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2018年夏 南紀太地の花火大会―思い出その1―


2018年夏 南紀太地の花火大会―思い出その1―

10日ほど前から持病の腰痛が2年半ぶりに再発し、腰から左足にかけて激痛が走り、一時は歩けない状態がしばらく続き、惨たんたる有様でした。
当然、休日カメラをぶら下げ出かけることもままならず、そこで週一回のフォトブログも今回は、過去の思い出に残る写真を掲載させていただくことにしました。

思い出その1は、コロナ禍で今夏は各地の花火大会が中止となり残念な思いをされている方も多くいらっしゃると思いますが、そこで2018年の夏休みに家族と南紀を訪れた時に、たまたま見ることができた鯨の町「太地」でお盆に行われた花火大会の写真を掲載させていただきます。
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太地町は熊野灘に面し、和歌山県東牟婁(むろ)郡に属する人口2780人ほどの小さな漁師町です。そしてここは、日本の古式捕鯨発祥の地と言われています。
お盆の8月14日には毎年、盆供養花火大会が太地漁港で行われています。
2年前の夏、泊まっていた紀伊勝浦の宿の主人に、隣町の太地で今晩、花火大会があると聞き、夕食を早めに済ませ太地へと向かいました。
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目の前で打ち上げられる洋上の花火は迫力満点。
我々のような観光客もいるのでしょうが、地元や近在の人たちが中心で、込み合うほどの人数でもありません。事前の場所取りも必要なく漁港周辺どこからでも花火を楽しむことができます。
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数多くはないですが屋台も出て、この時7歳だった孫娘も花火もそこそこに屋台巡りを楽しんでいました。
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鯨の町太地「鯨踊り」も演じられました。
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花火が終わると、火のついた松明(たいまつ)を15m上に設置された直径80cmのわら籠めがけて投げる「柱松」が行われました。
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火のついた松明をわら籠に投げ入れるのは至難の業。
ようやく一本の松明がわら籠に入り燃え上がります。
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14日は「迎え火」、15日は「送り火」として、仏を迷うことなく迎え、送るこの地域の儀式だそうです。
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花火は、8時から始まるのですが、その前に地元の人たちが中心の盆踊りも行われました。
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地方の小さな漁師町でのお盆の催し、大規模な花火大会では感じられない、なぜか懐かしくほのぼのした感じを味わえた、思い出に残る花火大会でした。
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# by y-tukide | 2020-08-11 11:34 | 思い出

奈良西ノ京の家 ―築47年の民家再生―


奈良西ノ京に建つ築47年の家の再生工事をさせていただき、この度完成し、お引き渡しをさせていただきました。
この建物は、お施主様のお父様が昭和48年に自らが設計し、大変こだわって建てられた建物で、お施主様にとっても思い出多き建物です。
一時期、空き家となっていたのですが、お施主様のこの建物を朽ちさせたくないという強い思いから再生工事を計画されました。
そして今回、残すべきところは残しながらお施主様のこだわりを新たに吹き込み、より快適に住まえる家にするために間取りを変え、性能を向上させることにより、新たな付加価値を高めた家に生まれ変わりました。

庭の工事などは工事途中ですが、今回お施主様のご厚意により、玄関周りのみの完成写真を撮り掲載させていただきます。
以前の玄関周りは、屋根が複雑で谷がいくつかあり雨漏りしやすい状態だったのですが、一部減築することにより、屋根周りをすっきりさせました。
また、お施主様のご要望として玄関周りは、繊細な京風にとのご希望もあり、今回数寄屋風に仕上げることにしました。
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実はこの箇所は、玄関横のトイレなのですが、窓の格子は「さらし竹」を和釘の「かい折釘」でとめ、屋根は杉の厚板の「板庇」とし、板の継ぎ目は「さらし竹」の節先を残した割竹で押えています。
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玄関を入ると正面に客人をもてなす「床」と「脇床」があり、右側には栗の一枚板の「腰掛」、左側の玄関収納は、漆塗りの「美濃和紙」張りの建具で仕切りました。
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「袖壁」をつけた「ふくろ床」の床柱は「赤松皮付丸太」、「地板」にはツキデ工務店がストックしていた松の古材の地板を再利用し、「蹴込み」に「ごま竹」を用いています。
実は床の裏側は居間からの階段でして、床の右上の階段が一部斜めに出た部分を袖壁で隠しています。
その袖壁の壁止まりには「すす竹」を用いました。「下地窓」はベテランの大工が「女竹(めだけ)」を「藤づる」で編んでくれました。
「脇床」の「地袋」の襖は、お施主様こだわりの「京唐紙」を用いています。
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玄関の床は畳敷き、壁は「聚楽」塗り、天井は杉赤柾(まさ)の「竿縁天井(さおぶちてんじょう)」で、赤杉の竿縁を二本「吹き寄せ」にしています。
玄関土間の天井は、玄関庇の「軒天」と同じ仕上げで、外からそのまま内部に伸びたたように見せています。
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玄関に隣接するトイレ。
工事途中にお施主様が戸を「舞良戸(まいらど)」にしてほしいとの要望があったので、それならばと私の判断で、舞良戸に玄関の天井に用いた180mm赤柾の板を使い、腰板も当初は110mm幅の板目の杉板張りの予定だったのですが、舞良戸とそろえ赤柾の板を腰板とし、「ごま竹」で押えました。
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工期は予定していた以上にかかりましたが、引き渡しに際し、お施主様からは大変満足しているとの感謝の言葉をいただき、工務店冥利に尽きる日となりました。
庭の工事も終え、落ち着かれた際、改めて全体の完成写真を撮らせていただきたいと思います。
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# by y-tukide | 2020-08-03 11:02 | 仕事色々

三重歴史街道「八風道」を行く

今回も三重県が作成した「みえ歴史街道ウォーキングマップ」を片手に、相棒と「八風道」を行きました。
八風道は、伊勢と近江を結ぶ鈴鹿山脈の八風峠越えの交易路として、鎌倉時代の頃から盛んに利用されていました。
私は以前に、八風道を近江東海道の「武佐(むさ)宿」から八日市を経て、永源寺を通り愛知川沿いを走り八風峠を車で越えたことがあります。
八風道は、現在の国道421号線にあたり、今は峠にはトンネルが出来ていますが、あの当時の峠には、道幅が狭いために大型車が通れないようにコンクリートの塊が峠道の両脇に立てられていて、私の車も幅がぎりぎりで冷や汗をかきながら通った思い出があります。
今回は、三重県側の起点である四日市市の「富田(とみだ)」から八風道を行くことにしました。
早朝に自宅を出て、近鉄名古屋線の「近鉄富田」という駅近くに車を停め、ここから相棒と出発です。
まずは、初めて来た「富田」という町を散策。
駅から南へ海に向かっていくと松並木が残っています。昔はこの辺りが浜辺だったのでしょう。
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海と並行に走る主要な道に直行して幾筋もの道が海に向かって規則正しく等間隔で伸び、それに町家が連続して並びます。
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家の棟が道に平行し玄関がある「平入(ひらいり)」の多くの町家には、一階に「出格子」、2階の開放的な窓に「欄干」が設けられ、出格子の前には夕涼みのためなのか「床几(しょうぎ)」がおかれているのが、この辺りの町家の粋な共通点です。
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そしてここが八風道の起点の「富田一色」の港だったところ。
昭和34年に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風後に築かれた防波堤に囲まれ、今は船溜まりになっています。
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江戸時代、ここから八風道を通り運ばれてきた年貢米が船で運び出されたそうで、周辺には今も蔵がいくつか残っています。
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「海運橋西詰」、ここから八風道は「八風峠」へと向かいます。
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少し走ると街道は「旧東海道」と交差し、そしてその先のJR関西線の狭い踏切を渡ります。この辺りには当時の面影などは一切残っていません。
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市街地を抜けたあたりののどかな街道風景。
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街道にほぼ並行して三岐鉄道三岐線が通っているのですが、「平津駅」を越えたあたりから街道は「朝明川」沿いを走ります。
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「山城」という集落の街道沿いにある「櫻神社」。
小高い丘の上にあり、大変急な階段がまっすぐに伸びていて、見上げてこれはちょっときついと参拝はパス。
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小さな集落やのどかな田園風景を抜け走る街道。
気持ちよく走れるのですが天気が良く、気温が高いこともあり汗だく。
木陰に入ると一瞬ですが癒されます。
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「菰野町」にある「西信寺」の角で街道は、右に折れるのですが、左にとり寄り道することに。
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向かったのは「竹成」という集落にある「五百羅漢石仏群」。
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この小高い山の五百羅漢は、嘉永5年(1852年)に竹成出身の「神瑞和尚」が建立を発願し、「桑名」の石工の手により15年の歳月を経て完成させたもので、一体一体の表情がみな異なります。
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山頂の大日如来像を中心に、阿弥陀如来や菩薩、天狗、閻魔大王に七福神、はたまた松尾芭蕉とバラエティーにとんでいて、神と仏が入り交じった当時の庶民信仰の多彩さが伺えます。
これは七福神。
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寄り道して石像を眺めていると時間がたち、これまでの上り坂と暑さで疲れていることもあり、この後無理して八風道に戻り先を行くのをあきらめることに。
そして最寄りの駅である「保々駅」まで走り、そこで相棒を輪行袋に納め、車を停めてある「富田駅」に向かい帰路につきました。
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# by y-tukide | 2020-07-27 11:59 | 街道を行く

築36年の宇治の家 リノベーション

地元宇治に建つ築36年の家をリノベーションさせていただいたのですが、この度めでたく完成し、お施主様のご厚意により完成写真の一部を紹介させていただきます。
この建物は、延床面積が114㎡(34.5坪)の2階建ての瓦葺の建物です。
築36年の家とはいえ、これまで大変大事に使われ、手入れもされていたので状態は悪くなかったのですが、今回の改修では耐震性能・断熱性能の向上を図り、より安全で快適に住める家にすると共に、間取りを変え、自然素材で仕上げることにより、使いやすく健康的な住まいにさせていただきました。
広さは玄関の一部を減築したのですが、基本的には現状のままで、屋根も樋は掛け直しましたが問題が無かったので現状の瓦屋根としました。

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玄関の正面には、既存の門扉があるのですが、ガレージから雨に濡れないで玄関に入りたいとの奥さんのご要望もあり、ガレージから続く長い玄関庇を設けました。

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玄関入り口は、格子を施した引き戸です。

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玄関を入った右側の土間に玄関収納があります。
建具は、古建具の「舞良戸」を再利用しました。

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土間は、ツキデ工務店オリジナルの「三和土(たたき)」風土間仕上げ、式台はサクラ、框・床は吉野桧、壁は珪藻土、天井は赤身の吉野杉で仕上げています。

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以前は、7.5畳のダイニング・キッチンと床の間・仏間のある8畳の座敷そして縁側があり、それぞれが壁・建具で仕切られていました。
今回の改修では、その箇所の重要な柱は残し、新たに耐震補強を施し、間仕切りを取り払うことにより約18畳のLDKとしました。
そして仏間は新たにリビングに設けています。
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以前、座敷に面した東側に6畳の和室と縁側があったのですが、そのスペースを十分な収納もある寝室としました。
その畳敷きの寝室は、3枚引き込みの建具でリビングと仕切ることができ、3枚の建具を引き込むとリビングと一体として利用することができます。

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その寝室の東側の窓には、遮光用の引き分け建具も設けています。

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リビング・寝室の南側の掃き出し窓には、以前使われていた「雪見障子」を一部手を加えて再利用しました。

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リビングの西側に隣接して、洗面脱衣室・浴室と以前は玄関ホールにあったトイレを設けました。

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2階へと続く階段は、以前は玄関ホールにあったのですが、今回LDKから上がれるように架け替え、2階の階段ホールには、書斎コーナーを設けました。

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36年を経て今回の改修で生まれ変わったこの家、これから新たな歴史が始まります。

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# by y-tukide | 2020-07-20 13:30 | 仕事色々

丹波国 青垣町佐治かいわい

4週間前に掲載しましたブログ「丹波古刹九番霊場 高源寺」、実はその日旧山陰道の宿場であった丹波市青垣町佐治に行こうと調べていて、たまたま高源寺を知り
興味にかられ朝一番、まず寺に向かったのです。
初めて訪れた高源寺、新緑と苔の緑に包まれた静寂の中に一人いて、心があらわれ、すがすがしさを満喫することが出来ました。
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そしてその後に本来の目的地である「佐治」に向かったのです。
「道の駅あおがき」で車をとめ、相棒を下ろし観光案内所でもらった散策マップを手に行くことにしたのですが、その前に道の駅の一角に見かけた「丹波布伝承館」を見学。
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「丹波布」は、明治の末まで佐治地区の農家で盛んに織られ、京都方面へも佐治木綿として売られていました。原糸は綿の手つむぎで、野山にある草木で糸染めをし、手織りで仕上げられ、絹糸を緯(よこ)糸に入れるのが特徴です。
昭和時代には、その存在も技術も忘れられつつあったのですが、民芸研究科の「柳宗悦」により再発見され、柳宗悦により「丹波布」と名付けられました。
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館内では、糸つむぎ・染色・機織りなどの技術の伝承するほか、展示・体験コーナーも設けられています。
この日も手つむぎの実習が行われていました。
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そして伝承館を後に相棒といよいよ佐治の町に向かいました。
周囲を山々に囲まれた青垣町の中心である佐治は、律令時代の山陰道の宿場町としての歴史を持っています。
近世の山陰道は、現代の国道9号線とほぼ同じルートですが、それまでは亀岡から西に篠山を経由し、そこから北上していました。
ルートが変わった後も、播磨と但馬を結ぶ街道の要所として発展し、京や大阪からも多くの商人が移り住み、市が開かれ、和紙や佐治つむぎ・丹波布などが取引され賑わいました。
旧街道の役割が終焉を迎え一時期衰退しますが、その後は丹後ちりめんの原材料を供給する地として再び活気を取り戻します。
やがて時は流れ繁栄は過去のものになりますが、現在も当時をしのばせる、つし二階・虫籠窓、漆喰で塗籠された妻入り・平入の重厚な商家の街並みが静かにたたずんでいます。
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そのうちの一軒の商家の玄関に「宿場町office」と書かれた立て看板がある建物をのぞき、「ミセノ間」でパソコンをしていた女性に、見学させていただけるのですかと尋ねると、どうぞと奥の離れに案内してくれました。
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そこで紹介された男性は、建築家でそこを事務所としておられるようでした。
その方の説明によると、空き家だったこの建物を大阪の関西大学の工学部の学生さん達と
改修し、地域の方々の居場所・活動拠点として活用され、様々なイベントが行われているとのことです。
そしてそんな活動を地元の方・学生・その他からなる「佐治倶楽部」という空き家活用サークルが行っていることを知りました。
空き家を活用した、地域再生・まちづくりの素晴らしいい活動です。
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改修され様々なイベントなどに活用されている板の間。
右奥には丹波布も飾られています。
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そして名刺交換した建築家のDさんと古民家好き同士の建築談義。話は尽きません。
この木は栗の板、和室の畳下地に使われていたそうです。さすがに栗の産地である丹波ならではの使い方。
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これは、一寸厚の「貫(ぬき)」を4本使った耐震補強。
これはひょっとして、知り合いの奈良の構造家の名前を出すとやはりその方が関わっていたようで、これにも驚き。
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これ以上仕事の邪魔をしては申し訳ないと、礼を言い外に出ると、自転車に乗った地元の年配の方が、外まで送っていただいたDさんによってきて「また今度飲みにいこか!」と一声。
奈良県出身のDさんは、今やこの地に根付いています。

人や資本が一部の都市に集中し、各地の農漁村・町・地方都市で過疎化が進み限界集落といわれる村が加速して増え、それぞれの地域の歴史ある文化が失われ、空き家がどんどん増えていくひずんだ流れの今の日本。
私は、そんな町や村をこれまでにずいぶん見てきましたが、そんな中でも地域おこしの活動をされている「地域協力隊」やDさんのような方々、そして地元の有志か方たちにも幾度かお会いし感銘を受けました。
その都度、自分に出来る何かを考えさせられますが、今の自分にできることは、これまでの経験を通じて得てきた知識や技術を発揮し、一つでも多くの地域の歴史的財産である古民家を仕事などを通じて残し、そしてその手法を微力ながら後輩に伝えていくことかなと思っています。

丹波の山間に地「青垣」、この日も改めてそんな思いにさせられた町でした。
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# by y-tukide | 2020-07-13 10:46 | かいわい