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御坊かいわい

御坊(ごぼう)市は、和歌山県の海岸線のほぼ中央で、日高川の河口に位置します。

御坊は、1500年代浄土真宗本願寺の「日高御坊」の寺内町として発展した町です。人々がこの寺を「御坊様」と呼んだのが地名の由来で、近郷から門徒宗を中心に集まり町が形成され、日高地方の産業中心となりました。

寺内町の中心となる日高御坊。

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日高御坊の周辺には今も本瓦葺の古い街並みが一部見られます。ただ同じ寺内町でも大阪の南河内の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている「富田林(とんだばやし)」 に比べると古い街並みが一部点在して残るもののかなり違います。

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町内の商店街もいずこの地方都市の商店街にもれず見事な「シャッタ―通り」となっています。店の外観も古い建物の道側の外一面をあえて洋風?の店構えに見せた「看板建築」が並びます。

古く歴史ある街並みを生かした店構えの方が、独自性が活かせ集客効果も上がるのではないかと思え残念です。

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御坊の街には、日本一短い「紀州鉄道」が走っています。

JR御坊駅から営業距離2.7kmのローカル私鉄で、終点は寺内町にある西御坊駅です。

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午前中御坊の街を散策し、その後車で数十分の山手にある臨済宗「興国寺」に行くことにしました。

興国寺は、鎌倉幕府三代将軍源実朝の菩提を弔うために1227年に建立された古刹です。

1585年の羽柴秀吉の紀州攻めで堂塔が失われたのですが、紀州徳川家代々の藩主の加護のもと復興されました。

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静かな境内にノミを打つ音が響くので音に引かれていくと鐘楼(しょうろう)の改修工事が行われていました。

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鐘楼の上で二人の大工さんが仕事をしていたので、無理を言い仕事を見せていただきました。

二人は「擬宝珠(ぎぼし)」を新たに作っていました。

二人の大工さんは宮大工ではないのですが、元の擬宝珠を参考にし図面もなしで作っておられます。たいしたものです。

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ここでこの建物の仕事の話をいろいろ伺い邪魔をした後、紀州の海を見たくなり、近くの由良町の半島の先にある白崎海洋公園へと向かいました。

群青の海に白く輝く海岸。

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白い岩肌は、地球の変動が生んだ太古の石灰岩、太陽の輝きで光る白と海の深い青とのコントラストが素晴らしい。

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園内には、クラブハウスがあり体験シュノーケリング、ダイビングなどのマリンレジャーが楽しめます。

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紀州の海、夏本番です。

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by y-tukide | 2017-07-31 13:29 | かいわい

紀ノ国 「塩津」散歩

休日、和歌山県海南市下津町にある「塩津」という街を散策しました。

塩津は、紀伊水道の若浦湾に面する人口600人程の小さな港村です。海際の狭い平地に山が迫り、その斜面に密集して民家が建ち並びます。

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塩津は、自然の良港で古くから漁業をはじめ廻船業も盛んで有力な豪商も輩出したそうですが、明治に入り鉄道が開通することにより廻船業は衰退し、今は当時の面影を残しながら静かにたたずむ漁村です。

海際の狭い平地には、当時の繁栄がうかがえる本葺瓦屋根の蔵や商家が残ります。

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この集落を歩くと、漁村特有の外壁が板張りの家々の間を狭い路地が迷路のように走ります。


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海に迫る山の斜面に建つ家々は、この地域から産するのであろう石積みの上に建ち、塀も石積みで独特の風景を形成しています。

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急な坂道の路地を登っていても、それぞれの路地に特徴があり面白く、さほど疲れを感じません。

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建物の多くの屋根は、重厚な「本瓦葺」でこの集落の歴史の重みを感じます。

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山上に建つ静まりかえった塩津小学校。

20153月に5人の卒業生を送り出し休校となりました。塩津小学校は、明治6年に開校し、ピーク時には300人以上の児童が在籍していたそうです。通常なら廃校となるところですが、保護者や地元から「地元のシンボルとしての学校を失いたくない」という強い要望により休校の扱いとなり、いったん142年の歴史を閉じました。

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港に降り、漁に出る準備している漁師さんに話しかけると、イワシを餌にタコをとりに行くとのことでした。

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6月初めのこの時期、この辺りではシラス漁がおこなわれていて、ゆで上がったシラスを土産にすることができました。

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塩津の集落を散策していて、空き家や朽ちた家屋・空地が目立ったのですが、この集落独特の貴重な風景が残り続けてくれることを願うばかりです。

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by y-tukide | 2017-07-24 10:52 | 散歩

光雲寺「看月亭」改修工事

現在、ツキデ工務店は、南禅寺の境外塔頭(けいがいたっちゅう)である光雲寺の境内にある数寄屋建築「看月亭」の改修工事をさせていただいています。

光雲寺は、臨済宗南禅寺派に属し、南禅寺北ノ坊とも呼ばれ、もとは摂津国天王寺にあったそうです。開山は南禅寺開山大明国師によって1280年に開創されました。その後戦乱によって荒廃し、江戸時代初めの1664年に南禅寺第二百八十世英中禅師によって南禅寺の北の地に移し再興されました。

東山連峰の麓に建つ光雲寺。

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再興された当初は、五千三百坪の広大な敷地に七堂伽藍を完備したと伝えられています。現存する仏殿と明治天皇寄進の鐘楼とが当時をしのばせます。

また光雲寺は、徳川家康の孫、徳川二代将軍秀忠の娘である和子(まさこ)、のちに後水尾天皇の中宮となった「東福門院」の菩提寺でもあり、仏殿には東福門院像が祀られています。

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今回、改修工事をさせていただいています「看月亭」は境内の東、「哲学の道」に面する庭園の中にあります。

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看月亭には、書院造りの八畳の座敷と三畳台目(だいめ)の茶室があり、その前に東、南側に面して敷瓦敷きの土間があります。

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その土間の天井は、軒先から伸びる化粧垂木の磨き丸太、さび丸太、女竹(めだけ)、杉の木舞で組まれ、黒部(くろべ)の木の目にそって薄く割った「ヘぎ板」の天井板が張られています。

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ただ軒の銅板一文字葺の屋根が腐食し、そこから雨水が差し込み、軒の鼻先が腐った状態でした。

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今回の改修でこれをいかに利口に修理するかが最大の課題でした。

そして今回とった手法は、軒桁の先から丸太を切り取り、そこに新たな丸太をボルトでつなぐ方法です。

ただつなぐだけでは軒の荷重で垂れてしまうので、野垂木(のだるき)で軒先の広小舞(ひろこまい)をつり上げることにしました。

野垂木とは、化粧垂木の上の設けた屋根を葺くための本来の垂木のことです。

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こうして軒桁から朽ちた丸太を切り落とし、新たに丸太をつなぎ、女竹、杉の木舞を組みます。

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そして丸太の間に流した女竹とそれと直行する女竹、木舞を「つる」で結びます。

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「つる」を結ぶにも結び方があるのですが、ベテラン大工が若い大工に教えている様子がほのぼのしい限りです。

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この「つる」3mほどの長さで500円するのです。

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そしてその上から黒部(くろべ)のヘギ板を張ります。

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秋には完成の予定です。

完成すると宿泊施設として生まれ変わります。

完成が楽しみです。

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by y-tukide | 2017-07-19 09:32 | 仕事色々

城陽市「上大谷の家」完成見学会―自然素材を使った大規模リフォーム―

34年の木造2階建住宅が、ご夫婦と3人のお子さんが安心して暮らせる、自然素材に包まれた健康的な家に生まれ変わりました。

そして78日(土)・9日(日)の両日、お施主様のご厚意により引き渡し前の完成見学会をさせていただきました。

今回も大変多くの皆様にご参加いただきスタッフ一同感謝しています。

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改修前の外観。

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改修後の外観。

車がもう一台入れられるように前庭を撤去し駐車場を新たに設けました。

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駐車場を新たに設けることにより、玄関の位置を変えました。

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改修前の玄関ホール。

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改修後の玄関。

玄関土間に玄関収納を設けました。

玄関収納からはキッチンにもつながり、家人にとって便利な動線を確保しました。

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改修前は、DK、リビング、広縁と三つに部屋が仕切られていました。

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改修前は区切られていた3室の間仕切り壁をなくし20畳のLDKとしました。

LDKに設けた大きな窓からは、庭が望めます。

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リビングの一角にPCカウンターを設けました。

床は楓(メープル)材のフローリングで、壁は調湿性・脱臭性の高い湯布珪藻土で仕上げ、天井の一部は吉野杉を張りました。

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リビングに隣接する和室。壁・天井の仕上げは、和紙張りです。

寝室として活用される予定です。

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南側に面する和室には、物干し用のウッドデッキがあります。

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和室からも洗面・脱衣場・浴室・トイレにつながります。

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階段室に本棚を設けました。

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34年目にして耐震性・断熱性も向上し生まれ変わったこの家が、これから新たに30年、40年と住み継がれていくことを思うと、設計施工した工務店として冥利に尽きます。

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by y-tukide | 2017-07-10 16:07 | 見学会・イベント

常滑 散歩

常滑(とこなめ)は、愛知県の知多半島の中央部に位置し、中世から現在も生産が続く代表的な窯である日本六古窯(知多・瀬戸・信楽・越前・豊前)の一つで古くから焼物の町です。

平安時代末期に始まり900年の長い年月を経て現在に受け継がれています。

タイルや衛生陶器の大手メーカーであるINAXもここが発祥の地で現在も工場やINAXライブミュージアムなどがあります。

常滑焼を展示販売している陶器会館を拠点に「やきもの散策道」が整備され、歴史ある街並みを楽しむことができます。

坂の擁壁に埋め込まれた小学生が作った陶壁画。

常滑焼の特徴は、土に酸化鉄が多く含まれていて、焼かれると赤い色が自然に出るそうです。

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また常滑の土は、焼くと丈夫になるため「土管」に適し、明治から昭和にかけて多数の土管が焼かれ、出荷できなかった土管は町のあちこちで土留めとして擁壁に利用され独特の景観を形成しています。

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レンガで積まれた煙突とレンガの一回り大きめの「ダンマ」と呼ばれる炉材で積まれた窯跡。

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町の建物の壁は黒一色、黒色はコールタールの色です。

コールタールは海からの潮風や工場の煙で家が傷むのを防ぐために塗られています。

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土管坂。

坂の左側は、明治の鉄道土管、右側は昭和の焼酎瓶が積まれています。路面には、滑り止めのために土管をつくる時に使う「焼き台」と言われるものが埋め込まれています。

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常滑の町は高台にあり、当時は海が間近に迫っていたと思われます。そのさほど広くない丘陵地に焼物作業場が密集して建っているのが常滑の街並みの特徴です。

現在はその海の沖合に中部国際空港が浮かび空港の玄関口となっています。ここからは飛び立つ飛行機が見られます。

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道幅の狭い坂道を下って行くと道端にいくつものオブジェが現れます。

これは1985年から2011年までの27年間、夏に世界の陶芸家を常滑に招いて、約40日間一般家庭にホームステイしながら作陶するという市民活動の中での作品です。

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歩いていてあちこちで見られるレンガ造りの煙突。

50年程前には400本ほどの煙突がそびえ、そこから出る黒い煙の煤でスズメが黒くなりカラスと見間違えられたほどだったそうです。

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街中にはいくつもの焼物の店があります。

常滑では、かめや壺などの大きなものと生活に必要な生活雑器が多く焼かれてきたのが特徴です。中でも原料の土の色を活かした赤茶色のお茶を入れる急須が有名です。

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街中には焼物の店の以外にも旧作業場を利用していろんな店があります。

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この店は実は鰻屋さんです。

昼飯はここで「うな丼まぶし」をいただきました。

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昼食後、近くにある「INAXライブミュージアム」によってみました。

「世界のタイル博物館」をはじめ「建築陶器のはじまり館」など六つの体験・体感型の施設があります。

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その一つである「世界のタイル博物館」。

紀元前3500年前、メソポタミア地域のウルクという所で、建物の土壁をより美しく装飾しようとして考えられた円錐状のクレイペグという焼物、当時と同じように一つ一つ手作りし、モザイク模様を土壁に再現しています。

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「建築陶器のはじまり館」では、大正から昭和初期にかけて鉄筋コンクリト造の建物の装飾として用いられた建築陶器であるタイル、テラコッタのコレクションが展示されています。

その中に20世紀の建築界の巨匠フランク・ロイド・ライトが大正時代に設計し建てた「帝国ホテル旧本館」で使われた、引っかいて筋を入れた「スダレ煉瓦」と「大谷石」で構成された化粧柱が展示されていました。


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ライトは、計画に際し常滑のタイルやテラコッタの色合いに惚れこみ、常滑に直営工場である「帝国ホテル煉瓦製作所」が設営されたそうです。

その「帝国ホテル旧本館」は、今は愛知県にある「明治村」に解体移築されています。

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初めて訪れた常滑の町、興味深くなかなか面白い町でした。

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by y-tukide | 2017-07-03 12:05 | 散歩