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「みんなのき黄檗こども園」園舎増築工事

ツキデ工務店は、宇治にある社会福祉法人宇治福祉園「みんなのき黄檗こども園」の園舎増築工事を昨年の6月頃から工事をさせていただいてきたのですが、この度無事竣工の運びとなりました。

設計監理は、地域計画建築研究所(アルパック)で木構造の設計は、ツキデ工務店が担当させていただきました。アルパックは奇遇にも、私が夜間大学の建築科に在学中、昼間3年間お世話になっていた設計事務所です。

この園舎は、「みんなのき黄檗こども園」に隣接する土地を購入され計画されたもので、隣接地は当初竹藪でした。そしてその竹を伐採し、できるだけ竹以外の樹木は残すように計画されています。

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これらの木々は子供たちの絶好の遊び場となるでしょう。

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敷地内には1.5mほどの段差があり、急なのり面になっていたのですが、私の娘婿である「庭づくり三宅」が、既存の樹木を生かしながら、杭を打ち敷地内にあった竹やフェンス、ツキデの倉庫にあった古材や丸太、梁の切れ端しなどを使い「しがら組」で土留めをし、スロープや階段を作り作庭しました。

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木々の間に設けた桧の厚板張りの広々としたテラス。

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今回の建物の構造的な特徴は、木造建築であり構造材・造作材に吉野の桧・杉を使用するとともに、桧の太い丸太を用いていることです。

そしてもう一つの特徴は、ケヤキ・栗・桧・杉4種類の210mm~240mm角の太い柱を14本使っていることです。

丸太と太い柱を使い力強く見せ、無垢の木をふんだんに使うことで森の中にいるような園舎にしようというのが狙いです。

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引き込み式の木製建具を開けると園庭へと続きます。

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2階は、ミニキッチン・浴室もある先生方のくつろぎの場なのですが、それ以外にも多目的に使えるように計画されています。

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小屋裏を利用したロフトもあります。

正面の黒っぽい丸柱は、お寺のケヤキの柱だった古材の柱

を再利用しました。

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南側の3間の大開口からは、広々としたベランダに繋がります。

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ベランダには、竹藪を伐採した時現れた大きなカエデの木をそのまま残しました。

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この工事中、見る機会がない大工の手によるこの建物の加工風景を園児たちに是非見せたいと、理事長と園長先生に提案し「刻み見学」を実施しました。

三室戸・黄檗こども園の園児たち80名ほどが見学し、カンナかけなども体験してもらいました。

子供たちが、この園舎で木のぬくもりを感じ、木が好きになり、将来木にかかわる仕事を携わってくれればと願うものです。

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by y-tukide | 2019-03-25 09:00 | 仕事色々

(旧)枚方宿の町家再生工事―2

ツキデ工務店は、現在5棟の古民家再生工事を行っています。
その内の一つが、以前私のブログで紹介させていただいた(旧)枚方宿の町家再生工事です。
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昨年の10月から解体工事をはじめ、これまでに足元の基礎工事、躯体の「揚舞(あげまい)」と柱の「根継」、躯体の「建ち直し」、耐力壁の増設と補修工事が終わり、今は大工が造作工事を行っています。

これまでの工事の様子を一部紹介させていただきます。

まずは基礎工事。
この建物は、江戸時代淀川を往来する船が立ち寄る港の一つであった「枚方港」の近くに建っています。地盤調査の結果、地下水位が浅い位置にあり地盤があまりよくありません。
そのためにか建物の柱が下がり、最大で80mm下がっていました。
それで今回は、柱がのる礎石周り1m四方に150mm厚のコンクリートを打ち、これ以上下がらないようにすることにしました。
まず、柱の「礎石」の周りと建物の外周部の柱がのる「カズラ石」周りを掘り、整地し、礎石とカズラ石に穴をあけ、アンカーに差した13mmの鉄筋を打ち込みます。

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次に湿気が上がってこないように防湿フイルムを一面に敷き、礎石とカズラ石に打ち込んだ鉄筋の周りに一体となるように鉄筋を組みます。そしてそれ以外の部分には、5mmのワイヤーメッシュを敷きます。
そして礎石・カズラ石周りは150mm厚、その他の部分は70mm厚でコンクリートを打設しました。

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コンクリート地盤をつくった後の次の仕事は、下がっている柱を上げる「揚げ舞」と朽ちている柱の足元を切り取り「根継」する作業です。
再生工事に長けた大工と見習い大工の二人だけでこの作業をこなしてくれました。

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建物の外回りに半間ごとに入っている「側柱」は、溝形鋼で両側からはさみ、両側に25トンの昇降能力のジャーナルジャッキ4台で上げます。
このジャーナルジャッキは優れもので、アルミ製で軽く、鍛造歯車を使っているので強力かつ噛み合い優れていて、かけっぱなしにしていても下がる心配がなく安心です。

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上げた後は柱の「根継」の仕事です。
これは「金輪継(かなわつぎ)」という伝統的な「継手」です。ツキデ工務店の倉庫にあった堅木のケヤキやクリ、ヒノキの切れっぱしをうまく無駄なく使ってくれました。

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そして次は「足固め」の仕事です。
伝統工法の「石場建」の建物は、石の上に柱がのっているだけなので、地震などの時、それぞれの柱が勝手に移動すると具わいが悪いので、各柱の足元を横架材で繋ぎ固めます。
これは改修前の「足固め」の状態、「長ほぞ」に打ち込まれた「込み栓」が中で折れたのか柱と足固め材が開いていました。

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これらの「足固め」をすべて新しくやり替えます。
この作業は古民家再生工事では、大変大事な仕事です。
仕口を固めるのにいくつかの方法があるのですが、今回はボルトを使うことにしました。

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足固めの次は、傾いている柱を正常な状態に戻す「建ち直し」の作業です。
2トンの性能のチェーンブロックをかけて引っ張り「建ち直し」をします。

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「建ち」を直しても、長年傾いた状態だったので「仕口」と壁に「くせ」が付いていて、チェーンブロックを緩めると元に戻ってしまいます。そのために「仮筋交い」で止めたり、チェーンブロックをかけっぱなしにします。
次に「建ち」が戻らいためにと耐震補強のために新たな壁を設ける作業を行います。
当初の計画では、昔ながらに「通し貫」に「竹小舞」を編む予定だったのですが工期の関係で、「木小舞」に土と紙を塗り乾燥させた「荒壁パネル」に変更しました。

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ただ既存の壁の補修部分は、「小舞竹」を編み土をつけています。

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以上簡単な説明ですが、現時点でのこれまでの仕事です。

今回の再生改修工事では、2階は一部のみ改修するのですが、その箇所の「竿縁天井」をめくると「地棟(ぢむね)」に張り付けた「棟札(むなふだ)」が出てきました。

「棟札」は、この建物が「棟上げ」されたときの記録として棟などにつけて残す札で、施主名、大工棟梁名と日付が記されています。
それをよく見ると「天保三壬辰九月吉祥日」と書かれていました。
天保三年というと江戸時代で西暦1832年、187年前です。

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私は、明治期の建物とばかり思っていたので、驚きでした。
その部屋の壁は「真壁」に和紙張りで、下張りの紙には文字が書かれているのですが残念ながら私には読めません。
勝手な想像ですが必要がなくなった江戸時代の帳簿・帳面類ではないかと?

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by y-tukide | 2019-03-18 13:00 | 仕事色々

光雲寺「閑雲庵」

「閑雲庵」は、南禅寺の境外塔頭である「光雲寺」の境内に建つ建物で、以前から滞在型の宿泊施設として活用されていたのですが、今回全面的に改修させていただき、新たな滞在型の宿「閑雲庵」として生まれ変わりました。
設計は、日建設計で京都迎賓館やザ・リッツカールトン京都を手掛けられたKUU・KAN設計室の建築家佐藤義信氏によるものです。
そして運営は、京都らしいこだわりの宿を多数展開されている「(株)葵ホテル&リゾート」さんで、2年前に同じ光雲寺内で手掛けさせていただきました数寄屋造りの離れの「看月亭」再生工事に続く仕事です。

今回、完成写真の一部を紹介させていただきます。

光雲寺の境内に建つ「閑雲庵」

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建物の東側には、琵琶湖疎水と哲学の道が走り、南側には東山を借景にした枯山水の庭。

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閑雲庵は平屋建てで床面積が182.5㎡(55.3坪)の広さがあり、上り天井のゆったにした広さのLDK3室のベッドルームがあり、その3室にはそれぞれ化粧室・浴室・トイレがあります。

床はタモのフローリング、壁は貝灰漆喰とポーターズペイント、天井は杉の正目板の突板張りで仕上げました。

枯山水の庭が楽しめるゆったりしたリビング。

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照明デザインは、灯デザインの早川氏が担当され、居間の照明はDayNightGardenSleepとシーンごとに切り替えることができます。

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居間の一部に三畳の和室の小上がりがあります。

襖は、「京唐紙」です。

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床の間の地板は、一枚の石、壁はポーターズペイント塗とモダンな床の間です。

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居間と格子戸で仕切ることができるダイニングキッチン。

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33㎡とゆったりとした広さのベッドルーム、ここからも庭を楽しむことができます。

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夜の遮光は、ちょっと贅沢な京唐紙張りの襖です。

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三つあるベットルームのワードローブには、「組子欄間」の技術を生かした富山のタニハタの組子を建具に組み込みました。そしてその横には下に冷蔵庫を収めたバーカウンターがあります。

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化粧室、床は竹タイル張りです。

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この部屋の浴室の浴槽は「高野まき」、床は濡れると青色になる「十和田石」、壁・天井は水に強い「青森ヒバ」とかなりリッチです。

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「閑雲庵」この春からオープンします。6名様まで宿泊可能です。

京都にお越しのおりは、「閑雲庵」「看月亭」に是非一度お泊りになってください。

ご満足いただけるここと思います。

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by y-tukide | 2019-03-11 14:22 | 仕事色々

伊勢別街道を行く

「伊勢別街道」は、三重県を走る「東海道」の「関宿」の「東追分」で分岐し、南下し津の「江戸橋」で「伊勢街道」と合流する街道です。
伊勢別街道の名は、四日市の東海道「日永追分」から伊勢に至る伊勢街道の支道の意味で、街道の総距離は約四里二六町(約17km)で、途中に「楠原宿」「椋本宿」「窪田宿」の宿場が設けられ、江戸時代には京都方面から伊勢詣でする参宮客でにぎわいました

この日JR関西本線の関駅前に車を置き、そこから相棒を下ろし伊勢別街道を走りました。

早朝の関宿。

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ここが関宿の東追分。
「伊勢神宮一の鳥居」は、旅人がここからはるか伊勢神宮を拝むためのもの。
ここから伊勢別街道は、津の江戸橋へと続きます。

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街道は県道10号線を走り、鈴鹿山脈から流れ出る「鈴鹿川」を渡り、20分ほど走ると
関宿から最初の宿場である「楠原宿」に入ります。
街道沿いには、「つし2階」「平入」の民家や蔵が連続して残り、情緒ある街並みを形成しています。
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楠原宿は、次の「椋本宿」の補助的な宿場としての役割を果たし、江戸時代には近江・京都・大阪・丹波など西日本各地より、伊勢への参宮客でにぎわい、旅籠や問屋場、高札場が置かれたそうです。

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街道は、楠原宿を抜け県道10号線から分岐して旧道を走ります。
すると左手に明治と大正の様式のデザインの「旧明村役場庁舎」が現れます。この建物は大正五年に建てられたもので国の登録有形文化財に措定された建物です。

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このあたりも情緒豊かな街並みです。

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街道は、ため池やのどかな田園風景が広がる中を走り、「椋本宿」に入ります。

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椋本宿の由来となった高さ18m、周囲8m、樹齢1500年といわれる椋の巨木。
椋の木の前にたてられた説明書きによると、「嵯峨天皇(809~822年)」の頃、征夷大将軍の坂上田村麿呂の家来が伊勢路を流浪し、この地に逃れた時、巨大な椋の木を見つけ、その下に草庵をつくって住んだのが「椋本」の発祥だそうです。

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椋本宿の街並み。
ここでも連子格子の民家が多く残っています。

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正面の建物は椋本宿の中ほど、街道が鍵の手に曲がる角地に建つ旅籠の「角谷(かどや)」旅館。

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軒下には、多くの「伊勢参宮講札」が掲げられています。
伊勢参りの賑わいが偲ばれます。

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街道は椋本宿を過ぎ、次の「窪田宿」へと続きます。
途中、腹が減ってきたので街道を外れ、県道10号線に出て食事処を探しているとこの行列!
「うなふじ」というウナギ専門店に並ぶ人たちです。

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ついつい誘われ30分ほど並び、ウナギ丼をいただくことに。
並1300円、上1730円、特2160円とリーズナブルな価格。
津市内にはウナギ専門店が20軒ほどあるそうでウナギ激戦区。
なんでもこの地方ではウナギ養殖がおこなわれていたそうで、それが起因しているのでは?

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ウナギを満喫し街道に戻り「窪田宿」に入ります。
ここは「一身田(いっしんでん)」、浄土真宗高田派の本山「専修寺」の門前町でもあり、環濠が街を取り巻く自衛都市。

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境内の780畳敷の国宝御影堂も立派ですが、隣に建つこれも国宝如来堂の「組物」も見事でした。

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窪田宿の街並み。

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街道は、窪田宿を後に伊勢街道と合流点「江戸橋」へと走ります。
そしてようやく伊勢別街道と伊勢街道との「札ノ辻」に到着。
そこには江戸時代に建立された常夜灯と道標が。

見どころが多相棒との「伊勢別街道を行く」でした。

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by y-tukide | 2019-03-04 14:05 | 街道を行く