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篠山街道 亀岡から福住を行く

9月のはじめの休日、京都の亀岡から丹波篠山の福住へと「篠山街道」を歩きました。

篠山街道は、古来京都から亀岡を西に、丹波篠山を経て北近畿、山陰に通ずる律令時代の官道「山陰道」です。丹波篠山の民謡「デカンショ節」の名をとって篠山あたりでは別名「デカンショ街道」とも呼ばれています。

私はこれまでに何度かこの道を車で走り、篠山に行っていますが歩いて行くのは初めてです。

亀岡市の「吉川」という所、街道筋には蔵・門を構えた立派な民家が多く見かけられます。

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街道筋に建つ造り酒屋の「大石酒造」。

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篠山街道と並行して走る372号線を折れ「湯の花温泉」方面に向かいます。道は登り坂が2.5km程続き、そして湯の花温泉を過ぎると「高芝」という集落に入ります。

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街道沿いに広がる黄金色の田園風景。

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平安時代創建の古刹「谷性寺(こうしょうじ)」。

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戦国時代、織田信長の命により丹波地方を平定した明智光秀は、この寺の本尊である不動明王を厚く崇敬し、「本能寺の変」を決意するや不動明王に請願し本懐を遂げます。

ところが「山﨑の戦」で無念の最後を遂げますが、光秀を慕う士がここに「首塚」を残しました。

毎年初夏、境内には明智家の家紋である桔梗の花が咲き乱れ「桔梗寺」とも呼ばれています。

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街道をいくつかの集落を抜け、ある民家の長屋門の前で小休止。

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この門の中で売られていた野菜の賀茂ナスとオクラを土産に買いました。

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山陰道「野口の駅」跡の碑。この辺りに宿場があったのです。

平安時代の末期、源頼朝の命により源義経も平家討伐のために「一ノ谷」へと向かった時ここを通ったのでしょう。

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街道筋にはコスモスが咲き栗が実り、秋の色が色濃く感じられます。

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「埴生」の集落、「はぶ」と読みます。ここにも宿場があったそうです。

またこの地には、戦国時代、明智光秀の丹波攻略のおり、丹波一円を抑えていた波多野氏と光秀との仲を取り持った野々口西蔵坊という武将が構える山城「埴生城」があったと集落の入り口の案内板に記されていました。

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昼飯にと出掛けにコンビニで買ったおにぎりがあったのですが、街道を歩いていて唯一見つけた食堂でうどんを食べ一息つき、さらに街道を進み「天引峠」の手前にある「天引(あまびき)」という集落に入りました。

ここは篠山方面に向かう372号線と園部に抜け54号線が交差するところにある集落です。

集落内にはきれいな小川が流れ、その水は防火用水・農業用用水としてだけではなく、生活用水としても利用され、各家の前には水路に下りるための石段が設けられています。

水路の一部には、清流に育つ梅花草が初夏に水中で白い花を咲かせ、ホタルも飛び交うそうです。

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そして見つけました黄金色に実る稲田の中に建つ茅葺の小さな「薬師堂」。

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17年前に372号線を走っているとき見かけ写真におさめたのですが、その場所を忘れてしまっていて、この建物を探すことも今回の街道歩きの目的の一つでした。

17年ぶりに再会し、うれしいことにまわりの風景も全く変わっていませんでした。

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薬師堂を改めて写真におさめた後、近くの樹齢450年と言われるムクの大樹が見事な八幡神社で休んでいると、偶然そこで村の方と話す機会を得ました。

その方は村人が160人余りに減った天引の村を愛し、活性化しようと「天引区活性化と未来を考える会」という組織で様々な取組されているとのことでした。

そして村の誇れる10撰を取り上げたパンフレットをいただきました。そのパンフレットの表紙がこのムクの木です。

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さらに天引集落を歩いているとご老人に声を掛けられ「千体地蔵」を見せてあげると。

そのご老人は、ご自宅の前にある小さな御堂の鍵をわざわざ開け、そこに納められた千体地蔵を見せてくれました。

ご老人曰く、先代からの言い伝えによると、江戸の中ごろ九州から一人のお坊さんが旅してここに来られ、千体の地蔵を作りたいと当時の当主に申し出、そしてこの御堂の裏山にあったケヤキを切って、御堂を建て千体の地蔵を彫られたそうです。

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そして次に寄ったのが、石段の上がると鐘楼門がある曹洞宗の寺「大隠寺」。

この寺も17年前に訪れ記憶に残っているいい寺です。

確かに天引の集落には見どころが多く、人のいい方たちとも出会え話も聞けました。

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天引に長居しすぎ早く福住に行かねば帰りのバスの時間に間に合いません。

急ぎ天引峠の下を走る天引トンネルを足早に抜け福住へと急ぎ向かいました。

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by y-tukide | 2017-09-25 13:53 | 街道を行く

南紀の旅―その3

孫娘が、来年小学校に入学することでこれまでのように休みをとれないこともあり、9月の連休を利用して、娘たち家族と石垣島に行く計画を2か月ほど前からしていました。

ところが台風18号の接近でキャンセルする羽目に。

ただ孫が、今回の旅を大変楽しみにしていたので、急きょ近場の南紀へ行くことにしました。

そして初日に行ったのは、南紀白浜にあるアドベンチャーワールド。

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ここには自宅からさほど時間がかからないこともありこれまでに何度か訪れています。

孫娘も5年前の冬1歳の時、よちよち歩きで来ました

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その孫娘が今や6歳、来年は小学1年生。

大きくなり草食動物が近くで見られるサファリワールド内を自転車に乗り回れるようになりました。

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ここでの見どころは、昨年に生まれたパンダの赤ちゃんが人気ですが、ビッグオーシャンでの「人間わざ、イルカわざ」とは思えないイルカショーは何度見てもスゴイです。

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この日は白浜温泉のホテルに泊まり、夜ホテルのイルミネーションで飾られた庭を孫娘と二人で散歩。

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翌日は、今年の春に中学生と小学5年生になる孫、そして当時5歳だった孫娘と妻とで行ったカヤックでの古座川下りを再挑戦するのに、古座川へと向かいました。

あの時は、古座駅近くのスーパーで昼飯と飲み物を買い、携帯用の雨合羽に身を包み、にわか仕立てのスタイルで孫たちと川下りの初挑戦でした

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ところが白浜から古座川へと車で向かっている途中、予約先から電話があり、台風18号の接近による準備のために上流のダムが放流されるので古座川本流下りは危険なので中止とのこと。

一瞬落胆したのですが、予約先の「古座川アドベンチャークラブ」の方が別のプランを提案してくれました。

それは古座川の支流でダムの無い「小川(こかわ)」という川のたまりならカヤックも乗れ、手長エビもとれるとのこと。

そこでそのプランに計画変更。

その「小川」は、透明度が抜群で素晴らしくきれいな川でした。

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3月に下った時、古座川本流も確かに水は澄んできれいだったのですが、気になったのは、石に泥が付着していたことです。

そのことをガイドさんに話すと、古座川上流にはダムがあり、ダムの下部の放流口から放流されるとダムの湖底にたまっている土が流れ出し水が濁り川底に堆積するとのことでした。

前回は無謀にもガイドなしのぶっつけ本番だったのですが、今回ガイドのKさんはインストラクターの資格を有した方で川に入る前に、ライフジャケットの正しい着け方からおぼれた時の対処の仕方、カヤックの正しい乗り方等丁寧に説明してくれました。

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この場所は流れが緩やかなたまりなので、今回、孫娘にと用意してくれた小さなカヤックで一人乗りに挑戦しました。

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そしてパドルボードにも挑戦。

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箱メガネと網を使っての魚とり。

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パドルボートに乗って箱メガネ使って水中観察。

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尽きない水遊び、気が付けばもう夕方。

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残念だったのは、手長エビがとれなかったことです。

エビをとって河原で食べるのに、ガイドさんはコンロとフライパンを用意してくれていたのですが。

通常は米ぬかと川石で丸めた団子を餌に2030匹はとれるのだそうですが、この日は残念ながら不漁でした。

今宵の宿は本州最南端の町「串本」。

「ここは串本 向かいは大島 仲をとりもつ 巡航舟 アラヨイシヨ ヨイショ・・・」

和歌山県を代表する民謡「串本節」に唄われた「紀伊大島」に、台風18号の影響でどんよりした雲が覆っていました。

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by y-tukide | 2017-09-19 10:10

「天王山を望む橋本の家」住まい手さんのお宅見学会

99日(土)・10日(日)の両日お施主様のご厚意により、「住まい手さんお宅見学会」を開催させていただきました。

残暑が厳しい中、今回もたくさんの皆様にお越しいただきスタッフ一同感謝しています。

改めまして快くお宅を提供していただきましたお施主様、ご参加いただきました皆様にお礼申し上げます。

今回の建物は、ご夫婦と2人のお子様が暮らす、築4年目を迎える延床面積28.5坪の家です。

高低差のある敷地の特徴をいかし、リビングから繋がる舞台のようなウッドデッキを設けました。

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煉瓦敷きの玄関アプローチ。

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玄関を入ると正面に古建具で仕切られた3畳の広さの玄関収納があります。

下駄箱の上に飾られているのは綿の花。

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リビングの中央にはペレットストーブあり、視界が開ける西側の木製の窓から敷地の段差を活かしたウッドデッキへと繋がります。

床材の栗の木も飴色にやけ艶もで、吉野杉の柱と梁と相まって落ち着いた空間をかもし出しています。

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ダイニングの正面の飾り棚や窓の鴨居の上などに奥さんのご趣味の小物・雑貨が飾られ、それらが家と一体となり木の家の生活を楽しんでおられる様子がひしひしと感じられます。

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子供たちの部屋。

お兄ちゃんは小学2年生、弟君は幼稚園の年中さん、木の家と共に成長しています。

二人はとっても仲のいい兄弟です。

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額に入れられたネズミの絵、お兄ちゃんが1年生の時描いた絵で賞をもらったそうです。

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この家からは、羽柴(豊臣)秀吉と明智光秀が覇権をかけた山崎の合戦の舞台となった「天王山」が見えます。

階段の踊り場からも!

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その「天王山」がある場所は、木津川・宇治川・桂川が合流し淀川となる三川合流の地で、天王山とその対岸の石清水八幡宮が鎮座する「男山」の狭い間を「西国街道」「京街道」「東高野街道」が走り経済・軍事上の要所でした。

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「天王山を望む橋本の家」住まい手さんのお宅見学会、お施主様のご協力のもと皆様にも喜んでいただき終えることができました。

私も今回4年ぶりに家を拝見させていただき、やんちゃ盛りの男の子がいるにも関わらず大事に住んでいただきありがたい限りです。

そして木の暖かみと家族の温もりが肌で感じられた素敵な家でした。

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by y-tukide | 2017-09-12 13:50 | 見学会・イベント

播磨国 室津

播磨国(はりまのくに)の室津、姫路市の西南に位置する現在の「たつの市御津町室津」は、人口1100人程の漁師町です。

港には漁船が隙間なくひしめきあっています。

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ここはカキ養殖が盛んで港の沖合には、カキ養殖のいかだが浮かびます。

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室津は、古くから瀬戸内航路の天然の良港として、畿内の難波の港とをつなぐ風待ち・潮待ちの絶好の港でした。

平安時代末期には平清盛が高倉上皇と、安芸の宮島の厳島(いつくしま)神社を詣でるのに入港した記録も残っています。

江戸期には、参勤交代の西国大名のほとんどが室津に泊まったこともあり、街道の宿場では本陣・脇本陣が各一軒のところが一般的だが、ここには六軒の本陣があったそうです。

山が海岸近くまでせまり、限られた平地と斜面には民家が密集し、港沿を走る唯一主要な道も車1台がなんとか通れるほどの狭さです。

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今は本陣の遺構は全く残っていませんが、豪商の「魚屋」「嶋屋」の遺構は残っています。

この建物は、廻船問屋として活躍した「嶋屋」の遺構です。

切妻平入り本瓦葺の2階建で1階には格子がはまり、2階の窓には連続して手すりがついた室津特有の町家です。

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現在は、たつの市立「海駅(かいえき)館」として、「海の宿駅」で栄えた歴史を、廻船・参勤交代・江戸参府・朝鮮通信使の四つをテーマに展示されています。

この日は偶然「八朔(はっさく)のひな祭り」の日で、ひな人形が町内16カ所の民家や寺が解放されひな人形が飾られていました。

八朔とは、旧暦の8月1日のことで、古くから需要な節目の日として、様々な行事が行われました。

瀬戸内地域では、米の粉で人形、動物、野菜などの形をつくる風習があったとか。

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屋敷の裏はすぐ海で、当時所有する五百石船が横付けされていたのでしょう。

庭にはソテツが植えられ気候が温暖であることがうかがえます。

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海駅館の斜め前の四つ角にこんな建物が!

ここでは「石ころアート」教室が行われていました。


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この建物は、もう一軒の豪商「魚屋」。

現在「民俗館」として公開されています。

ここでも江戸期の「町びな」が飾られていました。

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夜になると灯篭や提灯に火が入れられ、家々の前に飾られます。

今宵は漁港の魚市場でコンサートが開かれるそうです。

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街を歩いていると豪商の建物以外にも、室津独特の造りの古い町家が連続していませんが点在しています。

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手前の「袖うだつ」が上がる町家は診療所です。

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街はずれの鬱蒼と木々が茂る丘陵に賀茂神社があります。

社殿は「唐破風(からはふ)屋根」の立派な建物で平清盛も高倉上皇と参ったそうです。

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昼、地魚の寿司と小ぶりのメバルの煮付けをいただいたのですが、店の大将が近頃はめっきり魚介類がとれなくなったと嘆いていました。

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食事の後、再び街を散策したのですが、唯一港沿いに走る狭い主要道から枝分かれする道は路地、歩いていても方向感覚がくるいまさに迷路。

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いずこも路地歩きは実に面白いです。

生活のにおいがプンプンするし、この角を曲がると何があるのかのワクワク感がたまりません。

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室津という漁師街、歴史もあり人も好さそうで、魚もうまいし冬のカキの時期もう一度来てみたいです。

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by y-tukide | 2017-09-04 09:00 | 散歩