人気ブログランキング |


日記


by y-tukide

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ

全体
街道を行く
かくれ里を行く
かいわい
散歩
早朝散歩

鉄道ブラ旅

水汲み
お知らせ
建物探訪
見学会・イベント
仕事色々
お寺の山門再生工事
伝統工法町屋改修技術を学ぶ
奥村先生とまことさん
雑誌掲載
我が社の年賀状
研修
お茶会
宇治川花火大会
天満天神繁昌亭
大相撲宇治場所
社員旅行
引っ越し
夏休み
お正月
我が家のツバメ
季節の花色々
未分類

以前の記事

2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月

フォロー中のブログ

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

(4)

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
近畿

画像一覧

カテゴリ:鉄道ブラ旅( 16 )

山陰ひとり旅

朝一番JR宇治駅から在来線、新幹線を乗り継ぎ岡山駅へ、そこから伯備線84分発特急やくもに乗り、まずは鳥取県の西部の都市「米子(よなご)」へと向かいました。

e0164563_13540599.jpg

米子に着いたのが1015分、米子駅に降り立つのは初めてです。

駅の観光案内所で「米子まち歩きマップ」をいただき、自転車を借りて散策することに。

米子は、米子城を中心に整備され発展した城下町です。今も残る城の外堀であった旧加茂川沿いには、豪商の屋敷である後藤家住宅や白壁の土蔵が残っています。

写真―2

e0164563_13540650.jpg

その旧加茂川に架かる橋のたもとにスイカをおいしそうに食べる「河童の三平」の像。

米子の北部の町境港(さかいみなと)は、漫画家である「水木しげる」が生まれ育った町です。

この像は、水木しげるさんが寄贈したものだそうです。

e0164563_13540644.jpg

米子市の中心地湊山に築かれた米子城。

今は石垣をとどめるだけですが、当時は山頂に五重の天守閣と四重の福天守閣を持ち、島根の松江城と共に山陰随一の名城と称される壮麗な城であったそうです。

e0164563_13540659.jpg

城跡からは、米子の市街地、中海、島根半島、日本海が一望できます。天気のいい日には隠岐島が眺めることができるそうです。

ところがこの日は、どんよりした雲が垂れこむ天気。そして城山を下る途中で雨がちらついてきました。

雨はやむ気配もなく、この日は散策をほどほどに早めに自転車を返却し、今宵の宿に行くことに。

e0164563_13540692.jpg

翌日は、レンタカ―を借り島根半島の東の端にある「美保関」に向かいました。

鳥取県境港市と島根県松江市美保関町の間に流れる幅約600mの境水道に架かる「境水道橋」、トラス構造のかごの中を道が走るユニークな形状の橋です。

e0164563_13540723.jpg

「美保関」は、美保神社の門前町として繁栄した町であると共に、江戸時代北前船の寄港地として栄えた町でもあります。美保神社から仏谷寺に至る通りには、青味のある海石が敷き詰められています。

この石畳の道は、北前船の交易での物資の運搬作業が効率的に行われるように舗装された道です。

e0164563_13540705.jpg
e0164563_13540718.jpg

出雲大社と同様な立派なしめ縄が架けられた三保神社。

e0164563_13542082.jpg

美保関は、古代より海洋交通の要所で中世には乱で敗れた「後鳥羽上皇」や「後醍醐天皇」が流罪でここから隠岐島に渡っています。

e0164563_13540852.jpg

海岸沿いの通りには、この時期に獲れる白いかが干されていました。

e0164563_13541867.jpg

湊からさらに東に行くと、半島の先端に明治31年に建設された石造りの山陰地方最古の「美保関灯台」があります。

この日は、昨日にかわり天気がよく海の彼方に隠岐島がうっすら浮かんで見えました。

e0164563_13541810.jpg

灯台を後に境港にもどることに。

境港は、山陰地方屈指の漁獲量を誇る港町。ここで新鮮な海の幸をお値打ち安価でいただきました。

昼食後、境港出身の水木しげるにちなんで名付けられた全長800mほどの「水木しげるロード」を散策。

道沿いには、妖怪の像がいくつも現れ、ゲゲゲの鬼太郎関連の品を売る店が軒を連ねます。

この日は休日とあって子供連れの家族で賑わっていました。

e0164563_13541994.jpg

境港を後に米子駅に向かい海沿いの道を走ると、深い青色の海と空に浮かぶ雪を抱いた中国地方最高峰「大山」の雄大な姿が!

e0164563_13541922.jpg

米子駅に戻りレンタカ―を返却し、この日の宿がある松江と電車で向かいました。

宿は宍道湖の湖畔にあるので、宍道湖に沈む夕日が見られるかと期待し急ぎ向かったのですが、残念ながら西の空には厚い雲が!

e0164563_13541930.jpg

最終日は、松江駅からJR山陰本線を西に1時間半ほどの温泉津駅へと向かいました。

「温泉津」と書いて「ゆのつ」と読みます。

石見地方の温泉津は、天然の良港で風待ちの港として古い歴史を持つ港町です。そして石見銀山の積出港としても発展し、今も伝統的な古い街並みが残ります。

この建物は、江戸時代に建てられた温泉津で最も古い「内藤家住宅」。

内藤家は、戦国時代毛利家が石見銀山統治の為に温泉津港を重要視し、安芸国(広島)から毛利水軍御三家の一つ内藤一族を迎え、奉行に据えました。

関ケ原役のあと内藤家は、毛利が石見から撤退すると、温泉津に土着し代々年寄りや庄屋を務めたそうです。

e0164563_13541940.jpg

温泉津は、良質の温泉が湧き出る温泉街でもあります。

ただ温泉街と言っても大きなホテルや旅館があるわけでもなく、小さな旅館が建ち並び、

二つの湯元があり、どちらかと言えば「湯治場」という雰囲気の街です。

e0164563_13542098.jpg

この建物は、二つの湯元の一つの「薬師湯」。

街を散策した後、せっかくだから温泉につかることに。

無加熱の100%源泉かけ流しの湯。番台があり左右に男湯と女湯に入り口が分かれ、湯船もさほど広くなく、客も地元と常連さんらしい人が数人。

湯温はちょっと高めで、肌を刺すように湯の温もりが体にしみ入ります。23分ごとに湯につかり出るのがいいらしくそれを繰り返します。確かにこの湯は効力がありそう。

そして湯から上がり脱衣場で服を着るとどっと汗が吹きだします。

e0164563_13542719.jpg

今の薬師湯の隣のこの建物は、大正8年に建てられた薬師湯。

大正モダンが取り入れられた建物です。

e0164563_13542894.jpg
e0164563_13542854.jpg

今は、カフェとして活用されています。

ここで生ビールをいただき、汗が引いたところで、「温泉津の奉行めし」という汁かけめしと温泉卵、温泉の湯でむした野菜のセットのヘルシーな昼飯をいただきました。

e0164563_13542704.jpg

そして温泉津の駅から帰路につくことに。

二泊三日の山陰ひとり旅、好きな古い街並みも歩けたし、山陰の幸もいただけたし、気ままに旅ができました。

e0164563_13542862.jpg


by y-tukide | 2018-12-03 14:00 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 三岐鉄道北勢線

三岐(さんぎ)鉄道北勢線(ほくせいせん)は、三重県桑名市の西桑名駅から三重県いなべ市の阿下喜(あげき)駅を結ぶ路線長約20kmの大正時代に開業した鉄道です。

この鉄道は、一般の鉄道よりも規格が簡便で、安価に建設された「軽便鉄道」、線路の幅も新幹線が1435mm、在来線が1067mmに対し762mmしかなく、一般に営業している鉄道では一番線路幅が狭い鉄道です。

この日、西桑名から終点の阿下喜駅へと向かうことに。

線路も狭ければ車体も小さく、まるでおもちゃのような可愛らしい電車です。

e0164563_10040139.jpg
e0164563_10040132.jpg

線路幅が狭いせいかよく揺れます。

カーブでは、脱線防止ガードが設置されているとはいえひっくり返りそうで、十分に減速して走ります。

e0164563_10040159.jpg

西桑名駅から終点の阿下喜駅までは13駅。

1時間ほどの鉄道旅なのですが、二つ手前の楚原駅で途中下車。

ここから阿下喜駅まで歩くことに。

駅の近くにあった楚原神社では、七五三のお参り家族が参拝されていました。

e0164563_10040203.jpg

歩いていると「ねじれ橋 めがね橋」の看板。

コンクリートブロックを積み上げたアーチ構造、どちらも大正時代の建造物で土木学会選奨土木遺産に認定されています。

ねじれ橋は、江戸時代に造られた用水路に斜めに渡っているのですが、アーチの足元が水路に平行のためにヒネリが入った面白い構造になっています。

e0164563_10040274.jpg

めがね橋は、3連アーチの構造。

e0164563_10040226.jpg

貴重なものを見た後、道は鉄道に沿って続きます。

e0164563_10040208.jpg

のどかな田園風景が広がり、その背後に鈴鹿山脈がかすんで見えます。

e0164563_10040339.jpg

道をそれ、苔むした石の階段を登って行くと萬笑院(ばんしょういん)という禅寺が。

e0164563_10040397.jpg
e0164563_10041825.jpg

寺から少し歩くと次の駅「麻生田(おうだ)駅」に出ます。

駅は無人駅で駅周辺には店などはありません。少し離れた421線まで行き店を探し昼食をとることに。

昼食後、駅に戻り麻生田の集落に入ります。

集落内では、高野マキの生け垣がある数軒民家が特徴的でした。

e0164563_10041880.jpg

集落を抜け「いなべ川」の散策道を行きます。

川の堤防の上に整備された散策道には桜の木が植えられ、春はさぞかし花見の客でにぎわうのでしょう。

e0164563_10041709.jpg

鈴鹿山脈から流れ出る水が綺麗な「いなべ川」。

e0164563_10041666.jpg

その時突然、道に飛び出してきた二匹のイタチ!

e0164563_10041638.jpg

そしてようやく阿下喜駅に到着。

帰りの時間がまだあるので街を散策。レトロな建物もちらほら見かけます。

ここはどういう歴史のある町なのか?

e0164563_10041708.jpg

昭和12年に建てられた和様折衷の旧阿下喜小学校校舎。

現在文化資料保存施設として整備保存されているとのこと。

この日はイベントが行われていました。

e0164563_10041775.jpg

時刻は午後3時半。いい時間になりました。

1534発の西桑名行の電車に乗り帰路につきました。

e0164563_10041704.jpg


by y-tukide | 2018-11-26 10:26 | 鉄道ブラ旅

尾道・竹原ぶらり旅

6月中旬の土曜日、午前中は仕事だったのですが午後から休みがとれ、急きょ妻と安芸の尾道と竹原にぶらりと出かけました。

だいぶ昔に尾道には行ったことがあるのですが、竹原は初めて、以前から行ってみたい街でした。

12時過ぎにJR宇治駅から電車に乗り京都駅へ。京都駅から新幹線を乗り継ぎ福山駅へ。そしてJR山陽本線の尾道駅に降り立ったのが午後3時ごろ。そこから街をぶらぶら散歩。

尾道は、瀬戸内の情緒ある港町、「坂の街」「文学の街」「映画の街」として有名です。
何年か前
NHKの連続テレビ小説「てっぱん」の舞台、主人公は「おのみっちゃん」、私も毎朝見ていました。

e0164563_14133255.jpg

商店街を歩いて脇道にそれると路地が続きます。山手は「坂の街」ですが海岸沿いの狭い平地は「路地の街」。凄まじい密度で建物が建ち、生活のにおいがプンプン漂います。

e0164563_14133268.png
e0164563_14133202.png
e0164563_14133186.jpg

商店街を抜けロープウェイで千光寺山頂へ。

眼下に尾道の街と海が。

e0164563_14133059.jpg

山頂から千光寺へ。

そこから迷路のような坂道を下ります。

e0164563_14133044.jpg

坂道を下り商店街にもどり、私の名の道を発見「築出小路」。

この道は海に突き(築)出た道だったのでしょうか。
私の名の由来も案外このように場所からかも。

e0164563_14133192.png

尾道で夕食をとり、今宵の宿は急きょ予約した福山のホテル。

翌朝、福山駅から山陽本線、呉線と乗り継ぎ竹原駅へと向かいました。

e0164563_14133130.jpg

竹原は江戸時代、塩や酒造りで栄えたまちです。かつては町中に塩田が広がり、その塩は北前船で全国に送り出されました。街にはそうして栄えた豪商の屋敷や蔵が建ち並び、江戸時代にタイムスリップしたような情緒ある街並みを形成しています。

e0164563_14140849.jpg
e0164563_14175860.jpg

今も竹原には三つの酒蔵がありますが、この建物はその一つである「竹鶴酒造」。

NHKの連続テレビ小説「マッサン」のモデルとなった、ニッカウイスキーの創業者、竹鶴政孝の生家です。

e0164563_14133176.jpg
e0164563_14140735.png

この建物は「松阪家住宅」。

唐破風で屋根面をうねらし流れるような屋根。菱形の塗り格子など遊び心がうかがえる建物です。

e0164563_14140890.jpg

竹原の町家の特徴の一つは格子です。出格子・平格子・塗格子(虫籠窓)・武者窓など多彩で一軒一軒に工夫されています。

この格子も縦格子の中に横格子が組み込まれています。

e0164563_14134163.jpg

西芳寺の普明閣。

まちが豊かであったせいかお寺も立派です。

e0164563_14140965.jpg

昼は、広島焼きをいただきました。

e0164563_14140807.jpg

帰り、呉線の車窓から瀬戸内の景色を楽しみながら帰路についたのですが、先日の西日本豪雨で広島地方は甚大な被害が発生しました。現在も呉線は全区間運休しているとのこと・・・

e0164563_14140919.jpg


by y-tukide | 2018-07-17 09:00 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 綾部経由で敦賀へ

雨模様の日曜日、朝急に妻と鉄道ブラ旅をしようということになり山陰線の綾部(あやべ)経由で舞鶴線、小浜線と乗り継いで敦賀へと向かうことにしました。

通常ならば京都から特急サンダーバード湖西線経由で北陸本線を走り宇治から109km、1時間半ほどで行けるのですが、小浜線に一度乗ってみたかったので、今回は宇治駅から綾部経由で敦賀駅まで201.8km、4時間程の旅をしました。

料金は運賃が3,670円、京都から綾部までの特急自由席料金970円をたすと4,640円ですが、私と妻はジパング倶楽部会員なので3割引きの3,240円と超お得料金です。

自宅から路線バスに乗りJR宇治駅へ。ここからJR奈良線844発の普通電車に乗り京都駅へと向かいました。

e0164563_13455184.jpg

京都駅の31番乗り場からJR山陰線の特急「はしだて1号」天橋立行に乗り綾部駅へと向かいます。在来線特急に乗るとなぜか旅行気分が一層増します。

e0164563_13455142.jpg

ここでちょっと豪華な駅弁の朝飯。これも列車の旅の醍醐味です。

e0164563_13461984.jpg

列車は京都市内を抜けるとトンネルに入り、いくつかのトンネルの合間に保津峡が一瞬ですが顔を出します。

e0164563_13455192.jpg

「特急はしだて」は、京都駅を出発し二条駅→亀岡駅→園部駅に停車し1時間程で綾部駅に着きます。

保津川は桂川と名前を変え合流し淀川から大阪湾に流れていますが、園部駅を出て眼下に見える由良川は、分水嶺を越え日本海の方に向かって流れています。

e0164563_13455106.jpg

そして綾部駅に到着。

この駅でJR舞鶴線の乗り換え終点の東舞鶴駅へと向かいます。列車は2両編成のワンマンカーです。

e0164563_13455216.jpg
e0164563_13455269.jpg

梅迫駅を過ぎて車窓からの見覚えのある集落は、和紙すきの里である「黒谷」の集落です。ツキデ工務店では、この里で漉かれた「黒谷和紙」をよく使います。私はこれまでにこの地に車で3度ほど訪れています。

e0164563_13455246.jpg

西舞鶴駅に停車。

西舞鶴には海上自衛隊の基地があり、列車に水兵さんが乗車してきました。

e0164563_13455248.png

そして1104に終点の東舞鶴駅に到着。

ここからはJR小浜線に乗って本日の目的地である敦賀駅へと向かいます。

e0164563_13455353.jpg

東舞鶴から終着駅である敦賀までは23駅。

ほとんどの駅が無人駅で、そのためにこの列車も2両編成のワンマンカー。

2時間の鈍行ののんびり旅です。

e0164563_13461795.jpg

三松駅を過ぎたあたりから日本海がときおり現れます。そして海の景色がきれいな場所では列車の速度が落とされ車窓から景色をゆっくり見ることができます。

e0164563_13461811.jpg

小浜駅で5分ほど停車した後、若狭三方駅あたりまでは内陸部を走ります。この辺りでは田んぼに水がはられ早くも田植の準備がされていました。

e0164563_13461812.jpg

ようやく終点の敦賀駅に到着。

宇治駅を844に出発し201.8kmの距離を3回乗り継ぎ敦賀に到着したのは1303

4時間19分と長い時間のようでしたが退屈もせず、車窓からの景色も楽しめのんびりできた鉄道ブラ旅でした

e0164563_13461862.jpg

そして敦賀に降り立ち向かったのは「弥助」さん。

ここで新鮮な海の幸を堪能。

e0164563_13461906.jpg

ちょっと贅沢な雨の日曜日でした。

e0164563_13461910.jpg


by y-tukide | 2018-04-23 14:20 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 伊賀鉄道伊賀線 伊賀上野

伊賀鉄道伊賀線は、関西本線の「伊賀上野駅」と近鉄大阪線の「伊賀神戸駅」を結ぶ16.6kmの短い路線です。沿線の伊賀忍者の里にちなんで「忍者列車」が運転されています。
この日は、JR宇治駅からJR奈良線に乗り木津駅へ、そこからJR大和路線に乗り換え次の加茂駅へ、次にJR関西本線に乗り換え伊賀上野駅へ、そしてそこから伊賀鉄道伊賀線の忍者列車に乗り上野市駅へと向かいました。
e0164563_1440246.jpg


さすがに忍者列車、網棚の上に忍者が潜んでいます。
e0164563_14401478.jpg


上野市駅に到着。伊賀上野にはこれまでに何度も訪れていますが電車で訪れるのは初めてです。
e0164563_14404381.jpg


伊賀上野は、戦国武将の藤堂高虎が築いた伊賀上野城の城下町であり、伊賀流忍者の発祥の地あるとともに、俳聖松尾芭蕉の生誕地でもあります。
駅前には芭蕉の像が立っています。
e0164563_14405570.jpg


そこで十数年ぶりに芭蕉の生家に行くことにしました。
この道は、奈良と東海道の関宿を結ぶ「大和街道」です。
e0164563_1441676.jpg


その大和街道沿いに芭蕉翁の生家があります。
火事で焼け何回か建て替えられているそうです。
e0164563_15425100.jpg


これは敷地の奥に建つ釣月軒(ちょうげっせん)という草庵。
説明書きを読むと、この草案で芭蕉は自撰の処女集である「貝おほひ」を執筆し、上野天満宮に奉納して江戸に下ったそうです。
地元の人は、松尾芭蕉のことを親しみを込めて「芭蕉さん」と呼んでいました。
e0164563_14422865.jpg

e0164563_1544178.jpg


大和街道を南に向かって歩いていくと伊賀から津へ通じる「伊賀街道」と合流します。
この辺りには、立派な町家が結構残っています。
e0164563_1443617.jpg


12年前の秋に伊賀上野を訪れた時、この辺りに番傘干場があり、それを写真に収め翌年の年賀状に使わせてもらいました。
e0164563_14431764.jpg


街道沿いで面白い店を見つけました。
「西田はきもの店」という下駄屋さんです。この店では好きな下駄と鼻緒を選んで自分の足に合うようにすげてくれます。
e0164563_14432979.jpg


私はここで、昔なつかしい、職人さんらがよく履いていた裏がタイヤのゴムの「せった」を見つけ購入しました。
e0164563_14433946.jpg


伊賀上野を歩いているといつも感じることですが、和菓子屋さんの多いこと。
高級和菓子の店から庶民的な和菓子の店までとにかくあちこちで見かけます。
たぶん昔から茶をたしなむ人が多く、茶の文化が盛んだったのでしょう。
e0164563_14435193.jpg


時刻は昼前、今回のぶらり旅の目的の一つである昭和31年創業の老舗の洋食屋「グリル ストーク」さんへ。この店には伊賀上野に来るたびに訪れています。
お決まりは伊賀牛のタンシチュー、絶品です。
創業者は、なんでも京都のホテルで修業し、地元に帰ってきて店を開いたそうです。
e0164563_1444575.jpg

e0164563_14441797.jpg


食事を満喫した後、中之立町通りを散策しながら、久しぶりに「蓑虫庵(みのむしあん)」に向かいました。蓑虫庵は、芭蕉翁五庵のうち現存する唯一の草庵で三重県史跡・名勝です。
e0164563_14443014.jpg

e0164563_14443962.jpg


この日も酷暑、歩いていても倍疲れます。
ちょっと早めに切り上げ、忍者列車に乗り帰路につきました。
e0164563_144576.jpg

by y-tukide | 2016-08-22 09:00 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 JR赤穂線 邑久

朝日新聞の夕刊に連載されている「反骨の記録」15で、明治の思想家・社会主義者である幸徳秋水と大正ロマンを代表する画家、美人画で有名な竹久夢二のことが記されていました。
e0164563_13261592.jpg


竹久夢二は若いころ、幸徳秋水らの平民社に関わりがあったそうで、幸徳らが唱えた非戦論に共感し、日露戦争当時の世相を題材にした「反戦コマ絵」を平民新聞に投稿していました。後の美人画や詩の出発点は、その反戦コマ絵にあったそうです。
その夢二が、生まれ育ったのが赤穂線沿線の岡山県瀬戸内市邑久町というところです。
この日赤穂線の「邑久(おく)」駅で降り、路線バスに乗り替え夢二の生家へと向かいました。
夢二は、明治17年に邑久郡本庄村というところの小さな造り酒屋に生まれました。
e0164563_13263083.jpg


生家の近くには、夢二が大正13年に東京で自ら設計したアトリエが、夢二の二男の方の協力で復元されて建っていて「少年山荘」と名付けられています。
e0164563_13264088.jpg


少年山荘に展示されていた反戦コマ絵「いづれ重き!?」。
右手に泣く子を抱え、左手に数本の大根をさげた後ろ姿、戦争で夫を失った女性の肩に
のしかかった苦悩が表現されています。
e0164563_13265738.jpg


見学した後またバスに乗り、瀬戸内の港町「牛窓(うしまど)」に向かいました。
牛窓は、オリーブのしげる山、海に浮かぶ島々、温暖な気候などから日本のエーゲ海と言われているそうです。
e0164563_1327686.jpg


古くは潮待ち、風待ちの良港として栄え、江戸時代に朝鮮通信使が寄港したそうで、明治20年に建てられた旧牛窓警察署本館を利用した「海遊文化館」には、その資料などが展示されています。
e0164563_13271869.jpg

e0164563_13272799.jpg


山手にある本蓮寺。
瀬戸内の小さな町にしては三重の塔もある立派なお寺で、当時の町が繁栄し力をもっていたことがうかがえます。境内では温暖な気候ならではの寺の風景がたのしめます。
e0164563_13274244.jpg

e0164563_13275123.jpg


牛窓町の東部には、「牛窓千家」と言われた、港町として栄えた面影が多く残る町並みがあります。「しおまち唐琴通り」と呼ばれる町並みです。
e0164563_1328459.jpg


レンガ張りの建物は、大正5年に牛窓銀行本店として建てられた建物。昭和55年まで中国銀行牛窓支店として使われていたそうです。
e0164563_13281578.jpg


レトロな木造三階建ての店。
e0164563_13282680.jpg


ガラス戸に張られた昔の役者さんの絵。この街並みで映画のロケが行われ話題になったそうです。
e0164563_13284520.jpg


ここは造船の町でもあります。
江戸時代には、船大工になるなら牛窓で修業をと言われたほど技術が高く、多くの漁船や伝馬船、ときには千石舟も造られていたそうです。今はすっかりすたれているようです。
e0164563_13285914.jpg


昼は地元の方に教えて頂いた漁師さんが営んでいる「おばんや魚魚(とと)」という店で、ご主人が朝に捕ったコブダイ・マツダイ・スズキ・タコとタコ飯付きの刺身定食をいただきました。
e0164563_1329995.jpg


鉄道ブラ旅、さて次はどこに行こうか!
e0164563_13291932.jpg

by y-tukide | 2016-06-20 13:44 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 JR赤穂線 坂越

JR赤穂線は、兵庫県の相生駅と岡山の東岡山駅を結び、瀬戸内海沿いを走るJR西日本の地方鉄道路線です。今年の1月に朝日新聞の記事を見てJR赤穂線「日生(ひなせ)」に「カキオコ」を食べに行ったのが赤穂線に乗るきっかけでした。その後いろいろ調べていると赤穂線沿いには、面白そうな町があることがわかり、5月のある日赤穂線沿線の「坂越(さこし)」という瀬戸内の町に行ってきました。
近鉄大久保駅を6時半ごろに乗り、坂越駅に着いたのが9時すぎ。
e0164563_9115692.jpg


坂越の町の中心は、駅から坂越湾に向かい「千種川」を越えたあたりから始まります。千草川と坂越湾を結ぶ「大道(だいどう)」という道沿いに風情ある古い街並みが続きます。
その入口にある「木戸門跡」は、廻船業で栄えていたころ町を守るために朝開き、夕べに閉じる門番がいたそうです。
e0164563_9121162.jpg


江戸時代、塩田から千種川を高瀬舟で運ばれた塩が荷揚げされ、大八車に積み替えられ「大道」を通り、坂越港に運ばれたそうです。道沿いには白壁で格子がある立派な家並みが続き、往時の繁栄ぶりがうかがえます。
e0164563_912349.jpg

e0164563_9125612.jpg


奥藤酒造という造り酒屋さん。
四百年ほど前の慶長6年創業の兵庫県で2番目に古い造り酒屋だそうです。
「忠臣蔵」「乙女」といった銘柄の酒が造られています。
e0164563_914528.jpg

e0164563_10122375.jpg


一角に郷土資料館があり、酒造りの道具や商品を積み込んで上方まで運んだ舟の復元模型などが展示されています。
e0164563_9151485.jpg



この建物は旧坂越浦会所。
赤穂藩の行政や商業などの事務を執るための浦会所(うらかいしょ)としての役割と共に、赤穂藩の茶屋としての役割も持っていた建物で、藩主専用の部屋もあります。
e0164563_9152879.jpg


建物内には坪庭があり、打ち水がされた庭の前に座り、風鈴の音色を聞いていると時がたつのを忘れてしまいます。
e0164563_9154286.jpg


坂越浦、前には大避神社の聖域として人の手が入らなかった原生林の生島が浮かびます。
この日は子供達のヨットレースのための船が浜に用意されていました。
e0164563_9372147.jpg


波静かな瀬戸の海と坂越湾に浮かぶ生島。
e0164563_9374343.jpg


昼、地元の方に紹介していただいた海鮮炭火焼き「さやか」という店に行きました。
建物は仮設の小屋でテーブルもビールケースの台に厚板を置いた超大衆的な店でした。
e0164563_9375769.jpg

e0164563_938737.jpg


ここで隣の席におられた、京都から来られたという年配のご夫婦に焼き方などを伺いながらカキを炭火で焼き、そして名物アナゴ重をいただきました。
e0164563_9383498.jpg

e0164563_1064995.jpg


穏やかな海と歴史あるまち坂越。
魚も安くてうまいしもう一度来てみたい思った坂越のまち歩きでした。
e0164563_9393144.jpg

by y-tukide | 2016-06-13 10:21 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 南海電鉄 高野山

妻が、朝日新聞の新聞広告で南海電鉄「高野山・世界遺産きっぷ」という割引きっぷを見つけ、行ってみよかということになりました。この切符は通常、なんば駅から高野山駅まで往復3,440円のところ2,860円と17%OFFのお得な切符です。
この日JR宇治駅から6:27発の奈良行きに乗り、奈良から難波行JR大和路線快速で新今宮に、ここで南海電鉄に乗り換え「南海特急こうや1号」で高野山へと向かいました。
e0164563_10505782.jpg


今宮駅から極楽駅まで1時間18分、そこでケーブルカーに乗り換えて約5分で高野山駅に到着します。
e0164563_1051952.jpg


駅前からバスに乗り女人堂バス停で降り、ここから女人道を歩くことにしました。
「女人堂」
e0164563_10512163.jpg


1200年前、弘法大師空海がひらいた真言密教の根本道場である高野山。女人の入山が禁じられていた時代は、女性は高野七口といわれた高野山の入口をめぐり、尾根伝いの女人道を歩いたそうです。
表土が流され木々の根があらわな女人道。
e0164563_1051318.jpg


数々の種類の木々が生い茂る山道を40分ほど登ると視界が開けます。
e0164563_10514176.jpg


ここからは下り、そして下りきると壮麗な「大門」が現れます。
「大門」は、高野山の西の入口の正門です。
e0164563_10515175.jpg


大門をくぐり東に向かって歩いて行くとほどなく中門・金堂・根本大塔などが建ち並ぶ壇上伽藍に着きます。ここは弘法大師が高野開創のおり堂塔整備に着手された場所で高野山の核となるところです。
高さ50mの「根本大塔」、この建物は昭和12年に鉄筋コンクリート造で再建されたものです。
e0164563_1052011.jpg

e0164563_1052927.jpg


昼は精進料理をいただきました。
とくにゴマ豆腐がうまく、土産にもしました。
e0164563_10522454.jpg


食事のあと「奥之院」へと向かいました。
奥之院は高野山の信仰の中心地で、弘法大師空海が御入定(ごにゅうじょう)されている聖地です。入口の「一の橋」から「御廟(ごびょう)」まで約2kmの道のりには、杉の老木が茂る中に20万基を超える墓や供養塔が並びます。
e0164563_10523762.jpg


ここには大名・戦国の武将など歴史上の人物の多くの墓石がまつられています。これは弘法大師の足下に眠れば極楽往生できるという信仰によるものだそうです。
武田信玄と勝頼の墓所。
e0164563_10525048.jpg

e0164563_10525978.jpg

e0164563_1053989.jpg

e0164563_10531964.jpg


大手企業の墓所も数多くあります。
足袋の福助(株)の墓所にはこんな石像が!
e0164563_10534427.jpg

by y-tukide | 2016-03-22 11:05 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 JR播但線 福崎

JR播但線は、兵庫県の姫路駅から兵庫県朝来市の和田山駅に至る地方鉄道です。沿線には戦国時代から近代にかけて有数の銀山であった「生野銀山」や「天空の城・日本のマチュピチュ」として大変人気の「竹田城」などがあります。
この日は、播但線の「福崎駅」で降り街を散策しました。
e0164563_13273537.jpg


福崎は日本民俗学を開拓し、確立した「遠野物語」で有名な「柳田國男」が生まれ、少年期を過ごしたところで、その生家も残されています。
町の中心部には「市川」という川が流れています。その川の淵に「駒ヶ岩」という岩があり、その淵で柳田國男が子供のころ、夏に着物を脱いでよく遊んだそうで、泳いでいると「ガタロ」(河童)が出て、子供の足を捕まえて引きずり込むという話をよく聞かされたそうです。
e0164563_13274619.jpg


柳田國男の生誕の地である「辻川」という地区には、「銀の馬車道」という道が走ります。
銀の馬車道は、明治の初め生野銀山と姫路の港の間の約49kmを結ぶ道として作られた馬車専用道路です。
e0164563_1327579.jpg


その道沿いに建つ造り酒屋。
e0164563_13281026.jpg


道を歩いていると古民家修理復元工事現場を発見。
兵庫県指定文化財の「大庄屋三木屋」の修理復元工事の現場でした。これは見てみたいと現場事務所を訪ね名刺を渡しお願いしたのですが、幸運にも見学を許していただきました。
e0164563_13282240.jpg


現在の工事は、平成23年から始まった「母屋」の工事で5年間かかり今年竣工するそうです。そして引き続き「離れ」の工事が3年計画で予定されています。
e0164563_1328352.jpg


1時間ほど見学させていただき、この工事を担当している大工棟梁の方とも話ができ勉強させていただきました。
e0164563_1328481.jpg

e0164563_13285659.jpg


この後、移築され保存されている柳田國男の生家を見学しました。
柳田國男は著書「故郷七十年」の中で「私の家は日本一小さい家だ」といい「実は、この家の小ささという運命から私の民俗学への志も源を発したと言ってもよいのである」と書いています。
e0164563_1329115.jpg


生家の近くに建つ柳田國男の像。
e0164563_13292236.jpg


時刻は昼、昼飯に福崎町特産の「もちむぎ」をいただくことにしました。
「もちむぎ」は、一般的な麺に使用される小麦より粘性があり、普通の小麦より「もちもち」した食感が味わえます。
確かに一見するとそばのようですが、食べるとコシのあるうどんのようです。
e0164563_13293370.jpg


食事の後、辻川界隈を散策し「神崎郡歴史民俗資料館」などを見学。
柳田國男が幼いころ、狛犬に乗って遊んだという「鈴の森神社」。
e0164563_13343022.jpg


池の水面から泡が立ちだし何かが現れてきました。何かと思いきや「ガタロ」河童です。
e0164563_13303842.jpg

e0164563_13304779.jpg


私は学問としての民俗学はよくわかりませんが、今や古民家をはじめ風俗や習慣・伝統など昔から培われ、伝承されてきた民族の遺産が近代化の流れの中で消えゆこうとしています。
建築を志す者として、世界に誇る日本の伝統的な木造建築文化を残し継承していくことの大切さを改めて感じました。
e0164563_1331482.jpg

by y-tukide | 2016-02-22 13:57 | 鉄道ブラ旅

鉄道ブラ旅 JR赤穂線 日生

朝日新聞の夕刊に連載されている「ぶらり舌まかせ」の1月20日付の記事「海のミルク あふれ出す」を読んで興味がわき、岡山県東端の備前市日生(ひなせ)町に行ってきました。
JR宇治駅を6:42に乗り京都駅へ、京都駅から新幹線で姫路に行き、在来線に乗り換え播州赤穂駅へと向かいます。播州赤穂駅からJR赤穂線に乗り換え「日生駅」に着いたのは9:21。
e0164563_10281652.jpg


日生は、瀬戸内海の潮の香りが漂う人口8,600人ほどの小さな漁師町です。この日のお目当ては夕刊記事で紹介されていたカキの入ったお好み焼き「カキオコ」です。
岡山県は広島・宮城に次ぐ全国3番目のカキの産地だとか。ここ日生では産地ならではの今が旬のカキを惜しげもなく入れたお好み焼きが味わえます。
駅に降り立ち昼にはまだ早いので町を散策しました。
e0164563_10282893.jpg


日生は、小豆島とフェリ―で結ぶ港でもあります。
e0164563_1028402.jpg


街の鮮魚店では、朝に上がったシャコ、ワタリガニなど瀬戸内の海の幸が並びます。
e0164563_10285116.jpg


「五味の市」というところでは、カキが販売されています。
日生カキの特徴は、1年間のサイクルで養殖することです。他産地では出荷するまでに2~3年かかりますが、旬の時期に旬の味を楽しめるように、限られた時期だけ生産し、小ぶりですがこだわりの美味しい日生カキが提供されます。
e0164563_10291489.jpg


好きな素材を選びバーベキューできる店もあります。
e0164563_10293526.jpg


たまたま見つけたカキ養殖いかだ造りの現場。
丸太と竹を番線でくくり、浮き輪をつけて完成です。
e0164563_10294870.jpg


日生には、20店近くのお好み焼き店が港町独特の入り組んだ路地などにあり、いたるところに「カキオコ」のノボリが立っています。
「カキオコ」の由来は、朝日新聞夕刊の記事によると当時、お好み焼きといえば牛肉だったが、ある日カキ漁師が商売ものにならないカキを持ってきて「いれてくれ」と頼むようになった。2001年の暮れに、一人の県職員がカキ入り味に感動し、名物にすることを提案し研究会が出来、2年後に「カキオコ」と命名されたそうです。
e0164563_1030486.jpg


その記事に紹介された店に行くと、昼前なのに満席で順番待ち。
待っている間、隣の人に声をかけるとこのご夫婦は和歌山市から車で来られたそうで、あの記事を見て岡山に旅行に行く途中に立ち寄ったそうです。記事効果絶大なり!
e0164563_10301925.jpg


私は「カキオコ」「カキの鉄板焼き」と生ビールを注文しました。
e0164563_10303619.jpg


店は、田舎町によくある大衆的な小さなお好み焼き屋さん。
熟練のおかみさんの手早い仕事ぶりに、見入ってしまいます。
e0164563_1031157.jpg

e0164563_10311271.jpg


惜しげもなく盛られるカキ。
e0164563_10312456.jpg


ひっくり反しソースを塗って出来上がり、香ばしいソースの香りがたまりません。
e0164563_10313577.jpg


確かにうまかったのですが、寒い外で並んでいる人たちが気になって、ゆっくり味わいながら食べられなかったのがちょっと残念でした。
e0164563_10315190.jpg

by y-tukide | 2016-02-01 10:50 | 鉄道ブラ旅