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枚方の古民家再生工事

2月から大阪の枚方市で古民家の再生工事を行っています。
敷地内には、母屋をはじめ蔵が二つ・門・離れ・長屋などがある大きな屋敷です。今回の再生工事は母屋を中心に伝統構法で行い、工期は年内いっぱいかかると思います。
この母屋は、ご主人の話によると明治の終わり頃に京都の新柳馬場頭から移築されたそうです。移築されて100年ですので、この建物が最初に建てられた年数はもっと古いということです。
この建物は多分、「表屋造り(おもてやづくり)」の京町家で、道路に面した店舗部のその奥の居住用の建物だと思われます。そしてその材は、淀川を船で枚方の湊に運ばれたそうです。

母屋の玄関側。
写真右側にある格子戸の玄関は、元は家人用の玄関で、家長や客を迎える玄関は別にありました。そこは現状では居室になっています。今回の工事ではその玄関をもとに戻す計画です。
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西側の庭に面する座敷側の外観。
京にあった時の道路に面する向きが、移築された場所の道路の向きと違うので、玄関と座敷の位置関係が不自然です。そのために移築された際に、元の建物の一部も改築されています。
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通りにわ(走りにわ)の一部は板張りになっています。
タイル張りの流しとレンガ積みの「おくどさん」があります。
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通りにわの「火袋(吹き抜け)」に組まれた松の丸太組み。
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通りにわにある水屋、これも再利用します。
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当時、家人が食事をした台所。
右側の「舞良戸(まいらど)」を開けると物入れとして使える階段があります。
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2階にある十畳の座敷、庭を見下ろせる縁の欄干が粋です。
1.5間の床ノ間には四方柾の床柱が使われています。
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現在、建具など再利用するものを取り外し、まずは床から解体し始めました。次は足場を組み養生し屋根瓦を下ろします。さてこれからが本番です。
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この建物が建つ近くを江戸時代、京都の伏見と大阪の高麗橋へとつながる「京街道」が走っています。京街道には、「伏見宿」・「淀宿」・「枚方宿」・「守口」の四宿があり、東海道五十三次から続きます。そしてこの建物はその「枚方宿」にあります。
枚方宿を歩いてみると所々に、当時の面影を残す建物が残っています。

この建物は「木南喜衛門家」、江戸時代初期から庄屋と問屋役人を兼ねていたそうで、木南家は「楠木一族」の末裔がそうです。現在もお住まいになっています。
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この建物は「鍵屋」という屋号の船宿でした。
京街道と並行して流れる淀川には「三十石舟」が往来し、京都と大阪の中間にあたる「枚方宿」は、特に旅籠や船宿が多く大層賑わったそうです。
現在この建物は枚方市指定文化財で「私立枚方宿鍵屋資料館」として活用されています。
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鍵屋資料館がある街道周辺には「うだつ」が上がる町家が数軒あり、住宅としてまた喫茶店などの店舗として活かされています。
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今この「枚方宿」では、歴史あるこの町を大切にし地域の活性化をめざし、毎月第2日曜日に「枚方宿くらわんか五六市」が行われています。「くらわんか」というのは、淀川を行きかう三十石舟に小さな船で接近し「餅くらわんか~、酒くらわんか~」と北河内のちょっと荒っぽい河内弁の売るのが有名でした。
昨年の12月に打合せに訪れた時たまたま市が行われていて、沢山の店が出展され多くの市民が参加し賑わっていました。
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歴史ある「枚方宿」がいつまでも魅力ある町であることを願い、
今回の古民家再生工事を頑張りたいと思います。
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by y-tukide | 2016-02-29 16:36 | 仕事色々

鉄道ブラ旅 JR播但線 福崎

JR播但線は、兵庫県の姫路駅から兵庫県朝来市の和田山駅に至る地方鉄道です。沿線には戦国時代から近代にかけて有数の銀山であった「生野銀山」や「天空の城・日本のマチュピチュ」として大変人気の「竹田城」などがあります。
この日は、播但線の「福崎駅」で降り街を散策しました。
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福崎は日本民俗学を開拓し、確立した「遠野物語」で有名な「柳田國男」が生まれ、少年期を過ごしたところで、その生家も残されています。
町の中心部には「市川」という川が流れています。その川の淵に「駒ヶ岩」という岩があり、その淵で柳田國男が子供のころ、夏に着物を脱いでよく遊んだそうで、泳いでいると「ガタロ」(河童)が出て、子供の足を捕まえて引きずり込むという話をよく聞かされたそうです。
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柳田國男の生誕の地である「辻川」という地区には、「銀の馬車道」という道が走ります。
銀の馬車道は、明治の初め生野銀山と姫路の港の間の約49kmを結ぶ道として作られた馬車専用道路です。
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その道沿いに建つ造り酒屋。
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道を歩いていると古民家修理復元工事現場を発見。
兵庫県指定文化財の「大庄屋三木屋」の修理復元工事の現場でした。これは見てみたいと現場事務所を訪ね名刺を渡しお願いしたのですが、幸運にも見学を許していただきました。
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現在の工事は、平成23年から始まった「母屋」の工事で5年間かかり今年竣工するそうです。そして引き続き「離れ」の工事が3年計画で予定されています。
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1時間ほど見学させていただき、この工事を担当している大工棟梁の方とも話ができ勉強させていただきました。
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この後、移築され保存されている柳田國男の生家を見学しました。
柳田國男は著書「故郷七十年」の中で「私の家は日本一小さい家だ」といい「実は、この家の小ささという運命から私の民俗学への志も源を発したと言ってもよいのである」と書いています。
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生家の近くに建つ柳田國男の像。
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時刻は昼、昼飯に福崎町特産の「もちむぎ」をいただくことにしました。
「もちむぎ」は、一般的な麺に使用される小麦より粘性があり、普通の小麦より「もちもち」した食感が味わえます。
確かに一見するとそばのようですが、食べるとコシのあるうどんのようです。
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食事の後、辻川界隈を散策し「神崎郡歴史民俗資料館」などを見学。
柳田國男が幼いころ、狛犬に乗って遊んだという「鈴の森神社」。
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池の水面から泡が立ちだし何かが現れてきました。何かと思いきや「ガタロ」河童です。
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私は学問としての民俗学はよくわかりませんが、今や古民家をはじめ風俗や習慣・伝統など昔から培われ、伝承されてきた民族の遺産が近代化の流れの中で消えゆこうとしています。
建築を志す者として、世界に誇る日本の伝統的な木造建築文化を残し継承していくことの大切さを改めて感じました。
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by y-tukide | 2016-02-22 13:57 | 鉄道ブラ旅

奥村まことさんを偲ぶ

またひとり、私が尊敬し親しくしていただいていた方がお亡くなりになりました。
奥村まことさん享年85歳、昨年の夏に病院に入院されその後自宅で病魔と闘っておられたのですが、2月11日の昼すぎに帰らぬ人となりました。
2012年12月にまことさんの夫である奥村昭雄先生が逝去され、翌年の12月には永田昌民先生が、そして今回はまことさんが。
尊敬し親しくしていただいていた方々が次々と亡くなりさびしい限りです。
奥村まことさんは、東京藝術大学美術学部建築科を卒業後、吉村順三設計事務所に入所され19年間勤務され、林雅子さんらと共に女性建築家の草分け的存在です。

私は奥村夫妻とは大変親しくさせていただき、二人を知る親しい仲間達と一緒にいろんなところに旅をしたことが思い出されます。

2005年9月  京都の俵屋旅館と達磨釜を見る旅
奥村先生が吉村順三設計事務所に在職中、京都の老舗俵屋旅館の新館工事を担当されたのですが、ひょんなことからその時工事を請負した中村外二工務店の大工棟梁と俵屋で再会することになりました。その時、奥村先生は俵屋旅館の主の佐藤年さんに、手作りの行燈(あんどん)と張り替えようの型紙をプレゼントされました。
その晩は滋賀県の高 島の鯖街道沿いにある「比良山荘」で泊まり、翌日は若狭の小浜にある昔の瓦を焼くための窯で現存する貴重な「達磨窯」を見に行きました。
俵屋旅館にて。
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比良山荘にて。
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2008年5月 播磨の浄土寺と丹波篠山の旅
私が所属する協同組合もくよう連の仲間たちと播磨の「浄土寺」に行きました。浄土寺浄土堂は、大仏様という技法を全国で唯一伝える貴重なお堂です。その後実物大の建物の構造性能実証実験を行う「E-デェンス」を見学し、次に日本最古の民家の一つと推定される「箱木千年家」に立ち寄りました。
その日は有馬温泉に泊まり、翌日は丹波篠山に向かいました。

箱木千年家にて。
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2009年5月 京都の舞鶴と伊根の旅
奥村先生は、終戦前に京都の舞鶴にあった将校や士官を育成するための海軍機関学校におられたのですが、それを懐かしみ、もくよう連の仲間たちと舞鶴に行きました。今も海上自衛隊の敷地内には当時の建物が保存されていました。
翌日は伊根の舟屋の風景を楽しみました。

舞鶴の海上自衛隊敷地内にて
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2009年10月 滋賀の三井寺へ
まこさん曰く、吉村順三氏が1954年にニューヨーク近代美術館に展示した日本建築「松風荘」のモデルが、三井寺にある「光浄院」と「勧学院で」あるとのことで、一度現物を見てみたいということで三井寺に行くことになりました。
観学院の障壁画と襖絵、照明を消し自然光で見ると絵が浮き上がって見えたのには感動したものです。

三井寺の仁王門前にて
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2011年5月 岡山の閑谷学校と吹屋の旅
江戸時代、岡山藩の直営の庶民教育のための学問所であった国の重要文化財である「閑谷(しずたに)学校」を見学し、その日は高梁にある高梁川沿いの古い小さな旅館に泊まりました。
翌日はベンガラと銅の町、近代産業遺産として国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている「吹屋」に向かい、石州瓦の赤い瓦葺の街並を散策しました。

吹屋にて
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2012年5月 高知の旅
協同組合もくよう連の加盟工務店である高知県の「矢野工務店」さんに仲間達と訪問しました。
初日の昼飯に伊勢エビ尽くしのごちそうをいただきました。

高知の須崎にて
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2012年11月 山形の金山町でOMソーラー同窓会
金山町には、1992年に奥村先生らが設計されたOMソーラーを搭載した金山中学校があります。その金山で奥村夫妻を囲みOMソーラーの同窓会をしました。
懐かしい仲間達が集いました。
そしてその年の12月27日に奥村昭雄先生が逝去されました享年84歳でした。

山形の金山町の宿にて
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2013年10月 大阪でまことさんを囲む会
女性建築技術者の会大阪、MOKスクール大阪主催、協同組合もくよう連後援で、奥村まことさんを大阪に招き、学生時代からの奥村先生との60年間の歩みを振り返り、聞かせいただく会が開かれました。
まことさんらしいユーモアあふれた語りで、大変楽しく貴重な話を聞くことができました。
翌日は、大阪天満にある「天満天神繁盛亭」で落語を楽しみました。
そしてこの年の12月14日未明、永田昌民先生が逝去されました享年72歳でした。

天満天神繁盛亭にて
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2014年10月 滋賀の湖東三山と湖北観音の里の旅
奥村まことさんと前年に亡くなられた永田先生の奥さんと親しい仲間で近江の「湖東三山(百済寺・金剛輪寺・西明寺)」行きました。
湖東三山は、まことさんが以前から一度行ってみたいと言っていたところで、今回案内することが出来ました。
翌日は、湖北の「観音の里」の寺を巡礼しました。永田先生の奥さんは大学時代、仏像を研究されていたそうで、「渡岸寺(どうがんじ)」の十一面観音像は是非見たい仏像の一つだったそうで、喜んでいただきました。

金剛輪寺にて
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2015年5月 デ・レーケを学び、中山道美濃路の旅
奥村まことさん、永田昌民先生の奥さんと親しい仲間たちでデ・レーケを学び、中山道美濃路の旅をしました。
デ・レーケは、オランダの土木技術者で、明治政府に招かれ明治6年に来日し、数多くの治山治水・港湾事業の現場指導をし、日本の土木技術と土木事業に多大な貢献をした方です。
生前、奥村先生がそのデ・レーケに感心を持たれ、一度彼が残した土木事業を見に行きたいと言っておられたのが、この旅のきっかけでした。
その後に向かったのは、明治の貴重な建築が保存されている「明治村」です。
ここでのお目当ての、フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテル中央玄関で記念撮影。
翌日は美濃中山道を案内させていただきました。
そしてこれが奥村まことさんとの最後の旅となりました。

明治村の帝国ホテル中央玄関前にて
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奥村夫妻とは、ここで紹介した以外にいろんなところに行きました。勉強にもなり大変楽しい旅でしたが、もうこれで旅はおしまいです。
まことさんのご冥福をお祈りします。

追伸
2月20日(土)に奥村まことさんのお別れ会があります。
詳しくは「環境創機」のHPをご覧ください。
http://www.kankyosouki.co.jp/news/20160215.html

まことさんのエッセイ集
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by y-tukide | 2016-02-15 11:38 | 奥村先生とまことさん

ハウスメーカーの家リノベーション 京田辺の家

この数年ツキデ工務店では、古家付きの土地を購入され、その建物を大規模改修=リノベーションする仕事が年々増加しています。
現在、日本の住宅事情は、家あまり状態で空き家が増え続けています。。
その中の比較的良質な家は、30~40年経っていてもリノベーションし、その建物の性能を向上させることにより、新たに付加価値を高め、さらに30年、40年いやそれ以上安全により快適に住み続けることが可能です。
そして価格も建替えるよりも圧倒的に安価ででき、資源保護にもつながります。
その中にはハウスメーカーの家も多くあり、これまでにセキスイハウス、パナホーム、ダイワハウスなどの建物をリノベーションしてきました。
今回紹介します建物も築39年の軽量鉄骨造のダイワハウスの建物です。
自然素材をふんだんに使い健康的で、夏暑くなく、冬も寒くない快適な住まいに生まれ変わりました。

改修前の外観。
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玄関部を増築した改修後の外観。
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15.1坪とさほど広くない1階床面積で、7.5畳のリビングダイニング、押入れ・床の間を含め7.5畳の和室、合わせて5畳の広さの玄関・玄関ホール・廊下・階段室と三つに分かれていた間取りを、1.1坪だけ玄関を増築し、三つ空間をひとつにまとめ20畳の開放的なLDKとしました。

改修前は三つに分かれていた間取りの7.5畳のリビングダイニング。
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押入れ・床の間を含め7.5畳の和室。
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合わせて5畳の広さの玄関・玄関ホール・廊下・階段室。
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1.1坪増築した玄関。
風除室を兼ね手前の引き戸を閉めると一階は全空間冷暖房が可能です。
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三つ空間をひとつにまとめ、無駄な廊下を取り込み20畳の開放的なLDKとしました。
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居間とダイニングは必要に応じて、二枚の天井までの高さの引き込み建具で仕切ることが出来ます。
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作り付けの食器棚。階段下の空間も最大限有効に使います。
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以前は狭く使いづらかった洗面・洗濯スペースも広くて使いやすくしました。
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狭かったトイレも手洗いと収納付きにしました。
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2階は3室あるのですが、そのうちの1室の和室は、寝室として畳は新調、壁は紙クロスの張替え、天井は現状のままです。
断熱性能を向上させるために天井裏には高性能の断熱材を敷きつめ、窓には内窓を入れました。
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2階の残りの二部屋は、さっそく居室として使う必要性が無いので窓に内窓を入れましたが、内装は以前のままとしました。
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リノベーションのいいところは、予算に合わせて工事内容の優先順位を決めて予算配分ができることです。当面必要としない工事は無理にしないで、必要順位が高い部分にお金をかけて満足度を上げることが大切だと思います。
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by y-tukide | 2016-02-08 09:36 | 仕事色々

鉄道ブラ旅 JR赤穂線 日生

朝日新聞の夕刊に連載されている「ぶらり舌まかせ」の1月20日付の記事「海のミルク あふれ出す」を読んで興味がわき、岡山県東端の備前市日生(ひなせ)町に行ってきました。
JR宇治駅を6:42に乗り京都駅へ、京都駅から新幹線で姫路に行き、在来線に乗り換え播州赤穂駅へと向かいます。播州赤穂駅からJR赤穂線に乗り換え「日生駅」に着いたのは9:21。
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日生は、瀬戸内海の潮の香りが漂う人口8,600人ほどの小さな漁師町です。この日のお目当ては夕刊記事で紹介されていたカキの入ったお好み焼き「カキオコ」です。
岡山県は広島・宮城に次ぐ全国3番目のカキの産地だとか。ここ日生では産地ならではの今が旬のカキを惜しげもなく入れたお好み焼きが味わえます。
駅に降り立ち昼にはまだ早いので町を散策しました。
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日生は、小豆島とフェリ―で結ぶ港でもあります。
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街の鮮魚店では、朝に上がったシャコ、ワタリガニなど瀬戸内の海の幸が並びます。
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「五味の市」というところでは、カキが販売されています。
日生カキの特徴は、1年間のサイクルで養殖することです。他産地では出荷するまでに2~3年かかりますが、旬の時期に旬の味を楽しめるように、限られた時期だけ生産し、小ぶりですがこだわりの美味しい日生カキが提供されます。
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好きな素材を選びバーベキューできる店もあります。
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たまたま見つけたカキ養殖いかだ造りの現場。
丸太と竹を番線でくくり、浮き輪をつけて完成です。
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日生には、20店近くのお好み焼き店が港町独特の入り組んだ路地などにあり、いたるところに「カキオコ」のノボリが立っています。
「カキオコ」の由来は、朝日新聞夕刊の記事によると当時、お好み焼きといえば牛肉だったが、ある日カキ漁師が商売ものにならないカキを持ってきて「いれてくれ」と頼むようになった。2001年の暮れに、一人の県職員がカキ入り味に感動し、名物にすることを提案し研究会が出来、2年後に「カキオコ」と命名されたそうです。
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その記事に紹介された店に行くと、昼前なのに満席で順番待ち。
待っている間、隣の人に声をかけるとこのご夫婦は和歌山市から車で来られたそうで、あの記事を見て岡山に旅行に行く途中に立ち寄ったそうです。記事効果絶大なり!
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私は「カキオコ」「カキの鉄板焼き」と生ビールを注文しました。
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店は、田舎町によくある大衆的な小さなお好み焼き屋さん。
熟練のおかみさんの手早い仕事ぶりに、見入ってしまいます。
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惜しげもなく盛られるカキ。
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ひっくり反しソースを塗って出来上がり、香ばしいソースの香りがたまりません。
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確かにうまかったのですが、寒い外で並んでいる人たちが気になって、ゆっくり味わいながら食べられなかったのがちょっと残念でした。
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by y-tukide | 2016-02-01 10:50 | 鉄道ブラ旅