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吹抜けから光を採りこむ「六地蔵の家」

1215日(土)・16日(日)の両日、お施主様のご厚意により引き渡し前の完成建物見学会を開催させていただきました。

両日とも大変多くの皆様にご来場いただきスタッフ一同感謝しています。

改めてお施主様、ご来場いただいた皆様にお礼申し上げます。

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この建物は、三方を家に囲まれた細長い30坪の敷地に建つ、家族4人が暮らす延床面積29坪の家です。

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お施主様は、車をお持ちではないのですが、来客者の車が停められるように、梁を天秤に架けて張り伸ばし、それに桁を架けポーチ柱を省いています。

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木製建具の玄関引き戸を開けると玄関土間が広がり、正面にペレットストーブが据えられています。

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4畳の広さの玄関土間からLDKへと繋がります。

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唯一開かれた南側の玄関土間には大開口があり、庭へと繋がっています。

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またその大開口には、引き込み障子を設けました。

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居間には畳敷きの「小上がり」があり、そこに出幅が500mmで天板がケヤキの一枚板の出窓を設けました。

小上がりの端は、掘り炬燵形式の書斎コナーです。

そして段差を利用してお子様のおもちゃなどが収納できる引出も設けました。

またお客様が泊まられた際には、4枚の襖で仕切ることができます。

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居間の板の間で、座卓を囲んで座してくつろがれることから、キッチンは圧迫感が感じられないように下げ、「小下がり」としました。またそのキッチンの前に杉の厚板のカウンターを設けました。

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三方を家に囲まれているため、LDKに南側の2階の窓から光を採りこむための吹抜けを設けました。

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ただ吹抜けの一部は、床として有効に利用できるように、角材を使った「すのこ」になっています。

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畳敷きの寝室と「すのこ」の床から続く、セカンドリビングとしても使えるフリースペース

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さほど広くない敷地の中でお施主様のご要望をできるだけ取り入れながら、建築的工夫と遊び心も備えたこのお宅、今後どのように住み暮らしていかれるか楽しみです。

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by y-tukide | 2018-12-18 10:20 | 見学会・イベント

永田先生を偲ぶ~ゆるぎないデザインを学ぶ~

124日・5日の両日、建築家永田先生を偲ぶ会が行われました。

20131214日に享年72歳の若さで逝去され早5年になります。

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今回、永田昌民氏設計の建物を建築に従事する多くの若い人達に見ていただき、その仕事を伝えて行きたいという趣旨で行われたもので、永年の親友である山梨県の小澤建築工房の小澤さんが中心となり、尽力してくれて実現した企画です。

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企画の内容も小澤建築工房が手掛けた永田先生設計の「安曇野の家」をはじめ、永田先生と親交があった建築家の横内敏人氏の「八ヶ岳の家」、伊礼智氏の「甲府の家」、堀部安嗣氏の「北杜の家」「甲斐大泉の家」の見学というビックな内容です。

そんなこともあり参加者は、200名を超えスタッフを含めると250名近くで、移動もバス5台という大イベントとなりました。

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初日の建物見学の後、宿泊ホテルで永田先生を偲び、建築家の益子義弘氏、秋山東一氏、横内敏人氏、伊礼智氏、堀部安嗣氏による討論会が行われました。

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事前の天気予報は、雨もようだったのですが当日は二日間共、季節外れの小春日和で防寒着を着ていると汗ばむぐらいの陽気でした。

今年は柿が豊作のようで、あちこちで見かける柿の木には、鈴なりに柿が実っていました。

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私と永田先生との出会いは、31年前私が30半ばのころ、永田先生が奥村先生の考案された空気集熱式ソーラーシステム、OMソーラーを初めて手掛けられた「奈良の家」の現場です。

そしてその翌年、縁があり京都の山科で永田先生の仕事をさせていただいたのですが、目からうろこでそのころから私の建築感が大きく変わるこことなりました。

その後私も、OMソーラーを取り組むこととなり、その中で奥村先生をはじめ一流の建築家の先生方や全国の優秀な工務店仲間と知り合い、多くのことを学びました。

ツキデ工務店は来年で創業40年を迎えますが、永田先生との出会いは、今のツキデ工務店の礎を築くうえで大きな糧となりました。

永田先生は、私にとって師匠であり、ちょっとこわめの兄貴でもあり、よく怒られましたが大変かわいがっていただきました。

そしていろんなところにもご一緒させていただきました。

これは、18年前の20004月に奥村夫妻と一緒に、奈良の吉野に行った時のもの。

手前の右から小澤さん、永田先生そして私です。後ろで立っているのが奥村先生、その左側が奥村まことさんです。なつかしい若き日の写真です。

その奥村先生もまことさんもお亡くなりになりました。

ただただ寂しい限りです。

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二日のこのイベント、無事成功裏に終えることができました。

ツキデ工務店からも私以下7名が参加しましたが、スタッフは皆勉強になったと言ってくれました。

小澤さんをはじめご協力いただいた方々に改めてお礼申し上げます。

朝、ホテルの窓から望むことができた富士山。

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by y-tukide | 2018-12-10 17:17

山陰ひとり旅

朝一番JR宇治駅から在来線、新幹線を乗り継ぎ岡山駅へ、そこから伯備線84分発特急やくもに乗り、まずは鳥取県の西部の都市「米子(よなご)」へと向かいました。

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米子に着いたのが1015分、米子駅に降り立つのは初めてです。

駅の観光案内所で「米子まち歩きマップ」をいただき、自転車を借りて散策することに。

米子は、米子城を中心に整備され発展した城下町です。今も残る城の外堀であった旧加茂川沿いには、豪商の屋敷である後藤家住宅や白壁の土蔵が残っています。

写真―2

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その旧加茂川に架かる橋のたもとにスイカをおいしそうに食べる「河童の三平」の像。

米子の北部の町境港(さかいみなと)は、漫画家である「水木しげる」が生まれ育った町です。

この像は、水木しげるさんが寄贈したものだそうです。

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米子市の中心地湊山に築かれた米子城。

今は石垣をとどめるだけですが、当時は山頂に五重の天守閣と四重の福天守閣を持ち、島根の松江城と共に山陰随一の名城と称される壮麗な城であったそうです。

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城跡からは、米子の市街地、中海、島根半島、日本海が一望できます。天気のいい日には隠岐島が眺めることができるそうです。

ところがこの日は、どんよりした雲が垂れこむ天気。そして城山を下る途中で雨がちらついてきました。

雨はやむ気配もなく、この日は散策をほどほどに早めに自転車を返却し、今宵の宿に行くことに。

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翌日は、レンタカ―を借り島根半島の東の端にある「美保関」に向かいました。

鳥取県境港市と島根県松江市美保関町の間に流れる幅約600mの境水道に架かる「境水道橋」、トラス構造のかごの中を道が走るユニークな形状の橋です。

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「美保関」は、美保神社の門前町として繁栄した町であると共に、江戸時代北前船の寄港地として栄えた町でもあります。美保神社から仏谷寺に至る通りには、青味のある海石が敷き詰められています。

この石畳の道は、北前船の交易での物資の運搬作業が効率的に行われるように舗装された道です。

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出雲大社と同様な立派なしめ縄が架けられた三保神社。

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美保関は、古代より海洋交通の要所で中世には乱で敗れた「後鳥羽上皇」や「後醍醐天皇」が流罪でここから隠岐島に渡っています。

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海岸沿いの通りには、この時期に獲れる白いかが干されていました。

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湊からさらに東に行くと、半島の先端に明治31年に建設された石造りの山陰地方最古の「美保関灯台」があります。

この日は、昨日にかわり天気がよく海の彼方に隠岐島がうっすら浮かんで見えました。

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灯台を後に境港にもどることに。

境港は、山陰地方屈指の漁獲量を誇る港町。ここで新鮮な海の幸をお値打ち安価でいただきました。

昼食後、境港出身の水木しげるにちなんで名付けられた全長800mほどの「水木しげるロード」を散策。

道沿いには、妖怪の像がいくつも現れ、ゲゲゲの鬼太郎関連の品を売る店が軒を連ねます。

この日は休日とあって子供連れの家族で賑わっていました。

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境港を後に米子駅に向かい海沿いの道を走ると、深い青色の海と空に浮かぶ雪を抱いた中国地方最高峰「大山」の雄大な姿が!

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米子駅に戻りレンタカ―を返却し、この日の宿がある松江と電車で向かいました。

宿は宍道湖の湖畔にあるので、宍道湖に沈む夕日が見られるかと期待し急ぎ向かったのですが、残念ながら西の空には厚い雲が!

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最終日は、松江駅からJR山陰本線を西に1時間半ほどの温泉津駅へと向かいました。

「温泉津」と書いて「ゆのつ」と読みます。

石見地方の温泉津は、天然の良港で風待ちの港として古い歴史を持つ港町です。そして石見銀山の積出港としても発展し、今も伝統的な古い街並みが残ります。

この建物は、江戸時代に建てられた温泉津で最も古い「内藤家住宅」。

内藤家は、戦国時代毛利家が石見銀山統治の為に温泉津港を重要視し、安芸国(広島)から毛利水軍御三家の一つ内藤一族を迎え、奉行に据えました。

関ケ原役のあと内藤家は、毛利が石見から撤退すると、温泉津に土着し代々年寄りや庄屋を務めたそうです。

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温泉津は、良質の温泉が湧き出る温泉街でもあります。

ただ温泉街と言っても大きなホテルや旅館があるわけでもなく、小さな旅館が建ち並び、

二つの湯元があり、どちらかと言えば「湯治場」という雰囲気の街です。

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この建物は、二つの湯元の一つの「薬師湯」。

街を散策した後、せっかくだから温泉につかることに。

無加熱の100%源泉かけ流しの湯。番台があり左右に男湯と女湯に入り口が分かれ、湯船もさほど広くなく、客も地元と常連さんらしい人が数人。

湯温はちょっと高めで、肌を刺すように湯の温もりが体にしみ入ります。23分ごとに湯につかり出るのがいいらしくそれを繰り返します。確かにこの湯は効力がありそう。

そして湯から上がり脱衣場で服を着るとどっと汗が吹きだします。

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今の薬師湯の隣のこの建物は、大正8年に建てられた薬師湯。

大正モダンが取り入れられた建物です。

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今は、カフェとして活用されています。

ここで生ビールをいただき、汗が引いたところで、「温泉津の奉行めし」という汁かけめしと温泉卵、温泉の湯でむした野菜のセットのヘルシーな昼飯をいただきました。

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そして温泉津の駅から帰路につくことに。

二泊三日の山陰ひとり旅、好きな古い街並みも歩けたし、山陰の幸もいただけたし、気ままに旅ができました。

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by y-tukide | 2018-12-03 14:00 | 鉄道ブラ旅