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熊野 かいわい

前回のブログで紹介させていただいた「尾鷲 かいわい」。
尾鷲かいわいを散策し、その日は那智勝浦の行きつけの素泊まりの宿である「海のホテル 一の滝」に泊まり、源泉かけ流しの温泉で疲れを癒し、翌日は熊野かいわいを散策することに。

宿を朝7時過ぎに出、まずは朝ご飯を食べに宿兼食事処である「勝浦シーハウス熊野灘」という店に。
この店にも何度か来ているのですがボリュームがあってとにかく安い。
この日はパン食にしたのですがこの内容で630円。そしてなぜか味噌汁までついています。

熊野 かいわい_e0164563_15272860.jpg

前日も散策日和とは言えない時折雨の天気だったのですが、この日は朝から雨。
一日中は降らないだろうと楽観的に考え、朝食後、熊野へと向かいました。
最初に訪れたのは「花の窟(はなのいわや)神社」。
花の窟神社は、日本書紀に記されている日本最古の神社といわれ、神々の母であるイザナミノミコトの御陵と伝えられています。
熊野 かいわい_e0164563_15273886.jpg

窟の巨岩の上45m程の高さから、170mの大綱を境内南隅の松の御神木に渡す例大祭が行われるのですが、その縄を氏子さん達が編んでおられました。
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熊野 かいわい_e0164563_15273815.jpg

その後、JR紀勢本線の熊野市駅に向かい駅前にあった観光案内所で散策マップなどをいただき街を歩くことに。
駅前周辺は新しい街並みですが、海岸沿いを走る国道42号線の一本内側が熊野古道でこの街道周辺には、古い町家が連続性はないですが点在しています。
熊野 かいわい_e0164563_15272949.jpg
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この建物は現在衣料品店ですが元銀行の建物です。
熊野 かいわい_e0164563_15273082.jpg

そして路地。
熊野 かいわい_e0164563_15273000.jpg
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町の東側には雄大な熊野灘が広がりますが、伊勢志摩あたりから続く複雑な形状のリアス式海岸がここで終わりとなります。
そしてそこには、地盤の隆起と熊野灘の荒波によって作り出された「鬼ヶ城」の大岩壁が。
熊野 かいわい_e0164563_15272914.jpg

そこから南には、紀宝町まで約22kmの砂浜が続きます。
日本一長い砂礫海岸だそうで、熊野へ詣でる巡礼者が旅した浜街道として世界遺産に登録されています。
またアカウミガメが上陸する地としても知られています。
ただこの日は、空も海も鉛色でかすんでいました。
熊野 かいわい_e0164563_15274008.jpg

この写真は、五月の節句の頃にたまたま通り撮ったものです。
熊野 かいわい_e0164563_15273172.jpg

天気も悪いし早めに帰ろうと思いながら最後に寄り道したところは「徐福の宮」。
徐福は秦の時代、始皇帝の命を受け不老不死の薬を求め、3,000人もの若者を伴だって大船団で旅立ち、航海の末たどりついたのが日本らしく、日本の各地には徐福伝説が伝えられています。
その中で有力視されているのが熊野市の「波田須(はたす)」という地で、古くは「秦住(はたす)」と記されていたそうです。
狭い山道を恐々走りようやく眼下に波田須の集落が現れました。
斜面に寄り添いながら建つ数件の家々の前の塚が「徐福の宮」です。
熊野 かいわい_e0164563_15273986.jpg

車を道路脇に止め、小雨が降る中、畦道を降りていきます。
熊野 かいわい_e0164563_15273993.jpg

そして徐福の宮へ。
小さな社の斜め後ろに徐福の墓石がありました。
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もう少し波田須の集落を歩いてみたかったのですが雨が徐々にきつくなり、風も出てきたのであきらめ帰ることにしました。
石垣の間からヒガンバナが!

熊野 かいわい_e0164563_15273954.jpg



by y-tukide | 2019-09-30 09:00 | かいわい

尾鷲 かいわい

尾鷲市は三重県の南部に位置し、市の東側はリアス式海岸で黒潮が流れる熊野灘に面し、背後には山がせまり市域の80%が山林です。
そして山を背にしていることから年間を通じ雨の多い地域でもあります。
そのような地理的条件により、江戸時代から林業の町として栄えるとともに複雑な海岸線により良港に恵まれ、漁業はもとより大阪と江戸を結ぶ廻船航路の港としても栄えました。
また市内には世界文化遺産である熊野参詣道のひとつ「伊勢路」が走り、歴史的遺産も随所に見られます。
私は、これまでに尾鷲に何度か来ているのですがいつも通り過ぎるだけでしたが、今回初めて尾鷲かいわいを一日かけて散策することにしました。
そして最初に訪れたのが熊野古道に面して建つ尾鷲有数の山林経営家であった「見世土井家住宅」です。
主屋は昭和6年に建てられたもので、東側の玄関周りは洋風意匠で、西側は和風意匠の和モダニズム住宅です。
尾鷲 かいわい_e0164563_09365841.jpg
離れの数寄屋の茶室。
尾鷲 かいわい_e0164563_09370021.jpg
この建物の御当主は、今は名古屋にお住まいだそうで、現在は見世土井家とNPO法人「おわせ暮らしサポートセンター」の協働でシェアオフィスと異なる職業や仕事の利用者達がオフィス環境を共有するコワーキングスペース「シェアスペース土井見世」として活用が始められています。大型の古民家活用としてうまい取り組みです。
その「おわせ暮らしサポートセンター」は、見世土井家住宅の近くの熊野古道沿いの古民家を拠点として活動されています。
尾鷲 かいわい_e0164563_09370089.jpg
この日は事前に予約し、サポートセンターのKさんの案内で見世土井家住宅を見学させていただきました。

見世土井家住宅のそれぞれ建物は、外から見ている限り比較的状態がよく維持管理をきちんとすればこれからも十分に活用できる建物です。DIYで有志が修理などされているそうですが、なにせ建物規模が大きく、庭の草刈り一つとっても大変です。
この日、定年後に愛知県から尾鷲に移住されてきた方がボランティアで草刈りをされていました。
サポートセンターでは、空き家活用のための様々な活動もされているそうで、この方が第1番目の移住者だそうです。
尾鷲 かいわい_e0164563_09370031.jpg
蔵が3棟あるのですが、その活用を考えられているそうなのですが、資金面など問題が山積みです。私も仕事柄改修の仕方などについてちょっとアドバイスをさせていただきました。
尾鷲 かいわい_e0164563_09365869.jpg
1時間半ほどKさんと話をしながら建物を見て回り、その後尾鷲の街を散策することに。
熊野古道沿い周辺には連続性はありませんが、いい町家が点在し残り、趣のある街並みを形成しています。
尾鷲 かいわい_e0164563_09365815.jpg
尾鷲 かいわい_e0164563_09365941.jpg
この建物は、「松の湯」という屋号の元お風呂屋さん。
尾鷲 かいわい_e0164563_09365983.jpg
尾鷲神社の鳥居の横の2本の「大楠」。
手前の大楠は、樹齢1000年以上と推定され、目通りの幹回りは10mとか、歴史を感じます。神社の横を熊野古道が走ります。
尾鷲 かいわい_e0164563_09365991.jpg
その熊野古道の「馬越(まごし)峠」越えの石畳。
国道42号線ができるまでは、この道が幹線道路だったのですが、かなりきつい坂道です。
尾鷲 かいわい_e0164563_09371314.jpg
尾鷲港の漁船の船溜まり、磯の香りと漁港のこんな景色が好きです。
尾鷲 かいわい_e0164563_09365927.jpg
午後はちょっと足を延ばし、あの「九鬼(くき)水軍」の発祥の地として知られる、尾鷲市九鬼町に向かいました。
九鬼集落は、尾鷲市の中心部から南西に10kmほどのところにある小さな漁村です。
昭和32年に国鉄(紀勢線)尾鷲・九鬼間が部分開通するまでは、陸路は急峻な山越えの道でまさに陸の孤島といわれていました。

JR東海の紀伊本線の九鬼駅。
尾鷲 かいわい_e0164563_09371353.jpg
九鬼集落は、山と海に挟まれた狭い斜面に路地が迷路のごとく繋がり、その路地に家が連なって建ちます。
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尾鷲市のホームページによると九鬼町の人口は、1960年(昭和35年)の2,150人をピークに2018年(平成30年)は439人と58年間で1/5に激減しています。
集落内を歩いていると空き家が目立ちます。
尾鷲 かいわい_e0164563_09371485.jpg
確かに老いて足腰が弱ると手すりがついているとはいえこの階段はきついかもしれません。
尾鷲 かいわい_e0164563_09371432.jpg
集落内を歩いていると空き家が気になりますが、立派な建物の多さにも目をひかれます。
たとえばこのお宅の大屋根の軒は「かしき造り」です。
「かしき造り」とは2階化粧野地の凝った様式で、出桁を腕木で受け、軒の出を大きく取り壁を雨から守る工法です。
腕木と出桁の間の水平な面には、ケヤキか杉の一枚板を張ります。当然一般的な軒おさまりよりかなりの費用がかかります。また雨戸の「鏡板」も杉の柾板を「矢羽根網代」に編んでいます。
このような家が結構多くあるのです。
サポートセンターのKさん曰く、ブリ漁でもうけた「ブリ御殿」だそうです。こんな立派な家が空き家になるのはもったいない話です。
尾鷲 かいわい_e0164563_09371344.jpg
路地を歩いていてサポートセンターのこんな張り紙を見つけました。
ちなみにKさんも九鬼に移住してきたそうです。
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この日は一日雨が降ったりやんだりの町散策には不向きな天気でしたが、過疎化の厳しい現状の中で何とかせねばとの「おわせ暮らしサポートセンター」の活動を知り、応援できることはしてみたいと考えさせられた一日でした。
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by y-tukide | 2019-09-24 10:30 | かいわい

築38年のリノベーション「宇治 吉野桧と漆喰の家」―建物見学会


9月7日(土)・8日(日)の両日、ご引っ越しされてまだ日もたたないにも関わらず、お施主様のご厚意により見学会を開催させていただきました。
両日とも残暑厳しい中、大変多くの皆様にご参加いただきスタッフ一同大変感謝しています。
改めましてお施主様、ご参加いただきました皆様にお礼申し上げます。
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延床面積29坪の築38年の古屋付の土地を購入され、今回その建物の床面積を6坪ほど減築し、耐震性能を高め、狭いながらも快適に住めるようにリノベ―ションしました。

減築前の建物。
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6坪減築することにより、広々とした駐車スペースとご家族でバーベキューなども楽しむことができる庭を設けました。
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玄関には、お手持ちのアンティークな下駄箱が置かれています。
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改築前の1階は、4畳のキッチンと6畳のダイニング、そして6畳の和室が2室と廊下に区切られていたのですが、今回、区切りを取り払い18畳のLDKとしました。
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LDKは、床・天井を吉野桧、床の一部は畳敷き、壁は漆喰仕上げです。
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キッチンからは、家族の様子が伺え、庭の木々を楽しむことができます。
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キッチンの東側に洗濯干しなど家事同線を考え、サービスデッキを設けました。
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奥様は、必要なもの以外は極力物を購入しないし置かない主義、そして家は広いよりも狭い方が生活しやすいというお考え。
台所周りの物も非常にコンパクトにきれいに収まっています。
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さほど広くない洗面脱衣場もすっきりしていて使いやすそうです。
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2階の7畳ほどのフリールーム、床は吉野杉板張り、将来は子供部屋として使われます。
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畳敷きの主寝室、隣接して納戸があります。
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小さな家ですが物が少なく、奥様は片づけ上手。
住まい手の住み方に合わせリノベーションされ、それをうまく使いこなされているお宅です。
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by y-tukide | 2019-09-17 09:00 | 見学会・イベント

美作国 津山散歩

津山市は、岡山県の北部に位置し、北は鳥取県に接する町です。

古くから美作(みまさか)地域の中心で、美作国の国府が置かれていました。

江戸時代には、「本能寺の変」で信長の小姓として非業の死をとげた森蘭丸の弟である森忠正が、美作十八万六千五百石に封じられ、本格的な平山城である津山城を築き、城下町として発展しました。

また津山は、町中を出雲国松江と播磨国姫路を結ぶ「出雲街道」が走り、宿場町しても栄えた街でもあります。

美作国は、林業が盛んで製材所や市場も数あり、私はこれまでに仕事でこの地方には何度か訪れています。その際、津山にも来たことがあるのですがさらっと街を見ただけだったので、今回はじっくり街を散策することにしました。


森忠正が築き、明治の廃城令により天守をはじめする建物取り壊されましたが、石垣は当時の姿で残っています。

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城の近くで見つけた「津山高等学校本館」(旧津山中学校本館)。

この建物は、明治33年に建てられたもので現在も現役で使われています。

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JR津山駅の南側にある旧津山扇形機関車庫と転車台。

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機関車収容線数は17、京都の梅小路に次ぐ2番目の規模だそうです。

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次に向かったのは、出雲街道沿いの城東地区。

この地区の街並みは、2013年に重要伝統的建築群保存地区に指定されています。

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なまこ壁やうだつ、虫籠窓(むしこまど)、連子格子など当時の面影が色濃く残る街並みです。

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何軒かの町家の軒先に缶風車が。

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ここ城東地区は、渥美清の「男はつらいよ」の最終作である48作目のロケ地でもあります。

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散策途中で昼飯は、ご当地グルメでB1グランプリに入賞した「津山ホルモンうどん」をいただくことに。

街道沿いにあった橋野食堂は行列が!

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店の説明書きによるとこの店は、創業130年の老舗食堂。すぐ隣の精肉店より仕入れる鮮度抜群のホルモン入りうどんが名物とか。

ぷりぷりで甘みのあるホルモンとシャキシャキもやしが、みそダレうどんとマッチして、なかなかの味。ペロッとたいらげました。

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食事の後もう一度城東地区に戻り散策。

寺のような構えの建物にレンガ造りの外構。この和洋折衷の建物は大正9年に建てられた元銀行の建物です。

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そしてこの町家の瓦葺屋根は、垂木が丸竹でそれに割竹を縄でくくりつけ、その上に杉皮を敷いた造りです。

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軒先も竹下地がそのまま化粧になっていました。

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この日は一日中、小雨が降ったりやんだりの天気でしたが、見どころが多い散歩でした。

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by y-tukide | 2019-09-09 16:54 | 散歩

播磨国 龍野散歩

兵庫県たつの市は兵庫県の南西部に位置し、市の中央部の龍野エリアは龍野藩五万三千石の城下町で、その町割りが江戸時代そのままに今も残っています。
龍野城は、赤松氏によって築かれた鶏籠山山頂の山城だったのですが、豊臣秀吉に明け渡した後、山麓の現在の場所に移され、江戸時代に信州飯田から脇坂安政が入封し、以来10代200年間続き明治に至ったそうです。
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また龍野は醤油の町でもあり、とりわけ淡口醤油の生産が盛んです。
龍野醤油醸造の始まりは、四百数十年前からだそうで、盛んにおこなわれるようになったのは、醤油の原料である良質の大豆、小麦と赤穂に近く塩が手直に得られたこと、そして市内を流れる揖保川水系の良質な水が得られたことが上げられ、現在でも淡口醤油の一大産地です。
この建物は、ヒガシマル醤油の第2工場跡。
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街を散策していると醤油蔵跡や商家の屋敷や蔵を多く見かけ、往時の繁栄ぶりがうかがえます。
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このレンガ造りの建物は、うすくち龍野醤油資料館。
ヒガシマル醤油(株)の旧本社と醤油蔵を資料館として活用し、醤油づくりの今昔を見ることができます。
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醤油の街らしい醤油・もろみの自動販売機。
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偶然見かけた「舟板」を腰板に再利用した土塀。
うすくち醤油の最大の消費地は、京都と大阪です。龍野から揖保川を高瀬舟で下り、瀬戸内を航行して京都・大阪に販路を求めたそうで、この舟板はその高瀬舟ものではないかと勝手に推測しています。
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龍野地区は、兵庫県の「景観形成地区」に指定され、地区の歴史的な景観の保全が進められています。
この下川原商店街も少し前まではアーケードがかかり、「看板建築」などで情緒ある街並みが阻害されていたのですが、そのアーケードを取り外し修景事業が進められ、伝統的建造物群保全地区の指定を目指し頑張っておられます。
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そんな街中で明治の建物を再生し、観光客が気楽に休憩できるスペースとトイレを備えた「かどめふれあい館」。
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その近くにこんな蔵が!
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龍野の名産は、醤油だけではなく約600年の歴史を持つ手延べ素麺「揖保乃糸」があります。農閑期の副業として発達した産業です。
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昼飯に、錦糸卵・アナゴ・梅干しが入った揖保乃糸のにゅう麺をいただきました。
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今回、龍野を訪れて確かに他の地方都市同様に人口減少や老齢化は同じかもしれないが、町の歴史に誇りを持ち、この町特有の街並みと情緒を残し、次の時代につなげようと努力されている人たちの心意気を感じました。
龍野はもう一度訪れてみたい魅力のある町です。
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by y-tukide | 2019-09-02 09:00 | 散歩