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三重歴史街道「八風道」を行く

今回も三重県が作成した「みえ歴史街道ウォーキングマップ」を片手に、相棒と「八風道」を行きました。
八風道は、伊勢と近江を結ぶ鈴鹿山脈の八風峠越えの交易路として、鎌倉時代の頃から盛んに利用されていました。
私は以前に、八風道を近江東海道の「武佐(むさ)宿」から八日市を経て、永源寺を通り愛知川沿いを走り八風峠を車で越えたことがあります。
八風道は、現在の国道421号線にあたり、今は峠にはトンネルが出来ていますが、あの当時の峠には、道幅が狭いために大型車が通れないようにコンクリートの塊が峠道の両脇に立てられていて、私の車も幅がぎりぎりで冷や汗をかきながら通った思い出があります。
今回は、三重県側の起点である四日市市の「富田(とみだ)」から八風道を行くことにしました。
早朝に自宅を出て、近鉄名古屋線の「近鉄富田」という駅近くに車を停め、ここから相棒と出発です。
まずは、初めて来た「富田」という町を散策。
駅から南へ海に向かっていくと松並木が残っています。昔はこの辺りが浜辺だったのでしょう。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10245880.jpg

海と並行に走る主要な道に直行して幾筋もの道が海に向かって規則正しく等間隔で伸び、それに町家が連続して並びます。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10251569.jpg

家の棟が道に平行し玄関がある「平入(ひらいり)」の多くの町家には、一階に「出格子」、2階の開放的な窓に「欄干」が設けられ、出格子の前には夕涼みのためなのか「床几(しょうぎ)」がおかれているのが、この辺りの町家の粋な共通点です。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10251902.jpg

そしてここが八風道の起点の「富田一色」の港だったところ。
昭和34年に甚大な被害をもたらした伊勢湾台風後に築かれた防波堤に囲まれ、今は船溜まりになっています。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10252695.jpg

江戸時代、ここから八風道を通り運ばれてきた年貢米が船で運び出されたそうで、周辺には今も蔵がいくつか残っています。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10252335.jpg

「海運橋西詰」、ここから八風道は「八風峠」へと向かいます。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10252919.jpg

少し走ると街道は「旧東海道」と交差し、そしてその先のJR関西線の狭い踏切を渡ります。この辺りには当時の面影などは一切残っていません。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10253344.jpg

市街地を抜けたあたりののどかな街道風景。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10253727.jpg
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10254138.jpg

街道にほぼ並行して三岐鉄道三岐線が通っているのですが、「平津駅」を越えたあたりから街道は「朝明川」沿いを走ります。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10254735.jpg

「山城」という集落の街道沿いにある「櫻神社」。
小高い丘の上にあり、大変急な階段がまっすぐに伸びていて、見上げてこれはちょっときついと参拝はパス。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10255222.jpg

小さな集落やのどかな田園風景を抜け走る街道。
気持ちよく走れるのですが天気が良く、気温が高いこともあり汗だく。
木陰に入ると一瞬ですが癒されます。
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三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10255968.jpg

「菰野町」にある「西信寺」の角で街道は、右に折れるのですが、左にとり寄り道することに。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10260252.jpg

向かったのは「竹成」という集落にある「五百羅漢石仏群」。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10260573.jpg

この小高い山の五百羅漢は、嘉永5年(1852年)に竹成出身の「神瑞和尚」が建立を発願し、「桑名」の石工の手により15年の歳月を経て完成させたもので、一体一体の表情がみな異なります。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10261443.jpg

山頂の大日如来像を中心に、阿弥陀如来や菩薩、天狗、閻魔大王に七福神、はたまた松尾芭蕉とバラエティーにとんでいて、神と仏が入り交じった当時の庶民信仰の多彩さが伺えます。
これは七福神。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10260802.jpg

寄り道して石像を眺めていると時間がたち、これまでの上り坂と暑さで疲れていることもあり、この後無理して八風道に戻り先を行くのをあきらめることに。
そして最寄りの駅である「保々駅」まで走り、そこで相棒を輪行袋に納め、車を停めてある「富田駅」に向かい帰路につきました。
三重歴史街道「八風道」を行く_e0164563_10261128.jpg





by y-tukide | 2020-07-27 11:59 | 街道を行く

築36年の宇治の家 リノベーション

地元宇治に建つ築36年の家をリノベーションさせていただいたのですが、この度めでたく完成し、お施主様のご厚意により完成写真の一部を紹介させていただきます。
この建物は、延床面積が114㎡(34.5坪)の2階建ての瓦葺の建物です。
築36年の家とはいえ、これまで大変大事に使われ、手入れもされていたので状態は悪くなかったのですが、今回の改修では耐震性能・断熱性能の向上を図り、より安全で快適に住める家にすると共に、間取りを変え、自然素材で仕上げることにより、使いやすく健康的な住まいにさせていただきました。
広さは玄関の一部を減築したのですが、基本的には現状のままで、屋根も樋は掛け直しましたが問題が無かったので現状の瓦屋根としました。

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玄関の正面には、既存の門扉があるのですが、ガレージから雨に濡れないで玄関に入りたいとの奥さんのご要望もあり、ガレージから続く長い玄関庇を設けました。

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玄関入り口は、格子を施した引き戸です。

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玄関を入った右側の土間に玄関収納があります。
建具は、古建具の「舞良戸」を再利用しました。

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土間は、ツキデ工務店オリジナルの「三和土(たたき)」風土間仕上げ、式台はサクラ、框・床は吉野桧、壁は珪藻土、天井は赤身の吉野杉で仕上げています。

築36年の宇治の家 リノベーション_e0164563_11010779.jpg
以前は、7.5畳のダイニング・キッチンと床の間・仏間のある8畳の座敷そして縁側があり、それぞれが壁・建具で仕切られていました。
今回の改修では、その箇所の重要な柱は残し、新たに耐震補強を施し、間仕切りを取り払うことにより約18畳のLDKとしました。
そして仏間は新たにリビングに設けています。
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以前、座敷に面した東側に6畳の和室と縁側があったのですが、そのスペースを十分な収納もある寝室としました。
その畳敷きの寝室は、3枚引き込みの建具でリビングと仕切ることができ、3枚の建具を引き込むとリビングと一体として利用することができます。

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その寝室の東側の窓には、遮光用の引き分け建具も設けています。

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リビング・寝室の南側の掃き出し窓には、以前使われていた「雪見障子」を一部手を加えて再利用しました。

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リビングの西側に隣接して、洗面脱衣室・浴室と以前は玄関ホールにあったトイレを設けました。

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2階へと続く階段は、以前は玄関ホールにあったのですが、今回LDKから上がれるように架け替え、2階の階段ホールには、書斎コーナーを設けました。

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36年を経て今回の改修で生まれ変わったこの家、これから新たな歴史が始まります。

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by y-tukide | 2020-07-20 13:30 | 仕事色々

丹波国 青垣町佐治かいわい

4週間前に掲載しましたブログ「丹波古刹九番霊場 高源寺」、実はその日旧山陰道の宿場であった丹波市青垣町佐治に行こうと調べていて、たまたま高源寺を知り
興味にかられ朝一番、まず寺に向かったのです。
初めて訪れた高源寺、新緑と苔の緑に包まれた静寂の中に一人いて、心があらわれ、すがすがしさを満喫することが出来ました。
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そしてその後に本来の目的地である「佐治」に向かったのです。
「道の駅あおがき」で車をとめ、相棒を下ろし観光案内所でもらった散策マップを手に行くことにしたのですが、その前に道の駅の一角に見かけた「丹波布伝承館」を見学。
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「丹波布」は、明治の末まで佐治地区の農家で盛んに織られ、京都方面へも佐治木綿として売られていました。原糸は綿の手つむぎで、野山にある草木で糸染めをし、手織りで仕上げられ、絹糸を緯(よこ)糸に入れるのが特徴です。
昭和時代には、その存在も技術も忘れられつつあったのですが、民芸研究科の「柳宗悦」により再発見され、柳宗悦により「丹波布」と名付けられました。
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館内では、糸つむぎ・染色・機織りなどの技術の伝承するほか、展示・体験コーナーも設けられています。
この日も手つむぎの実習が行われていました。
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そして伝承館を後に相棒といよいよ佐治の町に向かいました。
周囲を山々に囲まれた青垣町の中心である佐治は、律令時代の山陰道の宿場町としての歴史を持っています。
近世の山陰道は、現代の国道9号線とほぼ同じルートですが、それまでは亀岡から西に篠山を経由し、そこから北上していました。
ルートが変わった後も、播磨と但馬を結ぶ街道の要所として発展し、京や大阪からも多くの商人が移り住み、市が開かれ、和紙や佐治つむぎ・丹波布などが取引され賑わいました。
旧街道の役割が終焉を迎え一時期衰退しますが、その後は丹後ちりめんの原材料を供給する地として再び活気を取り戻します。
やがて時は流れ繁栄は過去のものになりますが、現在も当時をしのばせる、つし二階・虫籠窓、漆喰で塗籠された妻入り・平入の重厚な商家の街並みが静かにたたずんでいます。
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そのうちの一軒の商家の玄関に「宿場町office」と書かれた立て看板がある建物をのぞき、「ミセノ間」でパソコンをしていた女性に、見学させていただけるのですかと尋ねると、どうぞと奥の離れに案内してくれました。
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そこで紹介された男性は、建築家でそこを事務所としておられるようでした。
その方の説明によると、空き家だったこの建物を大阪の関西大学の工学部の学生さん達と
改修し、地域の方々の居場所・活動拠点として活用され、様々なイベントが行われているとのことです。
そしてそんな活動を地元の方・学生・その他からなる「佐治倶楽部」という空き家活用サークルが行っていることを知りました。
空き家を活用した、地域再生・まちづくりの素晴らしいい活動です。
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改修され様々なイベントなどに活用されている板の間。
右奥には丹波布も飾られています。
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そして名刺交換した建築家のDさんと古民家好き同士の建築談義。話は尽きません。
この木は栗の板、和室の畳下地に使われていたそうです。さすがに栗の産地である丹波ならではの使い方。
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これは、一寸厚の「貫(ぬき)」を4本使った耐震補強。
これはひょっとして、知り合いの奈良の構造家の名前を出すとやはりその方が関わっていたようで、これにも驚き。
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これ以上仕事の邪魔をしては申し訳ないと、礼を言い外に出ると、自転車に乗った地元の年配の方が、外まで送っていただいたDさんによってきて「また今度飲みにいこか!」と一声。
奈良県出身のDさんは、今やこの地に根付いています。

人や資本が一部の都市に集中し、各地の農漁村・町・地方都市で過疎化が進み限界集落といわれる村が加速して増え、それぞれの地域の歴史ある文化が失われ、空き家がどんどん増えていくひずんだ流れの今の日本。
私は、そんな町や村をこれまでにずいぶん見てきましたが、そんな中でも地域おこしの活動をされている「地域協力隊」やDさんのような方々、そして地元の有志か方たちにも幾度かお会いし感銘を受けました。
その都度、自分に出来る何かを考えさせられますが、今の自分にできることは、これまでの経験を通じて得てきた知識や技術を発揮し、一つでも多くの地域の歴史的財産である古民家を仕事などを通じて残し、そしてその手法を微力ながら後輩に伝えていくことかなと思っています。

丹波の山間に地「青垣」、この日も改めてそんな思いにさせられた町でした。
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by y-tukide | 2020-07-13 10:46 | かいわい

宮津 散歩

京都府の北部、日本海に突き出た丹後半島の入口の港町、宮津。
これまでに何度か訪れていますが、梅雨の合間の日曜日、天気はすぐれませんでしたが、相棒と宮津かいわいを散歩しました。
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漁港では、朝に水揚げされた魚介類の競りが行われていました。
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まずは北東に伸びる小さな半島を海沿いに走ることに。
道沿いの神社の参道入り口際に咲くアジサイ。
先ほどまで降っていた雨にぬれ、この時期ならではの風情です。
宮津 散歩_e0164563_11434394.jpg

どんよりした鉛色の雲とその色を映した海との境の濃い緑の線は、天橋立です。
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陸に上がった木造船。
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時折小雨が降り、その都度軒下を借り雨宿りしながらの相棒との散歩。
さいわい風はなく海は、穏やかそのもの。
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半島の海沿いの道が途絶えたところにあった小さな漁村、漁港には人ひとりいなく静まりかえっていました。
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その小さな漁村の街並み。
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この建物の前の海沿いの道は、埋め立てられてできた道、以前は海に面していたのでしょう。
今は、1階の一部は車のガレージになっていますが、以前は船のガレージ「舟屋」であったと思われます。
宮津 散歩_e0164563_11434265.jpg


来た道を戻り、次は天橋立に行くことに。
コロナ禍の中、観光客は途絶えていたでしょうが、今はどうなっているか気になっていました。
智恩寺の山門の前は、観光客の姿はありましたが、コロナ前とは運殿の差。
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この日は天気もすぐれないこともあるのでしょうが、天橋立内もこんな感じ。
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この辺りで食事を済ませ、次に向かったのは宮津の町の中心部。
宮津は城下町であると共に、天然の良港に恵まれ、江戸時代、北前船の寄港地でもあり、丹後地方の海上交通の拠点として賑わった町でもあります。
今も往時の繁栄の歴史を感じさせる町並みが残っています。
その一つが、江戸時代の商家で国の重要文化財に指定されている「旧三上家住宅」。
防火構造の「大壁塗籠め造り」の重厚な建物です。
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この建物は、創業300年以上の歴史があるといわれる「袋屋醤油店」。
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遊里として賑わった新橋通り付近は、京格子がある町家が残り当時の風情が感じられます。
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久々の宮津散歩でした。
街中で見かけたこんなお地蔵さん!
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by y-tukide | 2020-07-06 09:00 | 散歩