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肥前国 長崎の旅
妻と二人で肥前国(長崎・佐賀)を旅しました。
自宅の最寄り駅であるJR宇治駅7時29分発の電車に乗り京都駅へ、そこから新幹線で博多駅へ、そして博多駅から在来線の「特急かもめ」に乗り換え、最終駅であるJR長崎駅に着いたのが12時52分、5時間半の列車に揺られての旅の始まりでした。
長崎駅からは、路面電車に乗りホテルへと向かうことに。
この路面電車は4系統あり、すべての区間の料金が大人140円と安く、運行本数も多く、ICカードも使えて非常に便利、地元の方はもとより観光客にとってもなくてはならない「足」です。
ホテルで早めにチェックインを済ませ、街を散策することに。
向かったのは、世界遺産であり国宝でもある白亜の教会「大浦天主堂」。
大浦天主堂は、幕末の開港を機に在留外国人のために建てられた教会、2世紀に渡るキリスト教弾圧の中、潜伏していたキリスト教徒がやっと信仰を打ち明けた歴史的場所です。
そして次に向かったのが小高い丘の上にある「グラバー園」。
ここには、貿易商であったグラバーが家族と住んだ「旧グラバー住宅」をはじめ西洋住宅9棟が公開されています。
ここは、私が高校の修学旅行で訪れた場所で、うっすらですが記憶に残っています。
採光・通風を意識された住宅で、屋根は和瓦、壁は漆喰とペンキで仕上げた木造建築。
日本の伝統的な素材・技術と西洋様式が融合した建物です。
開放的な石畳敷のベランダには、木製の円柱が建ち、アーチ形の欄間(らんま)と天井が菱形の格子で組まれています。
そのグラバー園から見下ろす長崎の街。
三方を山に囲まれ、平地はさほど広くなく、市街地が山の中腹から海へと迫ります。
翌日早朝、グラバー園がある「南山手地区」を一人散歩しました。
グラバー園を含むこの地域は、国の重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)に選定されていて、グラバー園の裏手の斜面にも和洋折衷の建物が建ち、その街並みと眼下の港の眺望が実に素晴らしくまさに長崎を象徴する場所です。
ただ坂と階段の連続で、朝から大汗をかくことになりました。
ホテルで朝食を済ませた後、向かったのは「東山手地区」。
この地区も明治に造られた外国人の居留地で、「伝建地区」に選定されています。
幕末から明治に建てられた洋館群と石畳・石塀・土塀・レンガ塀が一体になり、独特の景観を保っています。
ここでも石畳の坂道と階段が続きます。
この7棟の洋館群は、明治20年に社宅または賃貸住宅として建てられたもの。
居留地時代、東洋人以外の外国人は「オランダさん」と呼ばれ、外国人居留地にある坂道はどれも「オランダ坂」といったそうで、他の国の外国人も住んでいたのにそのように総称されたのは、江戸時代から200年以上続いたオランダとの繋がりによるものです。
オランダ坂を下り電車道に出、そこから路面電車に乗り向かったのは「原爆資料館」と「平和公園」。
1945年8月9日、午前11時2分、長崎の上空で一発の原子爆弾がさく裂しました。
長崎の街はほとんどが破壊され、死者7万3千人余り、負傷者7万6千人余りに及びます。
爆心地より800mほどにあった民家の柱時計。
爆風で損傷し、時計の針は爆発の時刻11時2分を示しています。
原爆資料館では、被爆資料や被爆の惨状を示す写真などが展示されています。
あまりのむごさに胸を裂かれる思いと怒りが込上げます。この感情は、広島の原爆資料館でも同じでした。
あれから77年、世界では戦争が絶えません。日本は、アメリカの「核の傘」での核抑止の名のもとに、唯一の被爆国であるにもかかわらず「核兵器禁止条約」に加盟していません。
それどころか軍備拡大を図ろうとしています。軍備を拡大するということは、戦争を前提としてのことです。
「戦争は、絶対ダメ!」
「核兵器の終わりか、私たちの終わりか。どちらかを選らばなければならない。」
―ベアトリス・フィンICAN事務局長-
長崎三日目、この日も早朝、長崎港周辺を一人散歩しました。
長崎港を見下ろす展望デッキやレストランなどが集まるスポット「長崎出島ワーフ」、港町ならではの風情です。
隣接して緑豊かな「長崎水辺の森公園」があり、その中の運河沿いに建築家「隈研吾」氏設計の「長崎県美術館」があります。
この日は、レンタカーを借り「雲仙・島原」方面へと向かうことに。
最初に訪れたのは、長崎県の南東部、島原半島の北部にあたる「雲仙市国見町神代小路(こうじろくうじ)」。
ここは江戸時代、佐賀鍋島藩の飛び地で、佐賀鍋島藩神代領領主の鍋島氏の陣屋を中心とした町割りで、有明海と川に囲まれた「環濠集落」。ここも「伝建地区」にも選定されています。
地区の中心である「鍋島邸」、切り石の石積みから続く「長屋門」が印象的です。
矢竹の生垣に囲まれた茅葺屋根の武家屋敷跡の「旧永松家住宅」。
屋敷を守る土塀・石垣・矢竹の生垣、そしてその足元に水路が巡り、静寂の中まるで時間が止まったかのような美しい街並みが残されています。
神代小路を後に、島原半島を南下し向かったのは城下町「島原」。
町のシンボルである「島原城」は、築城400年を迎えるそうで、城周辺の整備が進められてていて、その一環として天守閣外壁の改修工事が行われていました。
島原は、城下町であると共に「湧き水の街」でもあります。
市内約70か所で湧き水ポイントがあり、水路を色とりどりの鯉が群れをなします。
島原城下町の一角に残る歩兵である「徒士(かち)」部隊が住んだ約400m続く武家屋敷町。
通りの中央を流れる水路や石垣そして茅葺の屋敷が、藩政時代の面影を今に残しています。
「肥前国 長崎の旅」大変見どころ多い旅でした。
復元整備された、江戸時代に唯一、ヨーロッパとの貿易が許された「出島」。
by y-tukide
| 2022-08-22 09:00
| 旅