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初めてのサイクリング

9歳になった孫娘の誕生日に、お祝いとして自転車をプレゼントしました。
そして初乗りに、自宅から西に5kmほどのところを流れる木津川の堤防に整備された「京都八幡木津自転車道路」を走ることにしました。
京都八幡木津自転車道路は、京都嵐山の渡月橋と山崎の三川(桂川・宇治川・木津川)合流点を経由し、木津町の泉大橋に至る約45kmの自転車・歩行者専用道路です。
この日、城陽市の上津屋というところから木津川右岸を走り、帰りは左岸を走り「流れ橋」までのコースを孫娘と妻・私の3人で行くことにしました。
初めてのサイクリング_e0164563_16054447.jpg

孫が自転車に乗るのは、今年の正月休みに四国の讃岐を旅した時、瀬戸内の小さな島「本島」で自転車を借り、本人が思っていたよりうまく乗れたことで自信となった時以来です。
そういえばその時、9歳の誕生日に自転車をプレゼントする約束をしていたのです。
初めてのサイクリング_e0164563_16054448.jpg

準備完了 よっしゃ しゅぱ~つ!
初めてのサイクリング_e0164563_16055898.jpg

右手に木津川、左手にはのどかな田園風景を眺めながらの初めてのサイクリング。
ただ本人は、景色を楽しんでいる余裕はなかったかもしれませんが。
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初めてのサイクリング_e0164563_16054312.jpg

4.5kmほど走ると木津川に架かる近鉄京都線の鉄橋が右手に現れます。
私が子供の頃の夏は、この辺りは水泳場となりました。そして鉄橋を渡った対岸に「木津川駅」という臨時の駅が設けられ、友達とよく来たものです。
当時は水量ももっと多く、砂浜の砂も細かくさらさらでした。上流にダムが出来たことにより変わったと思われます。
ここは、懐かしい子供時代の思い出の場所です。
初めてのサイクリング_e0164563_16173359.jpg

近鉄京都線の踏切の手前の小さな公園でしばし休憩。
なにせ孫にとっては、まだなれない自転車による初めてのサイクリング、どこまで走れるのか全く想像できないのですが、本人はやる気満々。
孫は、休憩もそこそこに走りだしました。
初めてのサイクリング_e0164563_16173223.jpg

近鉄の踏切を越え、先を進むと木津川の堤防に悠然と立つ「エノキ」の大木。
説明書きによると、樹高13m、幹回り4.3m、地元城陽市の名木・古木に認定されている
そうです。
初めてのサイクリング_e0164563_16173148.jpg

風格のあるエノキの下を通り抜け、少し進むと木津川に流れ込む川に設けられた「樋門(ひもん)」と鉄製の排水管が現れ、堤防の反対側には4基のポンプが据えられています。
木津川は天井川で豪雨の際、木津川の水位が上昇するとポンプで流れ込む川の水を放出する仕組みです。
初めてのサイクリング_e0164563_16173205.jpg
初めてのサイクリング_e0164563_16173262.jpg

そして、そこから3kmほど走ると木津川に架かる「山城大橋」の東詰めに着きます。
ここで交差点脇にあるコンビニでトイレを借り、お菓子を購入。
私は当初、このあたりが折り返し地点と考えていたのですが、本人はまだまだいけると橋を渡り、木津川左岸の道をさらに行くことに。
初めてのサイクリング_e0164563_16054318.jpg

このあたりものどかな田園風景が広がり、気持ちよく走れます。
前方右側のこんもりした丘陵は、京田辺市の「飯岡(いのおか)」という集落で、日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」にひとつで玉露の生産で有名なところです。
初めてのサイクリング_e0164563_16054338.jpg

その飯岡の丘陵ふもとには、対岸の玉水を結ぶ「玉水橋」が架かっています。
今日はそこを折り返し地点と決め、もう少しの頑張りです。
初めてのサイクリング_e0164563_16055775.jpg

そして到着。
そこには、「お舟休み」という小さな公園があります。
このあたりには橋が無い当時、「飯岡の渡し」があったそうです。
時刻は昼、ここで妻が朝作ってくれた弁当をいただくことに。
のどかな風景の中、気持ちのいい汗をかき食べる弁当は格別です。孫も私も見ている間にたいらげました。
初めてのサイクリング_e0164563_16055789.jpg
ここで余談ですが、私の父親は「指物師(さしものし)」で家具などを作る職人でした。その父親は、私が10歳の時に亡くなったのですが、亡くなった後、父親の弟子であった職人さんが独立して大工工務店を経営されました。
私は大学を卒業した後、その工務店で大工見習として3年間ほどお世話になったのです。そしてその工務店の作業場があったのが、この飯岡です。
そんなことで飯岡は、当時、毎日通った懐かしい場所です。
昼食を済ました後、なつかしさに駆られ集落内を一人ぶらっとしたのですが、作業場は閉じられていましたがそのままあり、集落内の風景もさほど変わっていませんでした。
初めてのサイクリング_e0164563_16055828.jpg

さて、ここから折り返し木津川左岸を走り「流れ橋」へと向かいます。
初めてのサイクリング_e0164563_16055861.jpg

途中、堤防沿いにいろんな遊具が設置された公園があり、ここでひと遊び。
初めてのサイクリング_e0164563_16055989.jpg
初めてのサイクリング_e0164563_16055951.jpg

公園での遊びにも飽き、先に進みます。
初めてのサイクリング_e0164563_16055909.jpg
初めてのサイクリング_e0164563_16055790.jpg

そしてようやく目的の「流れ橋」に無事到着。
初めてのサイクリング_e0164563_16055767.jpg

対岸の堤防から出発したのが朝の10時ごろ、そして「流れ橋」に到着したのが午後2時半ごろ、4時間半ほどの孫にとって初乗りでの初めてのサイクリング。
家に帰り、孫は母親に上機嫌でこの日のことを話していました。
初めてのサイクリング_e0164563_16060212.jpg


# by y-tukide | 2020-06-01 09:00

伊勢街道 四日市から津を行く

伊勢街道は、四日市の「日永の追分」で東海道と分岐して、伊勢湾沿いを南下し伊勢へと至るおよそ十八里(72km)の道です。
「伊勢に行きたい伊勢路が見たい。たとえ一生に一度でも」と伊勢音頭にも歌われ、多くの人があこがれた伊勢参り。
江戸時代には、人々が熱狂的に伊勢を目指した「おかげ参り」が50~60年周期で流行し、伊勢街道は、東海道に次ぐ交通量が多いにぎやかな街道でした。
そんな伊勢街道、今も街道沿いには当時の面影が随所に残る趣のある街道です。
私は、2018年5月に津から松阪に、2018年6月に松阪から伊勢に「相棒」と行っています。
そして2020年1月には四日市から津を相棒と行き、伊勢街道十八里を走破しました。
その日は、車で三重県の近鉄四日市駅まで車で行き、駅近くの駐車場に車を止め、そこで相棒をおろし、相棒と津まで伊勢街道を行きました。

四日市には、東海道五十三次の四十三番目の四日市宿があります。
ここからまず東海道を走り、東海道と伊勢街道の分岐点である「日永の追分」に向かいます。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160899.jpg

そしてここが先週のブログでも紹介した県指定史跡の「日永の追分」。
向かって右が東海道、左が伊勢街道、県道103号線です。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160841.jpg

現在ここには、伊勢に向かって遥拝(ようはい)できるように江戸時代に設けられた鳥居と常夜灯、道標とともに手水所(ちょうずどころ)があり、近くの丘陵から引かれた湧き水でのどを潤すことができます。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160879.jpg

ここから街道は県道103号線を走り、しばらく行くと右に折れ旧街道を行きます。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160854.jpg

街道筋の街並み。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160900.jpg

道端の野仏。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160958.jpg
次に街道は、鈴鹿川を渡ります。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10182954.jpg

街道沿いに立つ常夜灯。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160793.jpg

鈴鹿川を越えたあたりの切妻の屋根が連続する集落の街並み。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160751.jpg

集落を抜けると田園風景が広がります。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10160856.jpg

田園の中をしばらく走ると「神戸の見付」が現れます。
「神戸の見付」は、伊勢街道「神戸宿」の入り口にあたり、両側に土塁と石垣を築いたものです。
ここには、町の治安を守るために番人がいて、夜間遅くには木戸を閉じて通行を禁じたそうです。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162637.jpg

神戸宿の街並み。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162697.jpg
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162756.jpg

宿場を過ぎ市街地の中をさらに進んで行くと「白子」という所に入ります。
その街道沿いに祀られた「六地蔵菩薩」。
説明書きによると鎌倉時代のものだそうです。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162791.jpg

白子の街並み。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162409.jpg
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162469.jpg

白子は伊勢湾に面し、江戸時代は紀州徳川家の領地で、紀州藩から江戸への荷物を運ぶ船の母港として、伊勢湾岸で最も賑わった港だそうです。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162558.jpg

白子を後に街道をさらに進みます。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162532.jpg

そしてここは、伊勢街道と巡礼道の追分です。
巡礼道は、江戸時代、観音信仰で巡礼たちが通った道です。
そこに立つ「名残の松」。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10162646.jpg

追分を過ぎると街道は、国道23号線と合流し、左手に三重大学を見ながら「江戸橋」を渡ります。
江戸橋は、江戸に向かう藩主の見送りもここまでということで「江戸橋」と命名されたそうです。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10163891.jpg

江戸橋を渡ると、この日の終着点である津駅はもうすぐ。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10163887.jpg

そして近鉄の津駅に到着。
延べ三日間かけて行った伊勢街道十八里、さすが東海道に次ぐ交通量が多かった伊勢詣での道、見どころが多く趣ある街道でした。
相棒を輪行袋に納め、車が置いてある四日市駅へと電車で帰路につきました。
伊勢街道 四日市から津を行く_e0164563_10163854.jpg



# by y-tukide | 2020-05-25 10:15 | 街道を行く

東海道 亀山宿から四日市宿を行く

コロナ禍の中、休日に好きな古い街道歩き・街歩きもままならず、悶々と休日を過ごすのは皆様もご同様のこととお察します。
そんなことで、この頃の週一のブログは過去に撮った写真を引っ張り出し、掲載させていただいたりしています。
そして今週のブログも、今年の正月休みに「相棒」と行った三重の東海道を紹介させていただきます。
皆様もよくご存じの「東海道」は、江戸時代に中山道・甲州街道・日光街道・奥州街道とともに徳川幕府によって一里塚や宿場などが整備された五街道の一つで、江戸の品川宿を第一の宿として、京都まで俗に「東海道五十三次」と呼ばれています。
私は、ブログを始める何年か前に、東海道は「京都三条大橋」から近江の「草津宿」の中山道との分岐点である「追分」を経て、鈴鹿峠の手前の四十九宿目の「土山宿」まで何日かかけ歩いています。
その先は、箱根峠と並ぶ東海道の難所である鈴鹿峠をパスし、峠を越えた四十七宿目の当時の面影が色濃く残る「関宿」には何度か行っています。
その内の一回は、2014年5月「鉄道ブラ旅 関西本線」で四十六宿目の「亀山宿」から「関宿」まで東海道を歩きました。
今回は、その「亀山宿」から「四日市宿」まで相棒と東海道を行った時の記録です。

朝9時ごろに関西本線の亀山駅前に車を置き、相棒を下ろし「四日市宿」に向かい出発です。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114309.jpg

亀山宿の東海道沿いには、連続してはいませんが、当時の宿場の面影を残す町家がいくつか残っています。
この建物は、亀山市の指定文化財である「桝屋」という屋号の「旧館(たち)家住宅」。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114392.jpg

万町の「あらものや跡」。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114346.jpg

そして街並み。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114437.jpg

亀山宿を出、東に東海道を走ると左手に「和田一里塚跡」が現れます。
ただ現在の塚は、道路拡張のために消滅した塚を偲んで、隣接地に復元されたものだそうです。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114488.jpg

和田一里塚跡を後に拡幅された道を1.5kmほど走り、「椋川」を越えたあたりの集落の街並み。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114269.jpg

さらに進むと街道は「鈴鹿川」を渡ります。
当時は「土橋」が架かり、出水時には「渡し」となったそうです。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114277.jpg

鈴鹿川を渡ると「中富田」という集落があり、その集落内にも「中富田一里塚」がありました。
そしてさらに進むと東海道四十五番目の宿場「庄野宿」に入ります。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114285.jpg

わずかではあるが、連子格子の町家が残る庄野宿の街並み。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09550916.jpg

宿場内の「川俣神社」境内にある、県指定天然記念物の推定樹齢300年、幹回り約50mの見事な「椎の木」。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114238.jpg

宿場の中ほどに、庄野宿資料館である「旧小林家住宅」の前に、歌川広重の「東海道五十三次・庄野宿」の浮世絵が飾られていました。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09114341.jpg

庄野宿を出ると街道は、田園風景の中を走り、次の「石薬師宿」へと続きます。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09115586.jpg

石薬師宿の街並み。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09115569.jpg

「石薬師宿」には、泰澄・空海(弘法太子)が開山した石薬師寺があります。
空海が土中から現れた霊石に一夜にして刻みこんだと伝えられる薬師如来が、この寺のご本尊。
霊験あらたかな寺として近在では有名で、その寺の名から宿場名となったとのこと。

真言宗の石薬師寺。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09550939.jpg
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09115634.jpg

石薬師宿を出ると街道は、国道1号線と合流します。
交通量が多いい1号線を少し走ると街道は、また1号線と別れ、東海道の中でも急坂で知られる「杖衝(つえつき)坂」にさしかかります。
神代の昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の帰りにここにさしかかった際、大変つかれていたので杖をついて歩いた事から、その名が付けられたとのこと。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09115603.jpg

杖衝坂を下り進むと街道は、国道1号線と県道103号線に合流します。
県道103号線は、伊勢へと通ずる「伊勢街道」です。そしてここが東海道から伊勢街道が分岐する「日永の追分」です。
右側の道が東海道、左側が伊勢街道。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09550826.jpg

伊勢街道は、「伊勢に行きたい伊勢路がみたい。たとえ一生に一度でも」と伊勢音頭にも歌われ多くの人が「お伊勢参り」に詣で、東海道に次いで交通量が多く賑わった街道です。
私は、この伊勢街道を2018年5月に「津から松阪を行く」、2018年6月に「松坂から伊勢を行く」でブログに掲載させていただきました。
そして2020年1月には、四日市宿から「日永の追分」を経て津に行き、伊勢街道を全工程走破しました。・・・「四日市から津を行く」の記録、近々ブログに掲載したいと思います・・・

追分に建つ道標には、「左いせ参宮道」「右京大阪道」「すく江戸道」と刻まれています。
背後の鳥居は、東海道を通る伊勢に参拝しない旅人が伊勢に向かって遥拝(ようはい)できるように、安政3年(1774年)に建てられた鳥居だそうです。
以来この鳥居は、伊勢神宮式年遷宮ごとに神宮の古材を使って建て替えられるとのこと。
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追分から少し行った東海道沿いに建つ、古い町家を活用した「日永郷士資料館」。
この日は、正月の三が日明けの4日とあって閉まっていました。
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さらに進むと1本だけ残る「東海道名残りの一本松」。
昔は、この辺りから「泊」の集落までは、東海道の両側に土手が築かれ、その上に大きな松が並んで植えられていたそうです。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09115554.jpg
そして「四日市宿」に入ります。
東海道 亀山宿から四日市宿を行く_e0164563_09115553.jpg

ここで遅めの昼食をとり、辺りをぶらっとした後、車が置いてある亀山駅に戻ることに。
JR関西本線の「四日市駅」から、相棒を輪行袋に納め、亀山駅行きのワンマン電車に乗り帰路につきました。
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# by y-tukide | 2020-05-18 10:44 | 街道を行く

路地あちこち

「ろじ」を広辞苑で引くと
① 「露地」屋根などのおおいがなく、露出した地面「露地栽培」
 (仏)煩悩を離れた境地。法華経の火宅喩にもとづく。
② 草庵式の茶室の庭園。石灯籠・蹲踞(つくばい)・飛び石などを配する。外露地・内露地に区分。
③ 門内または庭上の通路。
④ 人家の間の狭い道路。

「ろじ」は、本来「露地」と書くそうだが、四つもの意味があり、とりわけ仏教用語での―煩悩を離れた境地―にはちょっと驚かされる。
現在「路地」と書く場合は、一般的には密集市街地に形成される狭い道や家と家などの間の狭い道、通路を表すわけですが、こうしてみると「路地」と茶道・仏法用語の「露地」とは、
人の感性の中で通ずる意味深い空間であるのかもしれません。
私が、知らない町や村に行ったとき「路地」があるとついつい引き込まれるのは、感性をくすぐる意味深い何ものかのためと考えると納得できます。
そんな「路地」を過去のブログのいくつかから紹介します。

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豊島 散歩―2019年8月
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常滑 散歩―2017年7月
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舞鶴 散歩―2019年1月
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三州 足助―2015年3月
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# by y-tukide | 2020-05-11 09:00

播磨国 「加西市北条」散歩

外出自粛が求められるこの時期、以前に撮った未整理の写真から、今回、加西市北条の町を紹介します。

加西市は兵庫県の南部にある市で、北条はその市の中心的な町です。
北条は、千年以上前に建立された住吉神社・酒見(さがみ)寺の門前町として栄え、また山陽・山陰を結ぶ交通の要衝として北播磨の中心的な存在でした。
明治・大正・昭和初期には、商業・流通の拠点として繁栄し、多くの商家が軒を連ね、今も当時の面影がうかがえる歴史ある街並みが残っています。

「横尾通り」の旧商家の街並み。
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「つし」二階に「虫籠(むしこ)窓」がある元商家。
この建物は、壁・塗籠部は漆喰できれいに塗り替えられ、以前は「本瓦葺」であったであろう大屋根は「桟瓦葺」に吹き替えられていますが、ひさしは「本瓦葺」のままで、当時の面影を色濃く残し改修されています。
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塗籠のひさしに「持ち送り」がついた蔵。
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この通りの桟瓦葺の屋根に共通して見られた「風切り丸瓦」を屋根中央に3列に葺いた光景。
「風切り丸瓦」は、一般的には瓦屋根の妻側に当たった風で瓦が持ち上がってしまうのを防ぐ目的で「ケラバ」「ミノコウ」の近くに棟から軒先まで葺く「丸瓦」です。
その丸瓦が屋根の中央に3列葺かれているのです。
これはたぶん「本瓦葺」のなごりで、意匠的なものだと思われます。
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住吉神社・酒見寺の参道沿いにも古い商家の街並みが残っています。
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見事な左官仕事の「うだつ」。
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参道を進むと酒見寺の楼門が現れます。
酒見寺は、奈良時代に社会事業や東大寺の大仏建立のために奔走した「行基」が創建したといわれています。
その後、たびたびの兵火に見舞われ、再建・焼失を繰り返しています。
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楼門を入ると右側には彩色を施し、優雅なたたずまい多宝塔があります
江戸期に建立されたもので重要文化財の建物です。
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入母屋造りで裳腰(もこし:本来の屋根の下にかけたもう一重の屋根)付の本堂。
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正面の本堂の東隣にある鐘楼。
これも鮮やかに彩色され、木組みの美しさは見事です。
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酒見寺の東側に隣接する播磨国の三ノ宮である住吉神社は、神仏習合の名残を色濃くとどめています。
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住吉神社の境内を抜けて北に向かうと、羅漢寺がありその境内には、「五百羅漢」の石仏群が現れます。
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一本の切り石で彫られた技法は、きわめてつたなく、それ故に素朴で何とも言えない味わいがあります。
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いつ頃、だれが、何のために制作したのか、これに答える史実も資料もなく謎です。
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一体一体、顔の表情が異なりずっと見ていても飽きません。
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この味わい深い謎の石仏、モノクロ写真が似合うかも。
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# by y-tukide | 2020-05-04 09:00 | 散歩