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円空―旅して、彫って、祈って―

円空は、全国の霊場を旅して修行を続けた修験者である。
現在、大阪のあべのハルカス美術館で「円空」展が開催されている。
円空―旅して、彫って、祈って―_e0164563_11260637.jpg

『―生涯12万体の仏像を彫ると誓ったといわれる江戸時代の修験僧・円空(えんくう、1632年―1695年)。円空は各地の霊場を旅し、神仏を彫り、祈りを捧げました。円空が彫った神仏は、あるものは優しい微笑みをたたえ、あるものは迫力のある怒りの相を表し、多くの現在人の心を惹きつけてやみません。
本展では、「円空仏」とよばれ親しまれている彫刻はもちろん、絵画や文章など円空の人柄に触れることのできる貴重な資料により、その生涯と活動を紹介します。』
―円空展のパンフレットより―

今回の展覧会では、円空の修業の道をたどる「五つの章」にて、約160体の円空仏が展示されている。
1章―旅の始まり
2章―修業の旅
3章―神の声を聴きながら
4章―祈りの森
5章―旅の終わり
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<その内撮影が可能なのは、入り口と奥の第4章の展示物のみ>

金剛力士(仁王)立像―1685年頃 岐阜県・千光寺―
『近世騎人伝』作品29に「袈裟山に立ちながら枯れ木をもって作れる仁王あり」と、挿図付きで記された像。ー説明書きより―
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両面宿儺(すくな)座像―1685年頃 岐阜県・千光寺―
円空は通常の両面宿儺の姿と異なり、背中合わせではなく、正面を向いた武人の背後に、もう一人の武人が負ぶさるように表現している。―説明書きより―
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観音三十三応現身立像―1685年頃 岐阜県・千光寺
近隣の村人が病気のときには、借り出して平癒を祈ったという。単純化されているが、自ずと1体ずつ個性が現れている。―説明書きより―
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不動明王及び二童子立像―1685年頃 岐阜県・千光寺―
1材を半分に割り、木の表面側から不動明王立像を作り、残りの材をさらに半分に割ってそれぞれ木の芯側から二童子立像を作る。ー説明書きより―
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狛犬―1685年頃 岐阜県・千光寺―
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宇賀神像―1685年頃 岐阜県・千光寺―
頭部は三角形を呈しているが、最小限のノミ遣いで表情を表し、その下にとぐろを巻いた胴体とガラガラ蛇のように立ち上げた尾がある。―説明書きよりー
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賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)座像―1685年頃 岐阜県・千光寺―
円空が自身の姿を彫ったとも伝えるが、表面には永年撫でられた艶があり、「撫で仏」賓頭盧尊者の像であろう。―説明書きより―
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円空が彫る素朴で荒々しさの中の豊かな表情の「仏」に、昨年に青森の「宗像志功(むなかたしこう)資料館」で見た、同じ仏教徒であった宗像志功の「板画」と共通するものを感じた。
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木の中に「仏」が宿り、その「仏」を感じ、手が自然に動き、余計なものを取り除きその「仏」の姿をあらわす。ということなのか!
円空―旅して、彫って、祈って―_e0164563_11265924.jpg
―円空展のパンフレットより―

円空の「仏」の世界から一歩外に出るとそこは俗界。
私のような俗人には、とてもまねできない境地の世界だった。
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# by y-tukide | 2024-03-04 09:00 | お知らせ

冬の勝山 家族旅

娘家族と福井県の白山山系の麓の町「勝山」へ一泊二日の小旅行。
初日、早朝自宅を車で出発し向かったのは、勝山市にあるスキー場「スキージャム勝山」。
12歳と4歳の孫達にとつては、この冬初めて見る雪景色。
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4歳の孫は、昨年に続き生まれて2回目のスキー場なのだが、今回行くのにあたり、スキーをしたいと言い出し、幼児用のスキー板をわざわざ買ったのだが、スキー板を装着し試みたものの早々にギブアップ。
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そしてソリに乗り換え。
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12歳の孫娘にとっては、久しぶりのスノーボード。
慣れるまではぎこちなかったが、すぐに感覚を思い出したのか父親と楽しげに滑っていた。
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午後からは妻と私は、別行動して「平泉寺白山神社」に向かうことに。
私が「平泉寺白山神社」を最初に訪れたのは、22年前の2002年の10月。
きっかけは、司馬遼(司馬遼太郎)の紀行記「街道を行く」シリーズの「越前の諸道」を読んで知り訪れている。

「平泉寺白山神社」は、717年に越前の僧「泰澄(たいちょう)」によって開かれたとされている。
日本三名山の一つ「白山」は、古来より「白き神々の座」として崇めてきた。
その白山信仰の禅定道(ぜんじょうどう)は、美濃側、加賀側、越前側の三つの道があり、その越前側の拠点としてここ「平泉寺白山神社」に山伏が集まり、平安時代後半には天台宗比叡山延暦寺の傘下に入り一大宗教勢力となった。
戦国時代には、四十八社、三十六坊と六千の坊院が建ち並ぶ宗教都市として広大な寺領を持ち、僧兵は八千を数えたと伝えられている。
その宗教都市は、1574年に一向一揆の攻撃を受け全山が焼失してしまった。

この写真は、2016年10月に妻と訪れた時のもの。
禅定道の入り口から続く参道は、老杉がうっそうとした森を形成している。
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 拝殿前の苔がむす老杉林のこの風景、静寂の中、栄枯盛衰の歴史を物語っているようでいい。
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そして今回は雪の中、足もとも悪く歩きづらく、平日でもあり会う人は二組のみ。
やはりここは、苔が見える時期がいいようだ。
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翌日朝から娘家族と合流し、4歳の孫がこの頃恐竜にはまっていることもあり、昨年の夏にリニュアルされた「恐竜博物館」へと向かった。
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林の中から顔をのぞかせる恐竜の卵をイメージしたユニークな形状の建物は、建築家の「黒川紀章」氏の設計によるもの。
今回のリニュアルで増築され、もう一つ卵が増えていた。
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受付を過ぎると長いエスカレーターが階下の展示コーナーに向かって一直線に降り、タイムスリップして神秘の世界に導くように演出されている。
卵型建屋の大空間上部の巨大なトップライトから降り注ぐ自然光は、効果的でドラマチックな演出である。
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入館するなり孫たちはまず、恐竜のキャンドル作りに挑戦。
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キャンドル作りを満喫し、いよいよエスカレーターで降り「恐竜の世界」ゾーンへ。
ゾーンに入るとまず目に飛び込んでくるのが、肉食恐竜「ティラノサウルス」。
動き、吠えるその迫力はまるで本物のよう。大きさは実物の2/3のスケールで全長7.2m。
4歳の孫は、怖がって後ずさりし近づこうとせず、孫娘も幼いころこれを見たとき、怖がり泣いてしまったことを思い出す。
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このフロアーには、44体もの恐竜の全身骨格をはじめ、数多くの標本が展示されている。
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そしてこれは、増築されたゾーンに作られた大迫力の3面ダイノシアター。
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この日の天気は雨、勝山の街中で昼食をとり早めに帰路につくことに。
私は、福井名物おろしそばとソースカツどんセットを注文。
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私が恐竜核物館に今回も訪れ、今や二十歳になる孫をはじめこれまで他の孫たちと一緒に5回来たことになる。
まだ幼い孫もいることだし、元気なうちはまた訪れることになるだろうと思う。
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# by y-tukide | 2024-02-26 09:00 |

立春の候 宇治市立植物公園

自宅近くにある「宇治市立植物公園」、一般入園料は大人600円であるが宇治市在住の70歳以上は無料であることもあり、散歩を兼ねて時々行くようになった。
立春の候、春を告げる花々の様子をうかがいにカメラをぶら下げ行ってみた。

植物公園がある10haの敷地は、私が子供の頃によく遊んだ里山を活用し整備されている。
この雑木林も以前にあった林であったと思われる。
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その林の落ち葉の中から春を告げる「フクジュソウ」が開花し始めていた。
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カンザキアヤメ。
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ナンテン。
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園内にある湿地。
この湿地に繋がる今は宅地化された山手には、私が子供の頃、谷がありきれいな湧き水が流れ「アカハライモリ」などもいた。そしてその周辺の湿地には、食虫植物である「モウセンゴケ」が自生し、この辺りは子供らにとって珍しいものが観察できる貴重な場所であり恰好の遊び場だった。
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ナノハナ。
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スイセン。
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ロウバイ。
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ウメ。
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サザンカ。
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タンポポ。
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観賞温室内の熱帯地域の花、カリアンドラ。
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暖冬だった今年の冬、早くも春は来ているようだ。
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# by y-tukide | 2024-02-19 09:00 | 季節の花色々

父が作った思い出深い家具が生まれ変わる

2022年2月に母が96歳で天寿を全うした。
母の遺品を整理する中に父と母が結婚するときに、父が作った無垢材のタンスと水屋があった。
私が生まれた時から家で使われていた思い出深い家具である。

父は家具職人として、今も京都にある老舗の家具屋さんで働いていた。家具はもちろん店舗の内装工事もしていたようで、私が幼いころ父の作業場や手掛けた店舗に父と行った記憶がある。
その家具屋さんは、当時、「宮内庁御用達」であったようで、昭和天皇の弟さんである「三笠宮」さんが、結婚するときの家具を父が手掛けたそうで、それを自慢げにしていたと母から聞いたことがある。
その父は、私が10歳の時に亡くなっている。

今は使っていない思い出深いそのタンスと水屋、何とか活かしたいとその材を使って、私の知り合いの家具職人さんに頼んで別の用途の家具に作り変えてもらうことにした。

和サクラの無垢材で作られた水屋。
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シオジの無垢材で作られたタンス。
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その水屋とタンスを作業場で自分の手で解体したのだが、基本、金物を使わず非常に手間がかかる手仕事で組まれていたのには驚かされた。
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そして和サクラ材を使って作ってもらった、低めのイスとサイドテーブル。
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イスは、自宅居間の四畳半の畳敷きに置かれた座卓で使えるように座面の高さ(SH)を低くおさえ、主に私が使っている。
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タンスのシオジの板は妻の要望で、4歳の孫や妻がSHの低いゆったりした椅子に座り、食事やくつろぎやすいように高さ560mmの低めのテーブルにした。
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そしてもう一点、これも父が作った無垢の引き出しの小物入れ。
これは、傷んだところを修理しワックスで磨き、私の机の隅に置き活用している。
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父は、子供の頃から手先が器用だったらしく、小学校(当時は尋常小学校)時代に長さ1m以上ある汽船を木で作ったようで、一時期、学校に展示されていたらしい。
その汽船の写真が母の遺品の中にあった。
木製の汽船の船体には、よりリアルに見せると共に水の浮力とのバランスの関係からか鉄板が張ってあった。
その汽船模型は、私の子供の頃にも朽ちていたが残っていた。

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80年程前に父が作った無垢材の家具、その材が生まれ変わり子やひ孫らが使うことになり、あの世で父も納得し喜んでくれていると思う。
父の家具に使われていた和サクラとシオジは、非常に良い材であった。
そんな材たちも、再び活かされ喜んでいることと思う。
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# by y-tukide | 2024-02-12 09:00 | 仕事色々

南あわじ かいわい

TVニュースで南あわじ市の「灘黒岩水仙郷」の水仙が見ごろであることを知り、久しぶりに淡路島に向かうことにした。
自宅から南あわじ市の「福良(ふくら)」までは、車で2時間ちょっと150km程の道のりである。
朝、暗いうちから自宅を出て明石海峡大橋を渡り、淡路SAについたのが6時ごろ、ここで朝飯をとり一休み。
久しぶりに見る暗闇の中の明石海峡大橋。
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早朝の福良港、鳴門うずしおクルーズの観光船が青空に映える。
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港の「道の駅福良」の駐車場で相棒を車から降ろし、福良の街を散策する準備をしていると、老婦人から声を掛けられた。
話しを聞くと、なんと昨晩はここで一人寝袋にくるまって車中泊したとのこと。
彼女は、すでにご主人も亡くなり、70歳で今は年金生活者。そして今回が生まれて初めての一人旅だとか。
昨日、実家がある大分市内から自家用車で愛媛に渡り四国を縦断してここまで来たらしい。
ところがバックに入れたつもりの財布が無いことに気づき、やむを得ず愛媛の知り合いを訪ねお願いして13万円を借りたとか。
そしてこれから淡路の知人を訪ね、その後は兵庫・大阪の親戚や友人を訪ねて回る、これと行った予定なしの成り行きの旅をするとのことだった。ゴルフが好きだそうで車には、ゴルフバックが積んであった。
話好きの何とも元気というか豪気なばぁさんだった。
若い時は、私も友人と車中泊での旅の経験があるが、同年代のこの歳になった私なんぞには、今は考えられない行動である。
家に帰りその話をすると、どちらかといえば出不精な妻はうらやましがっていた。

お互いに気をつけて旅を楽しみましょうと声を掛け合い別れ、私は街の散策へと向かうことにした。

福良の漁港。
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「福良」は、淡路島の最南端の港町、天然の良港に恵まれ、古来より四国との需要な窓口であり水陸交通の要所、中世には水軍の拠点でもあった。
「大鳴門大橋」ができるまでは、四国と淡路を結ぶ汽船の発着場として栄えたが、今は漁業とうずしお観光・温泉などの観光の街として知られている。
街並みは、湾の北西部を中心に海岸沿いにさほど広くない平地に形成されている。
通りには、昭和で時間が止まったかのような商店や民家が密集して軒を並べ、懐かしい空気が漂っている。
建物は「切妻・平入」で、屋根は強い潮風に対してと「淡路瓦」の産地であることからか、「本瓦葺き」民家が多い。
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街中を走る2本の主要道に直角に幾筋もの路地がつながり、漁師町らしい街並みである。
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ある路地の中ほどの小さな広場には、共同井戸があった。
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そこに数匹の猫たち、漁師町でよく見かける風景である。
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通りで見かけた古民家を利用した「まちなか水族館」。
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水槽には、漁師さんや釣り人が持ってきてくれるという魚が泳いでいる。
エサや海水も寄付で、電気代だけが南あわじ市が負担し、数名の地元の老人たちがボランティアで管理運営している。
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街の散策後、次に向かったのは福良港から車で25分程のところにある「灘黒岩水仙郷」。
私がここに来るのは2度目、前回は12年前、仕事の関係で「洲本」に来た時に初めて訪れている。
水仙が群生する山の斜面には、前回来た時にはなかった鉄骨製の散策用階段が整備されていた。
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ただ前回来たときは、海が臨める斜面に咲く水仙が印象的だったのだが、残念なことに今はそこには行けなくなっていた。
これは、2012年1月にその斜面で撮ったもの。
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「灘黒岩水仙郷」を後に、昼飯を食べるために再度、福良に戻ることに。
途中、畑が広がる道を走っていると道端で野菜を販売している露店を発見。
淡路といえば「タマネギ」、この時期は無いと思い込んでいたのだが「極早生(ごくわせ)」のタマネギが販売されていたのには驚き。
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ここで「極早生」のタマネギと昨年収穫し冷蔵保存されていたタマネギを購入。
その店におられた老人曰く、今年は雨が少ないから昨年秋に植えたタマネギの育ちが悪いと嘆いておられた。

途中見かけたタマネギ畑の中に建つ「タマネギ小屋」。
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タマネギ小屋でタマネギを干す風景は、淡路島の風物詩。
この写真は、2009年7月に撮った「タマネギ小屋」。
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福良で昼食をとり、そのあと時間があれば淡路ならではの「人形浄瑠璃」を見て帰るつもりだったが、「道の駅福良」の前にある「淡路人形座」は、その日は休館日。代わりに「淡路人形浄瑠璃資料館」に行くことにした。

淡路人形浄瑠璃は、江戸時代には徳島藩主の保護もあって大いに繁栄し、最盛期には40以上の「人形座」があったそうだが、現在活動しているのは「淡路人形座」ただ1座のみ。
江戸時代の人形座のジオラマ。
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資料館に展示品は、昭和40年代半ばで活動を停止していた「市村六之丞座」の人形・道具等一式を譲り受けたものだとか。
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久しぶりに渡った淡路島、日帰りの駆け足で回った「南あわじ」だったが、朝に港で出会った大分から来た元気な女性に刺激されたか、一度相棒と淡路島一周を計画してみようかと思案しながら帰路についた。
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# by y-tukide | 2024-02-05 09:00 | かいわい