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紀州街道 御坊から岩代を行く

6月初めの日曜日、二世帯住宅として同じ屋根に下に暮らす娘家族が、魚釣りに南紀に車で行くことを前夜に知り、これ幸いと私と相棒(自転車)を便乗させてもらうことにした。
早朝の4時半ごろに自宅を出発、そして私と相棒を車から降ろしてもらったのは、阪和自動車道の「御坊IC」。
ここから相棒と和歌山県の「御坊」の町をまず散策し、「紀州街道(熊野参詣道)」を南へと行くことにした。
「御坊」は、和歌山県の海岸線のほぼ中央で「日高川」の河口に位置し、1500年代浄土真宗本願寺の「日高別院(日高御坊)」の「寺内町(じないまち)」として発展した町。
人々がこの寺を「御坊様」と呼んだのが地名の由来で、近郷から門徒宗を中心に集まり町が形成され、日高地方の産業中心となった。
寺内町の中心となる「日高御坊」。
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「日高御坊」の門前を「紀州街道(熊野参詣道))が走り、周辺には屋根が「本瓦葺き」で、表に「連子格子」を設けた趣がある町家が点在する。
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その御坊の町には、営業距離2.7kmの日本一短い「紀州鉄道」が走っている。
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「JR御坊駅」から、終点は寺内町にある「西御坊駅」までの4駅の路線で、途中に「学問駅」という駅がある。なんでも「学問駅」のお守り切符は、縁起が良いと受験生に人気だとか。
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御坊の町を散策した後、日高川に架かる「天田橋」を渡り、紀州街道を南へと進む。
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日高川を渡ったこの辺りは、「北塩屋」というところで、ここでも紀州街道沿いには歴史を感じさせる重厚な民家が見られる。
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ここで「ハマボウ群生地」の看板を見つけたので寄り道することに。
群生地に立てられた説明書きによると、「ハマボウ」は暖かい地域の海辺の海水と真水が混じる河口などに自生する落葉低木で、7月から8月にかけて華麗な大輪の黄色の花を咲かせるらしい。
残念ながら今は6月初め、「ハマボウ」の花は見ることが出来なかったが、群生地の土手に初めて見る綺麗な花が咲いていた。この花は、紀州街道を走っていて道端で何度か見かけた。
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北塩屋の「紀州街道(熊野参詣道)」沿いには、「塩屋王子神社」がある。
そもそも「熊野参詣道」は、霊場「熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)」への参詣の道。平安時代中頃から始まり、室町時代には「蟻の熊野詣」と形容されるほど盛んにおこなわれた。
「王子(おうじ)」とは参詣途上で儀礼をおこない参詣者の守護が祈願された場所、「塩屋王子神社」はその熊野参詣道「紀伊路」の「王子跡」である。
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境内には、「御所の芝」と呼ばれる、上皇や皇族が行幸するときの仮の邸宅である「行在所(あんざいしょ)跡」がある。
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「北塩屋」の集落をすぎると「南塩屋」の集落に入る。
集落の街道沿いで見かけた美しい塀、土塀の土に丸い石を差し込むようにして積み上げられている。
太平洋に面するこの辺りは、近畿地方に来る台風の通路でもあり、海からの強い風から家を守る土塀の土を守り強固にするための工夫ではないかと思われる。
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この先の集落でもこれと同様の土塀を見かけたのだが、その塀は、ひと手間かけて丸い石の先を割って全体に塀の面を平にするように工夫していた。
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この地域でこれまで見かけた新しい民家を含む多くの屋根が「本瓦葺き」であったが、これも土塀同様に台風などの強い風で屋根瓦がめくれることを防ぐためかと思われる。
他にも、瓦の大生産地である淡路島に近いことや経済的に豊かであったことも要因としてあるのではないかと私は思う。
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街道は、国道42号線と平行に小さな集落を縫うように走り、趣のある街並みや小さな漁港・海辺の風景が楽しめる。
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そして街道は、「印南(いなみ)」町に入る。そこで「かつお節発祥の地」の看板が目に入る。
ここで昼食をとりそのあと町を散策することに。
散策で目に飛び込んできたのがカエルをデザインした紀勢本線に架かる「かえる橋」。
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そして紀勢本線の無人駅である「印南駅」の構内のベンチにもカエル、また誰でもがひけるピアノの上にもカエルが!
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このブログを作成するにあたり印南町のHPを見てみると、「かえる橋」については、国の「ふるさと創生」の1億円事業として人材育成のための「かえる基金」を創設し、「考える」「人をかえる」「町をかえる」「古里へかえる」「栄える」という五つの“かえる”に引っ掛けて、多くの人々を招き入れ、町の発展への願いを込めた企画だそうである。

印南港にも、「かえる港」というショッピングや食事ができる道の駅的施設があった。
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ここから街道は、海沿いに国道42号線を走り、「切目(きりめ)」という町をすぎ、海沿いを紀勢本線と並行して走るのだが、結構交通量もあり道路幅も広くなくちょっとこわい。
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そして、「岩代(いわしろ)」の集落に入る。ここでは「日本一 紀州梅干の里」の看板が目に入る。
確かにここには梅林が多くある。この時期、梅の実はかなり大きくなっていた収穫の時期なのか?
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人一人いない静かな岩代の浜。
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その浜辺に「岩代王子跡」があった。
説明書きによると、1201年に後鳥羽上皇が参詣したそうで、その時「新古今和歌集」で知られる「藤原定家」も随行したらしい。
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時刻は午後3時、街道はここから次の「南部(みなべ)町」までは山手を走り、登りがきつそうなので街道行きはここまでとし、紀勢本線の「岩代駅」で南部辺りで釣りをしている娘家族の帰りを待つことにした。
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娘家族の本日の釣果は芳しくなかったようで、帰り道、今日通ってきた道筋にあった「はし長水産直売所」で、この辺りで上がった「もちカツオ」を今夜の晩御飯のおかずにと娘婿が購入してくれた。
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# by y-tukide | 2024-06-17 09:00 | 街道を行く

住まい手さん宅訪問―「アトリエがある衣笠の家」

この建物は、京都市北区衣笠の金閣寺の近くに建ちます。
お施主様はご夫婦とも画家さんで、アトリエが併設された家です。
昨年、平屋だったご自宅の2階を増築し、1階は一部を増築し全面改築させていただいたもので、昨年の夏に完成しお引渡しさせていただきました。
そしてこの度、お施主様のご厚意により、お住まいの様子を撮らせていただきましたので、お施主様のご了解のもと、その一部を紹介させていただきます。

増築した2階部は、威圧感がないように出来るだけ高さを押さえ、屋根は景観を考慮した「いぶし瓦葺き」です。
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道路に面した平屋部に22帖の広さのアトリエがあります。
奥様は、そのアトリエで6歳から中学生の子供たちを対象とした「アトリエ・リュミエール」という絵画教室を開かれています。
格子の再利用した木製のガラス障子がアトリエの入口。
建具や照明器具・家具など、使えるものは出来るだけ再利用しています。
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絵画教室が行われているアトリエ。
アトリエの壁は、脱臭・調湿効果がある自然素材の「珪藻土塗」仕上げなのですが、施工は左官屋さんの指導のもとに、ご主人と奥様の塗られたもので、実に上手に仕上げられています。
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子供たちと奥様の作品が、壁などに所せましと飾られています。
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壁に「第47回 こども絵画コンクール」と書かれたポスターが張られていたのですが、何でも大手生命保険会社が主催するコンクールで、全国から選ばれた子供たちの105作品がフランスのルーヴル美術館に展示されるそうです。すごいことに昨年は、この教室から二人の子供さんの作品が選ばれたそうです。
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そしてアトリエの奥に居住空間があります。
アトリエともつながる玄関。ここの建具も既存のものを再利用しています。
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18帖の広さのLDK。
天井の梁は吉野杉の「表し(あらわし)」仕上げ、床は吉野桧板張り、そして壁は「珪藻土塗」仕上げなのですが、この壁も左官屋さんの指導のもとに、ご主人と奥様が塗られたものです。
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小ぶりのキッチンは、以前使われていた流し台とガス台のステンレスの天板を取り外し、杉板で新たに組んだシンプルな形状の箱に取り付けたものです。
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南側の掃き出し窓がある居間の天井の一部は、杉板張りの勾配天井。
その居間に置かれたテレビ台は、この杉板の残りを利用して奥様が作られたものです。
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部屋のあちこちの壁に、ご主人と奥様が描かれた絵が飾られています。
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階段の踊り場にも!
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そして極めつけは、この仏壇。
ご主人の描かれた絵を背景に、位牌と亡くなった愛猫の絵が祀られています。
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子供たちの絵画教室など、大変忙しくされている奥さんですが、今回、個展を開かれます。
どなたでもご参加できるとの事なのでご案内させていただきます。
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今回の「住まい手さん宅訪問」、室内に子供たちの作品とご夫婦の作品が満ちあふれ、実に楽しい空間でした。
さすが絵描きさんの家です。
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# by y-tukide | 2024-06-10 09:00 | 住まい手さん宅訪問

京都・伏見港かいわい

この日、相棒(自転車)と京都市伏見区にある1950年代頃まで、京都と大阪を結ぶ水運の拠点として栄えた「宇治川派流」の河川港である「伏見港(みなと)」に向かった。自宅から8km程の道のりである。
「宇治川派流」は、1954年豊臣秀吉の伏見城築城にともない建築資材を運ぶために、宇治川の流路改修工事によりつくられたものである。
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国道24号線の宇治川に架かる「観月橋」を渡る。
京都府歴史遺産研究所編纂による「京都府の歴史散歩」によると、『この辺りは、平安時代より「指月(しげつ)の森」と呼ばれた景勝地で、南側を東から西に流れる宇治川やその南に昭和初めまであった「巨椋(おぐら)池」の水面に月を映して、その景色を愛(め)でていた』とある。
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その観月橋の西側には、1928年(昭和3年)に建設され、現在でも単純トラス橋として日本で最長の径間長(165m)を誇り、国登録有形文化財にも登録されている「近鉄澱(よど)川橋梁」が架かる。―「京都府の歴史散歩」より
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京都・伏見は、日本有数の酒どころとして知られ、ここには数多くの酒造メーカーや酒蔵がある。
この建物は、伏見の大手酒造メーカーが明治に建てた酒蔵を改造して開設した資料館「月桂冠大倉記念館」。
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ここでは、その長い歴史の中での酒造りの技術と貴重な酒造用具類などが展示され、伏見の自然に恵まれた日本酒を楽しむことが出来る。
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「月桂冠大倉記念館」の裏側を「宇治川派流」が流れ、「伏見であい橋」で伏見城の外堀であった「濠川(ほりかわ)」と合流し、南下し宇治川へとつながる。
その「宇治川派流」沿いには、江戸時代に問屋・酒蔵・宿屋が建てられ、米や薪炭・酒などを運ぶ小舟が往来していた。
この辺りは、映画などのロケーションとしてよく見かける風景である。
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宇治川派流に架かる「弁天橋」の辺りに、伝統のある木製の「伏見十石舟」の乗船場があり、ここから水路クルーズが楽しめる。
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その乗船場の対岸に「弁財天(弁天さん)」を本尊とする真言宗の寺「長建寺」が建つ。
唐様の山門の塗り壁は朱色で、本尊が女性の神である弁天さんらしい色っぽさを感じる山門である。
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「京都府の歴史散歩」によると、『近くに中書島遊郭があり、遊女たちから遊芸の神として大いに信仰を集めた』とある。
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弁天さんは水の神でもあり、江戸時代には淀川を往来する廻船の守護神として信仰を集めたらしい。さほど広くない境内には、「閼伽水(あかすい)」という仏に供える水が湧く。
この湧き水は、酒どころ伏見の良質の地下水と同じ水脈の水だそうだ。
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長建寺から水路沿いを西に行くと「蓬莱(ほうらい)橋」が架かる。
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橋を渡り左に行くと右手に「坂本龍馬」の定宿であり、龍馬が幕府役人に襲撃された「寺田屋」がある。
私は、司馬遼太郎(司馬遼)のファンで、司馬遼の長編時代小説「竜馬がゆく」全8巻は3回読んだ。その中では、寺田屋で幕府の役人に襲われ龍馬は、寺田屋の養女であった「おりょう」(後の龍馬の妻)の機転で傷を負いながらも薩摩藩邸に逃げ込み助かる。
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蓬莱橋を北に行くと「竜馬通り商店街」がある。龍馬ゆかりの寺田屋の近くにあることから、「南納屋町(なやまち)商店街」の活性化を図るために1994年に改名されたらしい。
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寺田屋から少し西に行くと「京橋」が架かる。江戸時代にはこの辺りが水陸交通の中心地であった。
旧東海道は、この橋を渡り「淀」へと向かい、高瀬舟や三十石船がこの近辺の浜から発着して大阪八軒屋や京都の木屋町二条とを結び、寺田屋をはじめ数十軒の船宿が立ち並で大いに栄え賑わったそうである。
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そしてこの辺りは、幕末の戊辰戦争の「鳥羽伏見の戦い」の戦場となり、多くの民家が焼かれ大きな被害を受けた場所でもある。
実は私の先祖は、江戸時代中頃から明治生まれの祖父の代の昭和の初めまで、伏見で「近江屋」という名で商いをしていた。
祖父が早く亡くなった後、祖母は店をたたんで私の父とその弟を連れて実家がある宇治に帰った。
私が子供の頃、その祖母から鳥羽伏見の戦いで店が焼けたとの話を聞いたことがある。
果たして「近江屋」は、この辺りにあったのかも知れない。

「京橋」の南詰には「伏見みなと公園」がり、三十石船乗り場が再現されている。
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江戸時代の東海道は、江戸日本橋から京都三条大橋に至る東海道五十三次の道として知られているが、京都山科の「追分」で京都三条に行く道と分岐して「伏見」を通って「淀」「枚方」「守口」を経由して大阪に至る、もう一つの東海道五十七次がある。
その東海道が「京橋」を渡る街道沿いに、創業天明元年(1781年)の和菓子屋が建つ。
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その店の角に「電気鉄道事業発祥の地」の碑が立てられている。
明治の中頃、日本で初めて走った電車、伏見の街から京の街までガタゴト・ガタゴトと走った、あのチンチン電車である。
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「伏見であい橋」から「濠川」沿いを南に宇治川との合流点に向かうと「三栖閘門(みすこうもん)」が現れる。
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1929年(昭和4年)に建設されたもので、宇治川との通船のため、2本の塔で挟まれたゲートを南北に2基設け、そこで水位を調整し船を通行させたもの。現在は機能していないが地域の歴史遺産として保全整備され「三栖閘門資料館」としてよみがえった。
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帰り道、ある会社の敷地内に偶然見かけた2棟のレンガ造りの建物、その会社の守衛さんに聞くと、明治に建てられた旧京都電灯伏見発電所の建屋とのこと。
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自宅から比較的近いにもかかわらず、こうして一日かけ伏見港かいわいを散策したのは初めてであり、ここで紹介できなかった所を含め改めて伏見の歴史と魅力を知ることが出来た。
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# by y-tukide | 2024-06-03 09:00 | かいわい

大きな工作室のある「伏見の家」

京都市伏見区にご家族3人が暮らす延床面積27坪の家が昨年の暮れに完成しました。
この建物沿いには、琵琶湖の湖水を京都市に流すために明治に作られた「琵琶湖疎水」が流れます。
そしてこのお宅には、LDKとひと続きになった14帖の大きな工作室があり、家族や仲間がもの作りを楽しむことが出来る家です。
今回、お施主様のご厚意によりお住まいの様子を撮らせていただきましたので、お施主様のご理解のもとその一部を紹介させていただきます。

家の横を琵琶湖疎水の水がとうとうと流れています。
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LDKとひと続きになった家族や仲間がもの作りを楽しむことが出来る14帖の大きな工作室。
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14帖の工作室の一部は土間で、玄関土間と続きます。
また土間にはペレットストーブが据えられ、この一台のストーブで全館暖房が可能です。
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工作室の東側の大開口からは、ウッドデッキを介して疎水の景色が眺められ、デッキに腰掛け水の流れを楽しめます。
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工作室に設けられた奥行55cmの大容量の大棚、玄関からLDKへと続く廊下との仕切り壁を兼ね、廊下側からも収納可能です。
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12.5帖のLDK。
居間は6帖の畳敷きで座卓が置かれ、キッチンに立った時、座卓に座っている家族を見下ろした感じにならないようにキッチンの床高さは、居間より30cm下がっている。
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LDKとひと続きになった工作室は、将来は絵画教室を開くことも計画されていとのことで、4枚の引き込み建具で仕切ることが出来ます。
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LDKの南側にはウッドデッキと庭があり、大きな開口からは緑と疏水の流れが楽しめます。
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勾配天井にトップライトがある2階の階段室。
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ロフトもある2階の子供室。
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主寝室と隣接するクローゼット。
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寝室に隣接して2階に設けた洗面・洗濯室と浴室。
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6帖ほどの広さの2階の南側の設けた広々としたベランダ。
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今年、小学1年生になったお子さんが作られたツバメの巣。
この家で家族みんなが、もの作りを楽しんでおられるようです。
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# by y-tukide | 2024-05-27 09:00 | 住まい手さん宅訪問

「北斎と広重」特別展―中之島 香雪美術館

大阪の「中之島」にある「中之島 香雪美術館」で4月13日~5月26日まで行われている「北斎と広重」展を妻と見に行った。
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京阪電車に乗り淀屋橋駅で下車し、土佐堀川に架かる「淀屋橋」を渡り、「中之島 香雪美術館」がある「フェスティバルタワー」へと向かった。
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久しぶりに訪れた中之島、「中之島」は私にとって思い出に残る懐かしい場所である。
大阪市の中心部の中之島公園一帯には、貴重な明治、大正期の建築群が残っている。大阪市が1971年にそのエリアの再開発構想を発表したことにより、それらの建物の存続が危機に瀕した。
それに対し貴重な建物群と「水と緑」が一体となった中之島公園の景観を守ろうと、学生を含む市民が中心となり「中之島を守る会」が結成され、私も学生としてその活動に参加した。
そしてその活動のなかで1973年に第1回目の「中之島まつり」という市民まつりが中之島公園で開催された。
そしてそれらの活動の甲斐があってか日本銀行大阪支店旧館や中之島図書館、中央公会堂の建物は残され、中之島の景観が守られた。
その「中之島まつり」は、継続して現在も毎年行われている。
ちょっと気恥しいのだが、実は私が妻と最初に出会ったのがその「第1回 中之島まつり」であった。

日本銀行大阪支店旧館。
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ただ日本銀行大阪支店の西側エリアは、高層ビルが林立し風景が一辺している。
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また学生時代、私は、中之島の近くにある大手の設計事務所に3年間ほどバイトでお世話になっていた。昼休みには中之島公園で弁当を食べたり、フェスティバルホールで行われていた無料で見られた吉本新喜劇を見たりしていた。
その当時のフェスティバルホールと向かいにあった朝日新聞本社は、四ツ橋筋を挟んでツインの高層複合用ビルに建て替えられ、東側のフェスティバルタワーには、フェスティバルホールと朝日新聞本社が入っている。
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そして、「北斎と広重」特別展が行われている「中之島 香雪美術館」は、西側のフェスティバルタワー・ウエストの4階にある。

今回の特別展は、東京都江戸東京博物館の大規模改修に伴う長期休館を機に、初めて館外で展示された浮世絵コレクション展である。
我が国を代表する浮世絵である葛飾北斎の「富嶽三十六景」は、今回、46図が展示されている。
会場内では、スマートフォンでの撮影は可能であったのでその一部を紹介する。

富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」
江戸湾から富士山を望んだ図、せりあがる波と悠然と見える富士、「動」と「静」の対比が表現されている。―説明書きより抜粋。
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富嶽三十六景「尾州不二見原」
現在の名古屋市中央区富士見町あたりからの富士の姿。丸(桶)と三角計(富士山)という幾何学的な取り合わせが北斎らしい構図―説明書きより抜粋。
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富嶽三十六景「東海道江尻田子の浦略図」
手前に漁船、中央に塩田とその作業の人々、奥に雪が鹿の子状に残る富士さんが描かれている。
駿河湾の田子の浦は、塩田も有名でこの地のイメージを込めたのでしょう―説明書きより抜粋。
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富嶽三十六景「隅田川関屋の里」
関屋の里は、隅田川東岸にある木母寺から千住あたり、堤の道を武士をのせた早馬が疾走し、緊張感が伝わってくる。朝焼けに染まる富士山が見え、早馬との静と動の対比が際立つ―説明書きより抜粋。
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北斎は、生涯に90回あまり引越ししたと伝えられている。この模型は、83歳頃の北斎が娘の阿栄(おえい)と暮らしていた様子を再現したもの。
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北斎の「富嶽三十六景」の刊行が終了したころ、歌川広重による「東海道五拾三次之内」がはじまる。
江戸から京都に至る東海道を描いた全55枚、広重は風情ある新たな風景画を創り出した。

東海道五拾三次之内「日本橋 朝之景」
東海道の起点である日本橋、国元へ返る大名行列が橋を渡り、橋のたもとに魚や海産物を運ぶ棒手振(ぼてふり)たちの姿が見え、交通と経済の要所である日本橋が表現されている―説明書きより抜粋。
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東海道五拾三次之内「沼津 黄昏(たそがれ)図」
シリーズ中、唯一の月の絵として知られている。先の沼津宿へと向かう旅人たちの中でひと際目立つのは、讃岐の金毘羅宮に向かう大きな天狗の面を背負った男性と比丘尼(びくに)と呼ばれる尼僧風の二人連れ―説明書きより抜粋。
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東海道五拾三次之内「吉原 左富士」
江戸から京に上がるとき常に東海道の右に見える富士山の姿が、吉原宿(静岡県富士市)の辺りで道が内陸に入り込むため街道の左に見えると評判だった。馬に乗った子供の一人が作品名の通り、左に顔を向け富士を眺めている―説明書きより抜粋。
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葛飾北斎は、浅草で90年の長い生涯を閉じた。北斎の没後、広重も富士山を主題とした作品を製作している。それらを手掛けるにあたり「富嶽三十六景」を意識したことは間違いない―説明書きより抜粋。

名所江戸百景「水道橋駿河台」
大きな鯉のぼりが空を泳いでいる。端午の節句の頃、眼下には神田川と水道橋が見え、遠景には富士山が見える。近像型構図と呼ばれる大胆な構図を取り入れている―説明書きより抜粋。
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安政3年(1856年)に広重は還暦を迎え、剃髪し法体となり、安政5年に逝去する。
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日本を代表する浮世絵師「北斎と広重」、その二人の作品を鑑賞できた特別展に堪能し、中之島のフェスティバルタワー・ウエストを後にした。
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久しぶりの大阪、せっかく来たので梅田あたりで昼飯をとろうと歩いて向かい、「曽根崎お初天神通り商店街」をぶらり。
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そこで見つけたお寿司屋さん、人気店なのか30分ほど待ってカウンター席につけた。
さすが大阪、安くてうまい!
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食事後、近松門左衛門の浄瑠璃「曽根崎心中」で知られる、露天神社(つゆのてんじん)通称「お初天神」へ。
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「お初天神」は、かつて遊女「お初」と醤油屋の手代「德兵衛」の曽根崎心中事件の悲恋の地、それが今は二人の純愛が時代を超えて評判となり若い人たちの縁結びのスポットになっている。
そんな神社の演出も大阪的である。
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この日は、「北斎と広重」特別展も良かったが、学生時代を過ごした大阪、その大阪の思い出に残る懐かしい場所で当時を妻と思い起こす一日となった。
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# by y-tukide | 2024-05-20 09:00