人気ブログランキング |


日記


by y-tukide

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ

全体
街道を行く
かくれ里を行く
かいわい
散歩
早朝散歩

鉄道ブラ旅

水汲み
お知らせ
建物探訪
去り行く年の思い出フォトブログ
見学会・イベント
仕事色々
お寺の山門再生工事
伝統工法町屋改修技術を学ぶ
奥村先生とまことさん
雑誌掲載
我が社の年賀状
研修
お茶会
宇治川花火大会
天満天神繁昌亭
大相撲宇治場所
社員旅行
引っ越し
夏休み
お正月
我が家のツバメ
季節の花色々
思い出
未分類

以前の記事

2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月

フォロー中のブログ

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

(14)

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
近畿

画像一覧

<   2020年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

2020年 春

2020年 春_e0164563_09373107.jpg
2020年 春_e0164563_09373125.jpg
2020年 春_e0164563_09373186.jpg
2020年 春_e0164563_09373299.jpg
2020年 春_e0164563_09373213.jpg
2020年 春_e0164563_09373200.jpg
2020年 春_e0164563_09373297.jpg
2020年 春_e0164563_09373323.jpg
2020年 春_e0164563_09373380.jpg
2020年 春_e0164563_09383552.jpg
2020年 春_e0164563_09383573.jpg
2020年 春_e0164563_09383617.jpg
2020年 春_e0164563_09383601.jpg
2020年 春_e0164563_09383647.jpg
2020年 春_e0164563_09383592.jpg


by y-tukide | 2020-03-30 09:00 | 季節の花色々

広野の家

宇治市の広野町で、お施主様が購入された築30年の家をリノベーションさせていただき、この度めでたく完成しましたので、完成写真を一部紹介させていただきます。
今回の改修では、事前調査の結果、屋根と外壁は状態が良かったので現状のままとし、主に内部を中心にしました。
ただ1階の外壁は、断熱性能を上げるために新たに設置したアルミサッシ周りの壁と以前のアルミ玄関戸を片引きの木製建具に変えた部分の壁は補修としました。
広野の家_e0164563_10094035.jpg

スリットにガラスを仕込んだ木製片引き玄関戸は、桧の柾板で仕上げました。
広野の家_e0164563_10094017.jpg

リノベーション前の玄関内部。
広野の家_e0164563_10100663.jpg

リノベーション後の玄関内部。
床・天井は吉野桧張り、壁は珪藻土塗、下駄箱は造り付けで天板は桧の一枚板です。
土間のタイルは既存タイルを再利用しています。
広野の家_e0164563_10094074.jpg

以前1階には、道路に面する庭側に半間の床の間と1間の押し入れがある6畳の和室があり、隣接して奥に12畳のLDKがありました。
広野の家_e0164563_10100770.jpg
広野の家_e0164563_10100739.jpg

今回、必要な耐震補強をした上で、2室の間仕切りを取り払い、20畳のワンルームのLDKとしました。
広野の家_e0164563_10093995.jpg
広野の家_e0164563_10093938.jpg
広野の家_e0164563_10094160.jpg

玄関ホールから片引き戸を開けリビング入ると、正面に造り付けのゆったりした広さのソファーがあります。
広野の家_e0164563_10094010.jpg

リビングから庭に開かれた1.5間の大開口の掃き出し窓には、引き込み障子を仕込みました。
広野の家_e0164563_10094096.jpg

リノベーション前、階段は玄関ホールにあったのですが、今回ダイニングの前から2階へとつながるように架け替えました。
広野の家_e0164563_10093937.jpg

以前の玄関ホールは4畳とゆったりした広さで、それに対し洗面脱衣室は1.5畳と大変狭かったのですが、今回玄関ホール広さを2畳とし、減らした分洗面脱衣室と浴室を広く取りました。
広野の家_e0164563_10093988.jpg

架け替えた階段と階段室。
広野の家_e0164563_10100668.jpg

階段室の奥は以前、納戸だったのですがそこにトイレを新たに設けました。
広野の家_e0164563_10100708.jpg

2階には、つづきの6畳二間と7.5畳の洋間があったのですが、つづきの和室の壁・天井は既存のままで、そのうちの1室の床は吉野杉張りとしました。
また、断熱性能を上げるために既存のシングルガラスの開口部に、内付けサッシをはめ、その内側に既存の障子を再利用しました。
広野の家_e0164563_10100636.jpg

築後30年を経てきたこの家、今回の改修で耐震性能や断熱性能を高め、新しい住まい手が健康的で快適に住まえるように新たな付加価値を加えて生まれ変わり、これからまだ次の30年に向け住まい手とともに歩んでいきます。
広野の家_e0164563_10100750.jpg


by y-tukide | 2020-03-23 09:00 | 仕事色々

孫たちと美濃路をいく

この春、中学を卒業する孫と中学2年になる孫と3人で、卒業祝いを兼ねて美濃路を一泊二日で旅しました。
初日の目的地は、岐阜県恵那市にある岩村城です。
岩村城は、日本三大山城(美濃岩村城・奈良の高取城・備中松山城)の一つで、標高717mの日本一高い場所に建つ山城です。
昨年の冬に彼らと備中松山城に行ったのですが、それに続く三大山城巡りです。
早朝から車で向かい、城の麓にある岩村の城下町に着いたのが10時前。
朝飯が早かったので小腹がへり、まずはクルミ入りの五平餅を着いて早々いただくことに。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394985.jpg

あいにくこの日は一日中雨、傘をさしての街歩きです。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394905.jpg

城へと続く緩やかな坂道沿いには、歴史的な街並みが残り、国の「重要伝統的建造物群保存地区」にも指定されています。
私は、5年前にも恵那から明智に通じるローカル鉄道である「明智鉄道」に乗り、妻と岩村を訪れています。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394924.jpg

今回ここにきて初めて知ったのですが、2年前のNHKの連続テレビ小説「半分、青い」に登場した「ふくろう商店街」の撮影がここで行われ、商店街にロケセットを組み、昭和の街並みを再現し撮影されたそうです。
撮影開始直後から観光客が多く訪れ、週末には本通りが人並みであふれ、ドラマに登場した五平餅を求め長い行列が出来たそうです。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394918.jpg

今は、以前の静けさに戻ったようです。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394991.jpg

そして街並みが途絶えた城への入り口には、城下の監視と領民に時刻を太鼓で知らせた「太鼓やぐら」が現れます。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394823.jpg

ここからきつい上りの石畳の道が続きます。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394878.jpg

平たん部が無くひたすら続くのぼりを傘をさしながら、雨に濡れた石畳を踏みしめ30分、ようやく城跡に到着。
岩村城は別名「霧ケ城」とも言いますが、雨に煙る城跡は幻想的でした。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394896.jpg
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394886.jpg

本丸跡にある井戸跡にかけられた唯一の屋根の下でしばし休憩し、引き返すことに。
傘を差し登ってくるのも大変でしたが、下りは楽かと思いきや、濡れた石畳は滑りやすくこれまた大変でした。
何とか無事に城下におり、昼食を済ませ、雨でぬれた体を温泉で温めようと早めに今宵の宿のある中津川に行くことにしました。

翌日は、宿から車ですぐのところにある中山道の宿場である美濃「妻籠宿」から馬籠峠を越えて木曽「妻籠宿」まで中山道を歩くことに。
というのも私は、中山道を滋賀の草津宿から長野の塩尻まで歩いていますが、その中で人気のこのコースを彼らに一度体験させようとの思いからです。
彼らは、「中山道」という名を聞くのも初めてです。

この日は、昨日と一転快晴の街道歩き日和。
気持ちよく馬籠宿を9時前に出発。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14394955.jpg

明治の文豪「島崎藤村」の生誕の地でもある馬籠宿は、常に観光客でにぎわっていますが、さすがに朝早くからは観光客もいません。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14395833.jpg

馬籠宿を後に街道は、野や林の中を走ります。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14395920.jpg
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14395909.jpg

このコースは、人気もあることからよく整備され、途中にトイレや休憩所もあり、道標も随所に立てられているので道を間違えることはありません。
また、クマに注意とクマよけの鐘が数カ所設けられています。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14395941.jpg
このあたりまで来ると、街道側に2階の梁が街道に向かい張り出した、木曽や信濃地方特有の「出梁(だしばり)造り」の民家が現れます。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14395922.jpg

そして標高801mの馬籠峠に到着。
これまでは上りでしたが、峠を越えると妻籠宿までは下り道です。
そして700m程下って行くと「一石栃」という所に「立場茶屋」があります。
往時はここに七軒程の民家があったそうですが、現在は一軒だけが残っています。
この建物は、築250年ほどの建物で、現在「公益財団法人 妻籠を愛する会」が管理されています。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14395988.jpg

5年前に訪れた時もそうでしたが、中では囲炉裏が焚かれ、ボランティアの方が出してくださった漬物をつまみ、お茶をいただきました。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14400045.jpg

ここで暖かいもてなしを受け一息つき先を進むと、街道はきれいな谷川沿いを走ります。
川の瀬音を聞きながら気持ちよく歩いていくと「男滝」「女滝」が現れます。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14400079.jpg

滝を後にさらに進むと、視界が開け「大妻籠」の集落に入ります。
このあたりも妻籠宿保存地区の一部で、街道端には「袖うだつ」が上がり、「出梁(だしばり)造り」の民家が軒を並べます。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14400089.jpg

ようやく「妻籠宿」に着きました。
相変わらず趣のあるきれいな街並みです。妻籠では貴重な文化遺産と自然環境保護のための「妻籠宿を守る住民憲章」が昭和46年に制定されています。その三原則は「売らない」「貸さない」「こわさない」だそうです。
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14400786.jpg

今回の山城と街道歩き、二日間で20kmほど歩きました。
初日は雨の中、二日目の峠道を文句も言わずよく歩いたものです。
彼らと次はどこに行こうか、次は一緒に行ってくれるかどうかはわかりませんが!
孫たちと美濃路をいく_e0164563_14400718.jpg


by y-tukide | 2020-03-16 09:00

生野町かいわい

兵庫県朝来市生野町は、兵庫県のほぼ中央部に位置し、日本で最も古い鉱山の一つである「生野銀山」があり、鉱山町として発展した町です。
生野銀山は、807年に発見されたと伝えられ、室町時代に山名氏により銀鉱脈の本格的な採掘が始まり、織田・豊臣の時代を経て、江戸時代には幕府領として生野代官所が置かれ、生野銀山の最盛期を迎えます。
明治に入ると一時皇室財産となりましたが、明治29年に三菱合資会社に払い下げられ、国内有数の大鉱山として稼動しましたが、昭和48年に閉山し、永い歴史の幕を閉じました。

現在、銀山隆盛の歴史を今に伝える近代坑道である「金香瀬抗」が観光坑道として公開されています。
石積みのこの抗口は、明治初期、鉱山の近代化のために招かれたフランス人技術者が築造した、フランス式抗口です。
生野町かいわい_e0164563_09404366.jpg

観光坑道の見学コースの長さは約1kmで、坑内の温度は年間を通じ13℃です。
坑道を進むと、人形の抗夫が出迎えてくれます。
生野町かいわい_e0164563_09404301.jpg

これは江戸時代の「狸掘り」という採掘、ノミとゲンノウを持ちこの穴を這いながら進んだそうです。
生野町かいわい_e0164563_09404375.jpg

坑内では女性も子供を働いていたようで、過酷な環境下での仕事のためか、抗夫は短命な方が多かったそうです。
生野町かいわい_e0164563_09404478.jpg

近代はダイナマイトで岩を破壊し、鉱石を蓄電池機関車で運び出しました。
生野町かいわい_e0164563_09404346.jpg

30分ほどで坑内を見学した後、生野の町へと向かいました。
「市川」という川沿いの「奥銀谷(おくがなや)」地区の街並み。
生野町かいわい_e0164563_09404463.jpg

JR播但線の生野駅構内にある観光情報センターで街歩きの地図をいただき、観光駐車場に車を止め、車のトランクから相棒を下ろし相棒と街を散策しました。
市川に沿って南北に走る「鍛冶屋町通り」は、銀を運ぶために生野と姫路を結ぶ「銀の馬車道」で、日本で初めての高速産業道路でした。
その道路に面して「見越しの松」が立派な国登録文化財の「綾部家住宅」。
生野町かいわい_e0164563_09405895.jpg

この建物は、醤油屋であった「松本家住宅」。
左側の母屋は大正期の建物で屋根の「軒蛇腹」が特徴的です。
いぶし色に赤身が混ざった屋根瓦は、私は「石州瓦」と思っていたのですが、地元の方に聞くとこの地方で焼かれた「生野瓦」だそうです。
生野町かいわい_e0164563_09404238.jpg

「生野瓦」は天然の鉄分を多く含まれる土が使われ、寒冷な生野の気候に耐えられるように、高い焼成温度で硬く焼かれた瓦です。
街を散策しているとあちらこちらの古い建物の屋根に「生野瓦」葺かれ、生野特有の景観を造り出しています。
ただ残念にも昭和10年ぐらいから生産されなくなったそうです。
生野町かいわい_e0164563_09404432.jpg

生野銀山から市川の堤の上をトロッコが走っていたのですが、その軌道跡が今も残っています。
生野町かいわい_e0164563_09433839.jpg


市川の岩の上にアーチ状に積み上げた石垣が見事です。
生野町かいわい_e0164563_09404431.jpg

この建物群は「旧生野鉱山職員宿舎」。
官営生野鉱山に勤務した日本人官吏のための官舎で、4棟が現存し、このうちの3棟が明治9年に建てられた和風の建物です。
日本で最初の社宅ではといわれています。
生野町かいわい_e0164563_09405730.jpg

ここで生野で生まれ育った地元のボランティアの方に案内していただき、興味深い話と説明を聞くことが出来ました。
その一つの「からみ石」です。
「からみ石」とは、生野鉱山で精錬された鉱石の残りカスを鋳型に入れ成型し、擁壁や家の土台・犬走や側溝などに使用され、「生野瓦」同様、生野特有の景観を造り出しています。
金属の残留物が含まれているので、1個の重さが100㎏ほどあるとか。
生野町かいわい_e0164563_09404473.jpg
生野町かいわい_e0164563_09405891.jpg

静かで趣のある街並みが続く「口銀谷(くちがなや)」地区。
そこに建つ立派な「袖うだつ」が上がるこの建物は、明治19年に建てられた大山師の邸宅です。それを三菱が買い上げ、会社の保養施設・迎賓館として活用されていました。
生野町かいわい_e0164563_09405714.jpg

右側の建物は、「生野まちづくり工房 井筒屋」。
江戸時代、生野銀山町では一般の旅人の宿泊が禁止されており、公事の人だけの宿として6軒の郷宿がありました。井筒屋(旧吉川邸)はその内の1軒です。
母屋は天保3年の建物で、現在は口銀谷の新しい集いの場として活用されています。
生野町かいわい_e0164563_09405715.jpg
この日、建物内にはひな人形が飾られていました。
そしてその手前の間では、市松人形が座談会を開いていました。
生野町かいわい_e0164563_09405753.jpg


by y-tukide | 2020-03-09 09:44 | かいわい

「瀬田の家」

2月29日(土)・3月1日(日)の両日にお施主様のご厚意により、滋賀県大津市で完成建物見学会を予定していたのですが、新型コロナウイルス感染の広がりの状況を勘案し、まことに残念なのですが中止とさせていただきました。
お申込みをいただいた皆様には大変申し訳なく、改めてお詫び申し上げます。

今回、せめて写真でもご覧いただこうと、お施主様のご厚意で「瀬田の家」の完成写真を掲載させていただきました。

この建物のほど近くを旧東海道が走り、少し先には近江八景の一つ「瀬田の夕照」で知られる「瀬田の唐橋」があります。
その旧東海道の一本西側の路地に面した31.1坪の敷地に建つこの建物は、築50年ほどの建物を取り壊し建て替えた、延床面積29.4坪の家族3人が暮らす家です。
「瀬田の家」_e0164563_16193748.jpg

折がね状に走る路地からの視線を遮るために、玄関先に格子を設けました。
「瀬田の家」_e0164563_16193708.jpg
格子は吉野桧、玄関ドアは桧の柾(まさ)板で仕上げました。
「瀬田の家」_e0164563_16193781.jpg

玄関内部の天井は、赤身の吉野杉板張りです。
「瀬田の家」_e0164563_16215437.jpg

玄関内の引き戸を開けると約16畳の広さのLDKと坪庭が広がります。
「瀬田の家」_e0164563_16193705.jpg

床は吉野桧、壁は調湿性・脱臭性の高い湯布珪藻土で仕上げました。
「瀬田の家」_e0164563_16194231.jpg
「瀬田の家」_e0164563_16194450.jpg

玄関とダイニングに隣接して四畳半の和室があります。
「瀬田の家」_e0164563_16195118.jpg

和室の玄関側とダイニング側の開口には、引き込むことが出来る襖があり、必要に応じて開くこともできるし閉じることもできます。
「瀬田の家」_e0164563_16195314.jpg

対面式のキッチン。背面の家具は作り付けです。
「瀬田の家」_e0164563_16195722.jpg

さほど広くないですが、できるだけ使いやすいように作り付け家具などで工夫した洗面・脱衣室。
「瀬田の家」_e0164563_16195945.jpg

限られた空間をできるだけ有効に利用するために便所は、階段の下に設けました。
「瀬田の家」_e0164563_16200218.jpg

2階の階段を上がるとそこには4畳の広さの多目的に利用できるフリースペースがあります。そしてそこからはベランダに出ることができます。
「瀬田の家」_e0164563_16201206.jpg

将来二人の子供部屋となるスペース。今は間仕切りもなくオープンに使用されます。
「瀬田の家」_e0164563_16201269.jpg

6畳の広さの主寝室。作り付けの家具の背後には4畳の納戸があります。
「瀬田の家」_e0164563_16201297.jpg

密集した住宅地の中で路地からの視線を遮るために板塀を立てた坪庭は、採光と風を取り込んでくれます。
さぁーこれからここで新しい生活が始まります。
「瀬田の家」_e0164563_16201209.jpg


by y-tukide | 2020-03-02 16:59 | 見学会・イベント