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近江「八風街道」「御代参街道」ちょこっと散歩

先週の日曜日、滋賀県の近江八幡で仕事の打ち合わせが午前中にあったのですが、午後は休んで「八風街道」を走り八日市に向かうことにしました。

近江は古来から交通の要衝で琵琶湖を中心に多くの街道が走っています。江戸時代の幹線道路である五街道の内の「東海道」「中山道」をはじめ、琵琶湖の西側には「北国街道(西近江路)」「若狭街道(鯖街道)」が走り、琵琶湖の北・東・南側には「北国街道」「北国脇往環」「朝鮮人街道」「八風街道」「御代参街道」が走ります。

私は近江が好きでこれまでにこれらの街道を歩きと車で行っていますが「御代参(ごだいさん)街道」だけは、歩いたことがありません。

そんなこともありこの日は、「八風街道」を東に走り、八日市で交わる「御代参街道」をちょこっと散策しました。

八風街道は、近江中山道の「武佐(むさ)宿」を起点に東へ永源寺の前通り、鈴鹿山脈の八風峠を越えて三重に抜ける道で、近江商人が伊勢との商いで利用した重要な街道です。

武佐宿手前の中山道の風景。大きな楠のある場所は、近江守護佐々木氏の流れくむ名家「伊庭(いば)家」の屋敷跡です。

私は、17年前に中山道草津宿から近江中山道を美濃の関ケ原宿まで歩いたのですが、この風景は、当時のままです。

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街道沿いの近江鉄道八日市線の「武佐駅」。武佐宿の街並みに似合う駅舎です。

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武佐宿の本陣跡。

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中山道から分岐するここが八風街道の起点です。角には「いせ、ひの、八日市」と記された道標が立ちます。

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八風街道を走り八日市の町に入ると、この日は祭りで町のあちこちで神輿が出、太鼓やかねの音聞こえていました。

写真の背後のレトロな建物は、近江鉄道の「新八日市駅」の駅舎です。大正時代の建物だそうです。

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アーケードがある「ほんまち商店街」。この通りが「御代参街道」です。

ここで八風街道と御代参街道が交わっています。

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ここにも神輿が!

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神輿が行きすぎるた閑散としたシャッター通り商店街。通りに面して昔の街道筋の建物が残っているのですがほとんどが表面だけ店舗風の「看板建築」です。

変に今風の店舗の外観にせず、アーケードをとり御代参街道の昔の風情の街並みに戻した方が味があり、人も集まり店もにぎわうのではないかと思います。

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その商店街の中で見つけた、宣教師であり建築家であるウィリアム・ヴォーリズの設計だと思われる建物が。アルミのカーポートがなければいいのに残念。

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御代参街道は、中山道の近江商人に発祥地の一つである「五個荘」から東海道の「土山宿」結ぶ道です。八日市で八風街道と交わりここから南へと走ります。交わる角には「右 京、むさ 左 いせ」と彫られた道標が立ちます。

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平入りの町家が連続して建ち並ぶ御代参街道の街並み。

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この建物は国の登録有形文化財に指定されている建物です。多分元造り酒屋さんだと思われます。

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この建物の外壁の腰板は、竹を編んだものを二つ割の孟宗竹で押えています。粋な作りです。

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この町家は、カフェとカルチャー教室として活用され、地域のコミュニティーの場になっているようです。

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こんな建物も!

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時間も経ち祭りも終わり。神社で大太鼓の片付けをしておられました。

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# by y-tukide | 2018-04-16 11:10 | 街道を行く

丹後天橋立から伊根を行く

私の趣味である古い街道や街歩き、歩くのは好きなのですが最近は歳のせいか長い距離を歩くのがちょっときつく感じています。そのくせ行ったら行ったで見たいもの欲が湧き、寄り道を繰り返す始末です。そんなこともあり今回、助っ人として折りたたみ式自転車を購入することにしました。

折りたたみ式の自転車なら車や列車に乗せられるし、行動範囲も飛躍的に広がります。

そしてこの日、購入したばかりの自転車を車に積み丹後の天橋立まで行きそこから舟屋で有名な伊根に向かうことにしました。

天橋立の元伊勢籠神社の駐車場に車を置き、そこから相棒のデビューです。

まずは元伊勢籠神社に参拝し相棒と安全祈願。

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これまでに伊根には数回行っていますが、すべて車でR178を走りましたが、今回は海沿いの旧道や漁村を縫うように行き、道中これまでに見なかった景色を楽しむことができました。

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その中で養老という漁港では、水揚げされたイワシの仕分け作業ではねられたイワシを狙う鳥たちの凄まじい光景に遭遇。

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そして2時間半ほど寄り道しながら走り伊根の集落に入ります。

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ここは女性の杜氏で知られる向井酒造。

通りに面する庭には、時代を感じさせる立派な松の木が目を引きます。

ここで伊根の定番の地酒「京の春」の小瓶を購入。

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若狭湾に面した伊根浦は、日本海側には珍しく南に開けた静かな入り江であり、東・西・北の三方を山に囲われています。その伊根浦に約350世帯が、海沿いの狭い平地に細長く建ち並び集落を形成しています。そして伊根浦を特徴づけるのが、連続する舟屋群です。

明治初め以前は茅葺屋根でしたが、明治の始めから昭和25年ごろまでのブリ景気で多くの建物が2階建ての瓦葺に建替えられたそうです。

その舟屋を眺めるのは海からが一番です。

4月に新しくオープンした観光案内所でたまたま知り合った軽井沢から来た男性と長崎から来た女性と私の3人で漁師さんの海上タクシーで30分の伊根浦めぐりをすることに。

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ここ伊根では、渥美清の「男はつらいよ」や西田敏行の「釣りバカ日誌」のロケが行われています。写真の3軒並ぶ左端の建物は「男はつらいよ」で使われた舟屋だそうです。

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初対面の旅人3人の貸切舟での伊根浦めぐり、海も穏やかで爽快です。

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船上で漁師さんからカッパ海老センをもらいカモメに餌やり。

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目の前で見るカモメ。

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ここで漁師さんの自宅の舟屋に上陸して舟屋見学。

2階は住まいになっているそうです。

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伊根浦めぐりの後、昼飯に新鮮な魚料理を堪能しその後は街並み散策。

集落を走る一本の生活道路に面して山側に平入りの母屋(主屋)、海側には妻入りの舟屋と蔵が隙間なく並びます。漁村でこれほど多くの蔵が見られるのは珍しいことです。

蔵はブリ景気で繁盛した時代があったことの象徴かも。

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時刻は午後3時、見ている間に時間が経ちました。

帰りは相棒を折り畳み、輪行バックに入れて路線バスで車のある天橋立へと帰ることにしました。

ありがたい相棒との旅、これからも楽しみです。

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# by y-tukide | 2018-04-09 10:51 | 街道を行く

春らんまん

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# by y-tukide | 2018-04-02 10:01

孫と恐竜博物館へ

「じいちゃん! 大きくなったしもぉ~こわくないから恐竜博物館につれてって!」

と今年の4月に小学1年生になる孫娘にせがまれて、福井県立恐竜博物館に日帰りで行ってきました。

早朝自宅を出、京都駅の0番ホームから特急サンダーバードに乗り福井駅へ。

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福井駅では恐竜博士が迎えてくれます。

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ここから「えちぜん鉄道」に乗り勝山駅へと向かいます。

電車は1両編成のワンマン電車。

この日はあいにく雨だったのですが、沿線には雪が所どころ残っていました。

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1時間程のローカル線ののんびりした列車の旅。

勝山駅に近づくあたりで車窓から九頭竜川が望めます。

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勝山駅からはバスで恐竜博物館に向かいます。

博物館に近づくと恐竜が迎えてくれます。

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恐竜の卵の形をした建物が見えてきました。

福井県では1989年から発掘調査が行われ、その結果フクイサウルスなど多くの恐竜の骨化石が収集されました。また発掘現場から恐竜の卵殻や幼体の骨も発見されたことから、恐竜が群れて生活していたことが分かったそうです。福井県立恐竜博物館は、それらの化石や世界の化石、資料などを展示した国内最大の博物館です。

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博物館に入ると目の前に恐竜が住む地下の世界に一直線に導く長いエスカレーターがあります。天井には円錐形のトップライトがあり自然光が降り注ぎます。この建物の設計は建築家の黒川記章氏によるものです。

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恐竜の世界に入るとテイラノサウルス?の動くレプリカが迎えてくれます。

以前来たとき、孫娘はこの恐竜を見るなり怖がって泣きだしました。確かに迫力があります。

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200インチの対面スクリーンで草食恐竜を襲う肉食恐竜の映像、これも迫力があります。

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孫娘が恐竜に「おて」のしぐさをしています。余裕です。

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よくできた恐竜の化石のレプリカや実物。

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博物館内のレストランで遅めの昼食をとろうとしたのですが、テーブルに着くなり孫娘はばたんきゅう。何せ朝が早かったこともあり、このあたりは大きくなったとはいえまだ幼児です。

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ここで私は、福井名物のソースかつ丼とおろし蕎麦セットを注文。

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食事の後も恐竜に関するゲームをしたり、図書コーナーで恐竜の絵本を読んだりと恐竜の世界を堪能し、帰路につきました。

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# by y-tukide | 2018-03-26 08:51

築約百年の古民家 移築工事―その2―

三重県の最南端の「鵜殿(うどの)」という日本一小さな村(現在は紀宝町)に建つ築約百年の古民家移築工事、いよいよ本体の解体工事が始まります。


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解体を前にこの日は建物の実測を行いました。

私とお施主さんは前泊し現場に行ったのですが、スタッフの設計3名・現場監督1名・作業員1名は、早朝から車を走らせ3時間半ほどかけて現場に到着しました。

設計スタッフは、手分けし間取りの実測と横架材の高さ調査そして建具の実測作業です。

古民家で使われている柱は、一本一本樹種や寸法が違う場合が多いので、全ての柱の寸法も測る必要があります。

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建具も再利用しますので寸法を測り番号を付けます。そしてトラックに積み込みツキデ工務店の倉庫に持って帰ります。

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そしていよいよ本体の解体作業が始まりました。

この日は、再利用するための屋根瓦を下す作業です。京都から瓦屋さんが来てくれました。

彼らはツキデ工務店が用意した宿で泊まり、数日かけて作業をしてくれます。下した瓦は、今度新たに建てる京都の現場に運びます。そして現場で検品し再利用します。

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桟瓦には「山」と「谷」があります。一般的な桟瓦の「山」は正面から見て左側なのですが、この瓦は右側が山です。ここは海が近く台風のメッカでもあります。この屋根面に向かって左側の海側から吹く強い風が、抵抗が少なく流れることで瓦がめくれないように工夫されたものかと思われます。

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そして次は、大工と手伝い(てったい)さんの仕事です。見習いを含む大工4人・手伝いさん2人・現場監督が1週間ほど泊まり込み解体=解いて(ほどいて)行きます。

屋根下地の杉皮と外壁をめくり、土壁を落としスケルトンの状態にしていきます。

全て手作業です。

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土壁を落とすのに「レシプロソー」という木材はもとより金属も切れる万能のこぎりがあり、土壁の貫(ぬき)や竹を切り、壁一面ごと切り落とします。

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座敷の竿縁(さおぶち)天井もめくり再利用します。

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松の敷居も溝をつき直し再利用します。敷居の中には、既に裏表両面溝をついたものもありました。以前の建物の敷居を再利用したものです。

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畳下地に使われていた松の板は、二間(約4m)もので「木表(きおもて)」が仕上げられ薄黒くやけていました。

多分この板も以前の建物の「板の間」に使われていたものと思われます。

この板は壁の腰板、家具の面材や建具に使えそうです。

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主要な柱と柱を繋ぐ「足固め」や「大引き」には太い丸太の古材が使われ、「根太」も寸法がまちまちな古材が使われていました。これは古民家では一般的なことです。

現在は、ビルド&スクラップの使い捨てが当り前の時代ですが、一昔前まではこのように「もの」が大切にされていました。古民家再生の仕事をしていると「ものの価値」について教えられることが多々あります。

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スケルトン状態になった柱・束、母屋・梁・桁に位置がわかるように大工が「番付」し、高さ関係がわかるように基準となる墨を打ちます。

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この作業は、解いた(ほどいた)材を組み直すのに、担当する大工にとって最も大事な仕事です。まったく元の状態に戻すのではなく一部間取りが変わる箇所や見せ方が変わる箇所があるので、大工と納め方を相談します。

また今回もっともややこしい個所は、皆で知恵を出し合い仕事のイメージをしていきます。

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「釘仕舞(くぎじまい)」。

解いて再利用する材の釘を抜いて整理します。

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そしていよいよ構造材を解いていくのですが、建物が傾いていると解いていくのにこじるので傾きを直し「仮筋違(かりすじかい)」で固めます。

そして横架材をレッカー車で一本一本吊り解いて行きます。

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仕口は、「込栓(こみせん)」「車知栓(しゃちせん)」「鼻栓(はなせん)」の伝統構法で引き固めていますのでその栓を抜けば簡単に解けます。改めて日本の伝統的木造建築はよくできていることに感心させられます。

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順調に作業が進み最後のグリッドを残すのみ。

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そして無事解くことができました。

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最終日、ユニック付の3トントラックを2台チャーターし、解いた材料を積み込み作業場へと運びました。

移築の地である京都での工事は8月から始まります。

再び生まれ変わるこの建物、工事が始まるのが楽しみです。

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# by y-tukide | 2018-03-20 10:25 | 仕事色々