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2024年 春らんまん

小春日和のこの日、自宅近くにある「宇治市植物公園」にて、2024年の春を満喫。
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我が家の畑のスナックエンドウの花も一気に咲き、収穫が楽しみ。
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# by y-tukide | 2024-04-08 09:00 | 季節の花色々

孫たちとの青森の旅—その1

今年の春、めでたく大学・中学に入学する孫二人と高校3年に進級する孫の3人の祝いを兼ねて、春休みに入った3月後半に妻と5人で青森への3泊4日の旅をした。このメンバーでの旅は3年ぶり。
青森に連れて行こうと思った主な理由は三つある。
一つは、昨年の10月に妻と東北を旅した際、青森で3泊したのだが妻も私も青森が気にいったこと。
二つ目は、青森は、遠隔の地で彼らが訪れる機会が少ないであろうということ。
三つ目は、縄文時代「北のまほろば」ともいわれる豊かな地であった、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」に指定されている特別史跡「山内丸山遺跡」を見せたかったこと。
そんな思いで今回の旅を計画した。

伊丹空港9時発の飛行機で青森空港へと出発。
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青森空港に11時前に到着し、ここから青森空港バスに乗り青森駅へ。
青森駅に12時前に到着し、駅前で昼食をとることに。
向かったのは駅前の「青森魚菜センター」という鮮魚や惣菜の店が並ぶ市場。
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ここで前回来た時にも食べた「のっけ丼」をいただくことに。
「のっけ丼」は、10枚綴りの食事券を2,000円で購入し、まずは1枚で「のっけ丼」用御飯を用意し、場内の店でお好みの具材と食事券を交換しのせ、オリジナルの海鮮丼に仕上げ、場内の休憩所で食べるという仕組み。
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ちなみに私は、ホタテ・イカ・マグロ中トロ・ヒラメ・たまご焼きをのせ海鮮丼を仕上げ、別にイカのリング揚げと生カキ・漬物をいただいた。
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「のっけ丼」は、孫たちも気に入ったようだ。
食事の後に向かったのは、これも駅前にある「ねぶたの家ワ・ラッセ」。
青森と言えばリンゴ、それとなんといっても毎年8月に青森の夏を飾る「ねぶた祭」。
「ねぶたの家 ワ・ラッセ」には、実際に祭りで運行した大型ねぶたが常設展示されている。
斬新なしつらえの「ねぶたの家ワ・ラッセ」。
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ワ・ラッセの有料ゾーンから、ねぶたの由来・歴史・製作工程が紹介された「ねぶたタイムトンネル」を通り「ねぶたホール」へと進む。
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そして「ねぶたホール」には、ねぶた祭りに出陣し賞をとった大型ねぶたが展示されている。
その大きさと鮮やかな色使い、そして迫力、彼らにとって初めて見る実物。
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ここでは、1日に3回ねぶた囃子の演奏も行われる。
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その後、頑張った受験勉強の労を温泉につかりねぎらってあげようと今宵の宿である「黒石温泉」に向かった。
青森駅から奥羽(おおう)本線に乗り「弘前駅」へ、ここで宿からの送迎バスを待つことに。
待ち時間が45分ほどあったので駅前のホテル内にあるティーラウンジ・オークレールという店でアップルパイをいただくことに。
彼らにとって、美味しいもの食べるのが何よりも一番のようである。
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青森駅周辺の市街地には、雪はほとんど残っていなかったが、弘前駅から20kmほど東の黒石温泉は、山間だけに宿の中庭には雪が残っていた。
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宿の前には、「津軽こけし館」と「伝承工芸館」がある。
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大正時代の初めごろ、黒石温泉で作り始めたといわれる津軽の伝統こけしは、頭部と胴部が一本の木から成り立っているのが特徴らしい。
時間の関係で今回は見学出来なかったが、宿の売店には津軽こけしが飾られていた。
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翌日は、宿の送迎バスで弘前駅に戻り、弘前観光をすることに。
当初、駅構内にある弘前市観光案内所でレンタサイクルを借り街を散策する計画だったのだが、冬季は3月まで休みとの事。同様に青森に来て驚かされたのは、公園などにある公衆トイレもこの時期、入口はシャッターで閉ざされていた。
弘前駅前から1回乗車100円という循環バスがあるのだが、移動時間短縮の為タクシーで「津軽藩ねぷた村」に向かった。
「津軽藩ねぷた村」では、実物大の大型ねぷたの展示や民工芸品の製作工房などがある
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青森の真夏の夜を飾る「ねぶた祭」は、青森市は「青森ねぶた祭」、五所川原市は「五所川原立佞武多(ねぶた)」そして弘前市では「弘前ねぷたまつり」と三カ所で行われ、弘前では訛り方の違いからか「ねぷた」と呼ばれ、正面が三国志や水滸伝の武者絵、後面は美人画が描かれた扇型の「ねぷた」で練り歩く。
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また、ここでは「津軽三味線」の生演奏が楽しめる。
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藩政時代から残る米蔵を利用した製作工房では、「津軽塗」・「こけし・こま」・「津軽錦絵(ねぷた絵・凧)」などの製作風景を見学出来る。
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古くから伝わる津軽独特の様々な「変わりこま」は、面白く皆見入っていた。
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「津軽凧」の製作風景。
津軽凧は、困窮した下級武士の内職として作られていたとのこと。その絵は、戦国武将「三国志」・「水滸伝」等を題材とし、凧の骨組みは「竹」ではなく、青森特産の「青森ひば」の木を用いているのが大きな特徴であるとか。
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「津軽藩ねぷた村」の後は、前回来た時にも食べた「高砂」という老舗そば処で昼食をとった。
この店は、棟方志功(むなかたしこう)が帰郷した際よく立ち寄ったという店で人気店。20分ほど待って肉厚がありサクサクのエビ天ぷら付きの「二八そば」をいただいた。
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食事後、そば屋近くの明治から大正にかけて建てられた洋館の建物が多く残るエリアを散策。
弘前は明治以降、英語教育のために外国人教師を招請し、西洋文化を取り入れてきた町で明治以降に建てられたハイカラな洋館が多い城下町。
そのエリア内の「旧弘前市図書館」の近くに、14棟の1/10のミニチュア群がある。
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次に向かったのは、藩政時代に弘前10万石を治めた津軽家の居城である「弘前城」であった「弘前公園」。
「弘前公園」は東北地方屈指の桜の名所、今年の「弘前さくらまつり」は、4月19日~5月5日に開催される。
この日、園内の桜のつぼみは堅かったが、「追手門」の前には、大きな壺に桜が生けてあったのでここで記念撮影。
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3層の「本丸天守」は、明治の城郭の「廃城令」の中で幸運にも残された貴重な遺構。
残念ながらこの天守は、100年ぶりの石垣修理工事のために、石垣から天守の上部(建物部)を本丸中央まで70m曳家(ひきや=移動)されている。
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本丸からは、冠雪をいだき津軽平野に悠然とそびえる標高1,625mの「岩木山」が拝められた。
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広々とした城内を、本丸から三の丸、四の丸と城内を散策し北門から城外に出て、道路の向かい側の重要文化財「石場家住宅」を見学。
「石場家」は、弘前藩内のわら工品や荒物を扱っていた商家。建物の建築年代は、江戸時代中期と推定され、津軽地方の数少ない商家の遺構。
建物の南面・西面には「こみせ」という、雪国特有の「ひさし」が設けられている。
現在は酒店を営まれている。ここで宿で飲む酒を購入し、今宵の宿である青森市内のホテルへと弘前駅から奥羽本線に乗り青森駅へと向かった。
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ホテルの部屋からの「八甲田山」の雄壮な姿。
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# by y-tukide | 2024-04-01 09:03 |

呉市 「音戸」散歩

呉市「音戸(おんど)町」は、広島県呉市の南の瀬戸内海に浮かぶ「倉橋島」の北側に位置する町。
「倉橋島」と呉市の本土の間には、「音戸の瀬戸」と呼ばれるは南北約1km、幅が広いところでも200m程、狭いところでは約80mの狭い海峡があり、それをまたぐように「音戸大橋」と「第二音戸大橋」の二つの橋が本土と島を繋いでいる。
「音戸の瀬戸」は、もともと本土と地続きだったところを、平安時代、平清盛が海運と「厳島(いつくしま)神社」の参詣航路の整備のために1日で切り拓いたと伝えられている海峡。
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真っ赤な高架橋の「音戸大橋」は、橋の下にフェリーなどが通過する高さを確保する為、また狭い土地に橋を架ける為に本土側・島側ともにアプローチがループ構造になっている。特に島側は、RC造3階のらせん道路を2回転半廻るユニークな構造である。
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そのらせん道路の下は駐車場になっていて、そこからトンネルをくぐり北に行くと「音戸銀座」と呼ばれる古い町家が並ぶ商店街が続く。
その「音戸銀座」の入り口には、町家を改修し活用した古民家カフェとケーキ屋があった。
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通り沿いには、「切妻平入」で「本瓦葺き」の屋根に漆喰壁、「虫籠(むしこ)窓」を設けた商家や蔵が見られ、港町として栄えた面影が今も残っている。
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「音戸の瀬戸」に面するこの辺りは平地が少なく、町家が軒を並べる通りの西側には山がせまり、その斜面に積まれた石垣の上に張り付くように家が建てられている。
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通りには、こんなアートな町家もあった。
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街並みが途切れる辺りの頭上に真っ赤な「第二音戸大橋」がまたがる。
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この辺りは、海峡の幅は200m程の最も広い箇所、そこをフェリーが!
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そこから来た道を戻り、トンネルを再度くぐり、次にらせん道路から南側を走る通りを行った。
この通りは「なつかし通り」と呼ばれている。

この通りにも立派な商家が残っている。
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その商家の横を山側に登っていく風情ある石畳の路地。
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これは元銀行の建物、当時の街の繁栄ぶりが伺える。
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この「なつかし通り」を歩いていると、確かに昭和生まれの私にとっては「なつかしい」ものや面白いものが目に入る。
この丸型ポストも現役、この通りにはもう一つあった。
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「桜湯」と書かれた銭湯の行灯。
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造り酒屋のレンガ造りの煙突。
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モノクロの昔の写真が飾られた写真屋さん。
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入り口の円柱の柱に螺旋状に三色のモザイクタイルを張った散髪屋さん。
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そして狭い道用に軒の出を避けて曲げられて立つ電柱。
「音戸銀座」の通りには、今時珍しい木製の電柱を見かけた。
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そんな「なつかし通り」が途切れたあたりの、海岸線道路に面して突然現れた現代建築。
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「本瓦」の形状を模したのであろう長い庇が特徴的なこの建物は、建築家「隅研吾」氏設計の市民センター・ホール。まちづくりセンター・図書館などが入る複合施設とか。
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この日は、残念にも半日ほどの駆け足での「音戸」の街散策になってしまったが、もう少し時間をかけじっくり歩いてみたい街であった。
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# by y-tukide | 2024-03-25 09:00 | 散歩

呉 散歩

呉市(くれし)は、広島県の南西部に位置する瀬戸内海に面した人口20万ほどの港町。
地形的に天然の良港に恵まれ、戦国時代は「村上水軍」らが支配し、江戸時代は「北前船」の寄港地として栄えた。
明治時代になると富国強兵政策の元、全国に置かれた帝国海軍の根拠地(横須賀・呉・佐世保・舞鶴)である「海軍鎮守府(ちんじゅふ)」の一つが呉に置かれ東洋一の軍港となった。
また呉は、艦艇や各種兵器などを開発・製造する日本一の「海軍工廠(こうしょう)」が置かれ、戦艦「大和」をはじめ艦艇建造を手掛けた街でもある。
そして現在、呉にはその戦艦「大和」の1/10の模型が展示されている「大和ミュージアム」がある。
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その「大和」の模型は、細部にわたり非常に精巧に作られている。
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1945年4月6日、「大和」は巡洋艦・駆逐艦を含め計10隻で沖縄に向け、帰還を前提としない片道の燃料だけのあまりにも無謀な「水上特攻」作戦に出撃。そして翌日の7日に多数の米軍艦載機による攻撃を受け、わずか2時間の戦闘で鹿児島県の坊岬沖で撃沈された。
「大和」の乗員3332人のうち、生き残ったのは1割にも満たない276人、艦隊全体では4千人以上の若い尊い命が失われた。館内にはその方々の遺影が並ぶ。
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そしてここには、非人道を極める特攻兵器「回天」が展示されていた。
「回天」は、人間が魚雷を操縦しながら目標とする艦艇に体当たりする「人間魚雷」と呼ばれる特攻兵器である。この兵器による戦没者は100名以上にのぼり、その多くが20歳前後の若者だった。
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世界的に悲劇を生んだ先の戦争が終わりまだ80年程。その歴史の教訓が生かされず今も世界の各地で戦争が行われている。
戦争放棄をうたった平和憲法があるこの日本でも、現在、防衛費が年々増額されている。
ミュージアムの展示では、戦争によって育まれた数々の工業技術が紹介されているが、戦争の悲惨さを実体験した「語り部」が減っていく中、ここが後世に「負の遺産」をもつと伝えていく場であっていいのではと思った。
そんな思いをもって「大和ミュージアム」を出た。

その後、街中でレンタサイクルを借り、そんな歴史をかかえる呉の街を散策。

最初に向かったのは、「歴史の見える丘」。さほど距離はないのだが長々と坂道が続く。
呉は坂道が多いと聞いていたので電動アシスト付きの自転車を借り正解。
丘からは、眼下に「大和」を建造したドック跡が見え、巨大なクレーンが設置され、今は民間の造船所として船が建造されていた。
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そして「歴史の見える丘」からさらに進むと「カレイからすこじま」という海沿いの公園がある。
この辺りは昔の帝国海軍の本拠地だったところだが、現在は海上自衛隊の基地になっていて、いかりを下ろした護衛艦や潜水艦が間近に見える。
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「からこじま」は、大正時代に魚雷発射訓練場として埋め立てという小島の名称で、石積みのふ頭には、旧魚雷上げ下ろしクレーンが残されていた。
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ふ頭の反対側の道沿いには、レンガの倉庫が並ぶ。
もともと明治時代に建てられたレンガ倉庫が、昭和20年(1945年)の空襲で破壊された部分を取り去り、昭和30年(1955年)に整備されたものらしい。
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ここから市内中心部に戻り、立ち寄ったのは「入舟山記念館」。
ここには、旧呉鎮守府長官官舎(国重要文化財)を中心に、郷土館・歴史民俗資料館等があり呉の歴史をたどれる。
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旧呉鎮守府長官官舎は、呉鎮守府司令長官とその家族が公邸として利用した建物。
明治38年(1905年)にヨーロッパを遊学した「櫻井小太郎」という人が設計した木造の平屋建て。公的な利用をする洋館部と私的な利用する和館部が結合した建物である。
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資料館で見た終戦間際の空襲で焼け野原となった呉の市街地の写真。
7月1日から2日にかけてマリアナ諸島からやってきた150機のB-29の無差別爆撃により、2000人を超す市民が犠牲になった。それ以外の空襲での犠牲者を含めると3700人を上回ったそうだ。
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小高い位置にある「入舟山記念館」から見る現在の呉の街。
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市街地の中心部から北東の丘陵地付近に、国の重要文化財である「旧澤原家住宅」がある。「澤原家」は、江戸時代後期から庄屋を務めた旧家。家の前を呉と広島を結ぶ「長ノ木街道」が走る。
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その街道を挟さんだ反対側には、「三ツ蔵」と呼ばれている蔵が3棟建つ。
ここがアニメ映画『この世界の片隅で』の一場面に登場する場所、いわゆる「聖地巡礼」の地であることをここに来て知った。
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この後、入舟山記念館から遠くに望む山の斜面に張り付くように建っている住宅群が気になり「両城」という地区に向かった。

明治22年(1890年)、呉鎮守府の開庁と共に急増した人口は、今の人口の倍の40万人を超えたそうで、当時、呉の平地部は軍の土地になっていたため、新しく来た住民の居場所は、急傾斜地が中心となり、両城地区には、その地形を巧みに利用した住宅が階段状に作られ「階段住宅」と呼ばれている。
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そしてこの地区には、「百段階段」「二百段階段」と呼ばれる、見るだけで引いてしまう急な階段が天に向かって伸びる。
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この日は呉に宿をとり、夜、市街地の中央を流れる川沿いに並ぶ「屋台村」をのぞいた。
元々、呉に行こうと思ったきっかけは、NHK・BSの番組「小さな旅―黄昏(たそがれ)に歩みは続く~広島県呉市~」を見て。番組の中でこの屋台村が紹介されていた。
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屋台で飲む酒はまた独特、テントに囲まれた狭い空間で「屋台飲み族」という仲間意識からか、自然と隣の見知らぬ人とも話が弾む。
私も隣に座っていたお客さんからコップ酒を一杯ご馳走になった。
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この日、たった1日の呉の散策あったが、呉という街の歴史と魅力の一端を垣間見た日となった。
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# by y-tukide | 2024-03-18 09:00 | 散歩

畑はじめました―その10「2月終わりごろの畑」

2022年5月頃から始めた我が家の小さな畑、2年目の冬を越し、春を迎えようとしている。
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昨年の9月中頃に20株の苗を植え付けたキャベツ、ヨトウムシに悩ませながらもなんとか成長してくれ、11月中頃には結球しはじめ、ここまで成長してくれた。
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その後、家で食べる分だけ一株ずつ収穫していき、今は3株を残すのみとなった。
ただその内の写真奥の一株は生育不良で今後しっかり結球するかは怪しい。
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11月初めに植え付けたスナックエンドウ。
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暖冬の影響か冬にも関わらずすくすく育ち、すでに花も咲いてきていて、収穫は昨年より早くなるかもしれない。
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イチゴもこれも暖冬の影響か、この時期に花を付けている。
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早生(わせ)のタマネギは今回、妻の要望もありプランターの分も含め前回の倍の100株植えたのだが、これも今のところ順調に育っている。
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12月にプランターに植え付け、ビニール袋をかぶせ温室栽培したサニーレタスは、冬でも育ち料理に応じ必要なだけ葉をちぎって食べている。
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そしてこれはスティックブロッコリー、昨年の8月に鉢に2株植え、これも虫と格闘しながら育ててきたが、冬に入ると成長が止まっていたのに、2月終わりころ暖かい日が数日続くと小さかった花蕾(からい)が一気に大きくなった。
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それを待ちかねたように、野菜好きの4歳の孫が小さなハサミで収穫。
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次に収穫できる野菜は早生のタマネギ、4月上旬かと思われるが楽しみである。
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残り3株のキャベツを収穫したら、少し畑を休ませ、次の夏野菜の植え付けに向け土造りを始めたいと思う。
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# by y-tukide | 2024-03-11 09:00 | 畑はじめました