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カテゴリ:仕事色々( 50 )

(旧)枚方宿の町家再生工事

今月から、大型の町家の再生工事が始まります。着工前に記録として残しておくために現況写真を撮らせていただきましたので一部紹介させていただきます。

この建物は、大阪府枚方市を走る「京街道」の(旧)枚方宿に建ちます。

「京街道」は、江戸時代、京都の伏見と大阪の高麗橋へとつながる淀川左岸を走る街道で、京都と江戸を結ぶ東海道五十三次から「伏見宿」・「淀宿」・「枚方宿」・「守口」と続く古道です。

その京街道と並行して流れる淀川には「三十石舟」が往来し、京都と大阪の中間にあたる「枚方宿」は、特に旅籠や船宿が多く大層賑わったそうです。

その旧枚方宿には、今も当時の面影が残る建物が多くはないですが点在しています。

今回再生工事をさせていただく町家は枚方宿の中でも蔵を含むと間口が10間半(約20m)と最も大きく、「表屋造り」と言われる建物形式の町家です。

京街道沿いに建つ今回工事をさせていただく「表屋造り」の町家。

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この建物は、明治の中期から後期に建てられたと推測され、三つの「出格子」と「虫籠窓(むしこまど)」が連なるファサードは当時のままの形状と思われます。

「表屋造り」とは、通りに面して「ミセ棟」がありその裏手に「居住棟」がある大型の町家です。

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ミセ棟の玄関横に掲げられた当家の説明書きによると、

≪木南喜衛門家 屋号「田葉粉屋」 

木南家は楠木一族の後裔と考えられ、江戸時代初期から庄屋と問屋役人を兼ねていた。幕末期には農業経営を発展させ金融業も営んでいた。また「くらわん舟」の茶舟鑑札を所持し、宿駅と村の運営に大きな影響を行使した≫と記されています。

楠木正成が「湊川の戦い」で九州から東上してきた足利尊氏の軍を迎え撃ち敗れたのは南北朝の時代、682年前の話です。その子孫が「楠木」の名を世に忍び「木」と「南」に分け「木南(きなみ)」と名乗り現在まで続いてきたとはすごい話です。

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ミセ棟の玄関を入ると「ミセニワ」があり、その奥の居住棟との間に「中庭」があります。

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ミセニワに飾られた江戸時代の「籠(かご)」と「龍吐水(りゅうどすい)」。

龍吐水は、江戸から明治時代に使われた消火器具、手押しポンプです。安政二年(1855年)と記されています。

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ミセ棟は、ミセニワから「ミセ」「奥ミセ」と続きます。

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ミセ棟と居住棟の間にある「中庭」。

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中庭には、貴人用の「ゲンカン」が設けられています。

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ゲンカンから「ナカノマ」「ブツマ」と続きます。

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ブツマの続きにある「ザシキ」。

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時代を感じさせる見事な襖絵があるのですが、これをどのような形で残すか悩みどころです。

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梁表しの「大和天井」の家人が食事をする場所であった「ダイドコ」。

ここに置かれている「水屋」も再利用します。

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30畳以上あるカマドのある広い「ニワ」。

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天井は吹き抜けていて棟方向に「地棟」が架かり、その下に梁背が2尺(約60cm)の梁で受けた「煙返し」が見事です。

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広大な敷地の北側には二つの蔵があるのですが、今年の618日に発生した震度6弱の大阪北部地震と94日に近畿に襲来した台風21号の影響で壁の一部が落ち無残な姿になりました。修復は可能なのですが当然多額の費用も発生することもあり、お施主様にとっては悩ましいことです。

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この蔵は現在、十分に活用されていません。

また今回の改修工事は、住み継ぐための居住棟が中心の改修で、改修後ミセ棟と蔵が有効に活用されることをお施主様も願っておられます。実はミセ棟の「ミセの間」は依然、児童図書室として地域の子供たちに開放されていました。

「建物」は活用されて初めて値打ちが出ます。

改修し建物が生き返り、快適な居住空間としてまたこの建物ならではの味を活かし活用され、永く地域の風景として残り続けることを願い再生工事を行いたいと思います。

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by y-tukide | 2018-10-15 12:00 | 仕事色々

(仮称)みんなのき三室戸こども園茶室

宇治橋の東づめに建つ元米屋さんの店舗内に、六畳広間と四畳半小間の茶室がこの度完成しました。
完成写真を撮らせていただきましたので掲載させていただきます。

この茶室は、社会福祉法人「宇治福祉園」様から依頼された工事です。宇治福祉園の「みんなのき三室戸こども園」では、和紙作り・稲作り・草木染・お茶会など子供たちに「本物」の体験を通じて豊かな感性と本物の魅力を知るといった教育をされています。

今回の茶室も、ちゃんとした茶室で子供や父兄が気兼ねなくお茶を楽しめるように、また茶の町宇治でいろんな人達がお茶を楽しめるようにと企画されたものです。

宇治川に架かる宇治橋。

茶室はこの橋を渡ったところにあります。

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工事前の米屋さんの現場発泡の断熱材で包まれた冷蔵庫。

この中に茶室をつくりました。

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今回の工事は、私とツキデ工務店で最も古いベテラン大工が中心に、本間物の良質な材料と伝統的な技で、建具・表具・左官屋など様ざまな職人達と仕上げた仕事です。

そしてあの冷蔵庫がこんなに変わりました。

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六畳間の「床の間」は、前に袖壁をつけた「ふくろ床」。

床柱は皮付きの赤松、地板と床脇の前板や地袋の天板は、松の赤身の「肥松(こえまつ)」、袖壁の方立は「スス竹」、これらは古材を再利用しています。

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袖壁の「下地窓」は、在庫があった「女竹(めだけ)」を使い大工がつるで編んでくれました。

床の地板の「蹴込み」には「ゴマ竹」を用いています。

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六畳間の続きの2尺ほど(約600mm)の部分は吉野桧の板張りとし、その上に垂れ壁を設け格子を付けその中にエアコンを仕込みました。垂れ壁の壁止まりは桧の「さび丸太」、天井は「柿渋紙」を「袋張り」し、廻り縁にはここでも「女竹(めだけ)」使用しています。

また壁の真ん中に「ゴマ竹」を立てました。

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この面の壁には実は窓がないのですが窓に見せかけ障子を入れました。障子の戸当たりに「スス竹」を用いています。

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四畳半の茶室の床柱は「北山杉」の丸太、床框はカシュウ塗で「畳床」としました。

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「茶道口」は幅2尺1寸(636mm)、高さは5尺2寸(1575mm)。

その他の建具は5尺8寸(1760mm)です。


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赤杉を使った腰付障子の「竪桟(たてざん)」の「見つけ」は7分(21mm)、「見込み」は9分(30mm)、「組子」の「見つけ」は2分(6mm)と細く繊細な「京建具」です。

障子紙は手漉きの「美濃和紙」を使用しています。

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襖は、京都の綾部の黒谷で漉かれた地元の「黒谷和紙」で仕上げました。

「地袋」の襖は「京唐紙」です。

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4畳半の茶室の隣接する踏込に「柿渋紙」張りの襖を吊った「水屋」を設けました。

ただ給排水設備がとれず茶道具入れとして使っていただけるかも。

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杉の「面皮柱」と「床柱」は京都の北山杉、造作で使った「赤杉」は吉野杉。

良材を産する京都北山や奈良吉野の山は、建築を志す者にとって宝の山、その山が近くにあることは本当にありがたいことです。

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この茶室がどのように活用されていくのかこれから楽しみです。

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by y-tukide | 2018-09-30 09:53 | 仕事色々

淀の原町 2階リビングの家

淀川沿いの静かな住宅地に、ご夫婦が暮らす26坪と小さいながらも、広く暮らせる家が完成しました。

1階には寝室と水回りと充分な収納スペースを設け、2階へと続く階段は、心地よく上り下りが出来るよう良質な天然ウールのじゅうたんを使用しました。

2階に設けたLDK25帖のワンフロアで、将来個室や家事室として区切ることができます。

リビングの床はカエデのフローリング張り、吹抜け天井は吉野杉を張り、壁は手入れが容易なドイツしっくい塗りで仕上げた自然素材をふんだんに使った健康的な家です。

また、冬2階の蓄熱暖房器具によって暖められた空気を1階へ循環する仕組みを取り入れ、全館暖房を可能にしました。

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玄関横にベンチを設けました。

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玄関前の植栽が、道路からの目線を遮ってくれます。

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玄関ホールの下駄箱と玄関収納。

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1階に設けた水回りと収納。

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1階の寝室。床は40mmの吉野杉の厚板の一発張りです。

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玄関横に設けた2階へと続くゆるやかな階段。心地よく上り下りが出来るよう良質な天然ウールのじゅうたんを使用しています。

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2階の25畳のLDK。南側には広々としたベランダがあります。

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将来、子供室として仕切ることができます。

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造り付けのキッチンと収納。

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キッチンの勝手口はベランダと繋がります。

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キッチン横のユーティリティースペース。家事カウンターも設けました。

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この家がどのように住み継がれていくか楽しみです。

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夏空の元、雄大な姿の淀川。

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by y-tukide | 2018-08-06 13:07 | 仕事色々

交野市私部の古民家再生

この建物は、大阪府交野市の私部(きさべ)という所に建つ築130年の古民家です。

2016年の秋に相談を受け、調査・実施設計を行い、2017年の8月から伝統構法で再生工事をはじめ、20182月に建物本体工事が完成、その後庭の工事も終えたので完成写真を撮らせていただきました。

敷地内には、「つし」2階の主屋を中心に長屋門と二つの蔵がある立派な建物です。

そんな大きなお屋敷にお祖母さんがお一人でお住まいだったのですが、この度息子さん夫婦とお子さん二人が住む、二世帯住宅として生まれ変わりました。

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建物は、南側の玄関と「通りにわ」を挟み、東側に応接間(元は納戸)、西側に庭に向かい三つの和室がつながり、「奥の間」が床の間がある座敷、「中の間」は仏間だったのですが、その「中の間」の縁側部には元は客人用の玄関がありました。

今回の計画では、その縁側部に玄関を新たに設け、玄関を入って「中の間」その左側に「奥座敷」、正面から左手奥をお祖母さんの生活ゾーン、右側を息子さん家族のゾーンとしました。

新たに設けた玄関。

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「中の間」左側に「奥座敷」が続きます。

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130年の石場建て(石の上に柱がのる)の伝統構法の建物ですが、それぞれの柱のレベルもタチもさほど悪くなかったのですが、唯一床の間の壁一列が60mmほど下がっていました。原因は多分、壁裏の細井路地に下水管が敷設された際に石垣ごと下がったのではと思われます。

そのためにその部分にベタ基礎を打ち、ジャッキアップして60mmほどあげました。

そして床脇を仏間としました。

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南側の元の家人用玄関と玄関横の座敷は、庭に面し明るいので息子さん家族のダイニングと居間にしました。

構造的に重要な「差し鴨居」と梁表しの「大和天井」はそのまま活かしています。

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また古い建具も傷んだところを直しできるだけ再利用しています。

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こちらはお祖母さんの居住空間。

キッチン・風呂洗面・トイレの水回りも別に設けています。

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ダイニングキッチンが北側にあるのですが、一部減築した東側に広いウッドデッキの物干し場を設けたので掃出し窓から十分な採光が得られます。

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ここでも古い建具をふんだんに再利用しました。

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以前の庭の樹木中に埋もれていた三体の小さなお地蔵さん、新たに庭の西端に祀られ、花が供えられていました。

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―追記―

この建物がある私部の集落内には、狭い道に面して立派な民家が密集して建っています。

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その中でも際立った建物が国の重要文化財に指定されている「北田家住宅」です。

広大な敷地に元茅葺の「主屋」を中心にいくつかの「離れ」「蔵」が建ちます。極め付きは大名屋敷のような「長屋門」です。桁行が55.8mもあり、民家のものとしては日本一だそうです。

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北田家は、系譜をたどる、南北朝時代に南朝方に仕えた武将である北畠顕家につながり、南朝没落後、足利家の世となったのを機に民間に下り、その性をはばかって「北畠」の白を除き「北田」と称したと言われています。

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by y-tukide | 2018-07-31 09:33 | 仕事色々

こども園園舎新築工事 建て方

ツキデ工務店は、宇治にある社会福祉法人宇治福祉園「みんなのき黄檗こども園」の園舎新築工事をさせていただいています。

5月末から弊社の作業場で大工が手刻みをはじめ、627日にちょっと見られない加工風景を園児たちに是非見せたいと、理事長先生と園長先生に相談し「刻み見学」を実施しました。そしてようやく718日から3日間かけ「建て方」を行いました。

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柱の100mmの「長ほぞ」に15mmのカシの木の「込栓」を打ち込み引き固めます。

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この継手は「追掛け大栓(おっかけだいせん)継」といい、継手の中でも最も曲げ・引っ張りに強い優れた継手です。

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この建物の構造的な特徴の一つは、ケヤキ・栗・桧・杉4樹種の210m~240m角の太い柱を14本使っていることです。そのうちのケヤキと栗は、手持ちの材を使わせていただきました。

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もう一つの構造的な特徴は、桧の丸太を用いていることです。

2階の6mほどの丸太の梁に4mほどの桧の丸太を架け「台持ち継」という手法で継いでいます。そしてその上に「束」をたて「棟木」がのります。

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2階の床は、梁に幅20mm、深さ15mmの溝をつき、そこに20mm×30mmの堅木のダボを流し込み、その上に幅20mm、深さ15mmの溝をついた40mmの杉の厚板を落とし込みビスで締め、ビス穴はダボで埋めるという手法で、1階の天井仕上げと兼ねています。

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この建物が建つ敷地は、以前は竹藪でした。その竹を伐採するとカエデの高木が現れ、切るには忍びないと残すことに。ちょうどベランダがのる下屋の中に取り込み、建物の一部となりました。

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この建て方の三日間は、連日38度を超える猛暑だったのですが、日中この木が木陰をつくってくれました。

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棟も上がり、酷暑の中無事上棟式をむかえることができました。

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完成が楽しみです。

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by y-tukide | 2018-07-23 14:15 | 仕事色々

築約百年の古民家 移築工事―その2―

三重県の最南端の「鵜殿(うどの)」という日本一小さな村(現在は紀宝町)に建つ築約百年の古民家移築工事、いよいよ本体の解体工事が始まります。


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解体を前にこの日は建物の実測を行いました。

私とお施主さんは前泊し現場に行ったのですが、スタッフの設計3名・現場監督1名・作業員1名は、早朝から車を走らせ3時間半ほどかけて現場に到着しました。

設計スタッフは、手分けし間取りの実測と横架材の高さ調査そして建具の実測作業です。

古民家で使われている柱は、一本一本樹種や寸法が違う場合が多いので、全ての柱の寸法も測る必要があります。

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建具も再利用しますので寸法を測り番号を付けます。そしてトラックに積み込みツキデ工務店の倉庫に持って帰ります。

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そしていよいよ本体の解体作業が始まりました。

この日は、再利用するための屋根瓦を下す作業です。京都から瓦屋さんが来てくれました。

彼らはツキデ工務店が用意した宿で泊まり、数日かけて作業をしてくれます。下した瓦は、今度新たに建てる京都の現場に運びます。そして現場で検品し再利用します。

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桟瓦には「山」と「谷」があります。一般的な桟瓦の「山」は正面から見て左側なのですが、この瓦は右側が山です。ここは海が近く台風のメッカでもあります。この屋根面に向かって左側の海側から吹く強い風が、抵抗が少なく流れることで瓦がめくれないように工夫されたものかと思われます。

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そして次は、大工と手伝い(てったい)さんの仕事です。見習いを含む大工4人・手伝いさん2人・現場監督が1週間ほど泊まり込み解体=解いて(ほどいて)行きます。

屋根下地の杉皮と外壁をめくり、土壁を落としスケルトンの状態にしていきます。

全て手作業です。

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土壁を落とすのに「レシプロソー」という木材はもとより金属も切れる万能のこぎりがあり、土壁の貫(ぬき)や竹を切り、壁一面ごと切り落とします。

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座敷の竿縁(さおぶち)天井もめくり再利用します。

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松の敷居も溝をつき直し再利用します。敷居の中には、既に裏表両面溝をついたものもありました。以前の建物の敷居を再利用したものです。

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畳下地に使われていた松の板は、二間(約4m)もので「木表(きおもて)」が仕上げられ薄黒くやけていました。

多分この板も以前の建物の「板の間」に使われていたものと思われます。

この板は壁の腰板、家具の面材や建具に使えそうです。

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主要な柱と柱を繋ぐ「足固め」や「大引き」には太い丸太の古材が使われ、「根太」も寸法がまちまちな古材が使われていました。これは古民家では一般的なことです。

現在は、ビルド&スクラップの使い捨てが当り前の時代ですが、一昔前まではこのように「もの」が大切にされていました。古民家再生の仕事をしていると「ものの価値」について教えられることが多々あります。

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スケルトン状態になった柱・束、母屋・梁・桁に位置がわかるように大工が「番付」し、高さ関係がわかるように基準となる墨を打ちます。

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この作業は、解いた(ほどいた)材を組み直すのに、担当する大工にとって最も大事な仕事です。まったく元の状態に戻すのではなく一部間取りが変わる箇所や見せ方が変わる箇所があるので、大工と納め方を相談します。

また今回もっともややこしい個所は、皆で知恵を出し合い仕事のイメージをしていきます。

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「釘仕舞(くぎじまい)」。

解いて再利用する材の釘を抜いて整理します。

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そしていよいよ構造材を解いていくのですが、建物が傾いていると解いていくのにこじるので傾きを直し「仮筋違(かりすじかい)」で固めます。

そして横架材をレッカー車で一本一本吊り解いて行きます。

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仕口は、「込栓(こみせん)」「車知栓(しゃちせん)」「鼻栓(はなせん)」の伝統構法で引き固めていますのでその栓を抜けば簡単に解けます。改めて日本の伝統的木造建築はよくできていることに感心させられます。

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順調に作業が進み最後のグリッドを残すのみ。

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そして無事解くことができました。

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最終日、ユニック付の3トントラックを2台チャーターし、解いた材料を積み込み作業場へと運びました。

移築の地である京都での工事は8月から始まります。

再び生まれ変わるこの建物、工事が始まるのが楽しみです。

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by y-tukide | 2018-03-20 10:25 | 仕事色々

築約百年の古民家 移築工事―その1―

あるお客様から、先祖伝来の土地建物が、道路建設のために買収され壊されることになったのだが、何とか自分が生まれ育った家を残したいと依頼を受け、京都右京区に所有されている土地に移築する計画を進めています。

その建物がある場所は、三重県の最南端の「鵜殿(うどの)」という村で、熊野川の河口左岸に位置し広さ29平方キロの“日本一小さい村”です。

鵜殿は、熊野川や熊野灘の地理的条件と、この地の土豪である鵜殿氏などによって熊野信仰や熊野水軍とも深くつながる歴史ある村です。

建物は、長らく空き家であったためかなり荒れた状態で、広い敷地も草木が茂り放題の状態でした。

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この辺りは台風のメッカであることからか、敷地のまわりに石垣が積まれています。

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今回の移築工事は、地元の建設業者さんと協働で行います。地元の業者さんが外構や付属建物など建物本体以外の部分を事前に解体整地し、ツキデ工務店が建物本体を解体します。

10日間ほど泊りがけでこちらから瓦・大工・大工手元職人が行き、移築し再利用する瓦・木材・建具等を解体し搬出します。

現場打合せに行ったこの日には、地元の業者さんが周辺の樹木を伐採し整地し、建物のみが残されていました。ここからがツキデ工務店の仕事です。

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鵜殿の熊野川対岸は、和歌山県の「新宮市」です。ここには「熊野三山(熊野本宮大社・熊野速水大社・熊野那智大社)」の一社である「熊野速水大社」があります。

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この地方の豊かな自然や風土は、早くから中央にも知られ古代数々の熊野神話が生まれ、奈良時代から平安時代にかけて、山岳修行者の舞台となり霊験あらたかな地です。

平安中期以降、いわゆる熊野行幸で熊野三山の信仰が盛んになり、その後「蟻の熊野詣」と言われるほど庶民の参詣でにぎわい、その参詣道である「熊野古道」が有名です。

そして熊野三山のその自然と文化が人類共通の財産と認められ、平成16年ユネスコの世界遺産に登録されました。

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かって交通の大動脈であった熊野川の河川敷には、江戸時代から昭和にかけて「川原家」と呼ばれる簡易な商家が軒を並べ、全盛期には二百数十軒連ねていたそうです。

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この建物は、洪水が多い熊野川において大水になると、そのつど家をたたんで高い所に引き上げ、水が引くと元の場所に立て直すことができる組立簡単な現在のプレハブの住宅の原型のような建物です。

これは川原家を再現した店です。

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新宮は、熊野速玉大社の門前町であり、熊野修験道の宿場町として発展し、さらに古くから木材・木炭を集散する経済都市でもあります。

そして新宮は、関ケ原の合戦後、浅野家によって築かれた新宮城がある城下町でもあります。

明治の廃藩置県により廃城となり、今は石垣のみが残ります。

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城から見る新宮の町と熊野川。


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自宅から鵜殿までは車で4時間程。もちろん日帰りも可能なのですがせっかく南紀まで来ているので、この日は現場から20分程の勝浦に。ここで温泉宿に泊まり夜は寿司。

勝浦と言えばマグロの水揚げが日本一のマグロの町ですが、もう一つ隣のクジラの町「太地」に近いことから新鮮なクジラがいただけます。

初めていただいたクジラの腹の部分であるウネスのにぎり。

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珍味、クジラの臓器。

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翌朝、7時から始まるマグロの競り市を見に漁港に行ったのですがこの日は残念ながら市は休みでした。

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帰り、熊野川をさかのぼり熊野本宮大社を参詣し、十津川村を通り五條市に出、自宅への路を行きました。

神が宿る熊野の山間を流れる雄大な熊野川。

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途中見かけた切り立つ岩壁から豪快に流れ落ちる滝。

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何十年ぶりかに訪れた熊野本宮大社。

世界遺産になってからか目新しい建物が増え、以前訪れた時はそうでもなかったのに多くの観光客が訪れていました。

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そして日本一広くて長い村「十津川村」に入ったのも何十年ぶり。

新しくトンネルやバイパスが整備され、7年前の台風12号の災害復興のためかあちらこちらで工事が行われていました。

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十津川村は私が学生時代、宇治の自宅から自転車で丸一日かけて来たなつかしい場所です。当時は未舗装の路もあったように記憶しています。

今回の移築工事で何度か現場に行くことになりますが、またこの道を走る機会があるかと思うと楽しみです。


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by y-tukide | 2018-02-19 13:12 | 仕事色々

「吉野の製材所さんとの協働の家」 完成写真

ツキデ工務店に吉野材を供給して頂いている吉野の製材所である「吉野中央木材」の専務さんの家が完成しました。自社製材の吉野杉・桧をふんだんに使い、製材所さんと協働し熟練の大工・職人たちと造った家です。

この建物は、もちろん専務さん家族が快適に住まう家であるわけですが、それと共に吉野の杉・桧の使われ方を見ていただき、材の特徴と素晴らしさを広く知っていただくことも目的の一つです。

見学会の翌日、完成写真を撮りに行ったのですが、寒波の影響で朝は雪。

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玄関ホール前の坪庭の蹲(つくばい)の水も凍っていました。

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完成写真をHPに掲載しましたのでご覧になってください。

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by y-tukide | 2018-02-13 10:08 | 仕事色々

忍阪の古民家再生

この建物は、奈良桜井市忍阪(おっさか)という所に建つ築64年の伝統工法の古民家で、玄関・「通りにわ」から西側の間取りが、「田の字型」四間取りの大和地方の典型的な農家建築です。

これらの建物の特徴は、日当たりのいい南側の家で一番いい場所に主に客人用の「座敷」と「次の間」があり、家人は北側の暗くて寒い場所に「寝間」と「居間・台所」がある造りです。また風呂や便所も外にあるのも特徴の一つです。

今回の改修の目的は、座敷や次の間の位置はそのままで、家人が集う居間や食堂を日当たりのいい東側・南側に配し、洗面・風呂・便所も母屋内に設け、断熱性能を高め、快適で使いやすい間取りにすることです。

また筋違などを使わない伝統工法で耐震性能の向上も目的の一つです。

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ササラ表しの「大和天井」だった玄関を上品な玄関にしてほしいとの奥さんのご要望で、天井は杉の幅広の目透し天井とし、正面の収納部に「京唐紙」張りの襖を設けました。

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建築当初「おくどさん」があった土間は、天井高をとるために「煙返し」の梁を上げて新たに床を張り、天井は一部吹き抜けにし、東側に新たに大開口と庭、ウッドデッキを設けました。

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玄関から座敷へとつながる「次の間」。

天井は、現状の「大和天井」。鴨居は、構造的に重要な松の「差し鴨居」が回っています。

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このような建物の座敷にエアコンを設置する場合、内機を目立たなくつけるのが難しいのですが、今回は「脇床」の天袋・違い棚をとりそこに仏壇を置き、その横に地袋を設け格子の中に床置き式のエアコンを設置しました。

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座敷と次の間の南側にある縁側。

既存の建具はそのまま利用、断熱を施し床の板張りを畳敷きに変えました。

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座敷に隣接する「ねま=寝室」。

畳だった床を板張りにし、既存の襖を利用して収納家具を新設し、もと押入れだった位置に「つし2階」への階段をつけ、その下にご主人の書斎コーナーを設けました。

また耐震性能を高めるために新たに地松の「差し鴨居」入れました。

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「ねま」の北側の「離れ」につながる廊下兼縁側。

裏の斜面の緑がきれいです。

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以前、日があたらない北側の居間だったところに洗面・風呂・トイレを設けました。

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居間の東側の新しい庭は、以前風呂場があった棟を減築し造ったものです。

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このお宅のすぐ近くには、八角形をした我が国最初の「八角墳」である飛鳥時代の「舒明(じょめい)天皇」の御陵があります。

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また、神武天皇東征とき東の大宇陀から半坂峠を越え通ったといわれる「忍坂街道」が走っています。

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日本書紀にも地名が記された歴史ある、秋雨の忍阪集落。

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by y-tukide | 2017-11-27 11:55 | 仕事色々

光雲寺「看月亭」再生工事

「看月亭」は、南禅寺の境外塔頭である光雲寺の境内に建つ数寄屋造りの庵です。

築年数は不詳なのですが、今年の6月から伝統工法で改修させていただきました。

そしてこの度、京都らしいこだわりの宿を多数展開されている「(株)葵ホテル&リゾート」さんが、運営される新たな滞在型の宿「看月亭」として生まれ変わりました。

先週のブログで、竣工を祝って模様された「月看の宴」を紹介させていただきましたが、今回は、完成写真を一部紹介させていただきます。

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看月亭は、七代目小川治兵衛の作庭による東山を借景にした池泉回遊式庭園の中にたたずみます。

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岩間から池に流れ込む水は、「哲学の道」の側を流れる琵琶湖疏水の水が取り入れられています。

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庭も今回、手を入れられ庭にとけこむ一層素晴らしい宿となりました。

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今回の改修の方針として、すべてを新しくするのではなく、現状建物のたたずまい、永い時間が経たなければ生まれない建物の風合いをできるだけ活かしながら、快適な「宿」としての機能を満たすこと、そして何よりも庭との一体感を損ねないように心がけました。

泊まり客が集いくつろぐ八畳の書院造りの座敷からの眺め。

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書院には「火灯窓」があります。

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床脇に「地袋」があったのですが、そこにエアコンを仕込み前に格子を入れました。

また畳の下には床暖房が設置されています。外国人客は寒さをとても嫌がるそうです。

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座敷の隣にある「三畳台目」の茶室。

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座敷と茶室の前にある庭へとつながる敷き瓦風の土間。

以前は土間に半間幅の腰板付ガラス戸が14枚はめられていたのですが、今回は大きなガラス戸中心に7枚にし、庭との繋がりを大切にしました。

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北山杉の「海布丸太」、「木舞」、「女竹」で組み、「くろべ」の天井板を張った土間の天井と軒、今回その軒先が銅板屋根から水が回り朽ちていたのですが、今回担当した大工の青山棟梁が朽ちた軒先だけを切り取りうまく継ぎ納めてくれました。

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既存の磨き丸太を活かしながら新たに床の間を設けた寝室。

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一棟借し滞在型の宿などでキッチンを設けています。

この場所は茶室の「水屋」があった所です。

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既存の「竿ぶち天井」やガラス戸を活かした洗面・脱衣室。

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床と腰は御影石張り、壁・天井は水に強い吉野桧の赤身で仕上げました。

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入り口が赤杉の「縦舞良戸」のトイレ。

以前のトイレは便器が大・小に分かれていたので間仕切りの小壁がありそれを撤去したことで土壁の下地の「貫穴」、親竹の「エツリ」跡が柱に残ります。そこでその個所を「ゴマ竹」をあてて隠し、また鴨居の穴は「埋め木」をし、あえて新しい柱に取り替えませんでした。

改修の後が残ることでこの建物の歴史を感じてもらえたらいいとの思いからです。

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トイレの外に設けた手洗いは、オーナーさん支給で清水焼きの清水六兵衛作陶の高価な焼き物を使わせていただきました。

壁には、水はねで塗り壁が傷まないように漆を塗った「美濃和紙」を貼っています。

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2階の小屋裏部屋。

小屋梁を表しにし、壁・天井は漆喰で仕上げています。

天井の低いことで落ち着き、またここからの眺めが実にいいです。

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ここにも遮光用の襖を仕込んでいます。

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葵ホテル&リゾートのオーナーさんは、骨とう品や陶器などがお好きで多くの逸品を収集され所有されています。そしてこの部屋にも収集品の中から惜しげもなく李朝の家具が飾られています。

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既存の船底天井、建具、下地窓などを活かした玄関。

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「看月亭」は、11月からオープンします。6名様まで宿泊可能です。

京都にお越しのおりは是非一度お泊りになってください。

ご満足いただけるここと思います。

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by y-tukide | 2017-10-16 14:42 | 仕事色々