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初瀬街道 八太宿から六軒追分を行く

初瀬街道は、京・大和方面と伊勢を結ぶ道の一つです。

奈良県桜井市の長谷寺がある初瀬から榛原に至り、ここで伊勢本街道から分岐し、青山峠を越え松阪市の六軒追分で伊勢街道と合流する街道です。

私は、これまでに桜井から青山峠越え手前の阿保宿まで歩き、青山峠越えをパスして青山峠ふもとの垣内宿から二本木宿まで街道を行っています。

この日は、近鉄大阪線の川合高岡駅に下車し、八太(やた)宿から六軒追分に向かい初瀬街道を行きました。

川合高岡駅から間もなく渡瀬川にかかる八太橋を渡ると八太宿に入ります。昔この橋は板橋だったそうです。

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八太宿に入ると街道沿いの民家の立派な土塀が目に入ります。

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八太宿では街道は「七曲り」し左折右折を繰り返します。

宿場内には、元旅籠であったらしき建物を一つ見つけましたが宿場の昔の面影はさほど残っていませんでした。

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八太宿を抜けると街道は一直線に走ります。

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麦畑が広がるのどかな風景。

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そして街道は、嬉野(うれしの)宮古の集落に入ります。

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この集落は「忘れ井」の里とも呼ばれています。

平安時代、白河天皇の皇女が四十六代「斎王」として伊勢へ群行する途中、この地で井水を求められて自分の心の迷いを鎮め、二度と都の方を振りかけることなく一首詠み「忘れ井」と名付けられたと伝えられています。

「わかれゆく都のかたの恋しさに いざむすび見む忘れ井の水」

今はこの井戸は水が枯れています。

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「斎王」とは、天皇に代わり伊勢神宮に仕えるため派遣された未婚の天皇の娘である皇女です。天皇の即位ごとに選ばれ崇神天皇の皇女が初の斎王で、南北朝時代の後醍醐天皇の代まで続いたそうです。

近鉄山田線の斎宮駅の北側に広大な敷地の「斎宮(さいくう)跡」があります。この写真は、以前「伊勢街道」を行ったときに寄り撮った写真です。

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「忘れ井」の里を後に、中村川にかかる小川橋を渡ったあたりの街道風景。

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常夜灯を目印に街道をひたすら歩き、嬉野中川というところで昼食をとることに。

グーグルマップで探し街道近くにあった「地鶏屋」という焼き鳥の店に入りました。

ここの焼き鳥のたれは味噌だれ、以前伊勢街道を歩いた時にたまたま見つけた街道筋の焼き鳥屋のたれも味噌だれでした。

松阪近辺の焼き鳥のたれは味噌が一般的なのか、それと安い!

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焼き鳥を満喫し街道をさらに行きます。

そして街道は、三渡川の土手を走ります。気持ちのいい道です。

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そしてようやく伊勢街道との合流点、六軒追分に到着。

その付近に建つ「大阪屋」という屋号の建物。

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ここから伊勢街道を松阪方面に向かうと以前伊勢街道を行ったときに通った「市場庄」に入ります。

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このあたりの街並みは、伊勢地方独特の繊細な格子を施した「妻入り」の町家が連続して立ち並ぶ素晴らしい街並みです。

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市場庄のはずれに立つ、小さな常夜灯と役行者(えんのぎょうじゃ)を祀る行者堂、庚申堂そして2基の山の神。

背後の田んぼには、早くも田植えの準備で水が張られていました。

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この日もよく歩きました。

時刻は3時半、近鉄山田線の松ヶ崎駅から帰路につくことにしました。

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by y-tukide | 2019-04-22 09:00 | 街道を行く

備中「吹矢」散歩

岡山県西部の山間の街「吹矢(ふきや)」は、江戸時代から明治にかけて鉱山の町として栄えた町です。特に江戸時代末期からは、ベンガラの国内随一の産地として名を馳せました。

赤胴色の石州瓦とベンガラ色の外観の連続した家々は、他の地域では見られない独特の街並みを形成し、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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この建物は「旧片山家住宅」。

1759年の創業以来200年余り渡って吹矢ベンガラの製造・販売を手掛けた老舗です。

保存修理が行われ平成22年から一般公開されています。

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通りに面した1階が繊細な「出格子」、2階が「なまこ壁」の主屋とともに、裏にはベンガラ製造にかかわる付属屋が立ち並び国の需要文化財に指定されています。

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酸化鉄顔料であるベンガラは、日本では江戸時代にインドのベンガル地方産のものを輸入したために「ベンガラ」と名付けられました。耐水性・耐熱性・耐光性などに優れていることから建材や家具の塗料、陶磁器や漆器の顔料として使われてきました。

吹矢を繁栄させたベンガラ産業も、昭和47年の銅山閉鎖に続いて昭和49年にその製造を終えましたが、今は街の土産物屋で観光客に、ベンガラ染めや焼き物などが売られています。私はベンガラで染めた手漉きの和紙を購入しました。

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実は、私がこの街を訪れるのは二度目です。

前回は8年前の20115月に、私が尊敬する今は亡き奥村昭雄先生・奥村まことさんと親しい仲間達とでここを訪れました。

この写真はその時の懐かしい記念写真です。

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街を散策した後、近くにある「ベンガラ館」に向かいました。

ベンガラ館は、明治のころのベンガラ工場を当時の姿に復元したものです。

往時は、このあたりにベンガラ工場が4か所あったそうです。

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ここではベンガラの製造工程が紹介されています。

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次に向かったのが「笹畝(ささうね)坑道」。

ここでは黄銅鉱、硫化鉄鉱が産出されたそうです。

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坑道内には江戸時代の手掘り作業の様子が。

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そして最後に訪れたのは「旧広兼家住宅」。

広兼家もベンガラの原料である「ローハ」製造を営み巨大な富を得ました。その屋敷の石垣は、まさに「武者返し」を備えた城の石垣です。

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ここは横溝正史の推理小説「八つ墓村」の映画のロケ地となった屋敷です。

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自宅を朝5時ごろに出発し、休憩をはさみ約4時間近くかけて訪れた「吹矢」。

ちょっときつかった道のりでしたが、備中の山間ののどかな田園風景を眺めながら帰路につきました。

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by y-tukide | 2019-04-15 08:21 | 散歩

2019年 春

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by y-tukide | 2019-04-08 13:36

春休み 孫たちと福井の旅

私には、3人の孫がいます。そのうちの一人が今年の3月めでたく小学校を卒業しました。そこで卒業祝いを兼ねて春休み、兄の4月に中学3年になる孫と3人で一泊二日の旅をすることにしました。


その孫たちにどこに行きたいかを尋ねてみると「じいちゃん おいしいものと食べにつれてって!」という言葉が返ってきました。それならば「敦賀の弥助さんに寿司を食べに行こか!」ということになり福井へと旅することにしました。

早朝、JR宇治駅で合流し敦賀の弥助さんに米原駅経由で向かうことに。
昼に予約をしたのですがそれまでに時間があるので、米原駅から東海道線で一駅のところにある醒ヶ井駅に降りて散策することにしました。
「醒ヶ井」は、江戸時代に栄えた中山道の宿場町です。私はこれまでにここには何度か訪れていますが孫たちは初めて。
醒ヶ井宿には、湧き水の清流が町中を走り、暖かい季節にはそこに水中花「バイガモ」が白い小さな花を咲かせます。さすがにこの時期は見ることができないのですが孫たちは、水辺で魚探し。

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そして中山道を散策。

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醒ヶ井宿を散策し、次に向かったのが敦賀。
JR敦賀駅に降り、弥助さんに向かうのに港に寄り道し時間調整。

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腹が減った!早く弥助さんに行こうと催促され、足早に店へと。
中学生の孫は、クラブ活動や塾で忙しく休みがうまく取れないこともあり、何年ぶりかの弥助さんです。
寿司、焼き魚、煮魚と見事な食べっぷり。

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寿司を堪能し、今宵の宿である福井駅に向かったのですが時間がまだ早いので武生(たけふ)駅で途中下車。
「武生」は奈良時代の律令制のもと、越前の国の中心として国府が置かれ、また北国街道の宿場として栄えた町です。今もこの地方独特の建築様式の町家や蔵が多く残っています。また国府として国分寺があった関係か、若狭の国の小浜と同様に大変お寺が多い町です。

そして武生の街を散策。

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武生には、絵本作家の「いわさきちひろ」の生家があります。現在その建物は、記念館として使われています。
そしてその記念館を見学。

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散策後、武生駅から今宵の宿がある福井駅へと北陸本線を鈍行で向かいました。

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そして夕食は福井市内の串カツ専門店でコース料理を。
昼にあれほど食べたのに彼らの食欲は衰えません。

翌日は、レンタカーを借り車で30分ほどのところにある「一乗谷 朝倉氏遺跡」へと向かいました。
この日の朝方は、この時期には珍しく雪がちらつき、家々の屋根には雪がうっすらと積もっていました。
朝倉氏遺跡でも梅の花に雪、北陸地方ならではの景色を見ることができました。
孫たちはここで雪合戦。

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朝倉氏は、応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷に本拠を置き、越前を平定しました。以後5代103年にわたり越前の中心として繁栄し、この間、京都・奈良から貴族・僧侶などの文化人を迎え入れ、北陸の小京都とも呼ばれ、朝倉義景は室町幕府最後の将軍足利義昭も迎え入れています。
しかし、1573年利根坂の戦いで織田信長に敗れ、朝倉氏は滅び、城下町も焼き討ちにあい灰塵に帰しました。
その遺跡が昭和42年から発掘調査が行われ、昭和46年には国の特別史跡に指定され、一部が復元されています。

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そして次に向かったのは「越前大野」。
越前大野は、織田信長の家来である金森長近が築いた城下町です。

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街は碁盤の目のように町割りされ、その中の七間通りは400年以上の歴史を誇る「七間朝市」で有名です。通りには、この地方特有の雪の重みを考慮した太い「登り梁」がかかる商家が軒を連ねます。

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大野は「名水のまち」でもあり、街の中に湧水地が多く点在します。
これは名水百選に選ばれた「御清水(おしょうず)」。
私はこれまでに二度ここまでポリタンクを車に積み水を汲みに来たことがあります。

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そして昼飯を大野でとることに。
昨日は食べすぎたので今日は軽いものにしようと越前名物「おろし蕎麦」を食べることに。孫たちはそれでは足りないとデザートに「蕎麦ぜんざい」。

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そして最後に向かったのは「白山平泉寺」。
「白山平泉寺」は、717年に越前の僧「泰澄(たいちょう)」によって開かれたとされています。白山信仰の越前側の拠点としてここに山伏が集まり、戦国時代には、四十八社、三十六坊と六千の坊院が建ち並ぶ宗教都市で、広大な寺領を持ち、僧兵は八千を数えたと伝えられています。
その宗教都市は、1574年に一向一揆の攻撃を受け全山が焼失してしまいました。
そして明治の始めに神仏分離令に基づき寺号を廃して「白山神社」と改められました。

観光客もまばらで森閑としたたたずまいの「平泉寺 白山神社」。

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春休み、駆け足での孫たちとのグルメと越前の歴史ある街を行く旅でした。

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by y-tukide | 2019-04-02 10:04