日記


by y-tukide

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ

全体
街道を行く
かくれ里を行く
かいわい
散歩
早朝散歩

鉄道ブラ旅

水汲み
お知らせ
建物探訪
見学会・イベント
仕事色々
お寺の山門再生工事
伝統工法町屋改修技術を学ぶ
奥村先生とまことさん
雑誌掲載
我が社の年賀状
研修
お茶会
宇治川花火大会
天満天神繁昌亭
大相撲宇治場所
社員旅行
引っ越し
夏休み
お正月
我が家のツバメ
季節の花色々
未分類

以前の記事

2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月

フォロー中のブログ

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

(3)

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
近畿

画像一覧

北国街道を行く 長浜から木之本へ

北近江を走る「北国街道」は、彦根市の鳥居本宿で中山道と別れ、米原・長浜・木之本を通り栃ノ木峠を越えて、越前・加賀へと抜ける街道です。

この日自宅を5時半に出、JR宇治駅から北陸本線のJR長浜駅へと向かいました。

長浜駅に着いたのが7時半、ここから「みーな」という湖北の地域情報誌の「北国街道絵図」を片手に木之本宿へと北国街道を歩きました。

早朝の長浜宿。

e0164563_10150690.jpg

黒壁スクエアは、今も昔もにぎわいの中心、さすがにこの時間には観光客はいません。

e0164563_10150643.jpg

長浜の北の玄関口にあたる「郡上町」、ここに立派な常夜灯が建っています。

この辺りで幕末の動乱期に暗殺された金沢藩家老の仇討が明治四年にあったそうで、
「日本最後の仇討の地」と石碑に記されていました。

e0164563_10150621.jpg

ここを右に折れ、すぐにここが元街道だったのかと疑うような狭い路地を通り抜け、絵図に基づき街道を行きます。

長浜の市街地を抜けると右手に田園が広がり、その先には雪を抱いた伊吹山の雄姿が望めます。

e0164563_10150660.jpg

さらに街道を進むと「曽根」という集落に入ります。

街道筋には、茅葺の古民家など昔の面影が感じられる街並みが残っています。

e0164563_10150499.jpg

浄土真宗の「長善寺」。

蓮如上人ゆかりの寺で境内には旅姿の蓮如上人の像がありました。

e0164563_10150581.jpg

街道沿いに建つアール屋根の地蔵堂の建物は、旧曽根小学校の玄関を再利用したものだそうです。

e0164563_10150579.jpg

曽根の集落を抜けると「姉川」が現れます。

戦国時代、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が壮烈な戦いをした「姉川の合戦」の舞台です。戦では多くの血が流され川の水が赤く染まったと伝えられています。

e0164563_10150521.jpg

姉川を渡り街道を進むと「唐国」という小さな集落に入ります。

集落の外れに「山内一豊 初所領之地」の石碑が建てられています。

山内一豊は江戸時代、一介の小兵から土佐の国の大名まで出世した武将です。戦国時代、織田信長の朝倉攻めに行軍し、朝倉軍きっての強弓の士と死闘を繰り広げ、顔に矢を受ける負傷を追いながら打ち取り、その武功により初めて得た知行が唐国四百石のこの地です。

e0164563_10150543.jpg

集落内にきれいな小川が流れる唐国の集落。

e0164563_10150652.jpg

集落を抜けると「高時川」を渡ります。そこからは「馬渡」集落に入ります。

馬が渡ると書いて「もうたり」と読む稀な地名です。村の入り口に建てられた名の由来が記された説明書きによると、鎌倉時代、足利尊氏が北国街道を北上した際、高時川が増水し渡れず難儀したのを村人が大勢で人馬の川渡を手助けしたことが名の由来だそうです。その呼び名が後に転化して「もうたり」となったと記されていました。

この集落内にもきれいな小川が街道沿いを流れ、ある一軒の民家には川の水を洗い物などに使う真新しい「川端(かばた)」がありました。

e0164563_10151724.jpg

馬渡集落を過ぎると「速水」集落に入ります。

速水は、長浜宿と木之本宿の「間宿(あいのしゅく)」として賑わった宿だそうです。

集落内には、立派な蔵のある民家を多く見かけました。

e0164563_10151729.jpg

速水集落を抜けると街道は、交通量が多い国道8号線を走ります。

早く8号線を抜けたいと早足で歩きますが永遠と続きます。

ようやく旧道が現れ「高月」の集落に入ります。

ここは「観音の里」。兵火の中、村人に守られた観音さんなど今も村人の手によりいくつもの観音さんが祀られています。中でも渡岸寺の国宝十一面観音立像は有名です。

私も20年程前に現在の御堂の前の質素な観音堂に祀られた立像を見たとき、その美しいプロポーション感動したものです。

高月には「高札場」があったそうで、ここでも街道沿いには立派な民家が多く見られます。

e0164563_10151620.jpg
そしてようやく「木之本宿」に入ります。

ここが「北国街道」と岐阜の関ケ原から続く「北国脇往還」との合流地点。

道端には「みぎ京いせみち」「ひだり江戸なごやみち」と記された道標が立ちます。

e0164563_10151604.jpg

木之本は、山からの水や気候に恵まれ醸造業が盛んでした。

今も「七本槍」で有名な江戸時代から続く造り酒屋や醤油さんが何軒かあります。

e0164563_08344490.jpg

またここには大名などが泊まる「本陣」が置かれていました。その本陣跡には、明治に開業した「本陣薬局」があります。ここには軒先に薬名が書かれた古風な板看板が何枚も吊られていたのですが、この日は改修工事で店が閉まっていました。

この写真は、私が16年前に撮った写真で、2004年の街道を行くシリーズの最初の年賀状に使わせていただきました。

e0164563_10151606.jpg

目の仏様で知られる木之本地蔵院の高さ6mの木之本地蔵尊。

e0164563_13443756.jpg

そしてJR木之本駅に着いたのが午後1時。

長浜駅を降りたのが7時半、ここまで5時間半かかりました。

腹はぺこぺこ。そこでこの日のもう一つの目的である敦賀の「弥助寿司」へと電車で向かうことに。

木之本駅から敦賀駅までは、たったの4駅なのですが、途中塩津駅で乗り換えに30分待ち。

そして弥助に着いたのが2時半。

ようやくこの日の目的すべて達成!

e0164563_10151627.jpg


by y-tukide | 2019-01-21 10:10 | 街道を行く