人気ブログランキング | 話題のタグを見る


日記


by y-tukide

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ

全体
街道を行く
かくれ里を行く
かいわい
散歩
早朝散歩

鉄道ブラ旅

水汲み
お知らせ
建物探訪
去り行く年の思い出フォトブログ
見学会・イベント
仕事色々
お寺の山門再生工事
伝統工法町屋改修技術を学ぶ
奥村先生とまことさん
雑誌掲載
我が社の年賀状
研修
お茶会
宇治川花火大会
天満天神繁昌亭
大相撲宇治場所
社員旅行
引っ越し
夏休み
お正月
我が家のツバメ
季節の花色々
思い出
古寺巡礼
住まい手さん宅訪問
竪穴式住居
畑はじめました
未分類

以前の記事

2022年 09月
2022年 08月
2022年 07月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 12月
2021年 11月
2021年 10月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月

フォロー中のブログ

最新のトラックバック

ライフログ

検索

タグ

(123)

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
近畿

画像一覧

古の官道「下ツ道」を行く

「下ツ道(しもつみち)」は、古代、奈良盆地の中央を南北に二十数キロにわたり、一直線に付設された「官道」で、「藤原京」から北へ延び、「平城京」の正面である「羅城門」と京内の「朱雀大路」を通って「平城京」に至る道です。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_11364659.jpg

以前から一度はたどってみたいと思っていたのですが、この日、相棒と平城宮跡で再建された「朱雀門」から「下ツ道」の痕跡をたどり走りました。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13020612.jpg

朱雀門から平城京跡の西を流れる秋篠川沿いに整備された自転車道を走ります。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13021074.jpg

「西の京」で私の好きな寺の一つである「唐招提寺」にちょっと寄り道。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13022827.jpg

そして隣の「薬師寺」へ。
1300年程の薬師寺の歴史の中で、創建当時から唯一現存する「西塔」。
「裳階(もこし)」と呼ばれる飾り屋根が特徴的でデザイン性に優れた塔です。
2009年から12年をかけて全面解体修理が行われ、昨年に竣工し、創建当時の華やかな色彩がよみがえりました。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13023312.jpg

秋篠川は郡山で佐保川に合流し、その合流点から少し南に行くと平城京の入り口にあたる「羅城門跡(らじょうもんあと)」が現れます。現在その上に佐保川を渡る高架橋がかかります。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13023653.jpg

ここから田園風景が広がる佐保川右岸の土手道を行きます。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13024340.jpg

2km程走り左に折れ稗田橋を渡ると「稗田(ひえだ)環濠集落」が現れます。
「環濠(かんごう)集落」とは、弥生時代に始まる外敵から守るために堀をめぐらした集落のことです。
稗田環濠は、中世のころに現在の形が形成されたと言われ、現在も埋め立てられず当時の面影を残しています。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13024806.jpg

集落内には、重厚な造りの民家が建ち並び、東西南北に走る2本の道は比較的広いが、それにつながる他の道は狭く、Tの字型や鍵の手に折れ曲がるなど防衛を意識されています。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13030307.jpg

稗田は、「稗田氏」の居住地で、集落内にある「賣太(めた)神社」には、「古事記」の編纂者である「稗田阿礼(ひえだのあれ)」が祀られています。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13030720.jpg

「下ツ道」に隣接する稗田環濠集落を後にさらに南下すると、「番条環濠集落」が右手に現れます。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13031355.jpg

番条も稗田と同様に、古い「大和棟」の民家や屋根は瓦葺き、壁が漆喰塗の重厚な造りの民家が連なります。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13032023.jpg

「長屋門」を備えたこの民家は、母屋が茅葺の「大和棟」で客人を迎え入れる玄関「式台玄関」を設け、母屋の棟から一段下がった「落ち棟」には「煙り抜き」がある古い造りの立派な民家です。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13032615.jpg

さらに「下ツ道」を南へと進み「西名阪自動車道」をくぐると「下ツ道歴史広場」の看板が目に入ります。
ここは「西名阪自動車道」と「京奈和自動車道」とのジャンクション工事の際、「下ツ道」の発掘調査が行われ、その後歴史公園として整備されたものです。
説明書きによると、当地「下ツ道」の東西両側に、幅6~12m深1.4~2mの側溝があったそうで、
「下ツ道」は、水陸両運の幹線だったことには驚かされました。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13034436.jpg

「郡山下ツ道JCT」を越えると、この辺りから環濠集落が連なった風景とはまた違った古い「町家」が点在する街並みに代わります。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13041749.jpg

ここでちょっと寄り道して国史跡「唐子鍵遺跡」へ。
「唐子鍵遺跡」は、今から2000年程前に存在した弥生時代の42万㎡(甲子園球場10個分)の日本最大級の「ムラ」です。
「ムラ」の周りには、何重にも環濠が掘られていたそうです。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13045537.jpg

この辺りは「田原本町」、道に戻ると道沿いには、大型の古い町家が数多く残ります。
弥生時代の大集落から始まりこの地域は、肥沃で商業活動も盛んであった土地柄であったことがうかがえます。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13051215.jpg
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13051636.jpg

さらに先を進み、近鉄の八木駅前で昼食をとり、その後「八木」の街並みを散策。
ここでもすごい街並みが残ります。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13052470.jpg
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13053372.jpg

ここは「八木札ノ辻(やぎふだのつじ)」。
南北を走る「下ツ道」と東西に通る「横大路」が交差する地点です。「横大路」は大阪から「初瀬」「伊勢」に通じる古道で、この辺りは江戸時代、「長谷寺詣で」「伊勢詣で」で大変にぎわった場所です。
この建物は、当時の「旅籠(はたご)」。現在は「八木札ノ辻交流館」として無料で開放されています。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13054047.jpg
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13054423.jpg

「藤原京跡」は間もなくです。
途中、偶然見かけた「おふさ観音」の「風鈴まつり」。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13054755.jpg

ここで懐かしいふわふわのかき氷をいただきました。
暑さでかなりばてていたので、汗も引き生き返りました。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13055145.jpg

そしてようやく「藤原京跡」に到着。
熱い一日でしたが「下ツ道」を行き、「大和」の古代から近世に至る豊かな歴史遺産の一端に触れてみて、「大和」はすごいと改めて感じた一日となりました。
古の官道「下ツ道」を行く_e0164563_13055548.jpg



# by y-tukide | 2022-07-18 09:00 | 街道を行く

荒壁の家

現在、ツキデ工務店は京都市内で「貫(ぬき)工法」での「荒壁の家」造りを行っています。
この建物の設計は、私の知り合いの静岡県浜松市にある「番匠」という工務店の社長で、娘さんが京都に嫁いでおられ、その娘さんのご自宅の新築工事です。
「番匠」は、優れた設計力を持ち、地元「天竜」の天然乾燥された杉・桧を使い、ツキデ工務店と同様に大工さんが「手刻み」で加工し、今や稀少となった伝統工法である「貫(ぬき)工法」で「竹小舞(こまい)」を編み、「荒壁」の家造りを常としている、素晴らしい工務店です。
今回、50~60年程前までは田舎などでは当たり前だったが、今や稀少となった「荒壁の家」の施工の流れと仕事の一部を紹介したいと思います。

梁・柱などの構造材は、ツキデ工務店が常に使用している天然乾燥した吉野杉・桧を使用し、熟練の大工が、「手刻み」加工し組み上げました。
荒壁の家_e0164563_12585002.jpg
荒壁の家_e0164563_12595197.jpg

「伝統軸組工法」における「貫工法」は、地震の際、地震力を吸収する「制振効果」を得るとともに、木の「めり込み」と「粘り」で地震力を減衰させる非常に優れた工法です。
一般的には、壁となる柱と柱の間に「貫(ぬき)」と呼ばれる105mm×15mmの杉板を3~4本通し、柱と貫の隙間に「楔(くさび)」を打ち込み締め固めます。
今回は、「貫」を「番匠」仕様で105mm×27mmの貫を4本としました。
荒壁の家_e0164563_13000966.jpg

柱と貫の接合部である「仕口(しぐち)」は、「渡り欠き」にし、「楔(くさび)」を打ち込みます。
荒壁の家_e0164563_13003868.jpg
荒壁の家_e0164563_13005972.jpg
荒壁の家_e0164563_13011486.jpg
荒壁の家_e0164563_13013388.jpg
荒壁の家_e0164563_13015091.jpg

次に「竹小舞(たけこまい)」を編みます。
柱・梁・土台に「えつり」を掻(か)き、そこに半間の柱間に縦に3本、横に8本の「えつり竹(間渡し竹)」入れ込み、「下地竹」を編んでいきます。
荒壁の家_e0164563_13021825.jpg
荒壁の家_e0164563_13022315.jpg

そしてまずは縦、次に横の「えつり竹」に「下地竹」を「しゅろ縄」で編んでいきます。
荒壁の家_e0164563_13025559.jpg
荒壁の家_e0164563_13031077.jpg
荒壁の家_e0164563_13031729.jpg

いつもお世話になっている「竹小舞編み」の職人さんであるKさん、現在お年は70歳、荒壁の家が減り、後継者もなく今や超貴重な存在です。
何とかこの技術を残していく必要があることから、今回、技術伝承の資料としてできるだけ詳細に撮影しました。
荒壁の家_e0164563_13032112.jpg

そして竹小舞が編みあがりました。
実にきれいです。
荒壁の家_e0164563_13032678.jpg

次は、荒壁の土づくりです。
昔は、荒壁の家を建てる場合、敷地内か自宅の畑や田んぼで土を盛り水を張り土づくりを行ってきたのですが、いつのころからか「ドロコン屋」という練った土を販売する店ができ、これまでにツキデ工務店でもそこから土を入れていたのですが、近年、荒壁の家が激減したことから廃業や取り扱いをやめた店が多くなっています。
それならと今回、昔に戻り土づくりから始めようということになりました。
幸い会社に近い京都市伏見区大亀谷という所で荒壁用に適した土が購入できることから、そこで土を購入し土づくりが始まりました。

土づくりは、荒壁を塗る数か月前から始めます。
まずは、塗った荒壁が乾燥しても割れにくいように土のつなぎとなる「すさ」となる「藁(わら)」を準備し、「押し切り」という道具で10cm程の長さに切ります。
荒壁の家_e0164563_13063835.jpg

トラックに積める大きさの(1880×1580×490)の箱を木で4箱造り、それにブルーシートを敷きその中に土を入れ、10cm程に切った「藁(わら)すさ」と水を入れ、クワでかきまぜ足で踏み、土と藁が均一に混ざるようにします。
一定に混ざると土が乾燥しないようにブルーシートをかぶせ、土を寝かせ藁を腐らせます。
荒壁の家_e0164563_13103833.jpg
荒壁の家_e0164563_13104626.jpg

ひと月ほど後に再度、「藁すさ」と水を混ぜ練り、またブルーシートをかぶせ再度寝かせます。
荒壁の家_e0164563_13405969.jpg
荒壁の家_e0164563_13122293.jpg

現場では「竹小舞」が編み上がり、さぁーいよいよ十分寝かせた手作りの土で荒壁塗です。
この日は、左官屋さんが2名と土を運ぶ「てったい」さん4名で行います。
寝かせた土が入った2箱を積んだトラックを建物に横付けし、土をバケツに入れウインチで吊るし上げ運び、まずは2階の外部から塗り始めます。
荒壁の家_e0164563_13411920.jpg

土は、「さいとり」という道具に土を乗せ、左官屋さんの「鏝(こて)板」を目がけ差出します。
荒壁の家_e0164563_13141032.jpg

これが「さいとり棒」。
荒壁の家_e0164563_13142361.jpg

二人の左官屋さんと「てったい」さんとの呼吸はぴったり。作業は順調に進みます。
荒壁の家_e0164563_13142856.jpg
荒壁の家_e0164563_13143229.jpg

竹小舞の裏側は、表側で塗った土がぐにゅうと飛び出しています。
これをこの辺りの職人用語で「へそ」と言うそうです。このまま乾き固まると「裏返し塗」の時、塗りにくいので飛び出た部分を平たくはります。
荒壁の家_e0164563_13144018.jpg

天候に恵まれた夏場ということで、ひと月ほどで表面はよく乾き、次は裏側を塗る「裏返し」です。
「藁すさ」を多めに入れたこともあり荒壁はさほど割れていません。
荒壁の家_e0164563_13144542.jpg
荒壁の家_e0164563_13144934.jpg

表塗りの際、竹小舞の間からぐにゅと出た「へそ」をはった裏側。
ちなみにコンセントのボックスなどは、竹小舞を編む前に設置します。
ボックスの厚みは通常は35mmですが、「真壁」で柱面と仕上がり壁との差である15mmの「ちり」を確保するために22mmの薄型を使用します。
荒壁の家_e0164563_13145698.jpg

柱や土壁が乾燥し「やせる(収縮する)」と柱と土壁の取り合いに隙間ができるとまずいので、土壁が柱の中に食い込むように「ちりじゃくり」をしています。
荒壁の家_e0164563_13151187.jpg

「裏返し」の作業も前回と同様、息の合ったメンバーで行われ、順調に終えることができました。
荒壁の家_e0164563_13151608.jpg
荒壁の家_e0164563_13152236.jpg

今回、土造りから行った「荒壁の家」。
世界に誇る、日本の伝統建築の優れた技術を途絶えさせてはなりません。
荒壁の家_e0164563_13152827.jpg



# by y-tukide | 2022-07-11 09:00 | 仕事色々

奈良 安堵町かいわい

私は奈良が好きで、奈良のここぞという所は大概行ったつもりでいたのですが、今回相棒と散策した「安堵(あんど)町」は、初めて伺う町です。
「安堵町」は、世界遺産である「法隆寺」の南東に位置する人口7500人程の小さな町です。
今回伺って知ったのですが、安堵町一帯は、奈良盆地の中で最も低いところに位置し、奈良盆地を流れる河川のほとんどがこの地付近で合流します。
飛鳥時代には、難波と飛鳥を結ぶ水上交通の要衝で、隋や唐などの大陸の国々との交流の重要な拠点となっていたそうです。
この水上交通は、明治中期に至るまで大きな流通へと発展し大阪と大和を結び、大和の経済を支えました。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12574021.jpg

陸路においても飛鳥時代、聖徳太子が法隆寺と飛鳥を行き来した「太子道」が安堵町を走り、今も残っています。
その太子道沿いに鎮座する「飽波(あくなみ)神社」。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12584252.jpg

境内には、聖徳太子が愛馬「黒駒」に乗り、斑鳩から飛鳥へ通ったおり、休憩時に腰を掛けたといわれる「太子腰掛け石」があります。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12585024.jpg

集落内を散策すると大和らしい重厚な民家や蔵そして「大和棟」の民家も見受けられます。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12585700.jpg

「長屋門」の前の水路に錦鯉が泳ぐこの屋敷は、近代陶芸の巨匠であり人間国宝保持者である「富本健吉」の生家。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12590396.jpg

現在、完全予約制のレストランと二組限定の宿として活用されています。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12592238.jpg

この建物は、代々庄屋や村役を務めた「今村家住宅」。
現在は、安堵町歴史民俗資料館として活用されています。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12592867.jpg

資料館には、安堵町に関係する民族資料が展示されているのですが、安堵町では、昭和の時代まで「灯芯」作りが米作の副業として盛んであったようです。
「灯芯」は、和ろうそくの芯に使われるもので畳表の材料である「藺草(いぐさ)」の表皮を除いた「ずい」の部分です。
藺草は、水害によって田畑に水がつきやすい「湿田」に適していて、多くの川が集まり低湿地帯であった安堵町周辺での栽培に適した所以です。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12593260.jpg

資料館を後に、役場もある安堵町の中心的な集落から次の集落へと向かいます。
途中で見かけた「かかし公園」。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12594075.jpg

次の集落でも大和らしい重厚な造りの民家が建ち並びます。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12594564.jpg
奈良 安堵町かいわい_e0164563_12595212.jpg

その中でもひときわすごい民家が「中家住宅」。
国の需要文化材に指定されている建物です。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_13054506.jpg

広大な屋敷構えの中家は、二重の堀に囲まれた「平城(ひらじろ)形式」をとり入れた武家屋敷造りと農家造りを兼ねた稀にみる民家です。
中氏は古くは武士で、足利尊氏に従って大和に入り、筒井一族と化して後、ますますその勢力をふるい、その後武士から帰農して現在に至るそうです。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_13055983.jpg

この集落の南側に流れる「大和川」。古代この川を飛鳥人が行きかい、隋や唐にも行ったのか!
奈良 安堵町かいわい_e0164563_13301124.jpg

その大和川は、この辺りで奈良盆地の中心部から流れる「佐保川」と合流します。
その合流点の北側ののどかな田園風景の中にたたずむ「額安寺(かくあんじ)」。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_13200846.jpg

この寺は、聖徳太子が学問修業の道場として建てられたもので、叔母の推古天皇から寺号を賜ったそうです。
この辺りは、古代水運の要衝で外国使臣や文物の上陸場所であり、額安寺はその受け入れ口として七堂伽藍を備えた壮大な規模の寺院であったそうです。
しかし今は、当時の面影は失われ田園の中に静かにたたずんでいます。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_13201550.jpg

今回、初めて安堵町を散策してみて、随所でいにしえの歴史と文化の香りを感じることができ、改めて大和が好きになりました。
奈良 安堵町かいわい_e0164563_13202006.jpg





# by y-tukide | 2022-07-04 09:00 | かいわい

畑はじめました

私はこれまでに野菜はおろか、植物というものを育てたことがありません。
そんな私に今年の春先、妻との何気ない会話の中で「空いたプランターが何鉢かあるで!」の一言。
その一言に何をどう思ったのか、そのプランターで一度野菜を育ててみようかという気になり、さっそく園芸店に行き店員さんに相談しながら4株のリーフレタスの苗と培養土と肥料を購入し、生まれて初めての野菜作りが始まりました。
ところが4株のリーフレタスのうち2株は、水をやりすぎたのか原因不明のまま根腐れしてしまいましたが、残る2株は育ち、外側の葉からかきとり食べられるようになりました。
畑はじめました_e0164563_15245368.jpg

何もわからないまま手探りで栽培してみて、初めての収穫の喜びもひとしおなのですが、植物の日々の変化が気になり、それを観察するのが日課となりました。
これは面白いと残るプランターを使い他の野菜もと、ミニトマト2株、オクラ2株、ピーマン2株を植え付けました。
そしてますます面白くなり、今度はさほど広くない庭ですが、その一角を耕し12㎡ほどの小さな畑を作ることに発展しました。
畑はじめました_e0164563_15251561.jpg
畑はじめました_e0164563_15255278.jpg


そして6月初めにラデッシュとニンジンの種をまき、苗のミズナス2株、オクラ1株、ウマイナ16株そしてサツマイモ6株を植え付けました。

購入した野菜作りの本によると、表土の乾燥を防ぎ、虫や雑草を予防したりする目的で「マルチ」というポリフイルムを張ると良いと記されているのですが、できるだけビニール製品を使いたくないので会社にあった「ワラ」といくらでも出て処分に困っている杉と桧の「オガクズ」を敷くことに。
畑はじめました_e0164563_15261813.jpg
畑はじめました_e0164563_15263523.jpg


オガクズの間から本葉が出てきたラデッシュ。
畑はじめました_e0164563_15270178.jpg

サツマイモの苗は、種芋の「ツル」を切ったもので、葉の付け根から「根」が延びることを今回、恥ずかしながら初めて知りました。
畑はじめました_e0164563_15271456.jpg
畑はじめました_e0164563_15272947.jpg


植え付けた翌日、葉が枯れてしまったので失敗したかと思ったのですが、数日すると新しく若葉の芽が吹き出し、しなれていたツルが起き出しその生命力には驚かされます。
畑はじめました_e0164563_15275498.jpg

プランター植えのミニトマトは、雨がかかると実が割れてしまうらしく、デッキに置き
雨が降りそうな日は、軒の下に移動するようにしています。
畑はじめました_e0164563_15281750.jpg

ミニトマトは、小さな黄色い花が咲くとその後面白いほど実がどんどん生ります。
畑はじめました_e0164563_15283215.jpg

青い実が赤く染まり食べごろを迎えるとなぜかカラスが集まりだし、どうも熟した実を狙っている様子。
これはまずいと、流しの排水溝で使うネットで実を包み洗濯バサミで止め防衛。
畑はじめました_e0164563_15284063.jpg

今回もう一つ始めた初めての挑戦、それはコンポストです。
畑の横に設置し、生ごみ処理と堆肥作りに挑戦しています。
畑はじめました_e0164563_15285612.jpg

最初、生ごみをコンポストにそのまま放り込み土と混ぜていたのですが、土が湿気てドロットした状態になり、これでは好気性バクテリアの活動を促すことができないのではと、庭の木につるした籠に生ごみをいったん入れて水切りしたり、オガクズを混ぜたりいろいろ試しています。
畑はじめました_e0164563_15290768.jpg
畑はじめました_e0164563_15291733.jpg


初めての野菜作りとコンポスト、本を読んだりネットで調べたりしながらの手探りでの挑戦ですがわからないことだらけ。
実践の中での経験の積み重ねしかないようで、気長にやっていきたいと思います。

発芽した人参。
畑はじめました_e0164563_15294644.jpg



# by y-tukide | 2022-06-27 09:00 | 畑はじめました

熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く

熊野街道(古道)伊勢路は、伊勢と熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)とを結ぶ参詣の道。
これまでに私は相棒と熊野街道と伊勢本街道の分岐点である「田丸」から「栃原」、「栃原」から「滝原」、「滝原」から「大内山」を行きました。
街道沿いでは、趣のある民家や街並み、そして豊かな自然を満喫するとともに歴史を感じることができました。
ただ大内山から先は、日帰りではちょっときつくなってきたので、今回は戻り、熊野街道伊勢路の出発地である伊勢神社内宮から田丸に行くことにしました。

自宅を早朝に出発し、JR参宮線の伊勢市駅に車を置き、そこから相棒と伊勢神宮内宮へと向かいました。
内宮の入り口である
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14215551.jpg


当然「おはらい町」「おかげ横丁」も店はまだ開いていません。
これまでに何度も訪れていますが、いつもは参拝者や観光客であふれ、こんな光景は初めて。
こうしてみると趣があるいい街並みです。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14220911.jpg

ところが一軒開いている店が、「赤福本店」です。
私が店の方に「朝早くから開けておられるのですね!」と声をかけると。
「内宮さんが5時から開けられるので、それに合わせ5時から店を開けさせていただいています!」とのこと。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14223938.jpg

それではと「赤福餅」をいただくことに。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14224523.jpg

街道沿いには、「切妻妻入り」の伊勢地方特有の町家が並びます。
伊勢地方は台風が多く、土壁を保護するために外壁は「下見板張り」。一階正面のひさしには、吹き降りと垂木の小口を保護するための幕板「軒がんぎ板」が設けられ、妻側上部には二階の「出格子」の瓦屋根の壁との取り合いからの雨水の侵入を防ぐためか「下見板」を外壁からふかした「張出しなん張り」。
これらによって統一された町家のファサードが連続することにより、趣のある街並みが形成されています。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14231557.jpg
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14232386.jpg


街道は「おはらい町」を離れ、「猿田彦神社」の角を右に折れ、長く続く坂道を上がると「古市」の街に入ります。
街道沿いの家の軒先などにこのような「のぼり旗」が掲げられていました。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14234514.jpg

「古市」は、伊勢神宮を詣でた後の「精進おとし」の場として遊郭があったところです。
今はその面影は、まったくありませんが唯一「麻吉旅館」が当時の面影を残します。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14235578.jpg

麻吉旅館は、もとは「花月楼 麻吉」という茶屋で、明治時代は県下でも珍しい三層楼の建物。芸子も常時30人ほど抱える県下第一級の大料理店であったそうです。
現在は旅館ですが、古市で当時の面影を残す唯一の楼閣建築として登録有形文化財に指定されています。
中心となる建物が斜面に5棟建ち、下の道から最上層まで6層に及んでいます。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14240650.jpg

当時の華やかな写真。
以前、見学させていただいたときに撮ったものです。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14241492.jpg

古市の街を後に、今度は長い坂道を下ると街道は「伊勢神宮外宮」に着きます。
社殿は「神明造り」、掘立柱に切妻の茅葺屋根、角のような「千木(ちぎ)」が屋根から伸びます。
社殿は大切な米を保存する蔵をモチーフにしているといわれています。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14242867.jpg

外宮を後にさらに進むと「筋向橋」が現れます。
この辺りで街道は、関東・中部方面から津・松阪などを通る「伊勢街道」と合流します。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14243959.jpg

さらに進むと街道は、「宮川」にあたります。
現在は、橋が架けられていますが、当時は橋がなくこの辺りに「柳の渡し」があり、西国方面の参宮者にとって伊勢神宮に向かうためになくてはならない「渡し」でした。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14245396.jpg

その宮川の堤に咲くアザミ。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14250491.jpg

宮川を渡り対岸でたまたま見つけた明治の建築様式の「尾崎咢堂(がくどう)記念館」。
私は初めて知ったのですが、説明書きによると「咢堂」は、この地の人で憲政の精神と称される世界的な政治家だそうで、この建物は「旧尾崎邸」を伊勢市が譲り受けたものだそうです。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14251245.jpg

この辺りから街道は、伊勢市の市街地を離れ、黄金色した麦畑と植え付けが終えたばかりの田んぼが広がるのどかな風景の中を走ります。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14251711.jpg

そしてこの日は、早めの昼飯をとることに。
街道からちょっと離れますが、グーグルの地図で見つけた味噌だれの「鳥焼肉」をいただくことにしました。
自分でもあきれるほど松阪近辺にやってくるとこれが食べたくなります。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14252447.jpg

昼食後、街道に戻ると今日の目的地である「田丸」はもうすぐ。
そして田丸の街に入って見つけたきれいに改修された古民家。
板塀には「児童画教室」「くみひも教室」と書かれた看板が掛けられていました。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14255804.jpg

そこでの子供たちの作品なのか、ガレージの壁に描かれた子供たちの絵。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14260837.jpg

そして「熊野街道」を「伊勢本街道」の分岐点に到着。
ここが「熊野街道伊勢路」の前々回に「栃原」に向かった地点です。
熊野街道「伊勢路」 伊勢神宮内宮から田丸を行く_e0164563_14261984.jpg


# by y-tukide | 2022-06-20 09:00 | 街道を行く