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2019年 去り行く年の思い出フォトブログ

20191月 2019年お正月休み

今年のツキデ工務店のお正月休みは、昨年暮れの29日から新年の3日とちょっと短めの正月休みでした。

休み初日の29日は、自宅の大掃除。

そして翌日の30日から、息子・娘の3家族で南紀那智勝浦に23日の旅をしました。

31日の早朝、宿の近くの海岸から見た2018年最後の日の出。

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そして2019年元日、初日の出を拝みにまた宿の近くの海岸へ。

カメラの露出をアンダーに、絞りを十分絞りこんだらこんな初日の出の写真が撮れました。

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20192月 東紀州 紀北町散歩

「紀北町」は紀伊半島の東部、東紀州の玄関口に位置し平成17年に旧海山(うやま)町と旧伊勢長島町が合併し誕生した人口2万人程の小さな町です。

以前から紀勢自動車道を走り南紀の那智勝浦などに行くとき、通り過ぎるこの町が気になっていたのですが、この日早朝から紀北町に相棒をつれ向かいました。

今年も心強い相棒といろんなところに行くことが出来ました。

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20193月 (旧)枚方宿町家再生工事―2

今年、まだ工事中の建物もありますが5棟もの古民家再生工事をさせていただきました。

来年も予定している再生工事、頑張りたいと思います。

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20194月 備中「吹矢」散歩

岡山県西部の山間の町「吹矢(ふきや)」は、江戸時代から明治にかけて鉱山の町として栄えた町です。特に江戸時代末期からは、ベンガラの国内随一の産地として名を馳せました。

赤胴色の石州瓦とベンガラ色の外観の連続した家々は、他の地域では見られない独特の街並みを形成しています。

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20195月 越中富山の旅―その2―

ゴールデンウィークの後半、越中富山方面を二泊三日で気ままに旅しました。

朝食後レンタカーを借り、世界遺産に指定されている「五箇山」の「相倉合掌造り集落」へと向かいました。

途中見かけた砺波平野の「散居村(さんきょそん)」の風景。

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相倉合掌造り集落

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20196月 北国街道 今庄宿から鯖江宿を行く

「北国街道」は、滋賀県彦根市の鳥居本宿で中山道と別れ、米原・長浜・木之本を通り栃ノ木峠を越えて、越前・加賀へと抜ける街道です。

この日は、今庄から相棒と北国街道を鯖江宿へと向かうことにしました。

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北国街道沿いには、当初想像していた以上に往時の面影が残り、街道沿いの集落も趣がありました。そしてその魅力にはまり、そのあと「鯖江から金津」→「金津から加賀温泉」と北国街道を行きました。

さすがに加賀温泉以北には日帰りはきついので、来年は泊りがけで先を行きたいと思っています。

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20197月 広島 出張

広島県の三好市在住のお客様と打合せがあり広島に出張することに。

広島は、私が所属する工務店のグループの例会で訪れたことはありますが、観光したことはありません。そこで今回せっかくなので、前泊し広島観光をすることにしました。

そして朝一番に向かったのは、広島観光の定番である日本三景の一つの「安芸の宮島」です。

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次に向かったのは「平和記念公園」。

私は、この年になって恥ずかしながら「平和記念公園」に行くのは初めて。

「原爆ドーム」や「広島平和記念資料館」、原爆投下によって焦土と化した惨状やあまりにも悲惨な情景を撮った写真や絵、文章、まさに地獄の様。

あの日のことを忘れず、二度と戦争、ましてや原爆など使われることのない世の中にしていかねばならないと強く感じました。

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20198月 養父市かいわい

兵庫県養父市の大杉地区は、大屋川流域の山村集落で平地が少なく、冬は雪が多く古くから養蚕や家内製糸が副業として営まれていました。そして今もこの地域では23階建の養蚕農家住宅群が残っています。

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集落の入り口に建てられていた、ユニークな木彫りの狛犬。

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20199月 美作国 津山散歩

津山市は、岡山県の北部に位置し、北は鳥取県に接する町です。

古くから美作(みまさか)地域の中心で、美作国の国府が置かれていました。

江戸時代には城下町として、また「出雲街道」の宿場町しても栄えた街でもあります。

この日、朝早く自宅を出、日帰りで津山を散策しました。

垂木が丸竹でそれに割竹を縄でくくりつけ、その上に杉皮を敷いた瓦葺の町家。

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JR津山駅の南側には、旧津山扇形機関車庫と転車台があります。

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201910月 尾鷲かいわい 須賀利

尾鷲市の須賀利(すがり)町は、人口220人程の小さな漁村です。

昭和57年に県道202号線が開通するまでは、車では行けず尾鷲港と結ぶ巡行船が唯一の交通手段の陸の孤島でした。

背後の深い山々に囲まれ、瓦屋根の民家が湾沿いに円弧上にひしめく須賀利の漁村風景。

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201911月 秋色の湖東三山

今年の秋は温暖で、紅葉の色付きが遅かったようです。

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201912月 孫たちと備中の旅

クラブ活動や塾で忙しくしている中学生の孫二人が、試験も終わり土日に休みが取れたので、小学2年の孫娘と妻と5人で備中岡山の旅をしました。

このメンバーで旅するのは14ヶ月ぶりです。

最初に向かったのは、日本三大山城の一つである「備中高梁城」です。

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翌日は倉敷へ。

次回は、このメンバーで三大山城のもう一つの「美濃岩村城」に行こうと約束しました。

何かと忙しい彼ら、さていつになることやら。

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今年も好きな「街道を行く」や知らない街歩きなど色々することが出来ました。

ありがたいことです。

実は今年、私は40年間続けてきたツキデ工務店の代表取締を退任し、息子である築出亮に引き継いでもらいました。

そして今は、相談役・会長として手助しています。

そんなこともあり来年は、今までよりは自由な時間が取れそうなので、その時間を有意義に使って行きたいと思っています。

今年最後のブログとなりました。

今年一年、私のつたないブログを御笑覧いただきありがとうございます。

このブログも来年で12年目となります。来年も頑張ろうと思いますのでよろしくお願いします。

それでは皆さんよいお年を迎えてください。

20191月 熊野那智大社にて。

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by y-tukide | 2019-12-23 09:00 | 去り行く年の思い出フォトブログ

茨木の古民家再生工事

大阪の茨木市で古民家再生工事をさせていただいたのですが、完成し竣工写真を撮らせていただきましたので一部を紹介させていただきます。
この建物は、広大な敷地に長屋門・主屋・蔵二棟・納屋があり、今回長屋門と主屋を中心に改修させていただきました。
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長屋門を入ると主屋と立派な庭が現れます。
主屋は、たぶん明治期に建てられたものであると思われますが、これまでに何度も増改築され手が加えられています。
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往時の玄関は、客人用の「式台玄関」と家人など用の玄関に分かれていたと思われますが、いつの頃か改修され現状は式台玄関があったところは応接間に代わり、家人用の玄関のみとなり、そこには引き違いの木製建具2枚がはまっていました。
今回、往時はまっていたであろう片引きの「腰板付障子戸」を再現しました。
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「ニワ」と呼ばれる6畳ほどの土間を含む玄関内部は、12畳ほどの広さだったのですが、ある時期にその一角に四畳半のお茶室が設けられました。
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そのお茶室は今回、赤松の床柱・竿天井などを残し、畳を板張りし子供部屋としました。
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ゲンカンニワから「目板格子戸」は開けるとトオリニワがあり、右手にカマドいわゆる「おくどさん」がある土間に繋がり、左手にダイドコがあるのが、農家型民家の間取りの特徴ですが、以前の改修ですでに土間部分はすべて板張りのDKに改装されていました。
ただ土間には、太い丸太の「煙返し」が架かり、床を上げると天井高さが取れないので居間部分と板張りのDK部分の床には20cmの段差がありました。
今回の改修では、その「煙返し」の丸太に虫害があったこともあり、一回り太い丸太に取り換え、なおかつ高さを30cm上げ、床の段差を解消することにしました。
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今回の工事で「煙返し」を取り換え上げる仕事が腕の見せ所で、大変うまく収まりました。
あたらしく入れ替えた赤松の丸太は、長さが5.6m、直径は末口30cm、元口40cmの丸太で既存の丸太より一回り大きく、27cm幅の「太鼓」に摺っています。
この丸太の重さは400キロ近くあり、8人がかりで家の中に取り込みました。
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今年の紅葉はどこも遅れ気味、こちらの庭も師走というのに秋色に染まっていました。
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by y-tukide | 2019-12-16 09:00 | 仕事色々

孫たちと備中の旅

クラブ活動や塾で忙しくしている中学生の孫二人が、試験も終わり土日に休みが取れたので、小学2年の孫娘と妻と5人で備中(岡山)を旅をしました。

このメンバーで旅するのは14ヶ月ぶりです。

新幹線で岡山駅に行き、伯備線の「特急やくも」に乗り換え「備中高梁(びっちゅうたかはし)」駅に着いたのが940分。

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駅から向かったのは「備中松山城」。

備中松山城は、日本三大山城(美濃岩村城・奈良の高取城・備中松山城)の一つで標高478の「臥牛山」山頂付近に建ち、三大山城の中で唯一天守が現存する山城です。

「ふいご峠」までタクシーで行きそこから山道と石段を上ります。

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この日の備中高梁の天気予報による早朝の気温は1℃。

孫達に寒いだろから冬装束で来るように言ったものの、この日は風もない秋晴れ。

早々に厚い上着を脱ぎ、汗しながら登ります。

20分ほど登ると天然の巨岩の上に石垣が積まれた城壁が現れます。

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岩山である臥牛山の特徴を生かした天然の要害です。

私がこの城を訪れるのは2度目です。彼らにもこの城を見せようと今回計画しました。

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そして小ぶりですが青空に漆喰の白が生える天守閣が現れます。

この天守は、国の重要文化財に指定されています。

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一息つき、城を見学し下山します。

城下におり昼食をとり、その後街並み散策をすることに。

備中高梁は、城下町であると共に交通の要所として商業も栄えた町でもあり、今も古い街並みが随所に残っています。

そんな街並みで「男はつらいよ」のロケも2度行われています。

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ここは「石火屋町」という武家屋敷通り。
緩やかな坂道に白壁や土塀が連なります。

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「長屋門」があるこの武家屋敷の「旧折井家」ともう一軒「旧埴原家」は、今も当時のまま残っていて見学することができます。

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秋晴れのもと、座布団が置かれた座敷の縁側に座り日向ぼっこ。

他に見学者もいない静寂の中、あまりの気持ち良ささにだらしない格好で昼寝モードに。

こらあかんと彼らを起こし、次へと向かいました。

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次に立ち寄ったのは武家屋敷通りの先にある、立派な石垣の臨済宗の禅寺である「頼久寺」。

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この寺には、江戸期の土木建築技術者で茶人だった「小堀遠州」作庭で背後の山を借景にした「蓬莱式枯山水」の国指定名勝庭園があります。

頼久寺は、江戸期に小堀正次(遠州の父)親子が、松山藩の御領代官として赴任している時に居どころとしていたところで、政務の傍らにこの庭を作庭したものだそうです。

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高梁の街を結構歩いた後、備中高梁駅に戻り、この夜の宿のある岡山駅に向かいました。

翌日は岡山城・後楽園を散策し、そのあと倉敷美観地区へと向かうお決まりの観光コースです。

岡山駅前の宿から路面電車に乗って、まずは岡山城に向かいます。

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岡山城は、豊臣秀吉の家臣で豊臣五大老の一人であった「宇喜多秀家」が築いた城、黒い下見板張りの外観から別名「烏城(うじょう)」と呼ばれています。

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続いて特別名勝の「後楽園」へ。

後楽園は、岡山藩主であった池田綱政が十数年の歳月を要して作らせた広大な大名庭園です。この日は日曜日とあって多くの観光客が訪れていました。

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後楽園を後に、また路面電車に乗りJR岡山駅へ。そして電車に乗りJR倉敷駅へ。

倉敷駅から歩いて向かう途中に昼食をとり、倉敷美観地区に向かったのですが、岡山県屈指の観光地であるこの地区、覚悟はしていたのですが想像以上の人の多さに唖然。

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この写真は2年前の正月(2017年お正月休みーその2)に家族で倉敷に泊まり、早朝に撮った人っ子一人いない同じ場所での写真。

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よく歩いた今回の備中の旅、彼らはそれなりに楽しんでくれたようです。

さて次回このメンバーでの旅はいつになることやら。

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by y-tukide | 2019-12-09 09:00 |

三重 美濃街道かいわいを行く

この日、「美濃街道」を久しぶりに相棒と行きました。
「美濃街道」は、三重県の桑名を走る東海道から分岐し、揖斐(いび)川の右岸に沿って美濃国(岐阜県)に至る街道です。
桑名駅前の駐車場に車を止めて相棒を下ろし、そこから「七里の渡し跡」に向かいました。
「七里の渡し」は、東海道の唯一の海路である宮宿(名古屋市熱田)と桑名宿の七里(28km)を結ぶ渡しです。
以前、「濃州街道」を行った時もこの渡し跡から出発しました。
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七里の渡し周辺は、揖斐川を臨む水城の桑名城があった場所で現在は公園として整備されています。
城跡の揖斐川に通じる堀を利用した船溜まり。
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そしてこの先が、揖斐川・長良川・木曽川いわゆる木曽三川が伊勢湾に流れ込むところで、雄大な風景が広がります。
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また近くには、山林王と呼ばれた桑名の実業家、二代目諸戸清六の邸宅で大正2年に竣工した「六華苑」があり、美濃街道を行く前に見学することに。
六華苑は、18,000㎡の広大な敷地に洋館・和館・蔵などの建築群と日本庭園で構成されています。その中で洋館の建物は、明治に建築学教授としてイギリスから来日し、傍ら「鹿鳴館」をはじめとした明治政府関連の設計を手がけた「ジョサイア・コンドル」の地方で唯一の作品です。
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見学後、渡し跡の旧東海道に戻ります。
江戸時代より桑名といえば「桑名の焼き蛤」が有名ですが、七里の渡し跡の旧東海道沿いには、今も蛤料理屋が何軒も並びます。
その旧東海道を少し行き、美濃街道との分岐点を右折し北上します
桑名市街地の中心部の街道沿いに残る古い町家は数えるほどですが、道端の地蔵堂など面影を探しながら街道を行きます。
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市街地を抜けると街道は養老鉄道沿いを進みます。
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「下野代」という集落に入ります。落ち着いたたたずまいの街並みが続きます。
街道沿いに立つ一対の常夜灯の間を進むと養老鉄道の踏切があり、その先に100段ほどの階段が一直線に伸びています。「徳蓮寺」という真言宗の寺の参道です。
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寺伝によれば、820年に弘法大師空海により建立されたとされています。本堂の中には、江戸時代から明治にかけて奉納されたナマズやウナギなどが描かれた250枚ほどの珍しい絵馬が奉納されています。地震除けを祈念して奉納されたものだそうです。
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下野代集落を抜け、肘江川を渡り進むと街道は田園風景の中を走ります。
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そして「戸津」という集落に入ります。
集落内の狭い道を行くと立派なお屋敷が現れます。村の庄屋を世襲していたお宅だそうです。
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ここから街道を離れ西に走り「多度大社」に向かうことに。
多度大社に近づくと門前町の風情を残す街並みが現れます。
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そして多度大社。
「お伊勢参らばお多度をかけよ お多度かけねば片参り」と謡われ、伊勢神宮に対して、北伊勢神宮と呼ばれたそうです。表参道の石段を登り進むと谷川に架かる橋を渡ったところに本宮があります。
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多度大社を参拝し、遅めの昼食をとりそのあとも街道を離れ、今度は逆の東に走り「木曽三川公園」へと向かいました。
というのも朝見た揖斐川・長良川の雄大な景色を公園内に併設する高さ65mの展望タワーから木曽三川を眺めたみたい思ったからです。
眼下に右から揖保川・長良川・木曽川が「背割り堤」に仕切られ悠々と流れています。
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「背割り堤」とは、隣り合って流れる二つの川の境界に造られた堤防のことです。
洪水から地域を守るために、木曽三川を完全に分流する工事が、明治にオランダから招かれたデ・レーケらの技術者によって行われました。
これらのことは、2016年5月に行ったツキデ工務店の有志による建築探訪「デ・レーケを学び、明治村・如庵を見る」で知ったことです。
その時にもう一つ知った、背割れ堤を守り、川の中心に水を流すために、岸から突き出した「ケレップ水勢」も遠くに見られました。
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時刻は午後4時、いい時間になりました。
帰りは養老鉄道の多度駅で相棒を輪行袋に納め、車を置いてある桑名駅へと向かい帰路につきました。
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by y-tukide | 2019-12-02 09:00 | かいわい