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カテゴリ:仕事色々( 45 )

築約百年の古民家 移築工事―その2―

三重県の最南端の「鵜殿(うどの)」という日本一小さな村(現在は紀宝町)に建つ築約百年の古民家移築工事、いよいよ本体の解体工事が始まります。


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解体を前にこの日は建物の実測を行いました。

私とお施主さんは前泊し現場に行ったのですが、スタッフの設計3名・現場監督1名・作業員1名は、早朝から車を走らせ3時間半ほどかけて現場に到着しました。

設計スタッフは、手分けし間取りの実測と横架材の高さ調査そして建具の実測作業です。

古民家で使われている柱は、一本一本樹種や寸法が違う場合が多いので、全ての柱の寸法も測る必要があります。

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建具も再利用しますので寸法を測り番号を付けます。そしてトラックに積み込みツキデ工務店の倉庫に持って帰ります。

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そしていよいよ本体の解体作業が始まりました。

この日は、再利用するための屋根瓦を下す作業です。京都から瓦屋さんが来てくれました。

彼らはツキデ工務店が用意した宿で泊まり、数日かけて作業をしてくれます。下した瓦は、今度新たに建てる京都の現場に運びます。そして現場で検品し再利用します。

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桟瓦には「山」と「谷」があります。一般的な桟瓦の「山」は正面から見て左側なのですが、この瓦は右側が山です。ここは海が近く台風のメッカでもあります。この屋根面に向かって左側の海側から吹く強い風が、抵抗が少なく流れることで瓦がめくれないように工夫されたものかと思われます。

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そして次は、大工と手伝い(てったい)さんの仕事です。見習いを含む大工4人・手伝いさん2人・現場監督が1週間ほど泊まり込み解体=解いて(ほどいて)行きます。

屋根下地の杉皮と外壁をめくり、土壁を落としスケルトンの状態にしていきます。

全て手作業です。

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土壁を落とすのに「レシプロソー」という木材はもとより金属も切れる万能のこぎりがあり、土壁の貫(ぬき)や竹を切り、壁一面ごと切り落とします。

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座敷の竿縁(さおぶち)天井もめくり再利用します。

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松の敷居も溝をつき直し再利用します。敷居の中には、既に裏表両面溝をついたものもありました。以前の建物の敷居を再利用したものです。

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畳下地に使われていた松の板は、二間(約4m)もので「木表(きおもて)」が仕上げられ薄黒くやけていました。

多分この板も以前の建物の「板の間」に使われていたものと思われます。

この板は壁の腰板、家具の面材や建具に使えそうです。

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主要な柱と柱を繋ぐ「足固め」や「大引き」には太い丸太の古材が使われ、「根太」も寸法がまちまちな古材が使われていました。これは古民家では一般的なことです。

現在は、ビルド&スクラップの使い捨てが当り前の時代ですが、一昔前まではこのように「もの」が大切にされていました。古民家再生の仕事をしていると「ものの価値」について教えられることが多々あります。

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スケルトン状態になった柱・束、母屋・梁・桁に位置がわかるように大工が「番付」し、高さ関係がわかるように基準となる墨を打ちます。

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この作業は、解いた(ほどいた)材を組み直すのに、担当する大工にとって最も大事な仕事です。まったく元の状態に戻すのではなく一部間取りが変わる箇所や見せ方が変わる箇所があるので、大工と納め方を相談します。

また今回もっともややこしい個所は、皆で知恵を出し合い仕事のイメージをしていきます。

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「釘仕舞(くぎじまい)」。

解いて再利用する材の釘を抜いて整理します。

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そしていよいよ構造材を解いていくのですが、建物が傾いていると解いていくのにこじるので傾きを直し「仮筋違(かりすじかい)」で固めます。

そして横架材をレッカー車で一本一本吊り解いて行きます。

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仕口は、「込栓(こみせん)」「車知栓(しゃちせん)」「鼻栓(はなせん)」の伝統構法で引き固めていますのでその栓を抜けば簡単に解けます。改めて日本の伝統的木造建築はよくできていることに感心させられます。

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順調に作業が進み最後のグリッドを残すのみ。

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そして無事解くことができました。

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最終日、ユニック付の3トントラックを2台チャーターし、解いた材料を積み込み作業場へと運びました。

移築の地である京都での工事は8月から始まります。

再び生まれ変わるこの建物、工事が始まるのが楽しみです。

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by y-tukide | 2018-03-20 10:25 | 仕事色々

築約百年の古民家 移築工事―その1―

あるお客様から、先祖伝来の土地建物が、道路建設のために買収され壊されることになったのだが、何とか自分が生まれ育った家を残したいと依頼を受け、京都右京区に所有されている土地に移築する計画を進めています。

その建物がある場所は、三重県の最南端の「鵜殿(うどの)」という村で、熊野川の河口左岸に位置し広さ29平方キロの“日本一小さい村”です。

鵜殿は、熊野川や熊野灘の地理的条件と、この地の土豪である鵜殿氏などによって熊野信仰や熊野水軍とも深くつながる歴史ある村です。

建物は、長らく空き家であったためかなり荒れた状態で、広い敷地も草木が茂り放題の状態でした。

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この辺りは台風のメッカであることからか、敷地のまわりに石垣が積まれています。

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今回の移築工事は、地元の建設業者さんと協働で行います。地元の業者さんが外構や付属建物など建物本体以外の部分を事前に解体整地し、ツキデ工務店が建物本体を解体します。

10日間ほど泊りがけでこちらから瓦・大工・大工手元職人が行き、移築し再利用する瓦・木材・建具等を解体し搬出します。

現場打合せに行ったこの日には、地元の業者さんが周辺の樹木を伐採し整地し、建物のみが残されていました。ここからがツキデ工務店の仕事です。

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鵜殿の熊野川対岸は、和歌山県の「新宮市」です。ここには「熊野三山(熊野本宮大社・熊野速水大社・熊野那智大社)」の一社である「熊野速水大社」があります。

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この地方の豊かな自然や風土は、早くから中央にも知られ古代数々の熊野神話が生まれ、奈良時代から平安時代にかけて、山岳修行者の舞台となり霊験あらたかな地です。

平安中期以降、いわゆる熊野行幸で熊野三山の信仰が盛んになり、その後「蟻の熊野詣」と言われるほど庶民の参詣でにぎわい、その参詣道である「熊野古道」が有名です。

そして熊野三山のその自然と文化が人類共通の財産と認められ、平成16年ユネスコの世界遺産に登録されました。

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かって交通の大動脈であった熊野川の河川敷には、江戸時代から昭和にかけて「川原家」と呼ばれる簡易な商家が軒を並べ、全盛期には二百数十軒連ねていたそうです。

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この建物は、洪水が多い熊野川において大水になると、そのつど家をたたんで高い所に引き上げ、水が引くと元の場所に立て直すことができる組立簡単な現在のプレハブの住宅の原型のような建物です。

これは川原家を再現した店です。

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新宮は、熊野速玉大社の門前町であり、熊野修験道の宿場町として発展し、さらに古くから木材・木炭を集散する経済都市でもあります。

そして新宮は、関ケ原の合戦後、浅野家によって築かれた新宮城がある城下町でもあります。

明治の廃藩置県により廃城となり、今は石垣のみが残ります。

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城から見る新宮の町と熊野川。


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自宅から鵜殿までは車で4時間程。もちろん日帰りも可能なのですがせっかく南紀まで来ているので、この日は現場から20分程の勝浦に。ここで温泉宿に泊まり夜は寿司。

勝浦と言えばマグロの水揚げが日本一のマグロの町ですが、もう一つ隣のクジラの町「太地」に近いことから新鮮なクジラがいただけます。

初めていただいたクジラの腹の部分であるウネスのにぎり。

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珍味、クジラの臓器。

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翌朝、7時から始まるマグロの競り市を見に漁港に行ったのですがこの日は残念ながら市は休みでした。

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帰り、熊野川をさかのぼり熊野本宮大社を参詣し、十津川村を通り五條市に出、自宅への路を行きました。

神が宿る熊野の山間を流れる雄大な熊野川。

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途中見かけた切り立つ岩壁から豪快に流れ落ちる滝。

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何十年ぶりかに訪れた熊野本宮大社。

世界遺産になってからか目新しい建物が増え、以前訪れた時はそうでもなかったのに多くの観光客が訪れていました。

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そして日本一広くて長い村「十津川村」に入ったのも何十年ぶり。

新しくトンネルやバイパスが整備され、7年前の台風12号の災害復興のためかあちらこちらで工事が行われていました。

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十津川村は私が学生時代、宇治の自宅から自転車で丸一日かけて来たなつかしい場所です。当時は未舗装の路もあったように記憶しています。

今回の移築工事で何度か現場に行くことになりますが、またこの道を走る機会があるかと思うと楽しみです。


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by y-tukide | 2018-02-19 13:12 | 仕事色々

「吉野の製材所さんとの協働の家」 完成写真

ツキデ工務店に吉野材を供給して頂いている吉野の製材所である「吉野中央木材」の専務さんの家が完成しました。自社製材の吉野杉・桧をふんだんに使い、製材所さんと協働し熟練の大工・職人たちと造った家です。

この建物は、もちろん専務さん家族が快適に住まう家であるわけですが、それと共に吉野の杉・桧の使われ方を見ていただき、材の特徴と素晴らしさを広く知っていただくことも目的の一つです。

見学会の翌日、完成写真を撮りに行ったのですが、寒波の影響で朝は雪。

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玄関ホール前の坪庭の蹲(つくばい)の水も凍っていました。

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完成写真をHPに掲載しましたのでご覧になってください。

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by y-tukide | 2018-02-13 10:08 | 仕事色々

忍阪の古民家再生

この建物は、奈良桜井市忍阪(おっさか)という所に建つ築64年の伝統工法の古民家で、玄関・「通りにわ」から西側の間取りが、「田の字型」四間取りの大和地方の典型的な農家建築です。

これらの建物の特徴は、日当たりのいい南側の家で一番いい場所に主に客人用の「座敷」と「次の間」があり、家人は北側の暗くて寒い場所に「寝間」と「居間・台所」がある造りです。また風呂や便所も外にあるのも特徴の一つです。

今回の改修の目的は、座敷や次の間の位置はそのままで、家人が集う居間や食堂を日当たりのいい東側・南側に配し、洗面・風呂・便所も母屋内に設け、断熱性能を高め、快適で使いやすい間取りにすることです。

また筋違などを使わない伝統工法で耐震性能の向上も目的の一つです。

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ササラ表しの「大和天井」だった玄関を上品な玄関にしてほしいとの奥さんのご要望で、天井は杉の幅広の目透し天井とし、正面の収納部に「京唐紙」張りの襖を設けました。

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建築当初「おくどさん」があった土間は、天井高をとるために「煙返し」の梁を上げて新たに床を張り、天井は一部吹き抜けにし、東側に新たに大開口と庭、ウッドデッキを設けました。

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玄関から座敷へとつながる「次の間」。

天井は、現状の「大和天井」。鴨居は、構造的に重要な松の「差し鴨居」が回っています。

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このような建物の座敷にエアコンを設置する場合、内機を目立たなくつけるのが難しいのですが、今回は「脇床」の天袋・違い棚をとりそこに仏壇を置き、その横に地袋を設け格子の中に床置き式のエアコンを設置しました。

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座敷と次の間の南側にある縁側。

既存の建具はそのまま利用、断熱を施し床の板張りを畳敷きに変えました。

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座敷に隣接する「ねま=寝室」。

畳だった床を板張りにし、既存の襖を利用して収納家具を新設し、もと押入れだった位置に「つし2階」への階段をつけ、その下にご主人の書斎コーナーを設けました。

また耐震性能を高めるために新たに地松の「差し鴨居」入れました。

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「ねま」の北側の「離れ」につながる廊下兼縁側。

裏の斜面の緑がきれいです。

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以前、日があたらない北側の居間だったところに洗面・風呂・トイレを設けました。

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居間の東側の新しい庭は、以前風呂場があった棟を減築し造ったものです。

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このお宅のすぐ近くには、八角形をした我が国最初の「八角墳」である飛鳥時代の「舒明(じょめい)天皇」の御陵があります。

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また、神武天皇東征とき東の大宇陀から半坂峠を越え通ったといわれる「忍坂街道」が走っています。

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日本書紀にも地名が記された歴史ある、秋雨の忍阪集落。

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by y-tukide | 2017-11-27 11:55 | 仕事色々

光雲寺「看月亭」再生工事

「看月亭」は、南禅寺の境外塔頭である光雲寺の境内に建つ数寄屋造りの庵です。

築年数は不詳なのですが、今年の6月から伝統工法で改修させていただきました。

そしてこの度、京都らしいこだわりの宿を多数展開されている「(株)葵ホテル&リゾート」さんが、運営される新たな滞在型の宿「看月亭」として生まれ変わりました。

先週のブログで、竣工を祝って模様された「月看の宴」を紹介させていただきましたが、今回は、完成写真を一部紹介させていただきます。

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看月亭は、七代目小川治兵衛の作庭による東山を借景にした池泉回遊式庭園の中にたたずみます。

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岩間から池に流れ込む水は、「哲学の道」の側を流れる琵琶湖疏水の水が取り入れられています。

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庭も今回、手を入れられ庭にとけこむ一層素晴らしい宿となりました。

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今回の改修の方針として、すべてを新しくするのではなく、現状建物のたたずまい、永い時間が経たなければ生まれない建物の風合いをできるだけ活かしながら、快適な「宿」としての機能を満たすこと、そして何よりも庭との一体感を損ねないように心がけました。

泊まり客が集いくつろぐ八畳の書院造りの座敷からの眺め。

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書院には「火灯窓」があります。

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床脇に「地袋」があったのですが、そこにエアコンを仕込み前に格子を入れました。

また畳の下には床暖房が設置されています。外国人客は寒さをとても嫌がるそうです。

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座敷の隣にある「三畳台目」の茶室。

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座敷と茶室の前にある庭へとつながる敷き瓦風の土間。

以前は土間に半間幅の腰板付ガラス戸が14枚はめられていたのですが、今回は大きなガラス戸中心に7枚にし、庭との繋がりを大切にしました。

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北山杉の「海布丸太」、「木舞」、「女竹」で組み、「くろべ」の天井板を張った土間の天井と軒、今回その軒先が銅板屋根から水が回り朽ちていたのですが、今回担当した大工の青山棟梁が朽ちた軒先だけを切り取りうまく継ぎ納めてくれました。

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既存の磨き丸太を活かしながら新たに床の間を設けた寝室。

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一棟借し滞在型の宿などでキッチンを設けています。

この場所は茶室の「水屋」があった所です。

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既存の「竿ぶち天井」やガラス戸を活かした洗面・脱衣室。

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床と腰は御影石張り、壁・天井は水に強い吉野桧の赤身で仕上げました。

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入り口が赤杉の「縦舞良戸」のトイレ。

以前のトイレは便器が大・小に分かれていたので間仕切りの小壁がありそれを撤去したことで土壁の下地の「貫穴」、親竹の「エツリ」跡が柱に残ります。そこでその個所を「ゴマ竹」をあてて隠し、また鴨居の穴は「埋め木」をし、あえて新しい柱に取り替えませんでした。

改修の後が残ることでこの建物の歴史を感じてもらえたらいいとの思いからです。

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トイレの外に設けた手洗いは、オーナーさん支給で清水焼きの清水六兵衛作陶の高価な焼き物を使わせていただきました。

壁には、水はねで塗り壁が傷まないように漆を塗った「美濃和紙」を貼っています。

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2階の小屋裏部屋。

小屋梁を表しにし、壁・天井は漆喰で仕上げています。

天井の低いことで落ち着き、またここからの眺めが実にいいです。

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ここにも遮光用の襖を仕込んでいます。

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葵ホテル&リゾートのオーナーさんは、骨とう品や陶器などがお好きで多くの逸品を収集され所有されています。そしてこの部屋にも収集品の中から惜しげもなく李朝の家具が飾られています。

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既存の船底天井、建具、下地窓などを活かした玄関。

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「看月亭」は、11月からオープンします。6名様まで宿泊可能です。

京都にお越しのおりは是非一度お泊りになってください。

ご満足いただけるここと思います。

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by y-tukide | 2017-10-16 14:42 | 仕事色々

光雲寺「看月亭」改修工事

現在、ツキデ工務店は、南禅寺の境外塔頭(けいがいたっちゅう)である光雲寺の境内にある数寄屋建築「看月亭」の改修工事をさせていただいています。

光雲寺は、臨済宗南禅寺派に属し、南禅寺北ノ坊とも呼ばれ、もとは摂津国天王寺にあったそうです。開山は南禅寺開山大明国師によって1280年に開創されました。その後戦乱によって荒廃し、江戸時代初めの1664年に南禅寺第二百八十世英中禅師によって南禅寺の北の地に移し再興されました。

東山連峰の麓に建つ光雲寺。

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再興された当初は、五千三百坪の広大な敷地に七堂伽藍を完備したと伝えられています。現存する仏殿と明治天皇寄進の鐘楼とが当時をしのばせます。

また光雲寺は、徳川家康の孫、徳川二代将軍秀忠の娘である和子(まさこ)、のちに後水尾天皇の中宮となった「東福門院」の菩提寺でもあり、仏殿には東福門院像が祀られています。

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今回、改修工事をさせていただいています「看月亭」は境内の東、「哲学の道」に面する庭園の中にあります。

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看月亭には、書院造りの八畳の座敷と三畳台目(だいめ)の茶室があり、その前に東、南側に面して敷瓦敷きの土間があります。

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その土間の天井は、軒先から伸びる化粧垂木の磨き丸太、さび丸太、女竹(めだけ)、杉の木舞で組まれ、黒部(くろべ)の木の目にそって薄く割った「ヘぎ板」の天井板が張られています。

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ただ軒の銅板一文字葺の屋根が腐食し、そこから雨水が差し込み、軒の鼻先が腐った状態でした。

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今回の改修でこれをいかに利口に修理するかが最大の課題でした。

そして今回とった手法は、軒桁の先から丸太を切り取り、そこに新たな丸太をボルトでつなぐ方法です。

ただつなぐだけでは軒の荷重で垂れてしまうので、野垂木(のだるき)で軒先の広小舞(ひろこまい)をつり上げることにしました。

野垂木とは、化粧垂木の上の設けた屋根を葺くための本来の垂木のことです。

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こうして軒桁から朽ちた丸太を切り落とし、新たに丸太をつなぎ、女竹、杉の木舞を組みます。

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そして丸太の間に流した女竹とそれと直行する女竹、木舞を「つる」で結びます。

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「つる」を結ぶにも結び方があるのですが、ベテラン大工が若い大工に教えている様子がほのぼのしい限りです。

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この「つる」3mほどの長さで500円するのです。

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そしてその上から黒部(くろべ)のヘギ板を張ります。

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秋には完成の予定です。

完成すると宿泊施設として生まれ変わります。

完成が楽しみです。

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by y-tukide | 2017-07-19 09:32 | 仕事色々

炭焼き肉と京野菜の店「Nico」オープン

宇治市の宇治橋通り商店街を南に入ったNTT近くに、炭焼き肉と京野菜の店「Nico(ニコ)」が4月11日にめでたくオープンしました。

このお店は、オーナーの祖父が建てられた住宅をツキデ工務店が一部店舗として改修させていただいたレストランです。

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Nico」のオーナーは、福井市内の肉料理店で修業され、店長として働いてこられたのですが、地元の宇治に帰られ、この度オープンのはこびとなりました。

オーナーである娘さんとご家族の思いがいっぱい詰まったお店です。

玄関正面の壁は漆喰、軒や内・外壁の一部は杉、床・玄関ドアはチークなどの無垢材で仕上げました。

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造りかえた庭には、前を通る路地に面して以前からお地蔵さんが祀られています。

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庭に新たに植えた桜に似た花をつけた木は、アーモンドの木です。

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正面にはウッドデッキがあり、窓は木製建具で一部に木製格子を設けました。

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店内からは、前庭と共に裏庭の緑も楽しめます。

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カウンターは、6070㎝幅のタモの一枚ものを使い、テーブルの天板には、松の梁材を加工し作りました。そしてそのカウンターの横には、炭焼き焜炉があります。

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ランチタイム、カウンターはビュッフェとして野菜の惣菜が並びます。

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オープンを前に、工事関係者にお礼としてご招待を受けました。

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鹿児島黒牛、京丹波高原豚、京野菜の料理など、皆さんおいしい料理に舌鼓。

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411日から24日までは、ランチとカフェのみで11001730の営業です。

425日からは、ディナーもスタートします。

予約:0774-23-1116

定休日:月曜日

是非皆さん一度お越しください。

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by y-tukide | 2017-04-17 12:37 | 仕事色々

京都嵯峨野の地鎮祭

先日、京都市の右京区嵯峨野でこの地域の氏神さんである松尾大社の神主に来ていただき地鎮祭をとり行いました。

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この土地の周辺には、大覚寺、直指庵、嵯峨釈迦堂などの歴史的建造物が多くあり、山並みもせまり緑豊かな地域です。そしてその景観を維持し緑豊かな生活環境を形成するために、第1種風致地区に指定され建ぺい率20%、容積率50%で建物の境界からの後退距離や屋根は日本瓦などと厳しい規制が掛けられています。

現場の周辺にはのどかな風景が広がり、天気も良く気持ちのいい日でした。

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ツキデ工務店は、この辺りで結構な数の仕事をさせていただいています。

ここから車で5分ほど行ったところには、昨年竣工したこんな建物があります。

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一見住宅のように見えますが、実は薬局なのです。

「しょうたろう薬局」と言います。

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インフルエンザなどの隔離室もあり、特に子供の患者さんを考慮したこだわりの薬局です。

これは階段下に設けた小上がりの待合で、木のおもちゃなどを広げて遊べます。

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2階には多目的なスペースがあります。

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これは「はこにわの部屋」。

細かい砂を入れた箱にはに、いろんな人形や動物、木、家具などや模型を並べて遊びます。その表現の仕方でその子の心理状況が推察されるのだそうです。

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次に薬局から歩いて2分程のところに建つこの建物は、4年前に竣工した「きの小児科医院」です。

西洋医学に東洋医学を取り入れた療法で開業当初から人気で、院長はガッツのある頼れる女医さんです。

この建物も吉野杉で建て、院長こだわりの木・土・紙などの自然素材をふんだんに使い仕上げています。

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この辺りは、新しい住宅も増えてきていますが嵯峨野の原風景も残っています。

背後の山は、嵯峨鳥居本の曼荼羅山といい、この山で京都の夏の風物詩「五山の送り火」の「鳥居形」が点火されます。

しょうたろう薬局の2階からはその様子を手に取るように見ることができます。

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薬局の前の道を西に行くと愛宕山に通ずる愛宕街道沿いに「化野(あだしの)念仏寺」があります。

この辺り一帯は嵯峨鳥居本伝統的建造物保存地区に指定されています。

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念仏寺の参道

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この日は仕事もあり、ゆっくり散策する余裕もありませんでしたが、現場が始まりこちらに来る機会が増えることでしょうから、また楽しみです。

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by y-tukide | 2017-03-06 09:23 | 仕事色々

akordu 2016・12・10 OPEN

スペイン料理のレストランakordu(アコルドゥ)が、この度、奈良公園に隣接する、東大寺旧境内跡の歴史ある地で1210日にめでたくオープンします。

以前は、奈良市富雄のレンガ造りの歴史ある建物で営業されていたのですが、建物の老朽化に伴い今回、新たなスタートとなります。

建物は、「ミメイシス デザイン」鈴木義之さんの設計で、ツキデ工務店が今年の3月末に着工しこの度、竣工しオープンの運びとなりました。

この日、オープンに向けての準備作業が忙しく行われている中、竣工写真を撮らしていただきましたのでちょっと紹介させていただきます。

この建物は、奈良公園の緑に包まれた絶好のロケーションの中に建ちます。1階がレストランで2階には披露宴ホールもあります。

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周りの木々も色づき見ごろをむかえています。

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玄関には、富雄の元アコルドゥで使われていた玄関ドアを再利用しています。

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エントランスの床も元の店で使われていた床材を再利用しています。

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大理石張りのレジカウンター。この奥にはオフィスがあります。

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エントランス横に設けられたレセプションルーム。

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24席のホール。

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6席の個室。

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エントランスからホールへと続く右手側にはガラス張りでオープンにされた広い厨房があり、料理作りの様子をうかがうことができます。

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2階に設けられた披露宴ホール。

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披露宴ホールに隣接するゲストルーム。

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akordu(アコルドゥ)の前の道の正面には、国の名勝「依水園」があり、その背後には東大寺の「南大門」、そしてその先には「若草山」を望むことができます。

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白壁の土塀の中にたたずむakordu

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着々と準備が行われています。オープンが楽しみです。

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by y-tukide | 2016-11-28 10:06 | 仕事色々

京都山科の古民家再生

この建物は、京都山科の西野というところに建ちます。

今年の1月から工事をはじめ、この度めでたく竣工の運びとなりました。

奈良の藤岡建築研究所さんの設計管理もと、弊社が施工させていただいたものです。

この建物は、明治に旅館であった建物をこの地に100年前に移築されたものです。

先々代移築した建物を、今回さらに再生し生まれ変わらせ、そしてそこに4世代の家族が一緒に住みつぐという意味では、値打ちがありすごいことだと思います。

植栽工事はまだですが、建物本体の完成写真を撮りましたので一部紹介させていただきます。

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このお宅は、代々「惣菜」をつくり販売をされてきた「ミセ」「オクミセ」「厨房」がある店舗併用住宅です。

「ミセ」の奥には、座敷があります。

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「オクミセ」は、吹き抜けになっています。

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「ミセ」の入り口とは別に、家人の玄関があります。

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4世代の家族が集う「食堂・台所」。

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食堂・台所の横にある水回り。

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6帖の間」

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「座敷」

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「箱階段」

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「階段ホール」

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「つし」2階にある「子供たちの部屋」

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「食堂・台所」の吹き抜けにつながる「寝室」

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この建物がる山科の「西野」というところは、歴史あるところです。

周辺には母屋が茅葺で立派な「長屋門」がある民家などの古い民家がいくつか残っています。

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またここは、浄土真宗の「蓮如上人」が堀や土塁を設け城郭として築いた「山科本願寺」があった場所で、当時は寺内町であったようです。山科本願寺は、焼打ちに会い落城しましたが、今も土塁跡が残っています。

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そして近くには、その蓮如上人が85歳で往生された「西宗寺」があります。

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このような歴史ある地に、この建物が再生され残り続けていくことは、

うれしいことです。

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by y-tukide | 2016-10-24 15:52 | 仕事色々