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大和 壷坂みち―土佐街道から高取城をゆく―

私は司馬遼太郎のファンですが、紀行集である「街道をゆく」シリーズの「大和 壺坂みち」で司馬遼は高取城跡を訪れています。

高取城は、奈良盆地と吉野の間の山地にそびえる標高約584mの高取山にある山城です。南北朝時代に南朝方の越智氏により築かれ、1585年に豊臣秀長の家臣本田氏と1640年(江戸期)に城主となった植村氏によって大改修されたものです。明治の新政府による廃城令により天守をはじめ上物がとりこわされ、今は石垣を残すのみですがその規模は広大です。

私は、以前に車で途中まで行き山の中腹から歩き城跡に行ったことがあるのですが、今回は、ふもとの城下町「土佐」から446mの城跡へと歩くことにしました。

江戸時代高取藩の城下町として栄えた高取は、土佐街道沿いに今も低い軒先に格子戸の古い街並みが続き、昔の繁栄を物語っています。

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高取は、城下町であると共に薬の町でもあります。歴史は古く飛鳥時代、推古天皇が聖徳太子や供の者を従え、高取の山野で「薬狩り」を行ったと伝えられています。そして修験者によって「大和の薬」として全国に広められたのが「大和売薬」の起こりだそうで、その拠点となった町です。

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この建物は、お医者さんです。立派な長屋門の一部は廃城となった高取城の門を再利用したものだそうです。

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城下町を形成する中心地である「土佐」の地名に、大和の地で何ゆえ土佐?と以前から疑問に思っていたのですが、6世紀のはじめ頃、大和朝廷の都造りにの労役に、土佐の国から召し出され、任務を終え帰郷するにも援助が出ず帰郷がかなわぬ人々が住み着き郷里を偲び「土佐」と名付けられたそうです。

吉備川に架かる「鷹鞭(たかむち)橋」からの土佐の町。

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土佐の風格のある街並みを抜け、ここから高取城へと向かいます。

緩やかな坂道を登っていくと、道は舗装道から山道へと入ります。うっそうと茂る杉・桧の林の中、道沿いに小川が流れひんやりとした気持ちのいい空気が漂います。

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山道は、途中から急な坂が続きます。その道端に野仏が!

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坂道を登りきると急に視界が開け、前面に西国三十三所第六番札所の「壷坂寺」が現れます。

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壷坂寺の境内には、本堂・礼堂・阿弥陀堂・三重塔・天竺渡来大石像が建ちます。

ここで一息つき拝観し、高取城へと道を進みます。

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道はちょっと舗装道を走り、「左五百羅漢のみち」の石塔を目印に左に折れ、杉の根があらわになった細い山道を登ります。

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すると山肌に現れたいくつもの巨岩に刻まれた無数の「羅漢(らかん)」の石仏群が現れます。

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羅漢とは、仏教において煩悩を払い去った聖者のこと。いつの時代に彫られたのか、風雨にさらされ表情がだいぶ風化していますが迫力があります。

人一人いない山の中で無数の羅漢像と向き合っていると神秘的というより、聖者像とはいえ一種不気味さが漂います。

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次から次へとあらわれる羅漢像を横目に、道を間違っていないかと危ぶみながら、たまに現れる道標を頼りにさびしげな山道を行きます。

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突然、蛇が目の前を横切ります。今年初めて見た蛇です。

この日はこれをはじめに3匹の蛇とご対面しました。

クマと遭遇するよりましかと思いつつひたすら山道を登ります。

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そしてようやく車道と合流する高取城跡の入り口に着きました。

3年前は、仕事で吉野に行った帰りにここまで車で来てここから城跡に登ったものです。

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ここから20分ほど登って行くと生い茂る樹木の中に石垣が次々と現れてきます。

司馬遼はその光景を「自然林と化した森の中に苔むしつつ遺っているさまは、最初にここにきたとき、大げさにいえば最初にアンコール・ワットに入った人の気持ちがすこしわかるような一種のそらおそろしさを感じる」と綴っています。

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城内には実生から自然に育った巨木が茂り、永い歴史の流れを物語ります。

3年前にここを訪れた時は、日曜日なのに二組しか会いませんでしたが、この日は別ルートから登ってきた何組かのハイカーや若者、家族連れが訪れていました。

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高取山の頂上に築かれた本丸跡からの南の眺めは素晴らしく、手前に吉野山、奥に大峰山、大台ケ原の山々を望むことができます。

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時刻は、昼を過ぎています。計画的なハイカーならば持参した弁当をここで食べるというのが通常だと思うのですが、残念ながら私は、寄り道が多いとはいえこんなに時間がかかるとは予想せず、弁当はおろか食べるものは何もなく腹はぺこぺこ。山登りを甘く見てはだめだと痛感。

急ぎ別ルートの急坂を麓の土佐の町へと足早に降りることにしました。

降り道でなぜか明日香でも見られる「猿石」が!

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by y-tukide | 2017-06-12 13:37 | 街道を行く