほど前に京都三条大橋から滋賀の「草津宿」を経て、近江中山道を美濃の「関ケ原宿」まで休日ごとに何日もかけ歩きました。
そして今回その先の美濃中山道へと行くことにしました。その最初の宿が「垂井宿」です。
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「美濃中山道 赤坂宿」
垂井宿を訪れてみて、思った以上に中山道の面影が残っているのを感じると共に、地元の方々が地元の財産としての宿場の面影を大切にし、後世に伝えるために頑張っておられるのを知り、ますます興味がわき、次の宿へと美濃中山道を行きました。
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1915年4月「金毘羅さんと秘境祖谷の旅」
春休みに孫達をつれ、家族6人で香川県の「金毘羅さん」と徳島県の「祖谷(いや)」に行きました。
「祖谷」は、若いとき妻と二人自転車で四国を半周したとき訪れた懐かしい場所です。
大歩危から自転車を輪行してボンネットバスに乗り、狭い険しい山道を走り、小さな民宿で一泊しました。当時は観光客を少なく、まさに秘境の地でした。
今は、道路が整備されホテルも数軒あり、外人を含む観光客も多く、40年前とはかなり様子が違っていました。
ただ「かずら橋」は当時と変わらず、スリルのある橋でした。
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中山道美濃路「御嵩宿から細久手宿を行く」
中山道美濃路を「垂井宿」から「赤坂宿」→「美江寺」→「河渡宿」→「加納宿」→「鵜沼宿」→「太田宿」→「伏見宿」と行き「御嵩宿」まで来ました。
これまで街道は、平たんな市街地を走り、道路も整備され鵜沼宿から太田宿の間にある「うとう峠」以外は車でも行けたのですが、ここから先は山に入り車では不可能です。
「御嵩宿」を越えるとのどかな里山の風景が広がります。そこからは石畳の山道に入り、これまでとは全く違った風景の中を街道は走ります。
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2015年5月「中山道美濃路 大湫宿から馬籠宿を行く」
5月の連休を利用して中山道美濃路をさらに進む計画をしていると、妻が私も行くと言いだし今回初めて妻と2泊3日で中山道を歩きました。
初日は「大湫宿(おおくて)」からの出発なのですが、この日は一日中雨、三日分の荷物をリュックに背負い傘をさしての街道歩き、妻にとってはちょっとつらい初体験でした。
ところがこの経験で妻も街道歩きにはまり、その後二人で街道を行く機会が増えました。

この時雨の中、山道を歩き休むところも無く困っていたのですが、現れた一軒の民家に声をかけるとこころよく休ませてくださり、その上に温かいコヒーと饅頭まで出してくださいました。
街道を行く旅人に対する温かい思いやりには感謝感激したものです。
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「奥村まことさん達とデ・レーケを学び、中山道美濃路を行く」
私が尊敬し大変お世話になった建築家で、3年前に亡くなられた奥村昭雄先生の奥さんである奥村まことさんと、一昨年暮れ亡くなられた永田昌民先生の奥さん、そして生前両先生方に親しくしていただいた仲間たち計8人で一泊二日の小旅行をしました。
そのまことさんとは、これが最後の思い出となる旅になるかもしれません。
というのもその翌月に、体調が悪いと病院に行かれたのですが、その後入院さ、そして今は自宅で病と闘っておられます。
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2015年6月「中山道木曽路 三留野宿から須原宿を行く」
中山道美濃路を行き、中山道歩きがますます面白くなり、次は木曽路に入りました。
長野県に入ると木曽中山道は、木曽川とほぼ平行に走り、これまでとはまた違った風景が楽しめます。
標高も高いこともあり、初夏の自宅周辺の気温よりかなり低くさわやかで、気持ちよく歩けました。
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「中山道木曽路 福島宿から宮ノ越宿を行く」
この月は中山道木曽路を「三留野宿」から「野尻宿」→「須原宿」→「上松宿」→「福島宿」→「宮ノ越宿」と中山道を歩きました。
中山道六十九次の京都・江戸双方からの中間地点(約266km)を過ぎ、よくここまで歩いて来たものだと感慨に浸りながら「宮ノ越宿」に入りました。
「宮ノ越宿」は、悲運の武将木曽義仲の生い立ちの地で、義仲にまつわる建物や史跡が多く存在します。その一つに「木曽義仲館」(資料館)があり、資料館入口正面には義仲と鎧姿の巴御前(ともえごぜん)の像が建てられています。
そこからは栄枯盛衰の人の世に、変わらぬ姿の「木曽駒ヶ岳」が山間から顔をのぞかせていました。
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by y-tukide | 2015-12-21 10:00

鉄道ブラ旅 岐阜の明知鉄道

今年の5月に美濃中山道を歩いて、岐阜の恵那(えな)の「大井宿」で泊まった時、恵那から明智に通じる「明知鉄道」という鉄道があり、その沿線に日本三大山城の一つである「岩村城」と大正時代の建物や街並が残る「大正村」があると聞いて、改めて訪れてみたいと思っていたのですが、11月の連休に妻と二人で行ってきました。
明知鉄道は、昭和9年に国鉄明知線として開業し、昭和60年に第三セクター方式で発足、そして25kmの全線が開通して今年で30年となるローカル鉄道です。
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この日早朝に自宅を出、明知鉄道の始発駅である恵那駅から「岩村城」のある岩村駅へと向かいました。
車両は一両編成のディーゼル機関車のワンマンカーです。
ディーゼルエンジンの力強いひびきの中、運転手さんが冗談を交えながら名調子で沿線の案内をしてくれます。
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六つ目の岩村駅で下車し「岩村城」へと向かいます。
城跡にのびる本通りは、城下町の面影を色濃く残す商家の街並みで、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。
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この建物は「旧勝川家住宅」、江戸時代末期に材木や米を扱った商家です。
主屋は江戸時代後期の建物で通り庭を抜けると、ナマコ壁の蔵が3棟あり往時の繁栄が伺えます。
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なだらかな坂の城下町の街並みを抜けると岩村藩主邸跡につきます。
ここは城跡公園になっていて、城下に時を告げた「太鼓楼」や歴史資料館があります。
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ここから石畳の急な坂道が、標高717mの城の本丸へと続きます。
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岩村城は、奈良の「高取城」、備中岡山の「松山城」と並ぶ日本三大山城です。
私は以前に高取城には行ったのですが、松山城には亡き奥村先生と岡山の高梁に行った時、城の登り口までは行ったのですが時間の関係でその時は残念しました。
岩村城は、鎌倉時代に築かれ、戦国時代には甲斐の竹田信玄と尾張の織田信長の抗争の接点地となり双方の激しい攻防戦が行われています。
きつい石畳の坂道を息を切らして登って行くと「一ノ門」「大手門」跡が現れます。
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そしてようやく六段の石垣の本丸が浮かび上がります。
この地方は霧が多いそうで城の周りに霧が立ち込めると雲海に浮かぶ「天空の城」となることでしょう。
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本丸跡で一息ついて下山し城下町で食事をとった後、明知鉄道に乗り次の目的地である「大正村」のある終点駅「明智」へと向かったのですが、ここでハプニングが発生。
岩村駅の次の「花白温泉駅」で電車が止まってしまいました。
というのも駅から30m程先で、線路沿いの家の人がケヤキの木を伐り、それが線路側に倒れたのです。運転手さんが様子を見に行ったのですがどうにもなりません。
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運転手さんが会社に電話し指示を待つのですが、待てども代替えのバスなどの対応手段の連絡がありません。乗っていた団体客は、ガイドさんが連絡しどこかで待機していた観光バスが来て次の目的地へと行ってしまいました。残された我々6名程はどうしようもありません。
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駅前にある花白温泉で風呂に入って待っていようかなどと言っていると、その花白温泉の方が送迎用のマイクロバスで恵那駅まで送ると言ってくださいました。
「渡る世間に鬼はなし」いい人がいるものです。助かりました。
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そんなこともあり、この日は急きょ恵那のビジネスホテルで泊まることにしました。
翌日、何とか復旧し運転が再開され、仕切り直して再度「明智駅」へと向かいました。

ここ明智町は、明治から大正かけて生糸の製糸工業が栄え、工場で働く若い女性や商人たちで大変賑わい、西洋のハイカラな文化が外から入ってきました。
山あいの小さな町ですがそのころのモダンな雰囲気が今も多く残る町です。
そしてかの「明智光秀」の生誕した地でもあります。

黒い羽目板と漆喰塗りの明治・大正時代の蔵が建ち並ぶ「大正路地」。
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明治・大正時代、役場だった建物などが建つ一角。
建物内には当時の珍しい物が展示されています。
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「旧三宅住宅」中ではボランティアの方が、囲炉裏の番をしておられ地元の話を聞くことが出来ました。
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かつてこの町は三河地方から信州や木曽へ通じる「南北街道」と飯田方面から瀬戸や尾張へ通じる「中馬街道」の交わる宿場町としても賑わった町でその面影が色濃く残っています。
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ここ大正村は、同じ岐阜県にある建物博物館としての「明治村」とは異なり、古い建物に人が住み生活が営まれ、生きた大正ロマンが息づく静かな山あいの町でした。
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by y-tukide | 2015-12-14 13:12 | 鉄道ブラ旅

住まい手さん宅見学会 心地よく住み継がれる家 ―築39年のリノベーション 大阪茨木の家―

12月5日(土)・6日(日)の両日、今年最後の見学会をお客様のご厚意により開催させていただきました。
今回は、購入された築39年の中古住宅をリノベーションさせていただいた建物です。
弊社では、築年数が古い建物を建替えるのではなく大規模改修し、現状の建物の様々な性能を向上させることにより、新たに付加価値を高めるリノベーション工事が年々増えています。
世の中は今、家があまり空き家が増えていまが、その中にはリノベーションして価値が見いだせる比較的良質な建物が多くあります。コスト的にも建替えるより安くつきますし、資源・環境を大事にするためにも「もったいない精神」が大事かと思います。
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この建物も築39年とは思えないとてもいい感じに生まれ変わりました。
以前この建物の一階は、キッチン・食堂・居間・和室戸三つに区切られていたのですが、キッチン食堂・居間を一つのまとめ、隣接する和室とつなげることにより、22畳の使いやすく広々としたLDKになりました。
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そしてリビングに大きな吹抜けを設けることで、光と風が注ぎ込む心地のいい開放的な空間となりました。
またリビングからデッキを通じ庭へとつながるはき出し窓には木製サッシを採用しています。
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作り付けキッチンとお手持ちの食器棚を納めて作った家電カウンター。
キッチンへは玄関土間から引き戸を介して通じています。
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4畳半のスペースに浴室・洗面脱衣・トイレが無駄なくコンパクトにおさまっています。
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2階のオープンな寝室と吹き抜け。
この建物は空気循環システムを採用しており、夏は床下の冷気を室内に取り入れ、冬は温まった空気を家全体に循環させることが出来ます。
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見学会初日は晴天で、南の開口部から差し込む太陽によるダイレクトゲイン効果と来場者の熱気もあって熱いぐらいでした。
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外壁は塗装をし直し、屋根も葺き替えました。
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ところでこの建物は閑静な住宅地に建つのですが、建物の近くに「第二十六代継体天皇」が埋葬された、前方後円墳の「太田茶臼山古墳」があります。
継体天皇は、大和王権の血筋とは直接につながらない地方豪族が天皇の地位についたとされ、現在の皇室は継体天皇が初代とする説があります。
その継体天皇は、滋賀県高島市の三尾里というところで出生されたのですが、私はそこには今年の11月に「北国海道を行く」の街道歩きで訪れています。
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また古墳の前には、古代より京都と西国を結ぶ重要路であった「西国街道」が走っています。
江戸時代には、参勤交代で西国の多くの大名が江戸への往来に利用した街道です。
街道沿いは宅地化で当時の面影はほとんど残っていませんが、道標や所々に古い民家があります。
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そして街道を2km程西に行くと「郡山宿」があり、そこには西国街道で唯一残る国指定史跡の本陣屋敷がありました。ここには現在も何代目かのご当主がお住まいになっています。
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見学会2日目を私は早めに上がり、西国街道を車で京都方面にルートを探しながら、高槻の「芥川宿」、京都の「山崎宿」から長岡京市へと走りましたが、車では「街道を行く」を楽しむことは到底できません。

さて今度、京から西宮まで西国街道を歩いてみるか、さぁーどうする!
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by y-tukide | 2015-12-07 16:30 | 見学会・イベント