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宇治かいわい 三室戸寺

この日曜日、午前中お施主様との打ち合わせがあったのですが、午後は休み、梅雨空の合間を見て久しぶりに自宅から車で10分ほどにある「三室戸寺」に行ってきました。

三室戸寺は、千二百年前に創建された古刹であり、西国三十三所観音霊場十番札所です。

また「花の寺」として五千坪の大庭園では、5月はツツジ・シャクナゲ、6月アジサイ、7月ハス、そして秋の紅葉と四季を通じ花を楽しむことができます。

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杉木立の中のアジサイ園では、この時期501万株のアジサイが咲き乱れます。夕方からはライトアップもされます。

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雨上がりとあってアジサイの花も一段とさえます。

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この日は、日曜日とあって多くの観光客が訪れていました。

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初めて見る珍しい花もあり、種類の多さにおどろかされます。

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千手観音菩薩が祀られる本堂の前では、ハスの花も見ごろを向かえようとしていました。

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by y-tukide | 2017-06-26 10:50 | かいわい

建物完成見学会 八幡市「男山の家」

京都府八幡市の男山で建設中のお宅が無事完成し、617日・18日の両日、お施主様のご厚意によりお引き渡し前の建物完成見学会を開催させていただきました。今回も大変多くの方々にご参加いただき、スタッフ一同感謝しています。

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この建物は、日本三大八幡宮の一つである石清水八幡宮の西方の静かな住宅地に建ちます。

愛車を納めるガレージは、下屋の屋根と一体とし杉・桧材で組んでいます。

また空気集熱式パッシブソーラーシステム「そよ風」を採用し、冬は屋根にふりそそぐ太陽の恵みを室内に取り込み、春夏秋には、お湯採りができます。

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玄関引き戸の横には、網を張った格子戸があり、引き戸の玄関網戸として活用できます。

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玄関を入ると「目板格子戸」のシューズクロークがあります。

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その反対側は、計画では玄関収納だったのですが、途中で変更しご主人で趣味であるアクアリウムのための作業場となりました。

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南側に面するリビング・ダイニング。

ウッドデッキと庭の木々一体となり、目線も抜け広さとやすらぎが感じられます。

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12階の床材は、北海道産のナラ材、壁は砂漆喰で仕上げました。

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ダイニングと隣接する畳敷きの居間。

畳表は奥様のご実家である大分県の国東地方の「七島藺(しちとうい)」の畳表を使用しています。壁・天井・建具は京都の「黒谷和紙」を袋貼りで仕上げました。

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対面式キッチンの前には引き込み建具を設け開け閉めすることで、ダイニング、居間からの視線を遮ることが出来ます。

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キッチンと作り付けの家具。

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キッチン横に設けた家事コーナーと収納棚。

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キッチンと家事コーナー・洗面・脱衣洗濯室を繋げることにより効率の良い家事動線になりました。

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2階の階段室に設けた、手すり兼用の本棚。

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勾配天井の二部屋の子供部屋は、作り付け家具で仕切られています。

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主寝室は七島藺(しちとうい)の畳の部屋、押入れの襖は柿渋で染めた和紙張りです。

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この日は夏日、初夏の太陽の光がデッキに照り付けていました。

この家が、これからどのように住み継がれていくか楽しみです。

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by y-tukide | 2017-06-19 16:43 | 見学会・イベント

大和 壷坂みち―土佐街道から高取城をゆく―

私は司馬遼太郎のファンですが、紀行集である「街道をゆく」シリーズの「大和 壺坂みち」で司馬遼は高取城跡を訪れています。

高取城は、奈良盆地と吉野の間の山地にそびえる標高約584mの高取山にある山城です。南北朝時代に南朝方の越智氏により築かれ、1585年に豊臣秀長の家臣本田氏と1640年(江戸期)に城主となった植村氏によって大改修されたものです。明治の新政府による廃城令により天守をはじめ上物がとりこわされ、今は石垣を残すのみですがその規模は広大です。

私は、以前に車で途中まで行き山の中腹から歩き城跡に行ったことがあるのですが、今回は、ふもとの城下町「土佐」から446mの城跡へと歩くことにしました。

江戸時代高取藩の城下町として栄えた高取は、土佐街道沿いに今も低い軒先に格子戸の古い街並みが続き、昔の繁栄を物語っています。

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高取は、城下町であると共に薬の町でもあります。歴史は古く飛鳥時代、推古天皇が聖徳太子や供の者を従え、高取の山野で「薬狩り」を行ったと伝えられています。そして修験者によって「大和の薬」として全国に広められたのが「大和売薬」の起こりだそうで、その拠点となった町です。

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この建物は、お医者さんです。立派な長屋門の一部は廃城となった高取城の門を再利用したものだそうです。

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城下町を形成する中心地である「土佐」の地名に、大和の地で何ゆえ土佐?と以前から疑問に思っていたのですが、6世紀のはじめ頃、大和朝廷の都造りにの労役に、土佐の国から召し出され、任務を終え帰郷するにも援助が出ず帰郷がかなわぬ人々が住み着き郷里を偲び「土佐」と名付けられたそうです。

吉備川に架かる「鷹鞭(たかむち)橋」からの土佐の町。

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土佐の風格のある街並みを抜け、ここから高取城へと向かいます。

緩やかな坂道を登っていくと、道は舗装道から山道へと入ります。うっそうと茂る杉・桧の林の中、道沿いに小川が流れひんやりとした気持ちのいい空気が漂います。

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山道は、途中から急な坂が続きます。その道端に野仏が!

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坂道を登りきると急に視界が開け、前面に西国三十三所第六番札所の「壷坂寺」が現れます。

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壷坂寺の境内には、本堂・礼堂・阿弥陀堂・三重塔・天竺渡来大石像が建ちます。

ここで一息つき拝観し、高取城へと道を進みます。

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道はちょっと舗装道を走り、「左五百羅漢のみち」の石塔を目印に左に折れ、杉の根があらわになった細い山道を登ります。

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すると山肌に現れたいくつもの巨岩に刻まれた無数の「羅漢(らかん)」の石仏群が現れます。

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羅漢とは、仏教において煩悩を払い去った聖者のこと。いつの時代に彫られたのか、風雨にさらされ表情がだいぶ風化していますが迫力があります。

人一人いない山の中で無数の羅漢像と向き合っていると神秘的というより、聖者像とはいえ一種不気味さが漂います。

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次から次へとあらわれる羅漢像を横目に、道を間違っていないかと危ぶみながら、たまに現れる道標を頼りにさびしげな山道を行きます。

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突然、蛇が目の前を横切ります。今年初めて見た蛇です。

この日はこれをはじめに3匹の蛇とご対面しました。

クマと遭遇するよりましかと思いつつひたすら山道を登ります。

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そしてようやく車道と合流する高取城跡の入り口に着きました。

3年前は、仕事で吉野に行った帰りにここまで車で来てここから城跡に登ったものです。

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ここから20分ほど登って行くと生い茂る樹木の中に石垣が次々と現れてきます。

司馬遼はその光景を「自然林と化した森の中に苔むしつつ遺っているさまは、最初にここにきたとき、大げさにいえば最初にアンコール・ワットに入った人の気持ちがすこしわかるような一種のそらおそろしさを感じる」と綴っています。

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城内には実生から自然に育った巨木が茂り、永い歴史の流れを物語ります。

3年前にここを訪れた時は、日曜日なのに二組しか会いませんでしたが、この日は別ルートから登ってきた何組かのハイカーや若者、家族連れが訪れていました。

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高取山の頂上に築かれた本丸跡からの南の眺めは素晴らしく、手前に吉野山、奥に大峰山、大台ケ原の山々を望むことができます。

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時刻は、昼を過ぎています。計画的なハイカーならば持参した弁当をここで食べるというのが通常だと思うのですが、残念ながら私は、寄り道が多いとはいえこんなに時間がかかるとは予想せず、弁当はおろか食べるものは何もなく腹はぺこぺこ。山登りを甘く見てはだめだと痛感。

急ぎ別ルートの急坂を麓の土佐の町へと足早に降りることにしました。

降り道でなぜか明日香でも見られる「猿石」が!

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by y-tukide | 2017-06-12 13:37 | 街道を行く

大和街道 伊賀上野から柘植宿をゆく

「大和街道」は、江戸時代には加太越奈良道と呼ばれ、三重県を走る東海道の「関宿」の西の追分から分岐し、加太峠を越えて「柘植(つげ)」「伊賀上野」「島ヶ原」を通り奈良へと続く街道です。

4月末の連休初めに、妻と娘そして6歳の孫娘との珍しいメンバーで関西本線の月ヶ瀬駅から伊賀上野へと「街道をゆく」をしたのですが、今回は、私一人でその続きの伊賀上野から柘植宿へと街道を行きました。

伊賀電鉄の伊賀市駅に降りたのが朝の8時ごろ、ここから大和街道を行くとすぐに菅原道真を祀る「天満宮」があります。

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さらに進むと「大和街道」と伊賀上野と津、そして伊勢をつながる「伊賀街道」の分岐点にあたります。その角には古いたたずまいの井本薬局があります。現在も営業されていますが、朝早いので店は板戸が閉められていました。

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間もなく江戸時代「俳聖」と呼ばれた松尾芭蕉の生家があります。ここから芭蕉は各地を旅しました。伊賀上野には芭蕉にちなんで芭蕉翁記念館や俳聖堂、蓑虫庵があります。

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その先のT字路には、「左東海道せき道 右ならはせ山上道」と記された道標が建ちます。

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眼下に北へと伸びる大和街道。

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服部川を渡り背後に上野城の天守を見ながら街道を進み、「小宮神社」を過ぎると街道は東に折れ、「印代」という集落に入ります。

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集落を抜けると麦畑と田植を終えた水田ののどかな風景が広がります。この日は五月晴れ、風もさわやかで最高の「街道を行く」です。

私は、今年の3月に腰を患い、夜中に当然右足に電気が走り激痛で眠れぬ夜をすごし、そして杖なしでは歩けない惨めな日々が続きました。あの時の歩けない苦しさ思えば、こうして好きな街道歩きができる喜びはひとしおです。

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田園風景の中をひたすら東へと進み「佐那具」という集落に入ります。

街道筋には、元旅籠であったかと思われるつくりの建物や商家であった「平入り」建物が軒を並べます。

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この店は金物屋さん。窓越しに鎌などの道具が飾られ、鋸の目立てもしているようです。ご先祖は鍛冶屋さんだったのかもしれません。

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街道は「柘植川」を渡ります。土手沿いに桜並木が続き、青空にぽっんと浮かぶ雲。

川は濁っていますが多分田植の際に引き込んだ水の濁りかと思われます。

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街道筋の町はずれに面白い建物発見。一般的に洋風の建物に使われるS字型の瓦で葺かれた蔵と納屋。壁は漆喰で腰は銅版張り。渋い色のS字瓦が「本瓦」にも見え意外と違和感を感じません。改修なのか新築なのか詳しくは見ませんでしたが「本瓦葺」に比べ瓦は軽量で安価ですので至極合理的に考えられています。

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集落を抜け街道は柘植川沿いを走ります。川沿いには桜並木が永遠と続きます。

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木々の間からシラサギが。

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対岸の竹藪の中の道に向かって架けられたコンクリートの潜水橋。

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菜の花畑、気持ちのいい風景が続きます。

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いくつかの集落を通りぬける中、街道沿いで見つけた茅葺の民家、大和街道を歩いていて初めて見た茅葺民家です。

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柘植の集落に入ったあたりで、柘植川に流れ込む小川に架けられた「勧請縄」を発見。

勧請縄は、疫病などの悪霊が村に入ってこないようにするために、村の入り口に張られた結界です。前回、大和街道を歩いた時伊賀上野の手前の集落の入り口でも見ました。

大和街道沿いには、今もその風習が残っているようです。

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ようやく街道は、「柘植宿」に入ります。街道が鍵型に折れるあたりが柘植宿の中心で本陣もあったようなのですが、あまり宿場の面影は残っていません。ただ気になったことは、街道沿いの民家の何軒かの土塀がレンガで積み上げられていることです。地元の方に聞くとこのレンガは、明治に開通した関西本線の加太峠を抜く「加太トンネル」に使われたレンガの残りを利用したものだそうです。

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時刻は午後3時、この先の大和街道は、国道25号線を歩き加太峠越えです。国道を延々と歩くのは嫌なので日はまだ高いのですがここで終わりとし、柘植駅から帰路につくことにしました。

二日をかけて関西本線の「月ヶ瀬」から「伊賀上野」を経て「柘植」へと歩いた「大和街道」、景色もいいし歴史のにおいも濃く、気持ちよく歩けた「街道を行く」でした。

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by y-tukide | 2017-06-05 10:20 | 街道を行く