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舞鶴 散歩

この日、早朝から私が常に口にする若狭の「瓜割の滝」の湧水を汲みに、今年初めて行ってきました。

20年程前から愛飲しているこの湧水、今年もお世話になります。

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水汲みの後、久しぶりに舞鶴に行くことにしました。

舞鶴は、日本海に面する港湾都市ですが「東舞鶴」と「西舞鶴」に大きく二つに分かれ、それぞれが歴史的に異なった背景の元、発展した街です。

東舞鶴は、それまで静かな農漁村だったのですが明治時代、近代国家形成の中で西洋列強に渡り合うため海軍力を備えることが急務となり、軍港として良港四ケ所(横須賀・呉・佐世保・舞鶴)の一つとして選ばれ、海軍鎮守府が置かれ軍港都市をして整備された歴史をもつ街です。

そして旧海軍施設であった赤レンガ造りの魚雷庫、小銃庫などの建物が国の重要文化財の建造物として残っています。

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現在も海上自衛隊舞鶴地方総監部があり、その敷地内には昭和8年に建設された旧海軍機関学校大講堂が海軍記念館として残されています。

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この写真は、10年前に私が尊敬する亡き奥村昭雄先生とまことさんと親しい仲間達とでここを訪れた時のなつかしい写真です。

奥村先生は終戦間際、この機関学校の生徒さんでした。

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国道27号線沿いの自衛隊桟橋には、護衛艦などが停泊しています。

東舞鶴は今も「軍港」の街です。

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それに対して西舞鶴は、田辺城(舞鶴城)を中心に細川氏によって整備された城下町です。

天下分け目の「関ケ原の合戦」で徳川方についた細川氏は、息子の忠興(ただおき)は家康の東軍に従軍し、正室のガラシャ(石田光成の三女)は大阪で人質になるのを拒絶し自害、そして忠興の父幽斎は5百人の兵で西軍石田光成方15千の兵を迎え田辺城に籠城し城を守った話は有名です。

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また西舞鶴は、北前船の寄港地として発展した古くからの港町でもあります。

街の西側を流れる高野川河口に位置する「竹屋町」は、大商人が多く店を構え、藩内の商品流通を全国の市場に結び付ける拠点であったそうです。

今もその面影が残る街並み。

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そんな街並みの中でこんな建物もありました。

明治時代から続く現役のお風呂屋さんです。

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また高野川沿いには、各地から運ばれてきた産物を保管する蔵や倉庫があったそうですが、

連続しては残っていませんがいくつか面影が残る建物を見かけました。

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その高野川の西側の山麓を走る道沿いには、いくつもの神社仏閣が並びます。

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西舞鶴の街の中にはもう一つの川、伊佐津川が流れます。

その河口の「吉原地区」は、高野川沿いの商家や町家が並ぶ街並みとはがらりと変わった、のんびりした情緒あふれる風景の漁師町。

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川沿いには家が密集して建ち並び、運河のような流れの中を舟が行きかいます。

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川沿いに建つ家々の表通り、どちらが家の表か裏かわかりませんがそこは路地。

生活のにおいがプンプン漂う私が好きな路地空間。

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舞鶴は、いくつもの顔がある面白い街です。

そして街を散策して気付いたこともう一つ

お地蔵さんの多いこと!

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by y-tukide | 2019-01-28 12:40 | 散歩

北国街道を行く 長浜から木之本へ

北近江を走る「北国街道」は、彦根市の鳥居本宿で中山道と別れ、米原・長浜・木之本を通り栃ノ木峠を越えて、越前・加賀へと抜ける街道です。

この日自宅を5時半に出、JR宇治駅から北陸本線のJR長浜駅へと向かいました。

長浜駅に着いたのが7時半、ここから「みーな」という湖北の地域情報誌の「北国街道絵図」を片手に木之本宿へと北国街道を歩きました。

早朝の長浜宿。

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黒壁スクエアは、今も昔もにぎわいの中心、さすがにこの時間には観光客はいません。

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長浜の北の玄関口にあたる「郡上町」、ここに立派な常夜灯が建っています。

この辺りで幕末の動乱期に暗殺された金沢藩家老の仇討が明治四年にあったそうで、
「日本最後の仇討の地」と石碑に記されていました。

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ここを右に折れ、すぐにここが元街道だったのかと疑うような狭い路地を通り抜け、絵図に基づき街道を行きます。

長浜の市街地を抜けると右手に田園が広がり、その先には雪を抱いた伊吹山の雄姿が望めます。

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さらに街道を進むと「曽根」という集落に入ります。

街道筋には、茅葺の古民家など昔の面影が感じられる街並みが残っています。

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浄土真宗の「長善寺」。

蓮如上人ゆかりの寺で境内には旅姿の蓮如上人の像がありました。

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街道沿いに建つアール屋根の地蔵堂の建物は、旧曽根小学校の玄関を再利用したものだそうです。

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曽根の集落を抜けると「姉川」が現れます。

戦国時代、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が壮烈な戦いをした「姉川の合戦」の舞台です。戦では多くの血が流され川の水が赤く染まったと伝えられています。

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姉川を渡り街道を進むと「唐国」という小さな集落に入ります。

集落の外れに「山内一豊 初所領之地」の石碑が建てられています。

山内一豊は江戸時代、一介の小兵から土佐の国の大名まで出世した武将です。戦国時代、織田信長の朝倉攻めに行軍し、朝倉軍きっての強弓の士と死闘を繰り広げ、顔に矢を受ける負傷を追いながら打ち取り、その武功により初めて得た知行が唐国四百石のこの地です。

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集落内にきれいな小川が流れる唐国の集落。

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集落を抜けると「高時川」を渡ります。そこからは「馬渡」集落に入ります。

馬が渡ると書いて「もうたり」と読む稀な地名です。村の入り口に建てられた名の由来が記された説明書きによると、鎌倉時代、足利尊氏が北国街道を北上した際、高時川が増水し渡れず難儀したのを村人が大勢で人馬の川渡を手助けしたことが名の由来だそうです。その呼び名が後に転化して「もうたり」となったと記されていました。

この集落内にもきれいな小川が街道沿いを流れ、ある一軒の民家には川の水を洗い物などに使う真新しい「川端(かばた)」がありました。

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馬渡集落を過ぎると「速水」集落に入ります。

速水は、長浜宿と木之本宿の「間宿(あいのしゅく)」として賑わった宿だそうです。

集落内には、立派な蔵のある民家を多く見かけました。

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速水集落を抜けると街道は、交通量が多い国道8号線を走ります。

早く8号線を抜けたいと早足で歩きますが永遠と続きます。

ようやく旧道が現れ「高月」の集落に入ります。

ここは「観音の里」。兵火の中、村人に守られた観音さんなど今も村人の手によりいくつもの観音さんが祀られています。中でも渡岸寺の国宝十一面観音立像は有名です。

私も20年程前に現在の御堂の前の質素な観音堂に祀られた立像を見たとき、その美しいプロポーション感動したものです。

高月には「高札場」があったそうで、ここでも街道沿いには立派な民家が多く見られます。

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そしてようやく「木之本宿」に入ります。

ここが「北国街道」と岐阜の関ケ原から続く「北国脇往還」との合流地点。

道端には「みぎ京いせみち」「ひだり江戸なごやみち」と記された道標が立ちます。

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木之本は、山からの水や気候に恵まれ醸造業が盛んでした。

今も「七本槍」で有名な江戸時代から続く造り酒屋や醤油さんが何軒かあります。

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またここには大名などが泊まる「本陣」が置かれていました。その本陣跡には、明治に開業した「本陣薬局」があります。ここには軒先に薬名が書かれた古風な板看板が何枚も吊られていたのですが、この日は改修工事で店が閉まっていました。

この写真は、私が16年前に撮った写真で、2004年の街道を行くシリーズの最初の年賀状に使わせていただきました。

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目の仏様で知られる木之本地蔵院の高さ6mの木之本地蔵尊。

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そしてJR木之本駅に着いたのが午後1時。

長浜駅を降りたのが7時半、ここまで5時間半かかりました。

腹はぺこぺこ。そこでこの日のもう一つの目的である敦賀の「弥助寿司」へと電車で向かうことに。

木之本駅から敦賀駅までは、たったの4駅なのですが、途中塩津駅で乗り換えに30分待ち。

そして弥助に着いたのが2時半。

ようやくこの日の目的すべて達成!

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by y-tukide | 2019-01-21 10:10 | 街道を行く

2019年 お正月休み

ツキデ工務店のお正月休みは、暮れの29日から新年の3日と今年はちょっと短めの正月休みでした。

初日の29日は、自宅の大掃除。

日頃私は、家のことは妻任せで恥ずかしながらまったく何もしません。ところがこの日だけは掃除を手伝うのが慣例です。

そして午前中に掃除を済ませ、午後はご先祖さんが眠る墓に参って墓掃除。

翌日の30日は、息子・娘の3家族で南紀那智勝浦に23日の旅をしました。

自宅を6時半に出発し、新名神高速道路経由で伊勢自動車道、紀勢自動車道と走り、尾鷲(おわせ)からは一般道を海岸線沿いに走ります。

そして吉野熊野国立公園の景勝地の一つである「鬼ヶ城」の遊歩道を散策。

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何回かの地殻の隆起により階段状をなした崖に設けられた遊歩道は、ちょっと危険な個所もありますが、この日は風もなく波を穏やかで小1の孫娘も怖がらず楽しんでいました。

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そしてこの日の宿は、私が古民家移築の仕事で熊野川沿いの「鵜殿(うどの)」という小さな町に来たとき知り何度か利用し好きになった、那智勝浦にある「海のホテル 一の滝」。

この宿は以前にも紹介したのですが、源泉かけ流しの温泉宿で、塩素剤なども使用せず加温・加水・濾過・循環など一切していません。

ただこのホテルは朝夕の食事はなし、部屋のアメニティーも歯ブラシとタオル・バスタオルのみで過剰なサービスは一切なし、当然宿泊代もリーズナブル。

そして周1回定休日があるという観光地の宿にしてはちょっと珍しい宿です。

そのため30日の夕食は、勝浦の町に出ました。

勝浦と言えば本来マグロなのですが、子供たちの要望もあり「ステーキハウスひのき」という店で、熊野牛のステーキとおすすめのハンバーグをいただきました。

31日に宿の近くの海岸から見た2018年最後の日の出。

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この日は、息子家族と娘婿は朝4時から宿を出て舟釣りに。

娘・孫娘・妻は、隣の太地町にある「くじら博物館」へ。

そして私は、相棒のチャリと本州最南端の町「串本」に向け、熊野街道(国道42号線)を走りました。

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途中、街道をそれ「下里」と言う熊野灘沿いの小さな集落に寄り道。

古道らしき道を行くと、時が止まったような街並みに出合います。

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また集落内の古い民家の残敷地には、波・風よけであろう石垣が積まれています。

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情緒ある集落を抜け、街道は海沿いを走ります。

眼下の街道と並行して走る紀勢本線越しの景色は絶景です。

風もなく波を穏やかで走っていても爽快で疲れを感じません。

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街道は古座川町に入ります。

大自然の恵み豊かな熊野の山々から流れでる清流「古座川」。

私は、この川を孫達とこれまでに2回カヤック(1704南紀の旅)で下っています。

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そしてその時にたまたま紹介され頂いた、古座川沿いにある「ぼたん荘」のエビフライが忘れられず、寄り道し古座川沿いを6キロほどさかのぼることに。

そこでシェフこだわりの和歌山県産の赤足エビのフライを昼飯に頂きました。

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食事の後、古座川沿いを下り熊野街道にもどるのですが、県道227号線をそれ狭い道に入るとこんな街並みが。

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道沿いには、町家が連続して建ち並び、元旅籠らしき建物もいくつかあります。

この道は昔、古座川上流の熊野の山の産物と海の産物が行き来しにぎわった古道なのかと勝手に推測。

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そして熊野街道にもどり串本に向け海岸沿いを走ると「橋杭岩」が。

850mの列をなして大小40余りの岩柱がそそり立つ奇岩群。

海の浸食により岩の硬い部分だけが残ったものです。

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そしてようやく目的地である串本港に到着。

ここで釣り組と合流。息子家族はここから阪和自動車道経由で帰路につき、私は迎えに来てくれた娘の車にひろわれて勝浦でもう一泊。

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大晦日、さすがにこの日は、勝浦の町の食事処はお休み。

そこで事前に「桂城」という店で予約しておいた「おせち料理」を受け取りに行き、部屋でNHK紅白歌合戦を見ながらいただきました。

旅をして大晦日をこんな形で迎えたのは初めてですが、宿の部屋で家族と酒を酌みかわしながらおせち料理をいただくのも落ち着けていいものでした。

そんな時突然、孫娘が歌に合わせて踊り出したのには皆びっくり。

額に汗しながら真剣に踊り続けていました。

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そして元日、初日の出を拝みに宿の近くの海岸へ。

カメラの露出をアンダーに、絞りを十分絞りこんだらこんな初日の出の写真が撮れました。

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宿に帰り朝風呂に入り、朝食は昨日のおせち料理の残りをいただきました。

そして宿を後に、近くの熊野那智大社に初詣。

大門坂の駐車場に車を置き、そこから熊野古道を歩き熊野那智大社へと。

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そして参拝後、「那智の滝」を拝み、帰路につきました。

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by y-tukide | 2019-01-15 12:12 | お正月

2019年 我社の年賀状

皆様、明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

4日が仕事初めです。

そして今年最初のブログは、2019年の我社の年賀状です。

昨年の6月に家族と安芸国(広島)の竹原に行ったときに撮ったワンカットです。

広島県の竹原は江戸時代、塩や酒造りで栄えた街。

豪商の屋敷や蔵が建ち並び、江戸時代にタイムスリップしたような情緒ある街並みが残っています。

NHKの連続テレビ小説「マッサン」のモデル、ニッカウイスキーの創業者である竹鶴政孝の生家である造り酒屋もあります。

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今年も忙しい年になりそうです。

皆様方共々いい年になりますよう、私も頑張りたいと思います。

2019年元旦 那智勝浦にて

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by y-tukide | 2019-01-07 09:00 | 我が社の年賀状