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2017年 去りゆく年の思い出ブログフォト

20171月 お正月休み―その1―

今年の正月休み、妻と娘そして孫娘の4人で二泊三日の四国の讃岐(香川)と備中倉敷を旅しました。

初日と二日目は、正月の初詣をかねてお遍路気分で四国八十八カ所の内、讃岐のいくつかの霊場を巡りました。

最初に参った青峰山の山中にある第82番札所「根香寺(ねごろじ)」は、大きなわらじが掛けられた仁王門から一直線に伸びる長い階段が印象的でした。

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二日目は、備中倉敷で宿をとり早朝、倉敷の美観地区を散歩しました。

倉敷の美観地区一帯は、江戸時代幕府の直轄領として栄えた商業の街です。

明治時代には、繊維産業で膨大な富を手にした商人たちの広大な屋敷が残り、歴史的建造物群保存地区に指定されています。

昼間は、岡山の有名観光地として観光客であふれていますが、さすがに早朝は、観光客もなく情緒ある街並みが楽しめました。

ここを訪れたのは確か学生時代以来です。

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20172月 越前海岸を行く―その2―

以前食べた越前ガニの雌の「せいこ丼」の味が忘れられず、妻をさそい福井県の越前海岸に行ってきました。

ところがせいこガニの漁期は、11月初めから12月末までの2か月だそうで、在庫が少なく、せいこ丼はメニューから外されていました。

仕方なく頭を切り替えいただいた越前カレイや海の幸も最高でした。

食事後、越前海岸のもう一つの冬の風物詩、群生するスイセンを満喫しました。

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20173月 2017年冬 4家族での北近畿の旅

今年の冬、4家族で北近畿を一泊二日の旅をしました。

初日は、兵庫県の神鍋高原スキー場へ。若い者たちは朝の4時ごろに出発したのですが、年配組は時間をずらし、孫たちの様子うかがいにスキー場へと向かいました。

私も昔は毎年冬、子供ら家族とスキーに行っていたのですがある時期から体力的な限界を感じ、スキー場とは無縁になっていました。

久しぶりのスキー場での孫達の上達ぶりには驚かされました。

そしてこの日5歳の孫娘もスノーボードに初挑戦しました。

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20174月 南紀の旅

妻と3人の孫たちと二泊三日で南紀を旅。

旅の目的の一つは、一番年長の孫は今年中学に入学することで、じじばばと行く少年時代最後の春休みの旅となるかもということです。

初日は古座駅で下車し、紀伊半島南部をながれる清流古座川のカヌー下りに挑戦しました。

駅近くのスパーで昼飯と飲み物を買い、携帯用の雨合羽に身を包み、にわか仕立てのスタイルでの初挑戦でした。

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翌日、熊野那智大社を参拝。

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20175月 出雲・石州の旅

5月の連休、妻と二人で出雲・石州(石見)を旅しました。

昼前に松江駅につき昼食を済ませ国宝の「松山城」へ。

築城以来400年の歴史を誇る松山城天守閣。入母屋破風の美しい三角屋根は、千鳥が羽を広げた姿のように見えることから「千鳥城」の異名をもちます。

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その日は連休のさなか辛うじてとれた玉造温泉の宿で一泊し、翌日は松江でレンタカーを借り島根県の西部、石州の「石見銀山」へと向かいました。

2007年に世界遺産に指定された400年の歴史の「石見銀山」は、銀鉱山遺構が点在する自然豊かな「銀山地区」と江戸時代の武家屋敷と商家が軒を並べ伝統的建築物群保存地区に指定されている「大森地区」から成ります。

銀山地区へと向かう谷あいの緩やかな坂道に、赤い「石州瓦」葺の町家が軒を並ぶ大森地区、よく整備された良い街並みでした。

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20176月 大和 壷坂みち―土佐街道から高取城をゆく―

私は司馬遼太郎のファンですが、紀行集である「街道をゆく」シリーズに「大和壺坂みち」があります。

この日、城下町であると共に薬の町でもある「高取」から「壷坂寺」を経て日本三大山城の一つである「高取城跡」へと歩きました。

壷坂寺を過ぎ途中、山肌に現れたいくつもの巨岩に刻まれた無数の「羅漢(らかん)」の石仏群。

人一人いない山の中で無数の羅漢像と向き合っていると神秘的というより、聖者像とはいえ一種不気味さを感じました。

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20177月 紀ノ国「塩津」散歩

休日、和歌山県海南市下津町にある「塩津」という漁村を散策しました。

塩津は、紀伊水道の若浦湾に面する人口600人程の小さな漁村です。海際の狭い平地に山が迫り、その斜面に密集して民家が建ち並びます。

迷路のような路地に建つ家々は、この地域から産するのであろう石積みの上に建ち、塀も石積みで独特の風景を形成しています。

ここで土産にした「シラス」をあついご飯にのせ食べた「シラス丼」は最高でした。

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20178月 2017年盆休み 赤目四十八滝

赤目四十八滝は、室生赤目青山国定公園内にあり、古来より山岳信仰の聖地であり、奈良時代には修験道の開祖である「役行者(えんのぎょうじゃ)」の修行場ともなったそうです。

マイナスイオンが満ち溢れる、うっそうとした原生林の渓谷を登りました。

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時折見る苔むした岩肌の間に咲く山野草の可憐な姿が目を楽しましてくれました。

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20179月 篠山街道 亀岡から福住を行く

9月のはじめの休日、京都の亀岡から丹波篠山の福住へと「篠山街道」を歩きました。

篠山街道は、古来京都から亀岡を西に、丹波篠山を経て北近畿、山陰に通ずる律令時代の官道「山陰道」です。

そして見つけました黄金色に実る稲田の中に建つ茅葺の小さな「薬師堂」。

17年前に372号線を走っているときたまたま見かけ写真におさめたのですが、その場所を忘れてしまっていて、この建物を探すことも今回の街道歩きの目的の一つでした。

17年ぶりに再会し、うれしいことにまわりの風景も全く変わっていませんでした。

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街道筋にはコスモスが咲き、栗が実り、秋の色が色濃く感じた街道歩きでした。

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201710月 篠山街道 福住から篠山を行く

引き続き篠山街道を福住から篠山へと歩きました。

篠山市の福住地区は、篠山盆地の東端に位置し、街道沿いに東から「西野々」「安口(はだかす)」「川原」「福住(ふくすみ)」の四つの集落からなります。

近世、「福住」は宿場町として栄え商家建築が街並みを形成し、「西野々」「安口」「川原」には、街道沿いに農家建築が並び独特の街並みを形成しています。

この福住地区は、5年前の平成2412月に伝建地区(重要伝統的建造物群保存地区)に指定されました。

街道沿いに建つ丹波地域特有の「妻入り」の茅葺農家。

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篠山街道を亀岡から篠山まで二日をかけて歩いた「街道を行く」。

丹波の自然とのどかな農村風景、そして街道筋に今も残されたこの地域特有の貴重な建物。

17年前にこの街道を車で走り、その時見過ごしたものが今回歩いて見、知ることができました。

とりわけ過疎の村、天引集落での住民による「天引地区の活性化と未来を考える会」の取り組み。そして福住地区での街道沿いの東西3.260m、東西460mの広範囲での伝建地区への選定を選んだ地元住民の地域に対する思いと誇りには感福しました。

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201711月 室生古道を行く 2017年秋

私には3人の孫がいます。一番歳上の今年中学に入学した孫は、休日も部活や塾に追われ兄弟そろって我家に遊びに来ることが難しくなったのですが、11月の連休にうまく休みがとれ久しぶりに我が家に遊びに来ました。

翌日、「室生古道」を歩き「室生寺」に行こうことになり、妻と3人の孫と5人連れで近鉄電車に乗り榛原駅へと向かいました。

榛原駅からタクシーに乗り「伊勢本街道」の高井宿へ。

ここからから仏隆寺(ぶつりゅうじ)→唐戸峠→西光寺→室生寺のコースを歩きました。

ひたすら歩くだけなのに孫たちは、文句も言わずそれなりに楽しみながら歩いてくれました。

仏隆寺の山門に一直線にのぼる石段の中ほどに、樹齢900年という奈良県下最古最大の桜の木。

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201712月 越前海岸を行く―その3

今年の2月に越前海岸に行き食べ損ねた越前カニの雌の「せいこ丼」。

今回はいただくことができました。

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今年も好きな「街道を行く」や旅をすることができました。

来年もできるだけ時間をつくっていろんなところに行きたいと思っています。

今年最後のブログとなりました。

この一年、私のつたないブログにお付き合い頂きありがとうございました。

また来年もよろしくお願いします。

それでは皆様よい年をお迎えください。

若狭 三方五湖の「舟屋」。

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# by y-tukide | 2017-12-25 10:40

建物探訪「修学院離宮・大徳寺・千本銘木」

「いい建物を見、目を肥やし、学ぼう!」と呼びかけで始めたツキデ工務店の社員有志による建物探訪、今回で8回目です。

今回は、修学院離宮・大徳寺そして京都の千本通りにある銘木店を見る企画で、師走であわただしい中10名の社員が参加しました。

朝7時半に事務所に集合し車3台に便乗し出発、まずは修学院離宮に向かいました。

この日、修学院離宮はうっすら雪景色。私はここを訪れるは2回目です。

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修学院離宮は、後水尾上皇の雄大な構想による理想の山荘です。桂離宮とともに江戸時代初期を代表する山荘と称されています。比叡山の麓、東山連峰の自然景観を取り入れた開放的で簡素な造形が見ものです。

修学院離宮は、上(かみ)・中(なか)・下(しも)の三つの離宮(御茶屋)からなり、その三つが田園の中を通る道でつながっています。

まずは案内人の方について御幸門(みゆきもん)を通り、竹の「木賊(とくさ)張り」の袖塀を左右にしつらえた簡素な中門をくぐり下離宮へ。

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中門をくぐると下離宮の中庭に通じ、池を配した広々とした空間が広がります。

後水尾上皇行幸の際、生活の場であった数寄屋風の「寿月観」。

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次に下離宮の東門を抜けて中離宮に向かいます。

東門を出ると視界が広がります。天気が良ければ比叡山を中心に東山、北山の山々が望めるのですが今日はあいにくの天気。

とはいえ雪の修学院離宮の景色を見られるのもめったにない機会です。

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下離宮から中、上離宮につながるそれぞれの道は、一直線に伸びる低く抑えられた松の並木道です。これらの道は説明によると明治天皇が行幸の際に、馬車が通れるように付け替えられたものだそうです。

後水尾上皇は、山荘造営にあたって、山荘に供する区域を最小限にとどめ、他は耕作地として残し、山荘周辺で耕作する民の姿をそのままに自然景観に取り入れることを理想とされ、田んぼの中の畦道を行き来されていたそうです。

そういう意味では今の松並木はちょっと残念です。

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中離宮は、後水尾上皇の娘である朱宮光子(あけのみやてるこ)内親王のために造営されたものです。そこには最初に建てられた建物「楽只軒(らくしけん)」と「客殿」があります。

楽只軒は、南側の庭に面した簡素な造りです。南側に広縁を設け、深い軒が雨や強い日差しを避けるように工夫されています。この日は天気が悪いので一部の雨戸しか開けられていませんでした。

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それに対し客殿は、入母屋造りの「栃葺」で高さがある堂々とした宮殿建築です。

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十二畳の「一の間」の北側に設けられた一間の床の間と一間半の飾り棚。飾り棚には五枚の違い棚が配され、あたかも霞がたなびく様に似ているここから「霞棚」と呼ばれています。壁の腰張りと襖に金と群青色の菱形のつなぎ文様があしらわれ、女性的で華やかな雰囲気が漂います。

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そして最後に丘陵に造営された上離宮へ。

上離宮は、谷川をせき止めて造った池を中心に造られています。

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そして最も高いところに展望のために建てられた「隣雲亭」。

ここからは、北山、西山、京都市内が一望できます。余分な装飾が一切ないきわめて簡素に仕上げられた景観展望のためのみの建物です。

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西側と南側に深い「土庇」をめぐらし、その下は「三和土(たたき)」の土間で、そこに「一二三石(ひふみいし)」と呼ばれる赤と黒の小さな鴨川石が埋められています。

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三つの島が浮かぶ「浴龍池」。

右手に「土橋」が、左手に「舟屋」湖面に映ります。

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9時から1時間20分と決められた中での見学、あわただしく終え、次に「大徳寺」へと向かいました。大徳寺では「黄梅院」と「興臨院」を見学、撮影は禁止。

ここでは数寄屋の建物、禅宗の教えを表現した庭などを見学。

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その後昼食をとり、最後の見学地である「千本銘木商会」さんへ。

千本銘木商会は、江戸時代から300年近く続く「酢屋」という屋号の材木屋さんです。現在、銘木販売やオリジナル家具作りなども行っておられます。

幕末には、坂本竜馬をはじめ海援隊隊員をかくまったことで知られる歴史あるお店です。

ここでは北山丸太などの「銘木」や貴重な屋久杉などを見せていただき、常務さんから興味深い話を伺うことができました。

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今回も盛りだくさんの「建物探訪」の企画でした。

次回も楽しみです。

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# by y-tukide | 2017-12-19 09:57 | 建物探訪

越前海岸を行く―その3

師走のこの時期、越前海岸と言えば「越前ガニ」。

私は好きなのは、越前ガニでもメスの「せいこガニ(こっぺガニ)」23杯の甲羅のミソ・内子・外子(卵)と足の身をどんぶりの盛った「せいこ丼」です。

漁期が116日の解禁から12月いっぱいの2か月しか味わえない貴重な逸品です。

2年前に越前海岸の「小樟(こころぎ)」という所にある「えちぜん」という食堂で初めて食べ、それが忘れられず今年も行ってきました。

ちょっと早いな思いながら店に10時半ごろに着いたのですが店の前は早くも人だかり。

2年前に比べ年々お客さんの数が増えているようです。

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名前を書き順番待ち。

1時間待ちと告げられちょうどいいわと近くを散策しました。

小樟漁港。

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漁村の多くがそうであるように、ここ小樟でも海岸近くまで山がせまり平地は少ししかありません。その平地と斜面に密集して家が立ち並び、迷路のごとく路地を形成しています。

私は漁村の路地のスケール感、迷路を歩くわくわく感、そして生活がにじみ出ている風景が好きで、あちこちの漁村を歩いています。

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1時間程街を歩き、もういい頃かと店にもどったのですがさほど順番が進んでいません。

カニは、食べるのに時間がかかるのとグーループ客が酒を飲み宴会状態になっているので回転が悪く、それから店で1時間程待つことになりました。

そしてようやく席につけ、待望の「せいこ丼」にありつけました。

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この日はお腹が減りすぎていたこともあり、奮発して雄の越前ガニ1杯を刺身と焼きにしていただきました。

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この日の越前海岸は、小春日和で波も穏やか。

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そしてこの時期の越前海岸のもう一つの名物、山肌に群生するスイセンがこれから見ごろを向かえます。

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# by y-tukide | 2017-12-11 15:49 | 街道を行く

南禅寺・永観堂の紅葉

先々週の私のブログで紹介させていただいた「光雲寺看月亭 秋の夜」の夜景撮影の日曜日、せっかくだから近くの南禅寺、永観堂の紅葉を見に行こうと、朝早めに家を出ました。

南禅寺に行くのは何十年ぶりです。

8時前に南禅寺に着いたのですが、その時間でも日曜日とあってか多くの観光客が訪れていました。

東山から朝日がのぼる瞬間の南禅寺の紅葉。

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観光客は、みている間にどんどん増え人を外しての構図は至難。

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そして次は永観堂へ。

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「もみじの永観堂」と全国に知られた紅葉の名所。

境内を染め上げる紅葉の美しさはさすがです。

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永観堂の紅葉はすごいが、観光客の数もすごい。

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# by y-tukide | 2017-12-04 10:09

忍阪の古民家再生

この建物は、奈良桜井市忍阪(おっさか)という所に建つ築64年の伝統工法の古民家で、玄関・「通りにわ」から西側の間取りが、「田の字型」四間取りの大和地方の典型的な農家建築です。

これらの建物の特徴は、日当たりのいい南側の家で一番いい場所に主に客人用の「座敷」と「次の間」があり、家人は北側の暗くて寒い場所に「寝間」と「居間・台所」がある造りです。また風呂や便所も外にあるのも特徴の一つです。

今回の改修の目的は、座敷や次の間の位置はそのままで、家人が集う居間や食堂を日当たりのいい東側・南側に配し、洗面・風呂・便所も母屋内に設け、断熱性能を高め、快適で使いやすい間取りにすることです。

また筋違などを使わない伝統工法で耐震性能の向上も目的の一つです。

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ササラ表しの「大和天井」だった玄関を上品な玄関にしてほしいとの奥さんのご要望で、天井は杉の幅広の目透し天井とし、正面の収納部に「京唐紙」張りの襖を設けました。

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建築当初「おくどさん」があった土間は、天井高をとるために「煙返し」の梁を上げて新たに床を張り、天井は一部吹き抜けにし、東側に新たに大開口と庭、ウッドデッキを設けました。

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玄関から座敷へとつながる「次の間」。

天井は、現状の「大和天井」。鴨居は、構造的に重要な松の「差し鴨居」が回っています。

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このような建物の座敷にエアコンを設置する場合、内機を目立たなくつけるのが難しいのですが、今回は「脇床」の天袋・違い棚をとりそこに仏壇を置き、その横に地袋を設け格子の中に床置き式のエアコンを設置しました。

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座敷と次の間の南側にある縁側。

既存の建具はそのまま利用、断熱を施し床の板張りを畳敷きに変えました。

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座敷に隣接する「ねま=寝室」。

畳だった床を板張りにし、既存の襖を利用して収納家具を新設し、もと押入れだった位置に「つし2階」への階段をつけ、その下にご主人の書斎コーナーを設けました。

また耐震性能を高めるために新たに地松の「差し鴨居」入れました。

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「ねま」の北側の「離れ」につながる廊下兼縁側。

裏の斜面の緑がきれいです。

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以前、日があたらない北側の居間だったところに洗面・風呂・トイレを設けました。

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居間の東側の新しい庭は、以前風呂場があった棟を減築し造ったものです。

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このお宅のすぐ近くには、八角形をした我が国最初の「八角墳」である飛鳥時代の「舒明(じょめい)天皇」の御陵があります。

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また、神武天皇東征とき東の大宇陀から半坂峠を越え通ったといわれる「忍坂街道」が走っています。

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日本書紀にも地名が記された歴史ある、秋雨の忍阪集落。

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# by y-tukide | 2017-11-27 11:55 | 仕事色々