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築約百年の古民家 移築工事―その2―

三重県の最南端の「鵜殿(うどの)」という日本一小さな村(現在は紀宝町)に建つ築約百年の古民家移築工事、いよいよ本体の解体工事が始まります。


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解体を前にこの日は建物の実測を行いました。

私とお施主さんは前泊し現場に行ったのですが、スタッフの設計3名・現場監督1名・作業員1名は、早朝から車を走らせ3時間半ほどかけて現場に到着しました。

設計スタッフは、手分けし間取りの実測と横架材の高さ調査そして建具の実測作業です。

古民家で使われている柱は、一本一本樹種や寸法が違う場合が多いので、全ての柱の寸法も測る必要があります。

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建具も再利用しますので寸法を測り番号を付けます。そしてトラックに積み込みツキデ工務店の倉庫に持って帰ります。

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そしていよいよ本体の解体作業が始まりました。

この日は、再利用するための屋根瓦を下す作業です。京都から瓦屋さんが来てくれました。

彼らはツキデ工務店が用意した宿で泊まり、数日かけて作業をしてくれます。下した瓦は、今度新たに建てる京都の現場に運びます。そして現場で検品し再利用します。

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桟瓦には「山」と「谷」があります。一般的な桟瓦の「山」は正面から見て左側なのですが、この瓦は右側が山です。ここは海が近く台風のメッカでもあります。この屋根面に向かって左側の海側から吹く強い風が、抵抗が少なく流れることで瓦がめくれないように工夫されたものかと思われます。

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そして次は、大工と手伝い(てったい)さんの仕事です。見習いを含む大工4人・手伝いさん2人・現場監督が1週間ほど泊まり込み解体=解いて(ほどいて)行きます。

屋根下地の杉皮と外壁をめくり、土壁を落としスケルトンの状態にしていきます。

全て手作業です。

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土壁を落とすのに「レシプロソー」という木材はもとより金属も切れる万能のこぎりがあり、土壁の貫(ぬき)や竹を切り、壁一面ごと切り落とします。

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座敷の竿縁(さおぶち)天井もめくり再利用します。

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松の敷居も溝をつき直し再利用します。敷居の中には、既に裏表両面溝をついたものもありました。以前の建物の敷居を再利用したものです。

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畳下地に使われていた松の板は、二間(約4m)もので「木表(きおもて)」が仕上げられ薄黒くやけていました。

多分この板も以前の建物の「板の間」に使われていたものと思われます。

この板は壁の腰板、家具の面材や建具に使えそうです。

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主要な柱と柱を繋ぐ「足固め」や「大引き」には太い丸太の古材が使われ、「根太」も寸法がまちまちな古材が使われていました。これは古民家では一般的なことです。

現在は、ビルド&スクラップの使い捨てが当り前の時代ですが、一昔前まではこのように「もの」が大切にされていました。古民家再生の仕事をしていると「ものの価値」について教えられることが多々あります。

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スケルトン状態になった柱・束、母屋・梁・桁に位置がわかるように大工が「番付」し、高さ関係がわかるように基準となる墨を打ちます。

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この作業は、解いた(ほどいた)材を組み直すのに、担当する大工にとって最も大事な仕事です。まったく元の状態に戻すのではなく一部間取りが変わる箇所や見せ方が変わる箇所があるので、大工と納め方を相談します。

また今回もっともややこしい個所は、皆で知恵を出し合い仕事のイメージをしていきます。

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「釘仕舞(くぎじまい)」。

解いて再利用する材の釘を抜いて整理します。

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そしていよいよ構造材を解いていくのですが、建物が傾いていると解いていくのにこじるので傾きを直し「仮筋違(かりすじかい)」で固めます。

そして横架材をレッカー車で一本一本吊り解いて行きます。

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仕口は、「込栓(こみせん)」「車知栓(しゃちせん)」「鼻栓(はなせん)」の伝統構法で引き固めていますのでその栓を抜けば簡単に解けます。改めて日本の伝統的木造建築はよくできていることに感心させられます。

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順調に作業が進み最後のグリッドを残すのみ。

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そして無事解くことができました。

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最終日、ユニック付の3トントラックを2台チャーターし、解いた材料を積み込み作業場へと運びました。

移築の地である京都での工事は8月から始まります。

再び生まれ変わるこの建物、工事が始まるのが楽しみです。

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# by y-tukide | 2018-03-20 10:25 | 仕事色々

若狭 梅まつり

私が愛飲する飲み水が底を尽きかけたので、いつものごとく若狭の「瓜割の滝」に水汲みに行ってきました。

この日、若狭の三方五湖の三方湖沿いにある梅の里会館で「梅まつり」行われていることを知り水汲みの後寄ってみることにしました。行く途中、この時期の好きな風景の一つである「舟屋」がある西田梅林によってみたのですが、ここの梅はまだつぼみでした。

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若狭町は全国的に有名な福井梅の産地で、三方湖周辺には、8万本もの梅林が栽培されています。福井梅は種が小さくて果肉が多く、味も高く評価され、江戸時代からの歴史があります。その中で、三方湖の湖畔にある西田というところは、若狭梅の発祥の地です。

私は、このあたり風景が好きでこれまでに何回か来ています。

その歴史ある西田集落も後継者が少なく過疎化が進み空き家や一人住まいの家が増えているそうです。

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梅祭りの会場である梅の里会館前の駐車場では、いろんな店が出ていました。

私もここで梅干しなどを土産にしました。

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会場周辺の日当たりのいい梅林では、結構梅の花が開花していました。

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梅の花を堪能しいつもの水汲みのコースである敦賀の「弥助寿司」へと向かいました。

春の穏やかな日本海。

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花もいいが花より寿司!

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# by y-tukide | 2018-03-12 11:00 | 水汲み

京都嵯峨野「大覚寺の家」完成見学会

33日(土)・4日(日)の両日、引き渡し前の建物完成見学会をお施主様のご厚意で開催させていただきました。今回も多くの皆様にご参加いただきスタッフ一同大変感謝しています。

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この建物は、嵯峨野の大覚寺の近くに建ちます。周辺では宅地化が進んでいるとはいえ、今も田園や古民家が残り、嵯峨野の風情が感じられます。

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外観は、その嵯峨野の風景になじむよう屋根は日本瓦葺、外壁は焼杉板と漆喰で仕上げました。

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南側に面する開放的な20帖のLDK

床は、1・2階とも吉野杉赤身の40mm厚板一発張りです。

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LDKの広い開口部には引き込むことができる障子があります。

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居間に隣接して六畳の和室が続きます。

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和室の天井は、吉野桧の丸太を熟練の大工が手刻みし、力強く組み上げました。

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家事動線は、キッチンを中心に洗面・脱衣場を回遊できる効率的な動線としました。

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お施主さんは、古い建具がお好きです。

随所に古建具を再利用しています。

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玄関にも「腰板付目板格子戸」。

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2階の広い階段ホールに設けた座卓タイプの書斎コーナー。

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その前は居間の吹き抜けです。

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南側に設けたウッドデッキの前では畑がつくられます。

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この建物から10分ほど歩いた山裾に「直指庵(じきしあん)」があります。

この庵は嵯峨野の隠れた紅葉の名所です。見学会の合間を見て久しぶりに直指庵に向かいました。14年ぶりです。

庵に近くまで宅地化が進んでいましたが、山門を入って続く竹藪の道は以前のままです。

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この時期の花は椿だけかと思っていたら馬酔木(あせび)の古木が白いつぼ状の花を満開に咲かせていました。

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# by y-tukide | 2018-03-06 10:18 | 見学会・イベント

因幡国 鳥取の旅

この春小学1年生になる孫娘が、運賃や宿泊費が子供料金になる前にと、妻と3人一泊二日で因幡国(いなばのくに)鳥取へ「卒園旅行」に行ってきました。

京都駅706発「特急はくと1号」に乗り、終点「倉吉駅」まで3時間半ほどの列車の旅。

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「特急はくと」は、京都駅と鳥取の倉吉駅を結ぶディーゼル機関車、京都駅から東海道本線→山陽本線→智頭急行智頭線→因美線→山陰本線を経由し京阪神と山陰を結びます。

ディーゼルエンジンの腹に響く力強いエンジン音は、ローカル地方への旅の旅情をそそります。

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終点の倉吉に着いたのが1044分。駅のコインロッカーに荷物を預け、身軽な格好で路線バスに乗り「倉吉白壁土蔵群」へ。

倉吉市役所近くの玉川沿いには、江戸時代に商人たちが建てた土蔵が立ち並びます。

外壁は、腰回りが杉の焼き板、上部が漆喰壁で、屋根は赤褐色の石州瓦でこの地方特有の街並みを形成しています。

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表通りの「本町通り」に面して商家の「主家」が建ち、続いて「中庭」や「離れ」があり「土蔵」は細長い敷地の裏側に建ちます。

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土蔵の横の戸口から玉川に、この地方で産する石材であろうか、ゆるやかな反りの一枚石が架けられ独特の景観を醸し出しています。

現在、土蔵はワイン蔵や手作り工房などの店として活用されています。

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この広々とした建物は、大正時代に建てられた醤油の仕込み蔵を改装したもの。

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「小屋梁」と「束」を格子状に組み合わせた五重構造の連続した小屋組みは見事です。

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街では「名探偵コナン」の名や看板をよく見かけます。

というのも「名探偵コナン」の作者である青山剛昌氏は鳥取県出身なのです。

そういえば鳥取空港も今は「鳥取砂丘コナン空港」と呼ばれています。

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白壁土蔵群から東に20分ほど歩くと、鳥取を代表する果物「梨」の魅力を体験できる鳥取二十世紀梨記念館「なしっこ館」があります。

ここは「梨」をテーマにした日本で唯一のミュージアムで、玄関を入ると正面に枝の広がりが20mもある二十世紀梨の巨木が展示されています。

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「梨と世界の人々」のコーナーでは世界の梨、日本の梨を展示し、梨の世界地図や鳥取二十世紀梨の輸出の歴史などを紹介しています。

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ここで中国が世界最大の梨の生産国であることを知りました。

中国で生産されているのはアジアナシで、中国はアジアナシ全体の約8割を生産し、これに日本、韓国が続くそうです。

中国の「梨売りと仙人」という物語が紹介されていました。

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「梨の不思議ガーデン」では、巨大な梨の木や土の中に入って不思議な体験ができます。

これがなかなか面白く、孫もはまっていました。

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この日の宿は、三朝温泉(みささおんせん)の登録有形文化財に指定されている老舗の温泉宿。

三朝温泉は初めてなのですが、ラジウム含有量が世界一だそうでこの宿の名物の自噴泉で体をいやすことができました。

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翌日、宿から倉吉駅に送迎してもらい電車に乗り鳥取駅へ。

ここからバスで「鳥取砂丘」へ向かうつもりが駅でもたもたしていて予定のバスに乗り遅れ、仕方なくタクシーで砂丘へと。妻と孫娘は、鳥取砂丘は初めてです。

数日前に降り積もった雪がまだ残っていました。

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「馬の背」とよばれる第2砂丘列の上に登ると一面に日本海の雄大な光景が広がります。

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そして鳥取砂丘を縦断して砂丘に隣接する「こどもの国」に向かったのですが、砂丘の砂に足をとられながら、足が残雪に埋もれながら約3kmの「行軍」に孫娘は、グズグズも言わずよく歩きました。

さすがピカピカの1年生、たくましくなったものです。

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# by y-tukide | 2018-02-26 09:00 |

築約百年の古民家 移築工事―その1―

あるお客様から、先祖伝来の土地建物が、道路建設のために買収され壊されることになったのだが、何とか自分が生まれ育った家を残したいと依頼を受け、京都右京区に所有されている土地に移築する計画を進めています。

その建物がある場所は、三重県の最南端の「鵜殿(うどの)」という村で、熊野川の河口左岸に位置し広さ29平方キロの“日本一小さい村”です。

鵜殿は、熊野川や熊野灘の地理的条件と、この地の土豪である鵜殿氏などによって熊野信仰や熊野水軍とも深くつながる歴史ある村です。

建物は、長らく空き家であったためかなり荒れた状態で、広い敷地も草木が茂り放題の状態でした。

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この辺りは台風のメッカであることからか、敷地のまわりに石垣が積まれています。

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今回の移築工事は、地元の建設業者さんと協働で行います。地元の業者さんが外構や付属建物など建物本体以外の部分を事前に解体整地し、ツキデ工務店が建物本体を解体します。

10日間ほど泊りがけでこちらから瓦・大工・大工手元職人が行き、移築し再利用する瓦・木材・建具等を解体し搬出します。

現場打合せに行ったこの日には、地元の業者さんが周辺の樹木を伐採し整地し、建物のみが残されていました。ここからがツキデ工務店の仕事です。

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鵜殿の熊野川対岸は、和歌山県の「新宮市」です。ここには「熊野三山(熊野本宮大社・熊野速水大社・熊野那智大社)」の一社である「熊野速水大社」があります。

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この地方の豊かな自然や風土は、早くから中央にも知られ古代数々の熊野神話が生まれ、奈良時代から平安時代にかけて、山岳修行者の舞台となり霊験あらたかな地です。

平安中期以降、いわゆる熊野行幸で熊野三山の信仰が盛んになり、その後「蟻の熊野詣」と言われるほど庶民の参詣でにぎわい、その参詣道である「熊野古道」が有名です。

そして熊野三山のその自然と文化が人類共通の財産と認められ、平成16年ユネスコの世界遺産に登録されました。

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かって交通の大動脈であった熊野川の河川敷には、江戸時代から昭和にかけて「川原家」と呼ばれる簡易な商家が軒を並べ、全盛期には二百数十軒連ねていたそうです。

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この建物は、洪水が多い熊野川において大水になると、そのつど家をたたんで高い所に引き上げ、水が引くと元の場所に立て直すことができる組立簡単な現在のプレハブの住宅の原型のような建物です。

これは川原家を再現した店です。

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新宮は、熊野速玉大社の門前町であり、熊野修験道の宿場町として発展し、さらに古くから木材・木炭を集散する経済都市でもあります。

そして新宮は、関ケ原の合戦後、浅野家によって築かれた新宮城がある城下町でもあります。

明治の廃藩置県により廃城となり、今は石垣のみが残ります。

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城から見る新宮の町と熊野川。


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自宅から鵜殿までは車で4時間程。もちろん日帰りも可能なのですがせっかく南紀まで来ているので、この日は現場から20分程の勝浦に。ここで温泉宿に泊まり夜は寿司。

勝浦と言えばマグロの水揚げが日本一のマグロの町ですが、もう一つ隣のクジラの町「太地」に近いことから新鮮なクジラがいただけます。

初めていただいたクジラの腹の部分であるウネスのにぎり。

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珍味、クジラの臓器。

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翌朝、7時から始まるマグロの競り市を見に漁港に行ったのですがこの日は残念ながら市は休みでした。

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帰り、熊野川をさかのぼり熊野本宮大社を参詣し、十津川村を通り五條市に出、自宅への路を行きました。

神が宿る熊野の山間を流れる雄大な熊野川。

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途中見かけた切り立つ岩壁から豪快に流れ落ちる滝。

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何十年ぶりかに訪れた熊野本宮大社。

世界遺産になってからか目新しい建物が増え、以前訪れた時はそうでもなかったのに多くの観光客が訪れていました。

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そして日本一広くて長い村「十津川村」に入ったのも何十年ぶり。

新しくトンネルやバイパスが整備され、7年前の台風12号の災害復興のためかあちらこちらで工事が行われていました。

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十津川村は私が学生時代、宇治の自宅から自転車で丸一日かけて来たなつかしい場所です。当時は未舗装の路もあったように記憶しています。

今回の移築工事で何度か現場に行くことになりますが、またこの道を走る機会があるかと思うと楽しみです。


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# by y-tukide | 2018-02-19 13:12 | 仕事色々