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京都山科の古民家再生

この建物は、京都山科の西野というところに建ちます。

今年の1月から工事をはじめ、この度めでたく竣工の運びとなりました。

奈良の藤岡建築研究所さんの設計管理もと、弊社が施工させていただいたものです。

この建物は、明治に旅館であった建物をこの地に100年前に移築されたものです。

先々代移築した建物を、今回さらに再生し生まれ変わらせ、そしてそこに4世代の家族が一緒に住みつぐという意味では、値打ちがありすごいことだと思います。

植栽工事はまだですが、建物本体の完成写真を撮りましたので一部紹介させていただきます。

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このお宅は、代々「惣菜」をつくり販売をされてきた「ミセ」「オクミセ」「厨房」がある店舗併用住宅です。

「ミセ」の奥には、座敷があります。

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「オクミセ」は、吹き抜けになっています。

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「ミセ」の入り口とは別に、家人の玄関があります。

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4世代の家族が集う「食堂・台所」。

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食堂・台所の横にある水回り。

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6帖の間」

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「座敷」

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「箱階段」

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「階段ホール」

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「つし」2階にある「子供たちの部屋」

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「食堂・台所」の吹き抜けにつながる「寝室」

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この建物がる山科の「西野」というところは、歴史あるところです。

周辺には母屋が茅葺で立派な「長屋門」がある民家などの古い民家がいくつか残っています。

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またここは、浄土真宗の「蓮如上人」が堀や土塁を設け城郭として築いた「山科本願寺」があった場所で、当時は寺内町であったようです。山科本願寺は、焼打ちに会い落城しましたが、今も土塁跡が残っています。

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そして近くには、その蓮如上人が85歳で往生された「西宗寺」があります。

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このような歴史ある地に、この建物が再生され残り続けていくことは、

うれしいことです。

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by y-tukide | 2016-10-24 15:52 | 仕事色々

越前 勝野と大野を行く

10月の連休、妻と越前の勝野と大野に行ってきました。

私は、勝野と大野にはこれまでに何度か訪れていますが、最初に行ったのは14年前です。きっかけは司馬遼(司馬遼太郎)の街道を行くシリーズの18「越前の諸道」です。

司馬遼は、昭和5510月に須田画伯と九頭竜川沿いを上下しています。

朝、京都駅0番ホームから658分発の特急サンダーバードに乗り福井駅へ。福井駅からえちぜん鉄道に乗り換え「勝山駅」についたのが948分。

ここから九頭竜川を渡り、勝山の町を散策しました。

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勝山は、中世から戦国にかけての軍事的要所として城が築かれ城下町が形成されました。現在の市役所あたりに城があったそうです。また勝山の町散策後に訪れる、中世に巨大な勢力を誇った「平泉寺」の寺内町として栄えた町でもあります。

現在「本町通り」には、豪雪に耐えるように深い軒に太い「登り梁」を掛け、それに「母屋」をのせたこの地方独特の大型の商家が結構残っています。

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その本町通りには、司馬遼が泊まった400年続く老舗の料理旅館「板甚(いたじん)」がありました。私もここを宿にしたかったのですが連休ということもあり予約でいっぱいでした。

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町を散策し、昼は越前名物の「おろしそば」と勝山の地酒「一本義」をいただき、午後は今回の目的地の一つである「白山平泉寺」に向かいました。

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「白山平泉寺」は、私は14年ぶりですが妻は初めてです。

「白山平泉寺」は、717年に越前の僧「泰澄(たいちょう)」によって開かれたとされています。

白山信仰の禅定道(ぜんじょうどう)は、美濃側、加賀側、越前側の三つの道がありますが、その越前側の拠点としてここに山伏が集まり、平安時代後半には天台宗比叡山延暦寺の傘下に入り一大宗教勢力となりました。

戦国時代には、四十八社、三十六坊と六千の坊院が建ち並ぶ宗教都市で、広大な寺領を持ち、僧兵は八千を数えたと伝えられています。

ただ司馬遼は本の中で「中世、平泉寺は悪僧の巣窟でもあった」と綴っています。

その宗教都市は、1574年に一向一揆の攻撃を受け全山が焼失してしまいました。

そして明治の始めに神仏分離令に基づき寺号を廃して「白山神社」と改められました。

禅定道の入り口にあたる「菩提林(ぼだいりん)」。

二百数十年生と思われる老杉がうっそうとした森を形成しています。

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舗装された道の横には、苔むした当時の石畳が続きます。

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いつの時代の石仏か、深い緑にとけこんでいました。

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坂道を登り切った所で視界が開け駐車場や真新しい建物が現れました。

私が14年前に訪れた時には、確か店なども無かったものです。また当時は会う人はちらほらだったのですが、この日は観光客が結構訪れていました。地元の人に聞くと数年前に吉永小百合さんのJR東海?のポスターの写真がここで撮られたとのこと、それ以来観光客が増えたそうです。

そのポスターの背景となった参道。

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幸い拝殿前のこの風景は、14年前と変わりませんでした。

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平成元年から始まった発掘調査では、白山神社境内から数百メートル離れた山林や田畑の下から、坊院跡(僧侶の住居跡)や縦横に張り巡らせた石畳が発見され、一部坊院の門・土塀が復元されていました。

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この日は勝山で宿をとり、翌日はバスで大野へと向かいました。

今回の旅でもう一つの目的は、大野の山里にある「宝慶寺(ほうきょうじ)」という寺に行くことです。

司馬遼が「越前の諸道」の旅で最初に向かったのが「宝慶寺」です。本の中でも司馬遼は、今も寺があるかどうか、ともかく地図を見ながら「宝慶」という村の地名を頼りに向かっています。14年前私もその寺に行きたくて越前池田から宝慶寺に向かったのですが、険しい山道を走り、結局道がわからないまま大野の町入ってしまいました。

今回は、地図で寺の位置を確認し大野でレンタカーを借り走りました。そして美しい杉の林を抜け今回は何とか宝慶寺につくことができました。

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司馬遼も何とか宝慶寺についたとき最初に出くわしたのは、「杉木立のはてにあった粗末な四脚門で、その門だけが、光のなかに浮かんでいた」と綴っていますが、いまは真新しい四脚門が浮かんでいました。

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宝慶寺は700年前に、「寂円禅師」によって開かれました。寂円禅師は中国の宋朝の人で、日本から宋に渡った道元禅師(永平寺の開祖)とともに、如浄禅師のもとで修業を続けられました。その後、日本に戻った道元禅師をしたって来日し、常に道元禅師に従いました。

寂円禅師は、道元禅師の死後この山に入り、如浄・道元禅師の禅風をひとり守り93歳まで生きられたそうです。

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今は、曹洞宗の道場として何人かの雲水がここで修業されています。

曹洞宗本山永平寺は観光客あふれかえっていますが、ここは静寂が保たれています。

ちょっと気になるのは、寺の麓で造成工事が行われていたことです。もしかして大きな駐車場を造っているのでは?

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また境内には、今は廃墟となった門前の宝慶村の茅葺の民家が1軒移築されていました。

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この後大野の町に向かったのですが、平野では可憐なソバの花が畑を白く染めていました。

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by y-tukide | 2016-10-17 10:19 | 街道を行く

みんなのき三室戸こども園・Hana花保育園運動会 2016年秋

私の孫娘がお世話になっている、宇治の「みんなのき三室戸こども園」の運動会が今年も秋空の元、府立運動公園「太陽が丘」で開催されました。
「みんなのき三室戸こども園・Hana花保育園運動会」の運動会は、毎回タイトルがありその物語の中でそれぞれの演技は行われる、実にユニークで子供も保護者も先生方も皆が参加し楽しむ運動会です。

今年のタイトルは「あそびのもりの ばんぶりん」です。

人は、なにをするにも「遊び心」が大事です。この物語は、竹林から生まれた「たけのこ」が、いろんな経験や冒険を通して遊びの王者「ばんぶりん」になること夢見て成長していくお話です。

また毎回、テーマソングや演技ごとに流れるBGMは、総園長先生や担任の先生が作られるまさに手作りの創造性豊かな運動会です。

総園長先生が作詞作曲し自らが歌われている「あそびのもりの ばんぶりん」のBGMが流れる中オープニングです。

34歳児はかけっこして、5歳児は竹馬で集合します。

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総園長先生は、今回はこんな格好でごあいさつ。

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開会式の後は体操です。体操というより総園長先生の作詞作曲「あそびのもりの ばんぶりん」のテーマソングにのってのダンスです。

孫娘も楽しそうに友達と踊っていました。

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全員での体操の後、最初のプログラムは345歳児のかけっこです。

神輿をかついでスタート地点に行きそこから走り出します。孫娘も真剣に走っていました。

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テーマソングの歌詞「あそびのもりの ばんぶりん」とそれぞれの園児の足形が印刷されたカラフルなTシャツ。

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これも毎年恒例、5歳児の自転車演技。子供たちのとって自転車に乗れるようになれるのは大変なことです。

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グランド内のネットには、今回の運動会のテーマを題材にした園児たちの布に書いた絵が掛けられています。

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2歳児の親子競技。

保育士さん達もこのための衣装を準備をするのは大変だったと思います。

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345歳児合同の冒険競技の綱引き。力を合わせてよいしょ!

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5歳児の冒険競技。

数々の苦難を乗り切り園児たちが、ゴールを目指します。

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ジャーンプ!

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ゴール手前で総園長先生ふんする泥棒スズメが邪魔をします。

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この後もユニークで楽しい演技が続きますが、残念ながら私は仕事があり途中でグランドと後にしました。

来年は、孫娘にとって最後の運動会となります。楽しみです。

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by y-tukide | 2016-10-10 10:00

初瀬街道 大和朝倉から長谷寺を行く

この日、妻と「初瀬街道(はせかいどう)」を近鉄大阪線の桜井から長谷寺を参拝し榛原へと歩く予定をしていたのですが、急に孫娘を見なければならないことになりなり、コースを短縮し3人で初瀬街道を行くことにしました。

朝9時ごろに近鉄大阪線の大和朝倉駅に降り、ここから長谷寺へと向かいました。

5歳の孫娘にとっては初めての長距離ウォーキング体験です。

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大和朝倉駅付近の初瀬街道の町並み。

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玄関に「杉玉」が吊るされた立派なお宅。造り酒屋さんだったのか?

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街道筋のこのあたりは、うれしいことに結構古い建物が残り風情ある町並みが続きます。

この建物も、よく手入れされています。

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街道沿いの田園風景は、秋そのもの。

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ところがこの日は台風18号の影響か気温は30度を超える蒸し暑い夏日。

5歳の孫娘にとっては、ちょっときつい初体験です。

家の陰でちょっと休憩。

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「黒崎」という集落を歩いていると街道の左側に立派な石の鳥居があり、その先のR165線を越えたところに「白山神社」という古社があります。

この辺りは第二十一代雄略天皇が営んだ「泊瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)」の伝承地だそうで、境内には万葉集の巻頭を飾る雄略天皇が読んだ歌碑が建立されています。

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黒崎集落に建つ、軒が本瓦葺で大和格子のこの建物、いい建物ですが地元の人に聞くと現在は空き家だそうです。

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集落を抜けたあたりで休憩も兼ねて「お絵かきタイム」。

妻が、ただ歩くだけでは孫娘かわいそうと考え、好きなお絵かきノートを持参したもので、彼岸花を色鉛筆で描いていました。

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そして押し花も。

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この先はR165線と交わり歩道を歩きます。大人にとっても自動車道路を歩くのは苦痛で倍疲れます。

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旧街道はR165線から別れ、「出雲」という集落に入ります。

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集落内には「十二柱神社(じゅうにはしら)」という神社があります。

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その境内にある説明書きによると、この出雲という集落は、日本の国技である相撲の始まりである、出雲国の勇士「野見宿禰(のみすくね)」と大和国の「当麻蹴速(たいまのけはや)」が角力(相撲)して野見宿禰が勝ち、その垂仁天皇に仕えこの地にすんだと記されていました。

そのいわれからか境内の狛犬の台座は、4人の力士が支えていました。

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出雲集落を後にさらに進んだのですが、孫娘はかなりばててきたので昼飯を取ることにしました。たまたま長谷寺参道手前に孫の好物のラーメン屋があったので入ったのですが、注文するなり「ラーメンがきたら起こして!」というなり寝入ってしまいました。

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店のご夫婦が、暑い中かわいそうにと大変気を使ってくださり、いろいろ便宜を図ってくださいました。そして起きて食事をした後も孫にリンゴむいてくださったり、栗を土産にといただきました。

孫娘が店で描いた栗の絵といただいた栗を持っての記念撮影。

大変お世話になりました。ありがとうございました。

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そしてこの店で真心と英気をいただきこの日の最終目的地である「長谷寺」へと向かいました。

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長谷寺では、あの長い階段を跳ねるように上って行ったのには驚かされました。

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花の寺の長谷寺、紅葉もはやいこの季節、花も無く唯一「きんもくせい」がかぐわしい香りを放っていました。

今回の街道を行くは、記憶に残る珍道中となりました。

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by y-tukide | 2016-10-03 17:47 | 街道を行く