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大宇陀の古民家再生工事

ツキデ工務店は、これまでにも古民家の再生をいくつか手掛けてきましたが、数年前から依頼が急増し、現在工事中の現場も3棟あります。

そのうちの一つが奈良県の宇陀市大宇陀にあるのですが、この日大宇陀の現場に行ってきました。

宇陀市大宇陀は、青垣めぐる奈良盆地の東方に位置し、古代は「阿騎野(あきの)」と呼ばれ、宮廷の薬猟りの地とされたところで、柿本人麻呂が詠んだ歌「ひがしの野にかぎろいの立つ見えてかえりみれば月かたむきぬ」でも有名です。

現場は大宇陀の松山地区にあるのですが、この地区には江戸時代の街並みが残り国の「重要伝統的建築群保全地区」に指定され、工事中の建物も江戸時代後期の建物です。

メッシュシートが架けられた工事現場。

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工事前の外観

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屋根瓦をおろし、床をはがし、ほぼスケルトンの状態にしベタ基礎を打った状態。

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解体前の屋根の野地は割竹で、その上に杉皮を重ねて敷き瓦が葺かれていました。

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下がっていた柱はジャッキをかけ上げ、柱の朽ちた部分は「金輪継(かなわつぎ)」で「根継ぎ」します。

そして其々の柱が勝手に動かないように「足固め」する作業は伝統構法で改修する場合大事な作業です。

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こけている柱は、ジャッキをかけ押したり、ワイヤーをかけチェーンブロックで引いたりして「建ち起し」をします。

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「差し鴨居」という横架材は、伝統構法において耐震的に重要な部材で「コミ栓」「シャチ栓」が内部で折れるなどして開いている個所は、ワイヤーをかけチェーンブロックで引っ張りよせ、新たに「コミ栓」「シャチ栓」を入れ直し、金物で補強をしたりします。

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これは朽ちた丸太の「軒桁」を新しく取り替える仕事をしているところ。

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数本の丸太を継ぐのに「台持ち継」という「継手」で継ぎます。

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現場を見た後、久しぶりに大宇陀の街を散策しました。

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この建物は「旧細川家住宅」。

江戸末期の建物で江戸期にぎわった商家町松山地区の面影を残す建物です。

大宇陀町歴史文化館「薬の館」として公開されています。

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細川家の二代目の次女の長男が、明治15年に、藤沢家の養子となり、藤沢製薬工業(現アステラス製薬)を創設したそうで。館内には藤沢薬品コーナーがあります。

藤澤樟脳の商標となった邪気払いの神さんの「鍾馗さん」。

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また館内には薬関係の資料や薬の看板が展示されています。

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中にこんな看板が!

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# by y-tukide | 2018-09-05 07:49

綾部街道を行く

綾部(あやべ)街道は、大阪府の池田市から京都府の綾部市に至る街道で、現在の国道173号線です。私はこの街道を行くのは初めてです。

この日京都縦貫自動車道の「京丹波みずほIC」で降り、綾部街道を走りました。

旧街道沿いに建つこの地方特有の平入り「整形四間取り」の元茅葺の民家。

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のどかな田園風景が広がります。

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質志(しづし)という集落にある京都府指定天然記念物の鍾乳洞、周辺は公園になっています。

京都唯一の竪穴式鍾乳洞で垂直に近いステンレスの階段を下りていきます。総延長52.2m、洞口から最深部までの高低差は25m、洞内の気温は12℃と寒いくらい。コウモリが飛び回っていました。

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鍾乳洞のある質志から峠を越え、脇道にそれると戸津川という集落。

「日本昔話」に出てきそうな風景が。

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街道に戻り進むと大原集落に入ります。

ここに唐破風に見事な龍の彫り物がなされた「大原神社」がありました。

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社殿の前には茅葺の絵馬堂があり、そこには舞台が設けられていて浄瑠璃や農村歌舞伎が演じられていたそうです。

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大原神社の前に川が流れているのですが、川向に茅葺切妻屋根をそのまま地面に伏せた「天地根元造り」という古い建築様式の「産屋(うぶや)」がありました。

大原では出産の折、魔除けとして古い鎌を吊り、7日間ここにこもり出産し、産後3日間ここで体を休めたそうです。

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街道をさらに進み見かけた茅葺の民家。

土地の人に話を聞くとここの住人は常は町に住み、休みに帰ってこられるそうです。

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そして街道は綾部の市街地に入ります。

綾部の市街地の中を流れる「由良川」。

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京都府綾部は、古代には丹波国漢部(あやべ)郷と呼ばれ、「綾部」(あやべ)は、江戸時代初期までは、「漢部」(あやべ)と記されていた。古代には綾織りを職とする漢部(あやべ)が居住していたとことに由来する。漢部は朝鮮半島から渡来した漢氏(あやうじ)が支配した(べ)であった。―ウィキペディアより―

街中を散策すると古い街並みがちょこっと残っていました。

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ここで昼食を済ませ、以前から一度行きたいと思っていた「安国寺」に向かいました。

安国寺は開設当初は「光福寺」という名称だったそうですが、足利尊氏の時代に戦乱で亡くなった多くの戦没者の霊を慰めるために、国ごとに安国寺を建立するにあたり、光福寺を丹後国の安国寺とし、諸国安国寺の筆頭においたとのことです。

安国寺の山門。

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山門をくぐると正面に茅葺屋根の「仏殿」が。

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次に向かったのは安国寺の近くにある、10世紀半ばに建立されたと伝えられている、これも茅葺の山寺「岩王寺」。その岩王寺の山門。

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山門と同様、如意輪観音が祀られる本堂を茅葺屋根でした。

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綾部街道沿いには、茅葺屋根・元茅葺屋根の民家や寺が多数残っていました。
日本の原風景を思わせる景色が楽しめた「街道を行く」でした。

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# by y-tukide | 2018-08-27 10:19 | 街道を行く

2018年 夏休み

会社のお盆休みを挟み、1週間の夏休みをいただきました。

前半の二日間は仕事が忙しい親たちに代わり、妻と二人で孫3人を連れ涼を求めて三重県の「赤目四十八滝」へ。

赤目四十八滝は室生赤目青山国定公園内にあり、古来より山岳信仰の聖地、ここにはマイナスイオンが満ち溢れています。

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原生林の渓谷歩き、下界よりは5℃ほど低く汗もさほどかきません。

孫たちは散策よりも川遊びがお気に入り。

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昼、妻が作ってくれた弁当を河原で食べ、午後は忍者修行が体験できる「忍者の森」へ。

今年小学1年生になった孫娘は、忍者の装束に着替えここで友達になった小3のかわいい女の子と忍者ごっこ。

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ここでは手裏剣、吹き矢などの忍者の術が体験できますが、その中で大変難しいのが堀や川の水上を歩いて渡る「水ぐもの術」。

1と小6の孫が挑戦したのですが、バランスをとるのが大変難しく二人とも一瞬のうちに沈没。

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沈没しようがそこは元気な子供達、みんな楽しく泳いでいました。

この日は涼を満喫した夏の一日となりました。

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夏休み後半は、娘家族と二泊三日の南紀の旅をしました。

初日は、去年の春と夏に孫達と行ったカヌーでの古座川の川下りが忘れられず再度の挑戦です。

幸い天気も良く川の流れは穏やかで、水は澄み透明度が高く、何とも気持ちのいい川下りです。

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孫娘は3回目とあって慣れた手つきでパドルを操っていました。

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昼、前々回は古座駅前のスーパーで弁当を買い川岸で食べたのですが、今回は上陸し川沿いを走る道に建つ「ぼたん荘」という温泉宿の食堂で、料理長こだわりの和歌山県産の足赤海老のフライをいただきました。

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昼食を済ませ再出発。

古座川は巨岩や奇岩が多く、雄大で美しい景色を水面から楽しめます。

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孫娘は川下りだけでは物足りず泳ぎだしました。

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今宵の宿は、那智勝浦にある「海のホテル一の滝」という素泊まりの温泉宿。

ここの温泉は、濾過・循環の処理を一切しない源泉100%のかけ流しの湯。ぬるい湯と温かい湯の2槽があり、ぬるい湯は加温・加水なしの源泉そのもので、私好みの体温に近い湯温です。

私はこの宿を、今年の2月に「築約百年の古民家 移築工事そのー2」で来たときに地元の人の紹介で知り、その後何回か利用しています。

宿の部屋から望む、那智湾に浮かぶ弁天島に登る朝日。

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早朝、車に積んできた相棒と勝浦の街を早朝サイクル。

そして朝風呂、最高です。

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朝食を宿の近くの喫茶店で済ませ、近くの海水浴場へ。

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孫娘は、一人でも飽きもせずいつまでも海で遊んでいます。

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宿の人から今夜、隣の太地町で花火大会があると聞き、夕食後太地の町へ。

太地町は昔から捕鯨で全国的に知られる町です。人口は3500人程ですがこの日は、盆踊りなどもあり、太地漁港には地元の人をはじめ近郷の人たちでにぎわっていました。

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8時から花火が洋上を照らします。

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間近で見る花火は迫力満点。

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太地町は古式捕鯨の発祥の地として歴史と文化があります。

この日もクジラにまつわるこんな踊りが!

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今年の夏休み、盛りだくさんの内容で孫達とも楽しく過ごすことができました。

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# by y-tukide | 2018-08-17 10:23 | 夏休み

淀の原町 2階リビングの家

淀川沿いの静かな住宅地に、ご夫婦が暮らす26坪と小さいながらも、広く暮らせる家が完成しました。

1階には寝室と水回りと充分な収納スペースを設け、2階へと続く階段は、心地よく上り下りが出来るよう良質な天然ウールのじゅうたんを使用しました。

2階に設けたLDK25帖のワンフロアで、将来個室や家事室として区切ることができます。

リビングの床はカエデのフローリング張り、吹抜け天井は吉野杉を張り、壁は手入れが容易なドイツしっくい塗りで仕上げた自然素材をふんだんに使った健康的な家です。

また、冬2階の蓄熱暖房器具によって暖められた空気を1階へ循環する仕組みを取り入れ、全館暖房を可能にしました。

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玄関横にベンチを設けました。

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玄関前の植栽が、道路からの目線を遮ってくれます。

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玄関ホールの下駄箱と玄関収納。

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1階に設けた水回りと収納。

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1階の寝室。床は40mmの吉野杉の厚板の一発張りです。

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玄関横に設けた2階へと続くゆるやかな階段。心地よく上り下りが出来るよう良質な天然ウールのじゅうたんを使用しています。

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2階の25畳のLDK。南側には広々としたベランダがあります。

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将来、子供室として仕切ることができます。

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造り付けのキッチンと収納。

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キッチンの勝手口はベランダと繋がります。

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キッチン横のユーティリティースペース。家事カウンターも設けました。

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この家がどのように住み継がれていくか楽しみです。

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夏空の元、雄大な姿の淀川。

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# by y-tukide | 2018-08-06 13:07 | 仕事色々

交野市私部の古民家再生

この建物は、大阪府交野市の私部(きさべ)という所に建つ築130年の古民家です。

2016年の秋に相談を受け、調査・実施設計を行い、2017年の8月から伝統構法で再生工事をはじめ、20182月に建物本体工事が完成、その後庭の工事も終えたので完成写真を撮らせていただきました。

敷地内には、「つし」2階の主屋を中心に長屋門と二つの蔵がある立派な建物です。

そんな大きなお屋敷にお祖母さんがお一人でお住まいだったのですが、この度息子さん夫婦とお子さん二人が住む、二世帯住宅として生まれ変わりました。

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建物は、南側の玄関と「通りにわ」を挟み、東側に応接間(元は納戸)、西側に庭に向かい三つの和室がつながり、「奥の間」が床の間がある座敷、「中の間」は仏間だったのですが、その「中の間」の縁側部には元は客人用の玄関がありました。

今回の計画では、その縁側部に玄関を新たに設け、玄関を入って「中の間」その左側に「奥座敷」、正面から左手奥をお祖母さんの生活ゾーン、右側を息子さん家族のゾーンとしました。

新たに設けた玄関。

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「中の間」左側に「奥座敷」が続きます。

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130年の石場建て(石の上に柱がのる)の伝統構法の建物ですが、それぞれの柱のレベルもタチもさほど悪くなかったのですが、唯一床の間の壁一列が60mmほど下がっていました。原因は多分、壁裏の細井路地に下水管が敷設された際に石垣ごと下がったのではと思われます。

そのためにその部分にベタ基礎を打ち、ジャッキアップして60mmほどあげました。

そして床脇を仏間としました。

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南側の元の家人用玄関と玄関横の座敷は、庭に面し明るいので息子さん家族のダイニングと居間にしました。

構造的に重要な「差し鴨居」と梁表しの「大和天井」はそのまま活かしています。

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また古い建具も傷んだところを直しできるだけ再利用しています。

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こちらはお祖母さんの居住空間。

キッチン・風呂洗面・トイレの水回りも別に設けています。

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ダイニングキッチンが北側にあるのですが、一部減築した東側に広いウッドデッキの物干し場を設けたので掃出し窓から十分な採光が得られます。

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ここでも古い建具をふんだんに再利用しました。

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以前の庭の樹木中に埋もれていた三体の小さなお地蔵さん、新たに庭の西端に祀られ、花が供えられていました。

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―追記―

この建物がある私部の集落内には、狭い道に面して立派な民家が密集して建っています。

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その中でも際立った建物が国の重要文化財に指定されている「北田家住宅」です。

広大な敷地に元茅葺の「主屋」を中心にいくつかの「離れ」「蔵」が建ちます。極め付きは大名屋敷のような「長屋門」です。桁行が55.8mもあり、民家のものとしては日本一だそうです。

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北田家は、系譜をたどる、南北朝時代に南朝方に仕えた武将である北畠顕家につながり、南朝没落後、足利家の世となったのを機に民間に下り、その性をはばかって「北畠」の白を除き「北田」と称したと言われています。

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# by y-tukide | 2018-07-31 09:33 | 仕事色々